始まり
「シフレ、私、できたんだよね……?」
「ああ、もちろんだ。良くがんばった」
もうまぶたも開く力も残っていない身体を優しく抱き起されて頭を撫でられる。どんなに辛くてもがんばってやり遂げた時、いつも褒めてくれた彼の手の温もりにオネットはほっとした。
「良かった。でも、嫌、だな……」
「何が嫌なんだ?」
「……時を戻ったらまたあの家に閉じ込められる。そうしたら、今度は逃げられない、かも」
時戻しの秘宝に命を吸い尽されて死ぬ苦しさよりも、数年前にすべてを捨てて逃げ出した過去に戻ることの方が辛い。殺人者の望みのために自分の幸せを奪われた怒りとまた道具として使われる恐怖に震えると、シフレがぎゅっと抱きしめてくれた。
「大丈夫だ。俺がすぐに迎えに行って助け出してやる」
「本当?」
「ああ、任せろ。何てったって俺は偉大な大魔術師様だからな、時戻しぐらいこんなちんけな玉なんか使わなくても自力でできる」
いつも自信満々な友人の明るい声にオネットは笑みをこぼした。
「ふふっ、ありがとう、シフレ。シフレは面倒くさがりやだし嘘か本当かわからない話ばっかりしてるけど、隣国から助けに来てくれるなんてやっぱりすごい魔術師様だったんだね」
「何だよ、信じてなかったのか? こんなに長い付き合いなのにひどいぞ。ま、しょうがない、時戻しなんてしちめんどくさい魔術を発動するためにがんばったご褒美だ。今なら何でも願いを聞いてやるよ。さ、言ってみな」
軽口を叩きながらいつものようにオネット自身の答えを待っていてくれる彼の優しさに甘えて。少し迷った末にオネットはおずおずと願いを口にした。
「……シフレ。私、あなたと会えて、すっごく楽しかった。あの時に戻ってまた自由になったら、シフレが話してたところ、連れてってくれる?」
「ああ、もちろんだ。おまえを自由にしてどこにでも連れて行ってやる。魔術師の名にかけて誓う」
自分に生きる幸せを教えてくれた友だちとの”約束”にほっとして。オネットは「私も誓う。シフレ、ありがとう」微笑んで意識を手放した。




