第72話 ハグしたい!
空君って私といる時、フワフワしてて可愛くてあったかくって優しくて、そんな空君しか知らないでいたけど、かなりクールなんだな。
人と関わるのが苦手だからか、あまり人と話さないけど、話すとけっこう、言い方が冷たいっていうか、冷めてるっていうか。
黒谷さんにはかなり、気を使って言葉を選んでいたんだなっていうのが、よくわかる。
鉄に対しても、言葉数が少ないし、たまに発する言葉も、棘があったりする。だけど、鉄は気にしていないようだ。
峰岸先輩やうちのパパみたいに、空君の興味のある話をしてくれる人に対しては、ちょっと態度が変わる。
おじいちゃん、おばあちゃんと話すときは、すっごく優しくなる。
碧と話すときは、意外とお茶目だったり、心底笑い転げている時もある。たまにだけど。だいたいが、碧がべらべら話して、笑い転げ、それを空君が見守っているっていうそんな感じだ。
春香さんや櫂さんとは、そんなに話をしないけど、でも、だからと言って関係が悪いわけでもなさそうだ。
そして私には…。
「凪。さっき、だいぶ霊が成仏しちゃってたけど、また凪に寄ってくる霊もいるかもしれないから、なるべく俺のそばにいて」
「え?いいの?そばにいても」
「……うん。いいよ」
とってもはにかんだ可愛い笑顔を見せた。
やっぱり。
私には、思い切り可愛い空君なんだ。子供の頃から変わっていない。
「ハグは駄目だよね?」
今にもハグをしたい気持ちを抑えてそう聞いてみた。
「駄目。周りにみんないるし」
空君は小声でそう言いながら、天体望遠鏡の部品の入ったカバンを持って、階段を上りだした。
峰岸先輩と顧問の先生、そして鉄はもう屋上に向かっていた。千鶴と黒谷さんは、私たちの後ろから、べちゃべちゃと話しながら階段を上ってきた。いつの間にか、千鶴とも黒谷さんは仲良く話すようになっていた。
「手、繋ぐのも駄目?」
「うん。周りにみんないるし」
「じゃあ。本当にただ、そばにいるだけ?」
「…うん」
そうか。そうだよね。それだけで満足しなきゃ。でも…。
ちら。空君を見た。すると、なんでだか知らないけど、空君がやたら照れている。なんで?
なんで照れたのかわからないけど、その横顔がめちゃくちゃ可愛い。
ああ!ムギュってしたいよ~~~~~~~~~~!
「あ!すっごい光が榎本先輩から出てます」
え?
「空君のこと、包んじゃってる」
わあ。そうだった。黒谷さんには見えちゃうんだった。って、空君にもわかっちゃうんだっけ。
「あ、もしかして、空君。私ずうっと、光出して空君を包んでた?」
「うん」
それで照れていたのか。
「それだけで、ばれちゃうよね。それも恥ずかしいね」
「え?何が?」
空君が私の質問にキョトンとしている。
「あれ?ばれていなかったの?」
「何が?教えて、気になる。何が?」
空君がしつこく聞いてきた。
「だ、だから。私が、光で空君を包んでる時は、空君に抱きつきたくなってる時で…。どうも、その想いがあふれ出ちゃって、光で包んじゃうみたいなんだよね」
「あ、うん。わかってた」
なんだ。バレバレだったんだ。やっぱり。
「あったかいし、凪のぬくもりを光でも感じられるから、なんか照れるっていうか…」
「それも、まさか駄目なの?」
「ううん。いい。光で包んでくれると、ほわほわして幸せな気分になれるし、癒されるし」
「ほんと?」
「本当」
空君はそう言って、はにかんで笑った。
可愛い~~~~!!!
