第78話 夕日デート
「そうだ。先輩方。勉強教えてくんない?」
唐突におやつを食べながら、碧が言い出した。
「無理無理。空君が教えたら?」
千鶴がまずはじめにそう言って断った。
「あ、俺も無理」
「私も」
空君と私も慌ててそう言うと、
「じゃあ、黒谷先輩。お願いします。俺を助けると思って!」
と、思い切り碧は、頭を下げた。
「え?!」
黒谷さんは一瞬動かなくなった。でも、
「よろしく!」
とまだ、碧が言い張るので、小声で「はい」と頷いた。
「よっしゃ。ほんじゃ、数学から」
「ダイニングテーブルで勉強する?それか、碧の部屋に行く?」
ママがそうダイニングから聞いてきた。
「俺の部屋散らかってるから、食卓でする」
と、碧は言って、教科書やらノートやら、塾のテキストを持って移動した。
「がんばれ。受験生」
千鶴がそう言うと、碧は、
「おう」
と、力なく言って、椅子に座った。
「あれ?元気なくない?」
小声で千鶴が私に聞いてきた。
「彼女と同じ高校に行けるか、危ういみたい」
と、私も小声でぼそぼそとそう千鶴に言った。
「凪!ばらすなよ。聞こえてる」
碧がそう言って、「くそっ」と小声で舌打ちしたのが聞こえてきた。
あ。聞こえていたか。
「碧君…って呼んでもいいですか?」
「いいですよ。あと、俺の方が一個下だから、敬語じゃなくていいっすよ」
黒谷さんに碧がそう答えた。
「じゃ、碧君。彼女いるんですか?あ、いるの?」
黒谷さんは真っ赤な顔をしてそう聞いた。
「……いる」
碧はそう言うと、頭をガシガシと掻いて、
「先輩、それより勉強教えて」
と、ちょっと暗くなりながらそう言った。
あ。黒谷さんの顔色が変わった。わかりやすいなあ。
空君はずっと、私から離れた場所でマンガを読んでいる。
「ねえ。私、邪魔?」
千鶴が聞いてきた。
「え?」
「空君と凪、2人きりになりたいよね?」
ぎょ!何を言いだしてきたんだ。千鶴は。
「ううん。全然邪魔じゃない。ね?空君」
「うん。全然」
空君も慌てたようにそう言った。
「なんか、あった?喧嘩?」
千鶴が気になったのか聞いてきた。
「え?ううん。違うよ。ね?空君」
また私は空君に同意を求めた。
「うん」
空君は俯きながら小声で答えた。
「ふうん」
千鶴、まだ何か勘ぐっているみたい。
「2人でデートしなくていいの?」
「え?」
まだ聞いてくるの?
「………。うん。するっす…けど」
空君が、歯切れの悪い言い方をした。
「じゃあ、私たち邪魔してない?」
「……じゃあ、凪、あとで、ちょっとだけ」
千鶴の言葉に空君がはにかみながら、
「散歩でもする?」
と言ってきた。
「散歩がデート~~?空君、映画に行ったり、他にも色々と二人で行ったらいいじゃん」
千鶴が大きな声を出した。
「……いや。いいならいいけど」
え?!
「行く。散歩に行く!」
2人だよね?二人で行けるんだよね?散歩でもいい。2人で行けるならどこだって。
「うん。じゃあ、あとでね?」
空君は恥ずかしそうにそう言うと、またマンガを読みだした。
「あ。な~~んだ。なんか、まだまだ初々しいカップルなんだね?」
千鶴がそう言って私の腕を突っついてきた。
ああ。千鶴。どう答えていいかわからないよ。初々しいっていったら、初々しいのかなあ。
そして、5時になり、千鶴と黒谷さんは帰って行った。碧は、黒谷さんに勉強を教わったから、そのお礼にとバス停まで送りに行った。
空君と私は、2人きりで散歩に出た。
海水浴場付近は人がたくさんいるので、そこから離れた場所に行った。地元の人しか知らないような、夕日がとても綺麗に見える穴場スポットだ。
伊豆に来ると、パパがよく連れて来てくれた。私と空君と碧は、ほとんど砂浜で遊んじゃって夕日なんか見ていなかったけど、パパはママと夕日を見ながら、いちゃいちゃしていたらしい。
2人がいちゃいちゃしていたかどうかは、遊んじゃってて見ていないから、覚えていないけど。
空君は手を繋いで歩いてくれた。
まだ、日が沈むには早い時間だ。でも、私たちは砂場に座り、ぼけっと海を眺めた。
私たち以外にも人はいた。カップルと家族連れ。きっと、地元の人だ。
犬を連れて散歩に来ているおじさんもいた。
「ああ。あの犬、可愛いね」
私がそう言うと、空君も犬を見た。でも、すぐに私のほうに視線を向けた。
「なに?」
「………」
なんだろう。なんで黙ってこっちを見たのかな。
空君は何も言わず、また海のほうを見た。なんで、静かなんだろう。でも、手だけはずっと握っていてくれている。
「黒谷さん、碧のこと好きになっちゃったのかな」
「え?そうなの?」
「見ていてそう思わなかった?」
「うん。俺、そういうの疎いから」
そうなんだ。
「自分のことで精一杯だし」
「え?」
自分のこと?
