第87話 ホッとする場所
翌日、桐お兄ちゃんと麦お姉ちゃんが来た。2人は近くのペンションに泊まり、海水浴からサーフィンからいろいろと楽しむらしい。
昼にまりんぶるーに遊びに来て、休暇を取っているパパやママ、籐也さん、花お姉ちゃんと一緒に昼食を食べていた。
「このメンバーで一緒にいると、れいんどろっぷすにいるみたいね、桐太」
麦お姉ちゃんがそう言うと、桐お兄ちゃんは、
「ああ。桃子にちょっかい出していた籐也を思い出すな」
と言って笑った。
「そんな古いこと持ち出さないでよ、桐太さん」
籐也さんがそう言ってから、私と目がバチッとあい、
「あ。凪ちゃん、ちょっかいっていっても、デート誘ったくらいで、他には何もしていないからさ」
と、気まずそうな顔をしてそう言った。
「そうだよ。あの時はお前しつこかったよな。まあ、結婚してお腹に赤ちゃんいるのも知ったら、すぐにあきらめたけどな?」
「え?私がママのお腹にいる頃の話?」
びっくりしてそう聞くと、
「あ、でも、ほんと、ちょっとデートに誘ったくらいだから」
とまた籐也さんは引きつり笑いをしながらそう言った。
「なんでそんなに必死に言い訳してんの?籐也」
桐お兄ちゃんがそう聞くと、
「だって、凪ちゃんや碧には知られたくない過去って言うか、なんていうかさ」
と、籐也さんはブツブツ言った。
「あはは。いいじゃん。今は花ちゃん命。お前が花ちゃんのことずっと思い続けてきたのは凪も碧も知ってるよ」
パパがそう言って笑った。
「そういえば、碧は?」
籐也さんがきょろきょろしながら聞いてきた。
「塾だよ。受験生にはお盆も正月もないんだよ」
「大変だな」
パパの言うことに、籐也さんはそう言うと、
「昨日、あの文江ちゃんを送って行ったんだっけ?碧と文江ちゃん、進展あった?」
と声を潜めてパパに聞いた。
「全然。俺が話してばかりで、碧はほとんど話もしなかったし」
「あれ?そうなの?」
「文江ちゃんのほうも、碧のことは意識しているのか、顔赤くしてばかりで話しかけることもできないようだったし」
「そうか~~」
「籐也、気になっていたわけ?」
「なんとなくね。なんか、桃子ちゃんや、花に近かったじゃん、あの子」
「顔赤くしているあたり?」
「そうそう」
「そんなに私って、顔赤くしていたかな。それに花ちゃんも、赤くしていなかったと思うけど」
ママがそう言うと、花お姉ちゃんもうんうんと頷いた。
「いやいや。聖さんのこと見てよく顔を赤くしていたよ、桃子ちゃんは。花だって、俺と付き合いだしてからは、なんかいつも、顔赤らめていたよね?」
「え~~。そ、そうかな」
ママと花お姉ちゃんが同時にそう恥ずかしがった。
やっぱり、この二人は似ているかも。
黒谷さんは、この二人に似ているのかな。私にはわかんないや。空君にはけっこう積極的に話しかけたり、くっついたりしていたし。
あ。そっか。もしや空君に対しては、本当に恋愛感情がなかったのかもしれないな。
「な~~ぎちゃん、空は?」
籐也さんは、私ににこにこしながら聞いてきた。
「え?さあ?」
「彼女なのに知らないの?今日会わないの?」
籐也さんがそう私に言うと、桐お兄ちゃんと麦お姉ちゃんが、
「え?!凪ちゃん、空君と付き合うことになったの!?」
とびっくりした顔で聞いてきた。
「あ、は、はい」
「へ~~。聖、とうとう凪ちゃんに彼氏できちゃったじゃん。どうすんの?」
「どうもしないよ、桐太。それに空ならまあ、認めているから」
「聖のいとこなんだっけ?」
「そうだよ」
「なんだ~。認めちゃってるの?聖君のことだから、絶対に許さん!って反対しているのかと思ったのに」
「麦ちゃん、なんか、面白がってない?」
「ふふ。だけど、凪ちゃんに彼氏ができちゃうような年になっちゃったんだねえ」
麦お姉ちゃんがしみじみとそう言うと、
「俺らもふけたってこと?」
と桐お兄ちゃんは笑った。
それからも、パパたちはわいわいと楽しそうに話を続けた。
1時近くになって、空君がひょっこりとやってきた。
うわあ。嬉しい。今日、会えるかどうかも分からなかったから。まりんぶるーはお盆休みで閉めているし、だから今日アルバイトがあるわけでもなかったし。
「母さん、昼飯食いに来た」
キッチンでくるみママとケーキの試作品を作っている春香さんに、空君がそう言った。
「遅いわよ。みんなもうお昼食べちゃったわよ」
「…じゃあ、もう飯ないとか?」
「とってあるけど冷めてるわよ。何してたの?まさか寝てた?」
