第84話 仲のいい夫婦
翌日、ちょっとだけ曇り空。でもとっても暑くなりそう。私とママは早々にまりんぶるーに向かった。
そして、昼から始まるパーティのお手伝いを始めた。
碧は午前中塾がある。パパはと言うと、水族館が休みなので、久々に朝から泳ぎに行ってくると、爽太パパと一緒に泳ぎに行ってしまった。
空君も誘って行ったらしい。本当は私も行きたかった。でも、妊婦のママだけを手伝いに行かせるのも気がひけて、まりんぶるーに来た。
それに…。まりんぶるーのテーブルには、花お姉ちゃんと籐也さんがいるし。
本当に籐也さん、テレビで見るのと一緒。かっこいいなあ。
パパもかっこいいけど、籐也さんのかっこよさは、やっぱり、都会的と言うか、オシャレと言うか。
「籐也君は海、行かないでもよかったの?」
くるみママがそう聞いた。
「あ~~、あんまり日に焼けるの駄目なんすよ」
「肌弱いんだったっけ?」
「いえ。バンド的にNGで」
「ああ、そうか。大変なのね」
「はあ。でも、聖さんみたいに俺は、アウトドア派じゃないんで」
「聖も別に、アウトドア派じゃないわよ?確かに海だけはやたら好きだけど、キャンプみたいなのは面倒くさがって行かないから」
「そうなんすか?」
「ご飯作ったり、バーベキューしたりっていうのは好きだけどね。テント張ったりっていう作業は面倒みたい。山や森はそんなに好きじゃないみたいだし」
「へえ。海に固執してるんすね」
「そうなのよね~。でも、桃子ちゃんもアウトドア派じゃないから、ちょうど良かったわね」
「はい。私、虫とか嫌いだし、キャンプは苦手」
「うまくいってるもんすね。あ、うちも花も俺も、インドア派だから、ちょうどいいかも」
「そうよね。それに花ちゃんはイラストレーターでしょ?どこで仕事してもいいわけだから、籐也君が海外に行くような時も、くっついていけるわよね」
「はい。だけど、しばらくは日本にいます。赤ちゃん生まれたら大変だし」
花お姉ちゃんがそう言って、頬を染めた。
「俺も、日本にいるけど。子育て面白そうだし。聖さんが凪ちゃん育てているのを見てて、子供って可愛いんだろうなあって、ずっとそう思っていたし」
「え?私を育てているのを見て?」
私がびっくりして聞くと、
「うん。桃子ちゃんのお腹にいる頃から、聖さん大事にしていたし、生まれたら生まれたで、もう目の中に入れても痛くないってくらいに、可愛がっていたし、自分の子供ってそんなに可愛いものなのかなって、そう思いながら見ていたんだよ」
と、籐也さんが私に向かってそう言った。
そうなんだ。なんだか、籐也さんが私の子供時代を知っているっていうことが、驚きと言うか、感動と言うか。だって、今や知る人ぞ知るビッグ、アーティストなのに。
それから1時間後、パパ、爽太パパ、そして空君が海から帰ってきた。
「暑かった~~。曇なのに、気温が半端ない。今日、40度あるんじゃないの?」
「まさか。35度って言っていたわよ、天気予報で」
パパの言うことに、くるみママがそう答えた。
「35度でも十分に暑い」
そう言いながら爽太パパはキッチンに入り、
「冷たい水ちょうだい、くるみ」
と、くるみママに甘えている。
「あち~~~~~~~~~」
空君までが、ばてた顔をしている。珍しいなあ。いつも涼しい顔をしているのに。
「あ。凪!空の奴、逆ナンされてたぞ」
「え?!」
「聖さん!凪にばらさないでも」
逆ナン?!空君が?!
「でも、安心しとけ。俺と爽太パパが、蹴散らしておいたから。こいつにはラブラブであつあつの彼女がいるから近寄るなって」
「……本当にパパ、そう言ったの?」
「言ったよ。それでもう、金輪際空に近づくなって、聖さんが言ったから、絶対に来ないと思うよ」
空君はそう言ってから、水をゴクゴクと飲んだ。
「海水浴に来ていた子?」
まだ私は気になって聞いてしまった。
「海の家でバイトしているって言ってたな」
え?まさか。
「鉄と一緒にバイトしてたな。名前なんだっけ?」
「可里奈さん」
空君がぼそっとそう言った。
え~~~~!まだ、可里奈さん、伊豆にいるの?とっくに東京に帰ったのかと思った。それに、まだ空君に言い寄っていたの?もう、しつこすぎる!パパがはっきりとそう言ってくれて助かった。
「ありがとう、パパ」
「どういたしまして?凪も俺にひっついてくる女性おっぱらってくれるし、そのお礼もかねて」
パパはそう言ってにっこりすると、
「何?聖さん、いまだにモテモテなの?桃子ちゃん、大変だね」
と、籐也さんがママに言った。
「そうなんだよ、籐也君。でも、花ちゃんも籐也君がモテて大変でしょ?」
「俺?そうでもないよ。聖さんのほうがモテるんじゃないの?」
籐也さんがさらっとそんなことを言った。
まさか。パパより絶対に籐也さんのほうがモテるよ!
