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第98話 黒谷さんのピンチ

 平和な毎日は、長くは続かなかった。

 台風が近づき、雨も風も強い日、学校内は暗くどんよりとした雰囲気になった。


 その日の昼、千鶴と食堂に行くと、暗い顔をした黒谷さんがいて、その横で空君が何やら優しく話しかけているのが見えた。

「また空君、黒谷さんに優しくしてるよ」

「彼女いるのに、黒谷さんってなんであんなに空君と仲良くしてるの?」


 そんな声が聞こえてきて、そっちを見ると1年生の女子がそこにはいた。空君と同じクラスの子かな。わかんないけど、数人で集まり、変な空気を醸し出しているのを感じた。


 食堂もいつもより暗い。外は雨がザーザーと降り、時々風で窓ガラスがきしんだ。

「暴風雨警報とか出ていないのかな。波浪警報でもやばいよ。電車止まっちゃったら帰れないし、そろそろ帰らせてくれないのかな」

 千鶴がそう言いながら、私よりも先に食堂の奥へと進んだ。


「あ、凪」

 空君がこっちを見て、明らかにホッとした表情を見せた。と同時に、黒谷さんも私を見ると、すがるような目をした。


「もしかして、出ちゃった?」

 ぴんときてそう聞くと、

「はい。さっき、2階のトイレにいたんです」

と黒谷さんは、青い顔をして私に言った。


「トイレに?うわ~」

 千鶴の顔も青ざめた。

「こういう日って出やすいのかな。学校全体が暗い感じだし」

「うん。雨ってどうもね…。それに、あまりよくない波動出してる人がいると、それに引き寄せられてくる霊もいたりするからさ」

 私が聞くと空君が、静かにそう答えた。


「よくない波動って?」

「クラスにいるんだ。数人の女子がちょっとね」

 空君はそう言うと、食堂の入り口辺りを見た。あ、さっき、黒谷さんのことをあれこれ言っていた子たちだ。やっぱり、空君のクラスの子だったんだ。


「霊はトイレにいるの?そこから出ようとはしなかったの?」

 私が聞くと、暗い顔をして黒谷さんが頷いた。

「そこに行かなかったら大丈夫だから。他にはいないでしょ?」

「わ、わかんないです」


「大丈夫だよ。凪もいるんだし」

「ねえ、それより、電車止まらないかな」

 千鶴はそっちのほうを心配している。


「今のところ、動いてるみたいっす。アイフォーンで見てみたら、警報も出ていないし」

 突然話に加わってきたのは、鉄だ。私たちの後ろから、食堂に入って来たみたいだ。

「そうなの?でも、台風来ているんだよね」

「進路変わったかもですね。だったら、もう少ししたら風も雨も落ち着くかも」

 鉄がそう言うと、千鶴は早くに家に帰りたかったのか、な~んだと言ってお弁当を食べだした。


「それよりさ、やばくない?黒谷」

「え?鉄、どうしたの?」

「あっちにいるうちのクラスの女子、黒谷のことあれこれ言っていたからさ」

「うん。変なオーラ出しているしね」


「変なオーラ?見えるの?空」

「見える。黒谷さんにも見えるんじゃない?黒っていうか、灰色っていうか、変な色のオーラ」

「う、うん。トイレにいた霊も黒かったの。顏とか見えなかったけど、すごく怖い感じだった。体中が震えたし」

「そうなの?やばい霊っているの?」

 また千鶴が顔を青くさせ、そう聞いてきた。


「大丈夫だよ。どこだっけ?今から行ってこようか?私」

 そう黒谷さんに言うと、黒谷さんはさらに顔を青ざめさせ、

「駄目です。いくら榎本先輩でも、あんな危ない霊は近寄らないほうがいいと思います」

と必死に私に言ってきた。


「ど、どんだけ危ない霊なんだよ。こえ~~~」

 鉄までが顔を青くした。

「早く、天気になったらいいよね。なんか空気も重いし…。あ、凪、こういう日は気持ちあげておかないと、凪にもひっついちゃうから、気を付けて」

 空君にそう言われ、私は空君に椅子を近づけて座った。


「大丈夫。空君のこと思うだけで、気持ちあがっちゃうし」

「あ…。だね。今、すごい光が…」

「本当だ。一瞬にして食堂が明るくなった」

 黒谷さんも顔をあげ、明るい表情になった。


「明るくなったの?変わんない気がするけど」

 鉄がそう言った。鉄にはわからないようだけど、私には重く嫌な感じが消えた気がしていた。

 

