第83話 パパとママの友達
それから、3日後。お盆休みが迫ってきた頃、とうとう碧が待ちに待った日がやってきた。そう、ウィステリアの籐也さんと花お姉ちゃんが伊豆にやってくるのだ。
お忍び旅行なので、ホテルやペンションも泊まらず、まりんぶるーの客室に泊まるんだそうだ。
もう、碧まで、まりんぶるーに泊まる~~!と、おおはしゃぎ。
まりんぶるーは明日から連休になる。お盆休みだ。その間、連日パーティだ!と喜んでいたのはパパだけだけど、碧はぜひ、ウィステリアの演奏が聞きたいと、バカなことを言いだしていた。
「籐也しかいないのに、どうやって演奏するんだ」
「じゃあ、カラオケで」
「あのなあ。カラオケの機材もないだろ?まりんぶるーには、そんなもん、おかないよ。残念だったな」
「せめて、アカペラで!!」
「お前、しつこい」
パパにそう言われ、碧はへこんでしまったが、でも、会えるだけでもいいと気持ちを切り替えたらしい。
私も実を言うと嬉しい。だって、有名人に何てそうそう会えないもん。籐也さんには会ったことあるけど、何年も前だし、なんだか、私まで舞い上がっちゃう。
だけど、空君には黙っておこう。空君しか好きじゃないよって、言っちゃったし。
まりんぶるーのパーティは、昼間からするというので私は千鶴と黒谷さんも呼ぶことにした。でも、ウィステリアの籐也さんが来ることは内緒だ。サプライズだ。
不本意ながら、かわいそうだから鉄も呼んであげることにした。鉄が籐也さんを知っているかどうかは知らないけど。
籐也さんが来るその日、私は朝早くからまりんぶるーに行き、手伝いをした。
いつ来るんだろうって、ドキドキしながら。
そして、11時近くに、カラン…とドアが開き、ちょっとはにかみながら、空君は入ってきた。
「凪、おはよ」
「おはよう、空君」
空君って、毎日会っているのに、必ず朝ははにかみながら入ってくる。おはよって声も照れくさそう。
「可愛い!」
ムギュ。後ろから思わず抱きしめてしまった。
「あ、あの。凪?」
空君がおたおたしている。
「こらこら。凪ちゃん。空を襲わないで」
春香さんにそう言って笑われた。
「ごめんなさい。つい、可愛いから」
「あはは。面白いなあ、凪ちゃんと空って。桃子ちゃんと聖の真逆よね。聖が桃子ちゃんに抱きついて、桃子ちゃんが赤くなってよくかたまっているのを見たことあるけど、その逆バージョンだもんねえ」
ああ。言われてしまった。
「母さん、あんまり凪をいじめるなよな」
「いじめてないわよ~~。もう!空ったら本当に、可愛い!」
そう言って、春香さんまでが空君に抱きついた。
「やめろ。母さんに抱きつかれても嬉しくもなんともない!」
「え~~?凪ちゃんだと、嬉しいんだ~~、空ったら~~~」
「う!」
空君は何も言い返せず、真っ赤になったままキッチンに入って行った。
それから、エプロンをつけ、空君も手伝いだした。籐也さんたちはまだ来ない。もしかしたら夜に来るのかもしれないなあ。
そして、ランチの混んでいる時間が終わり、3時を過ぎてちょっとのんびりとしていると、
「もう来た~~?!!!!」
と、大騒ぎをしてお店に碧が入ってきた。
「碧!お客さんがびっくりしている」
「あ。ごめん。すみませんっした~~」
碧はそうお客さんのほうを向いてぺこりとお辞儀をして、キッチンに来ると、
「凪、籐也さんは?」
と小声で聞いてきた。
はちきれんばかりの、期待にいっぱいっていう顔をして。
「まだだよ」
「え~~~~~~~~~!まだ?!」
碧はそう言って、とぼとぼとお店からビリングのほうに行ってしまった。
「わかりやすいよなあ、碧って」
ぼそっと空君はそう言うと、
「凪も楽しみなの?」
と私の横に来て聞いてきた。
「空君は?」
「俺も、楽しみだよ。半年くらい前、テレビでライブの映像を見たんだ。感動した。海外にも進出しだしたんだろ?海外でもうけるのわかるよ。なんか、こう迫力もあるし、歌もうまいし、演奏も最高だし」
へえ。空君がこんなに目を輝かせているのも珍しい。
「でも、ボーカルだけだよ?来るの」
「ああ。でも、やっぱり嬉しいな。いろいろと話も聞きたいし」
「そうだよね。私も、ちょこっと嬉しい。パパとママのお友達だし」
「そういえば、奥さんって、桃子さんの親友なんだって?」
「うん」
「長い年月を経ての結婚でしょ?すごいね。それだけ一人の人を思い続けたって」
「そうだね。何年って言ったかなあ。高校の頃からの付き合いだから。でも、私だって16年だよ?」
「え?」
「空君を思い続けて16年なんだけどな」
「………」
「すごい?」
「う、うん。でも、俺も一緒だから」
「…でへ」
私は空君の腕にしがみつき、腕に頬ずりまでした。
「あ。だから~~。いちゃつくのはバイトが終わってからね?凪ちゃん」
今度はくるみママに注意された。
「は~~い」
素直に私はそう言って、空君から離れたけど、空君はまだ赤くなっていた。
可愛い!