「そうかもね~。籐也君、そんなにモテないし」
え?花お姉ちゃんまでそんなこと言ってる!
「芸能人しているからって、モテると思ったら大間違い。ライブだ、レコーディングだ、テレビ出演に、ラジオ番組、多忙だからね、女の子と話す暇なんかてんでないし、疲れて家に帰って、花に癒されながら寝るだけの毎日だよ」
「その花って…、咲いてる花じゃないですよね?」
空君がぼそっとそう聞いた。
「ナイス、ボケ!空、お前のボケ、最高だな。花ちゃんのことに決まってるじゃん」
パパがそう言って笑った。
「仲いいんですね」
空君がそう言うと、花お姉ちゃんは赤くなった。
「でも、聖さんと桃子ちゃんにはかなわないと思う。バカップルなんでしょ?いまだに」
籐也さんがそう言うと、
「そうだね。かなわないかもね?桃子ちゃん」
とパパがにやけながらママに聞いた。
「…も、もう~~。聖君、そういうこと言わないで。恥ずかしい」
「あ~あ。桃子ちゃんも変わらないね。いまだに真っ赤になって。面白いなあ」
「お前の花ちゃんも、赤くなってるぞ?」
パパがそう言うと、ますます花お姉ちゃんは赤くなった。
「あはは。花も変わんないでしょ?昔のまんまなんだ」
「そういえば、お前のあの歌、今日歌わない?」
「なに?」
「バラードだよ。花ちゃんのことを思って作った歌」
「どこで?ここで?」
「ああ。碧がアカペラでもいいから聞きたいってさ。お前、ギター持って来てなかった?」
「…あるけど。アコギだよ?」
「いいじゃん。アコギにぴったりの曲だろ?久々に聞きたいな、俺も」
「いいよ。でも、1番は俺が歌って、2番は聖さんね?そういうことなら歌ってもいい」
「俺?」
「聞きたいっ。聞きたい、聞きたい、聞きたいっ」
ママが声を大にして何度もそう言った。
「私もパパが歌っているの、聞きたいな」
私がそう言うと、
「碧は嫌がるんじゃないの?」
とパパがそう言った。
「俺より、聖さんのファンになったりしてね?」
籐也さんがそう言うと、「まさか」とパパは笑ったけど、
「聖さんの歌のほうが、うまいし声も綺麗だから、わかんないよ」
と、また籐也さんがそう言った。
そうかな。やっぱり、籐也さんのほうが上手だと思うけど。カラオケではパパもそれなりに上手だけど、プロにはかなわないよね、いくらなんでも。
「聖さんなら、俳優だろうが、歌手だろうが、絶対にいけると思ったんだけどな、俺も」
「やめろよ、興味なかったんだから」
え?
「何?それ」
私がびっくりして聞くと、
「聖さん、一回、うちの事務所の人につきまとわれて大変だったんだよ。デビューしないかってね?」
と、籐也さんはパパにウィンクをした。
「あ~、そういうこともあったね?花ちゃん」
「うん。懐かしいね?桃ちゃん」
ママと花お姉ちゃんは懐かしがった。
私はびっくりだ。そんな話は初めて聞いた。パパってすごいって思っていたけど、スカウトされちゃうくらい、歌も上手だったのかなあ。なんでも、できちゃうんだな、パパって。
私はキッチンに行った。パパ、ママ、籐也さんと花お姉ちゃんは、また昔話で盛り上がりだしたから、話についていけず、空君の隣でお手伝いをし始めた。
空君は、野菜を洗っている。アルバイトをしてから、キッチンの仕事まで空君は手伝うようになり、今では野菜を切るのまで、けっこううまくなっていた。
「空君、逆ナンされた時どうしたの?」
「え?俺?」
突然の質問に空君はびっくりしたようだ。つるっと手から、レタスも落っことしているし。
「別に、何も」
「何もって?」
「なんにも答えなかったら、聖さんが横から来て、こいつには彼女がいるってそうはっきりと言ってくれて…」
そうだったんだ。シカトしていたんだ。
「もし、聖さんがいなかったら、俺、なんにも答えず、無視し続けたかな」
「そうなの?」
「うん。たいてい、なんにも答えないでいたら、どっかに消えるし。去年も、あの人に話しかけられてもほとんど無視していたら、話しかけてこなくなったし」
「可里奈さん、去年も伊豆に来てたのか」
「父さんにサーフィン教えてもらってたよ。父さん、サーフィンしている子とは、かなり仲良くなるから。俺は、ほとんど口もきかなかったけど」
「それでも、今年も空君に言い寄ってきたんだね」
「……なんでだろうね?どうせ、無視されるだけなのになあ」
それでも、空君ってかっこいいからかな?クールなイメージでもあるのかな。
「凪」
「え?」
「その、あんまり、籐也さんに見惚れてないでね?」
「え?私?見惚れてないよ?」
「そう?でも、ぼ~~っとしながら、さっき見てたよ」
ええ?そうだったかな。
「あ、もしかして、ヤキモチ?」
私はそう空君に聞いてみた。すると、空君ははにかみながら、頷いた。
か、可愛い~~~~!