「…ごめん。凪。デートとか、どこにも連れて行ってあげられなくて」
「え?ううん!」
「その…。一応考えていたんだ。だけど、どこがいいのかさっぱり」
「ここでいい。こんな素敵なところ、そうそう来れないもん。ほら。海綺麗だし。ロマンチック」
「ろ、ロマン?」
「え?」
あ。なんか、空君、赤くなった。
「こういうのって、慣れてないから…。どうしていいか」
「え?」
「デートとか…」
「いいよ。いつもと同じで。ぼおっと海を見ているだけで、それだけでいいから」
「……」
空君は私のことを見てから、また海を見た。そして、
「凪って、なんか…」
と、呟いた。
「なあに?」
「すごいなあ」
え?!何が?
「俺、凪で良かった。っていうか、凪じゃないと駄目だと思う」
「何が?」
「あ。だから、付き合うとか、そういうの…」
え?
「きっと、他の子だったら、すぐにふられてるよね」
「なんで?」
「海見てぼ~~っとしかできないから」
「………。そういうの、私も好きだし。空君の隣にいられるだけで、嬉しいから」
私がそう言うと、空君は耳を真っ赤にした。でも、こっちを向くこともなく、海を見つめ、
「う、うん。俺も」
と、そう言ってくれた。
嬉しい。
ギュム!空君の腕にしがみついた。
「あ」
と、空君は一瞬、びくっとしたけど、そのままにしていてくれた。
だんだんと、日が傾いてきて、海も空も夕日に染まりだした。
「綺麗」
と、呟くと、空君も「うん」と頷いた。
ただ、海を見ている。空君の腕に引っ付いて。それだけで、ものすごく幸せ。
今は千鶴に感謝だ。デートしないの?って、しつこく言ってくれてありがとう。
はあ。幸せだ~~~~。
ぼ~~~っとしていると、ふっと空君がこっちを向いて、私にチュっとキスをしてきた。
そしてすぐにまた、海のほうを見た。あ、今も思い切り照れてるみたい。
「あのさ」
「うん」
「小浜先輩、俺らのこと初々しいカップルって言ってたじゃん」
「うん」
「いいよね?それで」
「え?」
「まだ、そんなカップルで、俺らはいいよね?凪」
「…うん」
そんなことを言ってくれちゃう空君が可愛い。
ああ。思い切り抱きしめたいけど、さすがにそれは嫌がるよね。
だから、我慢した。でも、空君にしがみついていた腕に力が入ってしまった。
「凪」
「ん?」
「俺の腕に、胸、当たってる」
「あ。ごめん」
慌てて空君の腕から離れた。でも、寂しくなって、空君と手を繋いだ。
「……あのさ」
「え?」
「俺、年下でごめん」
は?!
「もうちょっと俺が大人なら、もっとスマートなデートしてるよね?」
「ううん。これがいい。空君がいいの。だから、これでいい」
意味不明なことを言ったかもしれない。でも、空君の顔がみるみるうちに赤くなり、
「あ、ありがと」
と、恥ずかしそうに言うから、私まで恥ずかしくなった。
夕日はすっかり落ちると、辺りは急に暗くなった。
「帰ろうか」
と、空君は立ち上がり、私も立って、砂浜を歩き出した。
「私、やっぱり、大学行きたいな」
「え?」
「でも、1年空君と離れているのは寂しい」
「…うん」
空君は小さく頷いた。
「でも、俺も高校卒業したら、市内の大学行くよ」
「……うん」
「3年は、一緒に通える」
「……そうだよね。それに、まだ先のことだよね。今から暗くなってもしょうがないよね」
「うん」
手を繋いで歩いていた。空君は、とってもゆっくりと歩いてくれている。
「俺が高校卒業するころは、俺らどうなっているのかな」
え?
突然の言葉にびっくりした。もしかして別れているかもしれないってこと?
「このままじゃないよね」
ドキ。それ、付き合っていないかもっていうこと?
「…俺が18で、凪が19だよね」
「うん」
「聖さんと桃子さんは、もう結婚もして凪が生まれている年だね」
「うん」
「……じゃあ、俺らも、その頃には、一緒に住めたりするのかな」
え?!!
「それって」
同棲?
「住めたらいいね」
ほんと?そんなふうに空君、思ってくれてるの?
その言葉にやたらと、ドキドキして私は空君の顔も見ていられなくなり、俯いて歩いた。
なんだ。付き合っていないかもとか、別れているかもとか、そういうことじゃなくって、もっと進展しているかもっていうことだったんだ。
そうだよね。大学行ったら、一緒に住むなんてこともあるかもしれないんだ。
あ。でも、パパが許してくれるかどうか…。
そんな不安がよぎったけれど、でも、嬉しさやドキドキのほうが増していて、ずっとにやけるのをこらえながら私は歩いていた。