抱きつきたい!
でも我慢。
「凪、光出しまくってる」
「ごめん」
「い、いいけど」
空君の顔がずっと赤いわけがわかった。私がずっと光で包み込んじゃっていたんだな。
7時半を過ぎた。ディナーのお客さんはカップルが二組だけ。私と碧と空君は、お店が空いているからと、お店で夕飯を食べていた。そして一組が帰って、また一組が帰って行った。
「まだ来ないじゃん。本当に今日来るの?」
碧は待ちくたびれたようだ。
「あ!来た」
空君がそう言って、ドアのほうを見ると、碧は目を輝かせ、後ろを向いた。だが、入ってきたのはパパだった。
「なんだよ。父さんじゃないかよ」
そう言って、ふてくされながら碧はまた前を向くと、
「花ちゃん、籐也君、入って入って~~!」
というママの声が聞こえてきた。
「うお!来た~~~~!!!!」
碧が顔を高揚させ立ち上がった。
「うお~~~。モノホン!」
「本物って言えよ、碧」
空君は意外と冷静だ。
「あ。碧。塾からこっちに直接来てた?」
「うん!」
碧はわくわくしながら、ママの質問に答え、そのあと嬉しさのあまりぴょんぴょんとその場で飛んだ。
顔はずうっと籐也さんのほうに向いている。
「籐也さん、うちにまず来てくれてたのに」
「え?」
「ずっといたんだよ。かれこれ、2時間くらい?」
「え~~~~~~~!!!!なんで母さん、呼んでくれないんだよ!」
「いいじゃん。こうして会えたんだから。それより、花ちゃんも桃子ちゃんも座ったら?妊婦さんなんだからさ」
パパがそう言って、2人を座らせ、花お姉ちゃんの隣に籐也さんが座った。
わ~わ~わ~!かっこいい。テレビで見るのと一緒だ!髪型も決まっているし、耳にピアスまでしてる。
「花ちゃん!久しぶり。あ、籐也君も久しぶりねえ」
くるみママと爽太パパがキッチンから現れて、挨拶をした。
「ご無沙汰しています」
「花ちゃんもおめでたなんだって?おめでとうね!」
くるみママがそう言うと、花お姉ちゃんは顔を赤らめた。
花お姉ちゃんって、タイプで言うと、ママに似ているよね。
「パパ、水族館は?」
「早退しちゃった。明日からは休みだし」
まったく。まさかと思うけど、籐也さんが来たからかな。
「籐也、まじで久々だもんな?活躍ぶりはテレビで見てるけどさ」
「聖さんは?相変わらず、桃子さんにベタベタ?」
「うん。それから、凪にもベタベタ」
「自分で言ってたら世話ないよな」
籐也さんがそう言うと、パパは、
「お前だって、花ちゃんにベタ惚れだろ?赤ちゃんできて良かったな?花ちゃん似の女の子だったらどうすんの?」
と言い返した。
「…。女の子っていつか嫁に出すんだよなあ。それ考えるとなあ。でも、花に似てたら可愛いだろうなあ。そう思うとなあ」
籐也さんは、宙を見ながらそう呟いた。
「うわ。鼻の下伸びてる。見た?今の。碧、がっかりしたんじゃね?」
「見てなかった。なんか、ぼ~~っとしてて」
碧はまだ、興奮してて見えていなかったようだけど、私はしっかりと見ちゃった。本当に鼻の下伸びてた。
「俺ねえ、もう聖さんにからかわれても、屁でもないから」
「何それ。籐也」
「俺ね、別に花とのことを言われても、どうってことないからさ」
「…へ~~。そうなんだ。何?まさか、倦怠期?!」
わあ。パパ、なんてことを言うの?!