そのあと、星の観察をしていても、光は出まくっていたようだ。
あ、空君、真剣な顔で望遠鏡覗いてる。その顔もいいな。
あ、空君、峰岸先輩と笑ってる。その顔可愛いな。
あ、空君、嬉しそうに星空見上げてる。その横顔も可愛いな。
って、思うたび、ハグしたくなって、光がぶわっと出ていたらしく、
「ずっと、光の中にいられて、安心していられました。ありがとうございました」
と、黒谷さんにお礼を言われてしまった。
「い、いえ。どういたしまして」
そうか。ハグできないのはもどかしいけど、ハグしたいって思うだけでも、そんなにも光が出ちゃうものなのか。
「今日の観察はこれでおしまい。みんな、気を付けて帰れよ」
望遠鏡を片づけると、顧問の先生がそう言って部室を出て行った。
「ねえ、黒谷さん、部室にはもういない?」
「霊ですか?いませんよ。廊下にもいないし」
「そっか、良かった~~」
千鶴はそう言って、ほっとしながら、夕飯の時に買っておいたミルクティを飲んだ。
「でもさあ、霊感強い子、他にもいたじゃんね」
「ああ、見えないみたいだけど、敏感に感じてたみたいですね」
千鶴の言うことに空君は淡々と答えた。
「あの佐奈っていう子は、もう大丈夫なの?」
また千鶴が聞いた。
「大丈夫だと思いますよ」
「そっか。それにしても凪、やっぱりすごいね」
「何が?榎本先輩、何したんすか?」
「別に。お前には関係ないよ」
あ、また空君が鉄を邪険にしちゃった。
「ちぇ。また俺だけ仲間はずれかよ」
「それより、鉄、海の家でバイトしてるんでしょ?ナンパとかしてるんじゃないの?」
「まさか。そういうの禁止されてるし」
「へえ、そうなんだ」
鉄と千鶴が2人で話し出した。
「みんな、アルバイトしているんですね」
「黒谷さんはしないの?」
私が聞くと、黒谷さんはちょっと暗い顔をして、
「どこでも、見えちゃうから、したくないんです」
と、静かに答えた。
「え?どこでも?」
「はい。海でも見えちゃうし」
「海?どんなのが見えちゃうの?」
「なんか、ぼや~~っと黒いのとか、白いのとか」
「大変だね。だけど、コンビニとかスーパーとかは?」
「あ。いるんです。お店にもいるけど、暗い倉庫の奥とか、トイレとか、けっこういます」
「そうなの?!嫌だ。今のバイト、休憩所もトイレも、なんか暗いんだよ。いるのかな」
千鶴が真っ青になってしまった。
「気にすることないって。小浜先輩明るいし、とりつくような霊いないですよ」
空君がまた、淡々と答えた。
そういえば、今気が付いたけど、前は千鶴と話すとき、もっと空君、言葉数も少ないし、目も見ないし、うんとか、はいとかしか言わなかったよね。今は、普通に…、いや、普通どころか、ものすごく淡々とクールに話しているよね。
「さて、帰るとするか」
峰岸先輩の一声で、私たちは部室を出た。それからみんなで一緒に校舎を出て、駅に向かった。
「小浜さん、アルバイトどう?」
峰岸先輩がそう聞くと、千鶴は嬉しそうに、
「楽しいです」
と答えた。
「あ、そうなんだ。駅前だっけ?なんのお店?」
「ファーストフード店ですよ。先輩も食べに来てくださいね」
あ。そんなことを言ったら…。
「うん!ぜひ、行かせてもらうよ」
ほら。峰岸先輩、目をキラキラさせて、頬染めて喜んでる。
駅に着くと、先輩と黒谷さんと、私たちは別れ、電車に千鶴、鉄、空君、私とで乗り込んだ。
「小浜先輩、もし峰岸先輩が告って来たら、どうするんすか?」
鉄が、いきなりそんなことを千鶴に聞いた。
「どうするも何も。お付き合いできませんって断るけど」
「うっわ~。じゃあ、さっきの、先輩、思い切り勘違いしちゃったけど、ああいうのやめた方がいいっすよ」
「さっきのって?」
「バイト先に遊びに来てくださいなんて、あんな笑顔で言われたら勘違いするから」
「え~~、そうかな」
「男って単純だから、あんな笑顔で言われたら、自分に気があるかと勝手に思い込んじゃいますって」
「うそ。そうなの?それ、使おう!」
「え?」
「バイト先のイケメンフリーターに。笑顔で、今度、家まで送ってくださいって言ったら、気があるって思ってくれちゃうかな」
「それで断られたら、ふられたも同然ですよ」
「え?そうなの?!」
千鶴は顔を青くした。
「それでも、しつこく追い続けますか?小浜先輩は」
「え~~。私、しつこく思い続けるのって苦手なんだよねえ」
千鶴がそう言うと、
「鉄はしつこいよな」
とぼそっと空君が一言言った。
「うっせえ、お前に言われたくない。空なんて、赤ちゃんの頃から思い続けてるんだろ?お前のほうがしつこいよ」
「何?」
うわ。喧嘩になりそう。最近、この二人、仲いいようで仲悪いようで、前よりさらに微妙な関係になっちゃったよ。
「ああ、はいはい。そんなに小さなころから、凪と空君は思い合ってるんだから、やっぱり鉄がさっさと諦めるのが一番だって。この二人の間には入れないから、絶対に」
千鶴が、2人の間に入って、鉄に向かってそう言った。
「ムカつくなあ。なんか」
鉄はふくれたけど、空君はなぜか真っ赤になり、千鶴や鉄から離れ、ドアにもたれかかった。そして、ずっと黙って外を見だした。
「……照れてる。やっぱり、空君、シャイだよね」
千鶴が私の横に来て、ぼそっとそう言った。その言葉は、しっかりと空君に聞こえていたようで、耳が真っ赤になった。
可愛い。可愛いぞ。むちゃくちゃ可愛いぞ。
でも、抱きつけない!!!