 黒谷さんも、ホッとした表情を浮かべ、お弁当をようやく食べだした。他のみんなも、お弁当を広げ、

「今日はいくらなんでも、部活しないよね~」

「ああ。さすがに帰った方がいいと思うよ」

 なんて言いながら、食べていた。


 一瞬、平和な空気が戻った。私も空君も安心して、お昼が終わるとそれぞれの教室に戻って行った。

 

 午後の授業が始まった。雨はどうやら止んだようだが、まだ風が吹いていて、暗い雲も空を覆っていた。

 ビュー…ガタガタ。教室の窓がきしんだ。


「ねえ、帰らさせてくれないのかなあ」

 まだ千鶴はそんなことを言っている。5時間目が終わり、休憩中にそんな話をしていると、放送が教室に流れ出した。


 台風の影響で風が強まり、6時間目は休講になり、全員帰るようにとの放送だった。

「やった!帰れる!」

 千鶴が喜んだ。

「こんなことなら、もっと早くに帰らせてって感じだよね」

 喜んだくせに、文句まで言っている。


 帰り支度を終え、私と千鶴が教室を出ると、そこに鉄が青い顔をして走ってやってきた。

「鉄?どうしたの?」

「黒谷がやばい。トイレ行ったきり、あのクラスの連中といなくなった」


「クラスの連中って、さっき黒谷さんのこと悪く言ってた?」

 千鶴がそう聞くと、鉄は頷き、

「空がトイレを見に行ったら、真っ黒い変なオーラが出てるって。空、さすがに女子トイレだし、凪呼んで来てって言ってるから、呼びに来た」

と早口で言った。


「わかった。行く。どこのトイレ?」

 私は鉄と一緒に走り出した。千鶴も後ろからついてきたが、

「凪、大丈夫なの?危なくないの?」

と、心配して大声で後ろから叫んでいた。


「危なくても、行かなくちゃ。黒谷さんが大変だよ」

 見えない人には怖くないかもしれないけど、黒谷さんには見えちゃうんだもん。それも、空君もそばにいられないとしたら、きっと今、ものすごく怖がってる。


 鉄を追いかけ、女子トイレの前まで来た。

「空君!」

「凪。ごめん。この中に黒谷さんと、クラスの女子が数人いると思うんだ」


「うわ。トイレのドアのあたり、やけに暗くない?それに寒くない?」

「うん。凪も感じる?すごい黒いもやもやしたものが、覆ってるんだ」

「私には見えないけど、でも、寒気だけは感じる」

 千鶴もそう言って、震えあがった。


「私に任せて、空君。でも、ここにいてね」

「俺も入ろうか?」

「大丈夫!」

 そう言って私は、一回空君に抱きついた。


 ふわわ~~~。あったかい空君のオーラに包まれた。空君も私を抱きしめてくれた。

 ギュ…。空君のぬくもりで、私の胸は一気にあったかくなった。


 もう大丈夫。

 

 トイレのドアを開いた。

「うわ。やっぱり、やばい」

 空君が横でそう言って、私を心配そうに見た。でも、

「凪、すげえ」

と一言、空君は私を見て目を丸くした。


「光、たくさん出てるでしょ?」

「うん」

「いってくる」

「う、うん」


 トイレに入ると、やたらと寒かった。そして電気がついているのに、ものすごく暗い。

 中には、食堂にいた女子が3人。私が入るとこっちを睨み、

「うそ。空君の彼女だ」

と呟いた。


「黒谷さんはどこ?」

 そう大きな声で聞くと、

「トイレに入ったきり出てこないですよ。こっちがなんにもしていないのに、ガタガタ震えてトイレに逃げ込んで、そのあとも、トイレの中から悲鳴あげたりして、気持ち悪いったらない」