「いや~~。父さんに、発注の仕事させられてた」
「なんだ。お店の手伝いか。櫂のお昼も食べたら持って行ってあげてね」
「うん」
空君は2人掛けのテーブルにお皿を運び、座って静かに食べだした。
「はい。水でいいわね」
そこに春香さんがグラスに入った水を持ってきた。
「…凪ももう食べたの?」
空君はちらっと私を見て聞いてきた。私はママやパパと同じテーブルにいて、すでにお昼も食べ終わっていた。
「うん。終わった」
「そう…」
また空君はもくもくと食べだした。
「空君。ねえ、凪ちゃんと付き合ってるんだって?」
空君の真ん前に席に、麦お姉ちゃんが座り、唐突にそう聞いてしまった。
「え?」
空君は思い切り驚き、
「ゴホゴホ」
といきなりむせた。ご飯粒が変なところに入ってしまったらしい。
「ごめん、ごめん。驚かすつもりはなかったんだけど」
「そうだよ、麦ちゃん。可愛い空をいじめるなよ」
そう言ったのは籐也さんだ。
「可愛い?」
空君の顔が引きつった。
「昨日から2人見ているとさ、初々しいんだよ。特に空。だから、駄目だよ、からかっちゃ」
また、籐也さんがにこにこりしながら麦お姉ちゃんにそう言った。
「ふ~ん。そうなんだ。まだ、本当に付き合ったばかりなのね」
麦お姉ちゃんは椅子から立ち上がり、また桐お兄ちゃんの隣の席に着いた。
「麦ちゃん。空はシャイなんだよ。ほら、真っ赤になっちゃっただろ?だから、からかうの禁止」
パパまでがそう言った。
「あはは!まるで、お前と付き合っていた頃の桃子みてえ」
桐お兄ちゃんが大笑いをした。
「そうなんだよ。空と凪は俺と桃子ちゃんの逆バージョンなんだ。凪のほうが積極的なんだよなあ」
「でも、赤ちゃんの頃からだから、それ」
パパの言った言葉に、ママまでがしれっとそんなことを言った。
ああ。もう!空君がさっきから、スプーンを持ったままかたまってるよ。
「空君、リビングに行って食べない?ここだと食べずらいでしょ?私も食後のコーヒーでも飲むから」
「え?あ、うん」
私は自分でさっさとアイスコーヒーをグラスに入れ、トレイにそのグラスと空君の水やお昼ご飯を乗せ、リビングに歩いて行った。後ろから、
「凪ちゃんのほうが、姉さん女房って感じでいいね」
という桐お兄ちゃんの声が聞こえて来たけど、思い切り無視した。
リビングにはおばあちゃんとおじいちゃんがお昼ご飯を終え、のんびりとしていた。
「お邪魔します」
「あれ?凪ちゃん、空、どうしたんだ?」
「お店の方、うるさくって」
「ああ。聖の友達が来ているんだろ?にぎやかそうだな。たまにここまで笑い声が聞こえてくる」
おじいちゃんはそう言いながら、テーブルの上のお皿をお盆に乗せ、それを片づけに行ってしまった。
「どうぞ、ここに座ってゆっくりしてって。あら、凪ちゃん、お昼は?」
おばあちゃんが優しく聞いてきた。
「私はもう先に食べたから。食後のコーヒー飲もうと思って」
「アイスコーヒー?凪ちゃん、コーヒーなんて飲めるの?」
「シロップとミルクをたっぷりと入れたら飲めるの」
「そう」
おばあちゃんはとてもとても嬉しそうだ。
「昨日、ここに大勢やってきて、大変じゃなかった?ばあちゃん」
空君はご飯を食べながらそう聞いた。
「賑やかだったわよ。とっても楽しかった」
「でも、疲れたんじゃない?」
「そうね。だけど、こうやって凪ちゃんと空君が来てくれたから、今は癒されてるわ」
「ああ。凪の癒しパワー?」
「空君もよ。ねえ?凪ちゃん。空君にも癒しパワーあるわよね?」
「うん。あると思う」
そう言って私は、すぐ隣に座っている空君の腕にしがみついた。
「な、凪。そうやってると、飯食えない」
「ごめん。あ、食べさせようか?あ~~んって」
「い、いい」
空君、真っ赤になっちゃった。可愛いなあ。
「じいちゃん、片づけに行ったきり戻ってこないね。お店でつかまったかな」
「そうね。聖たちと話し込んでいるのかもね」
「ばあちゃんはいいの?いつもリビングにいるけど」
「時々お店にも出てるわよ。朝はくるみさんと一緒に仕込みを手伝っているし」
「あ、俺らが店に来る前に、やってるんだ」
「そう。少しは体動かさないとね。それに、夜、圭介と散歩にも行ってるし」
「ばあちゃん、本当にじいちゃんと仲いいね」
「そりゃあもう…。一生会えなくなるかもって思っていた人だから、いまだに大事。いまだに一緒にいられるのが嬉しいのよ」
おばあちゃんはそう言って、優しく微笑んだ。
あ~~~~~~。なんか、感動!
