第71話 「俺も見えるよ」
学校に着くと、門の前に峰岸先輩と黒谷さんがいた。
「あ、みんな来たよ、黒谷さん、よかったね」
峰岸先輩がそう言うと、黒谷さんは私と空君を見て、ものすごく嬉しそうな顔をした。
「今日、待ち合わせもしていなかったので、先に学校に来たんですけど、中に入る勇気がなくて」
黒谷さんはそう言いながら小走りに私の横に来た。
「ごめん。なんにも今日のこと、決めてなかったもんね。黒谷さんのメアドも知らないし」
そう言うと、黒谷さんは俯いて、
「はい」
と頷いた。
「そう言えばそうだよね。ちゃんと部活動の連絡とか取りあわなきゃならないんだから、メアド交換はしておいたほうがいいかもね」
峰岸先輩がそう言った。
「そういうのは、部長からもっと早くに提案すべきですよ」
あ、鉄。生意気…。
「鉄に私のメアド教えるってこと?嫌だなあ」
冗談めいてそう言ったのは千鶴だ。千鶴は冗談で言っているけど、私は本気で教えたくないかも…。
「じゃ、ここで交換しちゃおうか。俺ももう引退だけど、一応何かあったら声かけてほしいし、仲間に入れてもらってもいいよね?」
あ。そうか。峰岸先輩、千鶴のメアドまだ知らないんだ。
「じゃあ、早速今ね」
鉄も意気揚々と携帯を出した。他の人はしぶしぶ携帯を出して、メアドを交換し合った。
「へっへ~」
鉄が明らかに嬉しそうな顔をすると、
「お前、部活以外のことで、凪にメール送るなよ」
と空君が鉄にバシッと言ってくれた。
「なんだよ、いいじゃん。お前にとやかく言われたくねえよ」
「お前にとやかくってなんだよ!俺は凪の彼氏なんだから、そういうこと言うのが当たり前だろ?」
「榎本先輩はお前のもんなのかよ」
「そうだよっ」
うわ。今、はずみとはいえ、空君がものすごい発言をした~~!
熱い…。顏から火出たかも。
「やっぱり?やっぱり二人の間には、夏の間に進展が」
また、千鶴が私たちをひやかそうとしたが、空君がムッとしながら、
「ありません!」
と言い切ってしまった。
うん。ないんだけどね。それどころか、進展するのを今、必死に食い止めているんだもん。
「わあ。榎本先輩、今日も光出まくりですね。良かった~~。今日も榎本先輩のそばにずっといますね!」
黒谷さんが私を見ながら、そう言って来た。
「え?光、出まくってる?」
「はい」
あれ?なんでかな。寂しがっていたのにな。あ、もしかして、さっきの空君の言葉で、一気にパワーアップしちゃったとか。
私って、自分で言うのもなんだけど、単純かも。
空はまだ明るかった。夕焼けが綺麗に空を染め上げ、気温もまだ暑かった。
「まだ空も暗くなっていないし、のんびり準備するとしようか」
峰岸先輩にそう言われ、みんなでゆっくりと部室に向かった。
部活動に出てきている生徒も、もう帰り支度をしている時間で、昇降口には他の部活の人たちが何人もいた。
「あ、空君!!」
1年生の女子だ。空君を見つけて喜んでいる。
「なんで今ごろ学校に来てるの?」
「これから部で星の観察をするから」
「え~~~!楽しそう!私たちも参加したい!」
「あ、ダメダメ。一応参加する人数とか、学校に連絡してあるし、前もってだったら良かったんだけど、今から突然の参加は無理だよ」
峰岸先輩が、いつもよりも威厳のある態度で1年生たちにそう言うと、
「え~~。つまんない。いいじゃん、ちょっとくらい」
とぶつくさ言いながら、その子たちは校舎を出て行った。
「良かった。あいつらいたら、絶対にうるさい」
鉄がぼそっとそう言うと、空君までが、
「良かった」
と呟いた。
「ねえ!空君!」
また1年生が昇降口の入り口に顔を出した。
「やべ…」
鉄が慌てて上履きを履いて、その場を逃げ出した。さっきいったぼやきが、聞えたかと思って逃げたんだろうなあ。
「その転校生はなんでいるの?なんで、その子はOKなわけ?」
1年女子が4人。ずらりと空君と黒谷さんを囲んでしまった。
「私?」
黒谷さんがびくついている。
「黒谷さんは、天文学部だよ。れっきとした!」
おお!そう大きな声をあげたのは千鶴だ。それに、
「黒谷さん、相川君、部室に行くよ」
と先輩も1年女子の間を割って入り、空君の腕を引っ張った。
「黒谷さん、行こう!」