ああ、なんか、今のこの心境、心の声、まるで、おっさんみたいじゃない?スケベなおっさん。
ちょっと自分が嫌になった。はあ…。
やっぱり、私って変なのかもしれないよなあ。
だけど、こんなこと絶対に千鶴に相談もできないし、他にも相談できる人がいない。
パパくらいかもしれない。こんな気持ちをわかってくれるのは。
「夏休み、どっか行かない?」
また唐突に鉄が言った。
「花火大会くらいなら、みんなで行けるよね。夜は私、バイト入ってないし」
「私も…」
「俺も、バイト4時までだから」
「空君は?」
「うん。俺も夜は暇してるよ」
「じゃ、決まり!凪、浴衣着て行こうね」
「浴衣?うわお!絶対に榎本先輩、浴衣着て来て!」
鉄の顔が思い切りほころんだ。すると、空君が、
「鉄になんで、凪の浴衣姿見せないとならないんだよ」
と、怒りだしてしまった。
「いいだろ、ビキニは駄目って言うなら、浴衣くらい」
「そうだよ、空君。せっかく花火大会なんだから、浴衣は凪だって着たいよね?」
「うん」
千鶴に言われ、頷くと、空君は何も言えなくなってしまったようだ。
鉄に見せたいわけじゃない。空君にだよ。空君に私の浴衣姿見せたいの。
去年買ったけど、着る機会がなくてそのままの浴衣がある。あれをママに着せてもらおう。
うわ~~~~~~~!2人きりじゃないけど、なんかワクワクしてきちゃった!
「楽しみだね!凪。バイトのフリーター君も行かないかなあ」
「誘ってみる?」
「うん。そうしようかな!」
「なんだよ、それじゃ俺が余るじゃん。人数的に」
「鉄も誘えば?誰かいないの?」
「いねえよ。あ、でも、海の家にバイトに来てる子で、東京の子がいるんだ。夏休みだけ、ばあちゃんの家に来てて、アルバイトもしてるって。誘ってみようかな」
「いくつの人?」
千鶴が聞くと、鉄は、
「高校2年。サーファーなんだって。意外と空と気が合うかもな?」
と、空君の肩に手を回した。
空君はその手を払いのけ、
「興味ない」
と一言言って、ちょうど駅についた電車からとっとと降りて行ってしまった。
私は、慌てて空君のあとを追いかけ、
「鉄、千鶴、また花火大会でね!」
と、振り返って2人に手を振った。
「気を付けて!バイバイ、空君、凪!」
「空!榎本先輩に勝手に手、出すんじゃねえぞ!」
鉄の一言に、空君は振り返り、
「うっせ~」
と大声で答えて、また大股で歩いて改札口を抜けて行った。
「待って、空君」
私は小走りに追いかけた。
「なんか、鉄の奴、ムカつく」
「空君?」
「手なんて、出せるわけないじゃん。出すわけないのにさ」
「う、うん」
ああ、空君、本当に機嫌悪くしちゃったんだ。
「凪。浴衣本当に着て来るの?」
「うん」
「それも、鉄に見られるの嫌だな」
「でも、私は空君に見てもらいたいな」
ぼそっとそう言うと、隣にいた空君の顔が一気に赤くなり、
「あ、あ、そ、そうなんだ」
と、ぎくしゃくしながら歩き出した。
照れてる!可愛い!
ムギュ!
「凪。そんなに腕にしがみつかないで。胸、当たってるから」
「うん」
「って、なんでまだくっついてるんだよ」
「くっついていたいんだもん!」
「あ~~、もう~~~」
空君は私の腕を、空君の腕からひっぺがして、それから手を繋いできた。
「手、繋ぐくらいで勘弁して…」
ああ、空君、もっと赤くなっちゃってる。
そして二人で自転車置き場に行き、自転車に乗って夜風を切って海沿いの道を走った。
「空君、また明日、まりんぶるーでね」
私の家まで送ってくれた空君に自転車を降りてからそう言うと、空君は自転車に乗ったまま、私のすぐ近くに来て、
「凪…」
と私に小声で声をかけてきた。
何かな?なんか話でもあるのかな。
「なあに?」
空君の声が小さかったから、耳を近づけた。すると、空君がいきなり、チュッとキスをしてきた。
うわ!不意打ち!!
「おやすみ」
そう言うと、空君は、颯爽と自転車を走らせ、行ってしまった。
か~~~。顏、熱い。キス、すっごく久しぶりだった。
でも、嬉しい!!
思い切りハッピーな気持ちになって、私は家に入って行った。