「いいなあ。ずっと一人の人を思い続けて…。おばあちゃんとおじいちゃんって、ロマンチック。なんか運命も感じるよね?」
「それを言うなら、あなたたちも。ずっと子供の頃からお互い思い合ってて。すごいなあって圭介とも話しているのよ?」
「え?そ、そうなんだ」
空君は顔を赤くした。そして俯きながら、
「でも、凪は…、特別なんだ」
と呟くように言った。
「私も!」
隣で空君を見ながらそう言うと、空君は顔をあげて私を見た。そしてはにかみながら笑った。
「くすくす」
おばあちゃんがそんな私たちを見て、また優しく笑った。
ご飯が終わっても、まだ私たちはリビングにいた。おばあちゃんの優しい笑顔に包まれながら、私と空君も優しい気持ちになって、おばあちゃんといろんな話をした。
空君は本当におばあちゃんとおじいちゃんの前だと、よく話すようになる。
このリビングは、私と空君にとって本当にサンゴみたいだなあ。
可愛い空君の笑顔を見ながら、そんなことを私は感じていた。
「空!櫂にお昼持って行ってあげて。きっとお腹空かせて待ってるから」
2時を過ぎた頃、春香さんがリビングに、櫂さんのお昼を持って現れた。
「あ、そうだった。忘れてた。じゃ、ばあちゃん、またね」
空君はそう言うと、私の手を引きリビングを出た。
あれ?私も一緒でいいの?でも、もし空君の家に行くとしたら、2人きりにならない?
あ。櫂さんがいるか。2人きりにはならないのかな。
いったん、お店のホールを通る時、空君は手を離した。
「あれ?帰るの?それとも、2人でデート?」
籐也さんが聞いてきた。
「帰るんです」
空君がぶっきらぼうにそう答えた。
「凪ちゃんも帰っちゃうの?寂しいなあ」
桐お兄ちゃんがそう言ってきた。
「桐太!凪にちょっかい出すなよ。俺の大事な娘なんだから」
「出さねえよ!それより、碧はまだ帰ってこないわけ?最近、聖に似てきたんだろ?桃子から写メールももらったけど、俺、会うのすげえ楽しみにしてきたのに」
「桐太!碧にも手を出すな。あいつは俺の大事な息子なんだからな!」
「手は出さねえよ!」
え?
え?え?え?今、ちょっとびっくりするようなことを聞いた気が。でも、ママも、麦お姉ちゃんも笑うだけで、何の反応もない。
なんで、碧?
あ。きっとパパのジョークだよね?
お店を出て、ちょっと歩くと空君は私の手を取った。手、繋いでくれるんだ。嬉しいな。
「私、空君の家に行ってもいいの?」
「うん。いいけど。なんで?」
「ううん」
そうか。やっぱり、櫂さんがいるんだよね。
そして空君の家に着いた。空君はお店に回り
「はい。昼飯」
と櫂さんに紙袋を手渡した。
「あ~~。やっと来た!腹減って死にそうだった」
そう言って櫂さんはお店の奥に入って、すぐにお弁当を広げた。
「飲み物なんか、持ってこようか?」
「いい。冷たいお茶ならここにあるから」
櫂さんは手に水筒を持っていた。
「あ、そう。それじゃ、凪行こう」
空君はぶっきらぼうに櫂さんにそう答え、私の手を取って階段を上りだした。
あれ?櫂さんはお店にいるんだよね。っていうことは、2階に私と空君の2人きりにならない?
いいの?2人きりにはならないようにするって言ってなかったっけ?
ドキドキドキ。なんだかいきなりドキドキしてきちゃった。
久しぶりに空君と部屋で二人きりだ!わ~~~~~~~~!