私も黒谷さんの腕を引っ張り、1年女子から引き離した。
「空君目当てで部活にまで入っちゃうなんて、きもい」
「ストーカーみたい」
ムカ。何を勝手なこと言ってるんだ。
「うるさいなあ。あんたらのほうが、よっぽど邪魔」
うわ!千鶴!そんなことまで言ったら、かえって怒り出すよ。
「小浜先輩、いいんです。私なら」
「いいんですじゃないよ。こんなことまで言われて悔しくないの?」
ああ、千鶴のほうが完全に切れちゃったのか。
「千鶴、行こうよ」
私は千鶴の手も引っ張った。
「だってさ~~~」
ぶつぶつ千鶴は言っている。
「何あれ?」
「なんであんなのに、邪魔扱いされなきゃならないの?」
ほら。1年女子まで切れだした。
「行こう、千鶴」
千鶴がまた切れて、1年女子たちと衝突しないうちに部室に行こうとすると、突然黒谷さんが声にならない声をだし、真っ青な顔をして立ち止まってしまった。
黒谷さんの見ている先を見てみると、昇降口の入り口だ。1年女子がこっちを睨みながら、グチグチ言っている場所を見ている。いや、正確には、その子たちの後ろを見ている。
いるのかな。そういえば、外がまだ明るいのに、外に通じる入り口が暗いって、なんか変なふうになってるな、あそこらへん。
「何よ。なんか、文句あるの?」
黒谷さんがその子たちを見て、真っ青になっているからか、1年女子の一人が聞いてきた。
「……ひい。なんか、どんどん集まって来てる」
黒谷さんがガタガタ震えながらそう言うと、
「ちょっと、怖いよ、この子。そういえば、霊感があるとか言ってなかった?」
「やだ。やめてよ。幽霊でもいるって言うの?まだ外明るいし、いるわけないじゃん」
「いるよ」
その子たちに向かって、突然空君がそう言った。
「え?何言ってるの?空君」
一人の子が顔を引きつらせながらそう聞くと、
「いるよ。君たちの後ろ、かなりの幽霊集まって来てる」
と、空君が冷静に答えた。
「え?!」
いっせいに1年女子は後ろを振り返った。でも、もちろん彼女たちには見えない。
「い、いないじゃん。空君までからかわないでよ。空君は見えないんでしょ?霊なんて」
「俺も見えるんだ。子供の頃から。君たちの後ろにいるの、黒い影で顔までは見えない。でも、けっこうやばいかも。君らの波長と合ったのが来ちゃってるから、やばいんじゃない?」
「波長?!何それ!それでなんでやばいの?」
「そりゃ、あんだけ人のこと悪く言って、貶めていたらさ、それだけ低い霊がやってくるって思わない?それも、たくさん寄って来てる」
「やめてよ!空君まで気持ち悪いこと言わないで!」
「黒谷さんが霊が見えるからって気味悪がるなら、俺も見えるから。俺のことも気味悪がったら?もう近づくのもやめたほうがいいんじゃないの?」
空君?もしかして、黒谷さんをかばってる?
「ちょっと、もう行こうよ」
「霊なんているわけないよ。ああ言って、私たちのこと怖がらせてるだけだよ」
3人はその場から逃げようとした。でも、一人だけガンとして、その場に居座ろうとしている子がいた。最初に空君に声をかけてきた子だ。
「黒谷さんのこと、なんでかばうの?空君」
この子、相当な度胸があるのかな。黒谷さんがあんなに震えているってことは、かなり怖そうなのがいるんだよね。
「佐奈。もうやめよう。帰ろうよ。なんか、この辺暗いし寒いし、やばいって」
佐奈って言う子の腕を引っ張って、一人の子がそう言った。あ、この子は霊感があるのかもしれない。
「暗くもないし、寒くもないじゃん」
「いるよ。私、感じるもん。なんか変だよ、ここ」
やっぱり、霊感あるんだ。
「君、霊感あるの?」
空君が聞いた。
「う、うん。金縛りとかにもあったことがあって」
「じゃあ、わかるよね。さっさと帰った方がいいよ」
「そうだよ、佐奈。帰ろうよ!」
「でも、くっついていっちゃうんじゃないの?そこにいる幽霊。あの子たちに」
千鶴が唐突にそう空君に言った。顏は全然心配しているって顔をせず。
「いや。学校内にいる地縛霊みたいなもんだから、出られないんじゃないかなあ」
空君がまた冷静にそう答えると、
「じゃ、今すぐに学校から出ようよ、佐奈!」
と、その子はまた佐奈っていう子の腕を引っ張った。