と、顔をゆがませて3人のど真ん中にいる人がそう答えた。


「黒谷さんに何かしたの?」

 そう聞くと、その3人はお互いの目を合わせ、

「別に」

とちょっと口元をにやつかせた。


 別になんて言ってるけど、きっと何かしたんだ。嫌がらせか、じゃなきゃ何かを言ったか。その3人からも変な空気を感じた。顔色も悪いし、一人の子はやけに寒がっている。


「このトイレ、やばいって感じてないの?」

 そう聞くと、一人の子はびくっとしながら私を見て、

「え?どういうこと?」

と恐る恐る聞いてきた。


 寒がっていた子だ。きっと他の子より霊感があるんだろうな。

「幽霊、それも何人もいるかも」

「え?!何言ってんの?空君の彼女も変なやつなわけ?黒谷さんみたいに」

 一番、リーダー的な存在なのか、私の真ん前にいる子がそう言って、鼻で笑った。


「やめなよ、久恵。私も変な感じがしてる。それも、黒谷さんが入っているトイレ、ものすごくやばそう」

「何言ってんの?広香。幽霊なんかいないよ」

「いるってば。本当に久恵何も感じないの?」

 広香って言う人は、青ざめ、ガタガタ震えだした。


「やばそうだから、私もう行くよ」

「なんで?黒谷さんが、空君にはもう近づかないって言うまで、こっから出さないんじゃないの?」

 久恵って人がそう言って、広香さんの腕を掴んだ。

「離してってば!」

 広香さんは本当に怖がっている。


 そうか。トイレにきっと黒谷さんを連れてきて、空君にもう近づくなって脅したんだな。


 その時、バチン!というラップ音とともに、電気が消えた。

「きゃあ!!!」

 広香さんも、そして黒谷さんも大声をあげた。

「何よ、台風で停電になっただけじゃない」

 

「違うよ、見て。廊下の電気はついているみたい。ここだけ電気が消えたんだよ。久恵、私ももう帰る。放送あったじゃん。台風もっと強くなったら電車止まるし」

「サチ?裏切るの?」

 怖いかも、この久恵って人。友達を思い切り睨みつけたりしているし。


 それに、この人から出ているオーラ、暗いし冷たい。霊がきっとこの人にも寄ってきているはず。


 あれ?こういうこと前にもあったな。ああ、佐奈さんって人だ。金縛りにあったみたいに動けなくなって、私が霊を浄化させて、そのあとはもう、空君にも黒谷さんにもちょっかい出さなくなったのか、2学期になってまったく顔も見ないけど。


「ちょっと、なんでトイレのドア開かないの?」

 顔をこわばらせながら、広香さんがドアを開けようとドアをガタガタ揺らしている。

「え?鍵閉まってるの?でも、鍵なんかついていたっけ?」

 久恵さんに腕を掴まれたまま、サチっていう人もドアのほうに行こうとしたが、久恵さんが動かないでいるから、サチさんもその場を動けなくなっていた。


「ちょっと、久恵、離して!ふざけないでよ」

「う、動けないの。体がなんだか硬直して」

「え?」

「金縛りなんじゃないの?それ」

 広香さんはもっと顔を引きつらせた。


「鍵なんかついていないでしょ、そこのドア。外で意地悪してるんだよ。鉄!開けてよ!」

 サチさんが怒鳴った。

「え?!ドア?触っていないし、なんにもしていないって!」

 ドアの外から鉄の声が聞こえた。


「じゃあ、開けて!こっちから開かないの!」

 そう叫んだのは、広香さんだ。

「ドアから離れて!体当たりしてみるから」

 その声は空君だった。


 ドシン!空君がドアに体当たりしたようだ。でも、開かない。

 なんで?鍵もついていないし、簡単に手で押したら開くようなドアなのに。


「空君!先輩!助けて!」

 黒谷さんがトイレの個室から叫んだ。

「黒谷さん、トイレのドアを開けて!」

 私はその声のする個室の前からそう言って、ドアをどんどんと叩いてみた。


「開かないんです。鍵なんか閉めていないんです、私」

「え?!じゃあ、閉じこもっているわけじゃなくて、開かなくなっていたの?」

 サチさんが、震えながらそう聞いた。もう、広香さんは半泣き状態だ。


「こ、怖いよ。どうしたらいいの。ねえ、空君!助けて!」

 広香さんがそう言うと、サチさんまでが泣きそうになりながら、

「離して、久恵」

と久恵さんの手を振り払おうとした。でも、久恵さんはビクともしないでガタガタ震えているだけ。


「なんで、足も手も動かないの?私…」

 ビュー、ガタガタガタ。窓に風が当たる音がやけに気味悪く響いた。


 バチン!