「まさか。何だって花と倦怠期を迎えないとならないんだよ。俺たち新婚間もないんだよ?まだまだ、アツアツに決まってるだろ?そっちこそ、もしかして、倦怠期だったり?」
「まさか~~。倦怠期だったら、桃子ちゃんが妊娠するわけないだろ?いまだにアツアツのラブラブ。新婚みたいにいちゃついてるさ。な?凪」
「うん。いまだにバカップルしてる」
「あはは!娘にバカップルって言われてんの?聖さん、笑える!」
「いいんだよ。別に。あいつだって、彼氏といちゃついているんだから、いいの!」
「え?え?凪ちゃん、彼氏できたの?」
花お姉ちゃんがびっくりしたように振り向いて聞いてきた。
「そうなの。ラブラブなのよ~~~。聞いてよ、花ちゃん。さっきもべたべたしてて、こっちが熱いのなんのって」
くるみママ?そんなこと言ったら、パパが怒る。
「母さんだってよく父さんとべたべたしてるんだから、いいんじゃないの~~?」
あれ?パパ、怒らないよ。
「相変わらず、榎本家はみんな仲がいいんだな」
籐也さんがそう言うと、花お姉ちゃんも、
「いいね。れいんどろっぷすにいるみたいだね。なんだか」
とそう言って、籐也さんに微笑みかけた。
「うん。思い出すね」
「うん。籐也君、あの頃と全然変わらないね」
「花も変わってないよ」
「おいおい。2人で世界を作るな!まったく~~」
パパがそう言って2人の間に割り込んだ。
「うお~~~~~~~~!なんか、すげ~~~~~~~~~~~~!」
今まで黙りこくっていた碧は、突然大声を出したので、みんなびっくりしてしまった。
「碧!おどかすなよ。ここには妊婦が2人もいるんだからな」
「あ。ごめん。でも、なんか、普通に籐也さんがうちの家族になじんでて、すげえ!って思って」
「だって、籐也も花ちゃんも家族みたいなもんだし。な?籐也。高校の頃から、れいんどろっぷすにいるやつはみんな、家族だよな?」
「あ。うん。まあ」
籐也さんは、なんだか照れくさそうだ。
「昔は桃子ちゃんに手を出そうとしたり、いろいろとしてくれたけどな?まあ、もうとっくに時効だな」
「え?!と、籐也さんが母さんに?」
「そうだぞ。俺っていう旦那がいる時に、手、出そうとしていたんだぞ」
「母さんに?!そうしたら、俺、籐也さんの息子だったかもしれないの?」
「ないない。桃子ちゃんと籐也が結ばれてたら、お前はここにいない。っていうか、そんなことあり得ないからな!桃子ちゃんは俺の、奥さんなの!!!」
パパが切れた。そして、隣にいるママの肩を抱いた。
「ったくよ~~。何を言いだすんだ。あいつは。俺が父親で不満でもあるのかよっ」
あ。いじけた。
面白いなあ。碧がパパの息子で不満なわけないのに。
「ねえ。それで、凪ちゃんの彼氏って、誰?」
花お姉ちゃんが、ママに聞いているのが聞こえた。
「ああ。空君だよ~~」
「え~~~。子供の頃から、仲のいい?」
「そうなんだよ。あの二人がくっついちゃったの」
ママがそう言った。えっと~~。どうリアクションしたらいいのかな。
「桃子ちゃんの結婚式でも可愛かったよねえ!私、覚えてるよ。2人で可愛らしくチュウってキスしてて、聖君が怒っていたのを。そうなんだ。その二人がくっついちゃったんだ」
「そうなんだよ~~~~」
えっと~~~。
ちらっと隣にいる空君を見た。あ、やっぱり、真っ赤だ。
そして前にいる碧を見た。こっちも真っ赤だ。違った意味で。
それから、パパ、ママ、花お姉ちゃんと籐也さんは、夕飯を食べながら、昔話に花を咲かせた。
4人ともすごく楽しそうだった。
いいな。仲のいい仲間。仲のいい友達がずっといるのって。
そういえば、明後日あたりに、桐お兄ちゃんと麦お姉ちゃんも来るんだっけ。この二人も、ママとパパと仲いいんだよね。
それも、なんでだか、ママは、桐お兄ちゃんと仲いいの。それなのに、あんまりパパは桐お兄ちゃんに怒らないの。とっても不思議な関係性みたいだ。
結局、空君も碧も、籐也さんとはあまり話すこともなく、その日はまりんぶるーを早々と退散した。きっと、パパが花お姉ちゃんの体を気にしてあげて、さっさとみんなが切り上げるのを早めたんだと思う。
「帰るぞ~。凪、碧」
「え?もう?」
「そう。もうおいとまする時間です。桃子ちゃんも帰ろう」
「うん」
そして空君も一緒にお店を出て、空君は一人で自分の家に帰って行った。
ああ。空君と今日はデートできなかった。最近は家まで送ってくれてて、その時間が唯一2人きりになれる時間だったのに。
「たまには、家族4人で散歩しようよ、凪」
パパにそう言われ、私の肩をパパが抱いてきた。
「ママは?ママが寂しがるよ」
そう言うとパパは、
「ママには碧がいるからいいの」
とそう言った。
そう言われて、碧は、
「しょうがねえなあ」
と言いながら、ママの隣に行った。するとママがめずらしく、碧と腕を組んだ。
「碧、聖君と背丈同じくらいになっちゃったね!」
「おう。この夏でも伸びたからな」
あ。なんか、碧も嬉しそう。
じゃあ、私も、今日はパパに甘えちゃえ!
「パパと腕組んで歩く」
そう言うと、パパが私の肩から手を離して、
「どうぞ、お姫様」
と言って腕を差し出した。
私はその腕にしがみつき、
「なんだか、子供の頃に戻ったみたい~~~」
と言って喜んだ。
子供の頃、パパ、ママ、碧、私で、時々江の島の浜辺を散歩した。私はパパと手を繋ぎ、碧がママと手を繋いでいた。
波打ち際で、波とじゃれあったり、みんなで追いかけっこをしたり。
楽しい思い出だなあ。
4人で、ぶらぶらと家まで散歩した。
うん。たまには、4人で散歩もいいね、パパ。まだまだ、パパには甘えていたいな…。
空君も大好きだけどね。