ギュ~~~!
思い切り抱きしめてしまった。また、空君は、
「あ」
と言って、今度はトマトをシンクに落としていた。
「凪、抱きつくのは…」
「ごめん。でも、空君が可愛いから」
「はいはい。空を襲うなら、あとにしてね?凪ちゃん」
後ろからまた、春香さんに注意を受けてしまった。
「凪!空を襲っているのか!駄目だぞ!!!」
春香さんの声が聞こえたらしく、パパがホールからそう叫んだ。すると、籐也さんの大きな笑い声がして、
「あはははは。凪ちゃん、さすがだね」
と言われてしまった。
なんでかな。何がさすがなの?
「小さい頃も、聖さんに言い寄る女、泣き叫んでそばに寄せないようにしていたじゃん。凪ちゃんは積極的な子になると思っていたけど、本当にそうだね。桃子ちゃんに似てないんだね」
そんなことを籐也さんが言っているのが聞こえてきた。
「ああ。どっちかっていったら、俺似かも。やたらと空に抱きつくし…。ああこれは、赤ん坊の頃からだけどなあ」
「あはは。面白いなあ。見た感じは桃子ちゃん似なのにね。わかんないもんだね」
「お前と花ちゃんの子も、どっちに似るんだろうな?」
「さあ?楽しみだね、花」
「うん!」
そんな会話も聞こえてきた。花お姉ちゃんと籐也さんって、本当に仲いいんだな。
「ああ、そういえばさ、明日には桐太も来るよ。花ちゃん、まだ明日いるよね」
「桐太?なんだか会うのものすごく久しぶり」
「だよな」
「桐太のところは子供は?」
花お姉ちゃんが聞いた。驚き。桐お兄ちゃんと花お姉ちゃんって接点あるんだ。それも、呼び捨てにしてる。そういえば、ママも「桐太」って呼び捨てで、桐お兄ちゃんも「桃子」って呼び捨てだけど、いったいどんな関係があるのやら。いまだにその辺は私にも教えてくれない。
「桐太と麦ちゃんは子供はまだだなあ。そもそも、桐太が父親になるっていうのが、俺には想像もできないし」
「でも、欲しがってたよ?」
ママがそう言うと、パパが黙り込んだ。
「まあ、まだわかんないよ。花だって、34にして妊娠できたんだし」
籐也さんがその場を明るい雰囲気に変えようとしたみたいだ。
「だよな?春香さんは空を産んだの、30代後半だったし。まだこれからだよな?」
パパがそう言うと、春香さんもホールに顔を出して、
「そうそう。まだまだこれからよ」
と、そう明るく言った。
「花ちゃんの赤ちゃんと、私の赤ちゃん、同じ年だよね?きっと」
「うん!桃ちゃん、私、初産だから心配だし、わからないことだらけなの。いろいろと教えてね?」
「え?私も全部子育て忘れてるよ。どうしよう~~」
「え?そうなの?」
「うん。でも、大丈夫。私ですら育てられたんだから、花ちゃんも大丈夫だよ」
「うん。ありがとう、桃ちゃん!」
ママと花お姉ちゃんはそう言って、手を取り合っている。本当にあの二人は似ていると思う。性格が…。2人ともまだまだ、乙女チックで可愛いんだもん。
そんなところにいまだに、パパがまいっているんだけど、籐也さんもそうなのかな。いいなあ。あんな夫婦。
私はいつ、結婚して、いつ子供を産むのかわからないけれど、どんな夫婦になるのかな。
ちら。空君を見てみた。空君と夫婦。空君の子供…。空君が子育て…。
ああ。全くと言ってもいいほど、想像できない。
今はまだ、可愛い空君。
ううん。いいんだ。きっと徐々に私も空君も大人になっていくんだよね?
まだまだ、あどけない表情の空君で、いいんだもん。
そして、これから先、大人に変わっていく空君をすぐそばで見ていたいなって、私はそんなことを思っていた。