 またラック音がした。みんながいっせいに「きゃあ」と声をあげた。

「凪?大丈夫か?」

 空君が、ドアの外からドアを叩きながらそう叫んでいる。


「大丈夫だよ!待ってて、今すぐにそっちに行くね」

 私はそう言ってから、黒谷さんのいる個室の真ん前に立ち、ドアに手を当てた。

「黒谷さん、大丈夫だからね」

 そう言ってから目を閉じて、さっきの空君のあったかいオーラを思い出した。


 ふわ~~~。空君に抱きしめてもらった時の、あの感触。あったかくて優しい、ほわほわしたオーラ。

 ああ、空君、可愛かった。

 空君をまた今すぐ、抱きしめたいなあ…。


 ガタン!

 個室のドアが開き、中から青ざめた顔の黒谷さんが出てきた。

「あ、開いたね!」

 私はそう言って、黒谷さんを抱きしめた。


「わあ、体が冷たくなってる」

 私は、ガタガタ震えている黒谷さんを抱きしめ、背中を撫でてあっためてあげた。すると、

「先輩~~」

と黒谷さんは泣き出してしまった。


「もう大丈夫だよ、黒谷さん」

 そう言って、黒谷さんにハグをしたまま、私は久恵さんたちのほうを見た。

 あれ?まだ久恵さんは、金縛り状態みたいだ。


「黒谷さん、もしかして、あの辺はまだ霊がいっぱいいたりする?」

「はい。います。こっちにいた霊まで、あっちに逃げたみたいで」

「そう。それじゃ、あの辺がやたらと暗いのは、電気がついていないからだけじゃないんだね」

 そうこそこそと話していると、

「ねえ、今、何をしてドアが開いたの?こっちのドアも開けてよ」

と広香さんが言ってきた。


「待ってて」

 私は黒谷さんから離れ、トイレのドアに近づいた。でも、私が開けようとしても開かなかった。

「久恵さんにひっついている霊のしわざかな」

 私はそう言いがら、今度は久恵さんに近づいた。


「早く、助けて。寒いし動けない」

 久恵さんも泣きそうだ。腕を掴まれているサチさんは、真っ青になって震えている。

「じゃあ、サチさんも一緒に、こっちに来て」

 私はサチさんを久恵さんに近づけた。サチさんは恐々近づき、

「何をするの?」

と私に聞いた。


「ハグ!」

 そう言ってから、大きく両手を広げ、2人をいっぺんに抱きしめた。

「ぎゅ~~~~」

 それから、目をつむり、空君を思った。でも、なかなかあったかいオーラを思い出せない。


 久恵さんとサチさんから、冷たい空気がやってきた。寒い。一気に私まで体が冷えていく。

「先輩!黒い変なのに先輩までが捕まっちゃいます!」

 黒谷さんが、必死に後ろでそう叫んだ。


「凪?大丈夫か?」

 その声を聞いたのか、空君が大きな声で聞いてきた。空君の声も、ものすごく心配しているような声だ。それにさっきから、トイレのドアを何度も開けようとしているようで、体当たりを繰り返している。


「大丈夫。でも、ちょっと大声で叫んでもいい?!空君」

「え?何を?」

「恥ずかしいこと。空君、恥ずかしかったら、耳ふさいでね」

「え?!凪、なんのこと?」

 そう空君は必死に私に聞いてきたが、かまわず私は、叫んでしまった。


「空君、大好き~~~~!!!!」


 ブワッ!

 自分から、すごい光が飛び出たのが見えた。

 わあ!初めて自分でも見ちゃった。光…。


 その途端、久恵さんはサチさんの腕を離し、へなへなとしゃがみ込み、サチさんは私の腕にしがみついてきた。


「すごい!一瞬で消えました」

 黒谷さんの喜ぶ声がした。と、同時に空君がトイレのドアを開け、中に飛び込んできた。

「凪!」

「空君」


「大丈夫?…って、まぶしいくらいの光だ。目、開けてらんない…」

 空君はそう言って目を細め、ちょっとしてから、天井を見上げた。

「大丈夫か?黒谷」

 鉄もドアから顔を出した。そのドアから、広香さんは廊下に飛び出し、しゃがみこんで泣き出してしまった。


「みんなも廊下に出よう。久恵さんは立てる?」

 私は久恵さんの腕を持って、立ち上がらせた。そして、久恵さんとサチさんと一緒にトイレを出た。

 空君も黒谷さんもトイレから出ると、トイレの電気は灯り、何事もなかったかのような明るさを取り戻した。


「こ、怖かった~~」

 サチさんと広香さんは、抱き合って泣いている。その横で、久恵さんは呆然と顔を真っ白にさせ、座り込んだままでいる。


「な、なんだったの、今の」

 ああ、思考回路、ついていっていないのかも。

「あのさあ。あんたがさっきの霊、引き寄せたんだよ」

「え?わ、私が?」


「黒谷さんのこと、あれこれ悪く言っていたし。あんときからもうあんたの周りやばかったよ。それに、なんだって、黒谷さんをトイレに呼んだりしたんだよ。俺と黒谷さんが仲いいからか?」

 空君は、ものすごく冷たい声でそう久恵さんにつっかかった。


「…だって、腹が立って」

「なんで?」

「彼女でもないのに、いっつも空君にくっついているから」

「彼女である凪は、気にしていないのに、なんであんたがそんなことで腹を立てるんだよ。変だろ?そんなの」


「……」

 久恵さんは、空君にそう言われてすっかり静かになってしまった。

「もう、こういう嫌がらせすんなよ。結局は悪い波動出して、変なもん引き寄せるのはあんただ。出したもんっていうのは、自分に返ってくるんだよ。それがわかったら、もう、こういうことするなよな」


 空君のその言葉で、久恵さんはとうとう泣き出してしまった。そして、

「も、もうしない。こんな怖いこと、もう嫌だ」

と言って、しゃくりあげた。

 

 その横で、サチさんも広香さんも「もうしないよ~~」と、泣きながらそう言っていた。


 佐奈さんの時もそうだったな。こんな怖い目にあったら、もう嫌になるよね。

 そして、空君の冷静さ。佐奈さんの時と同じくらい、クールだ。


 でも、相当頭に来ていたのかな。人のことを「あんた」なんて言い方、しないのになあ。


「さあ、帰ろう。あ、千鶴も大丈夫だった?」

 千鶴はずっと、怖くてトイレの前で震えていたようだった。

「怖かった~~。なんか、おどろおどろしいんだもん、ごめんね。何の役にも立てなかったよ」

「でも、もう大丈夫だから。電車止まる前に帰ろうか」


「うん、帰ろう!」

 そう言って、空君も私と黒谷さんを見てにこっと笑うと歩き出した。千鶴や鉄も空君と歩きだし、私は黒谷さんに寄り添いながら歩き出した。


「あ…」

 その時、黒谷さんがトイレのほうを振り返り、

「まだ、光が残ってて、なんか言っているかも」

と天井を見上げた。


「何か言ってるって?聞こえるの?」

「いいえ。感じるんです。えっと、お礼言っているみたい」

 黒谷さんがそう言うと、空君もこっちを見て、

「ああ、本当だ。キラキラしながら、凪にお礼言ってる」

と、そう呟いた。


「お礼?なんで?」

「成仏させてくれたから、じゃない?波動もあがったし、きっと気持ちよく成仏できると思うよ」

「……そうなんだ。それは私には聞こえないけど、良かったな」

「うん」


 そんな会話をしているのを、後ろで久恵さんたちは聞いていたようだ。でも、

「このことは、他の奴には言うなよ」

と、空君が怖い声で言うと、久恵さんたちは黙って頷き、それから足早に廊下を駆けて行ってしまった。



 


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