他の2人も、何やら寒気を感じたらしく、
「私たち、もう学校から出るよ」
と、足早に校門に駆けて行ってしまった。
「待って!」
佐奈っていう子だけを残し、もう一人の子も慌てて逃げて行った。
「私には霊感もないし、怖くないよ」
うわ~~。佐奈っていう子は強いな。
「ひゃ~~。空君、どうしよう。あの子一人囲まれてる」
「うん。なのに、何にも感じないっていうのも、ある意味すごいね」
空君はいたって冷静。でも、黒谷さんは真っ青だ。
「そんなにいるの?黒谷さん」
千鶴は空君の後ろに隠れながらそう聞いた。
「はい。たくさん寄って来ちゃってます」
黒谷さんは私の影に隠れてそう言った。
「ちょっと、怖がらせるのやめてよ」
佐奈っていう子は、顔を引きつらせた。あ、やっぱり怖いんだな。
「なんか、だんだん寒気が」
「え?」
「背中がやけに寒い」
とうとう佐奈っていう子も、寒気を感じたらしい。
「うん、だろうね。背中に大勢乗ってるもん」
「や、やめて~~。空君。そういうこと言わないで」
ガタガタ突然、足が震えだしたらしい。
「だから、早く学校から出たほうがいいって」
空君が冷静にそう言うと、佐奈っていう子はクルリと校門のほうを向き、一歩を踏み出した。でも、
「足、動かない」
とそう言って、立ちすくんでしまった。
「あ~あ。だからやばいって言ったのに。つかまっちまった」
「え?」
空君の言葉に、私も千鶴もびっくりした。でも、黒谷さんは、
「あんなにいたら、動けなくなるのも当たり前です」
と震えあがっている。
「そういうもんなの?」
私が空君に聞くと、
「うん。特に地縛霊だと、ここから離れられないから、引き留めようとして足とか動けないようにすることもあるみたいだよ。俺はそんなこと、一回もなかったけどさ。って、俺の場合、見えるだけで近づかれたことないしなあ」
「…そんなにやばい霊たちなの?」
「……なんか、やけに黒いしね。やばいのかもなあ」
空君、すっごい他人事!
「お~~い。そろそろ空も暗くなってきたし、天体望遠鏡持って屋上に上がるよ」
いつの間にか、部室に行っていた先輩が、廊下の奥の方から大声を出した。その横で、
「空!何をしてるんだよ。早く来て手伝えよ。重い荷物俺だけに持たせようとするなよ」
と、鉄も大きな声を張り上げてきた。
「ああ!悪い!今、行く」
空君がそう言うと、佐奈さんは、
「待って!助けて!」
と声にならない声でそう叫んだ。
「助けてって言われても、俺、見えるだけで何もできないから、じゃあ」
空君?冷たいよ、あまりにも。
「待って!じゃあ、どうしたらいいの?私?」
「霊が飽きて、どっかに行くまでそうやっているしかないんじゃない?」
「それって、いつ?」
「さあ?」
「そ、空君。そんなこと言ってたら、明日の朝まで足止めされるかも」
黒谷さんがまた、震える声でそう言った。
「そうなったら、そうなったでしょうがないよ。俺も黒谷さんも、ちゃんと霊がいてやばいよって教えてあげたのに、この人がきかなかったんだから、自業自得でしょ」
「わ、空君、めちゃんこクール。でも、あの霊、凪に寄ってくることはないの?」
千鶴が空君に聞くと、
「ああ。無いと思うけど。波動違うし…」
と、空君はまたクールにそう言って、昇降口から廊下の方へと歩き出した。
「空君!」
私は空君の腕を引っ張り、そのまま、佐奈さんっていう人のもとへと連れて行った。
「なに?凪。おせっかいでもやくの?」
「だって、このままじゃ、いくらなんでもかわいそうだよ」
「空君、助けて。本当に足が全然動かないの」
佐奈さん、泣きそう。
「友達呼んだら?」
空君はまだ、冷たいことを言っている。
「もう姿も見えない。みんな、薄情だよ。私おいて帰っちゃうなんて」
「…。は~あ。これに懲りたら、黒谷さんをひどく言うのやめたら?霊が見えるからって、気味悪がったりしてたけど、他にも霊感強い子周りにいたじゃん」
空君はそう言うと、佐奈さんの前に立った。
「う、うん。懲りた。私には霊感ないし、これからは、こういうことにならないように、黒谷さんの言うこともちゃんと聞く。あ、空君の言うことも」
「俺?俺はもう、こんな話しないよ。霊見えたからって、わざわざ教えたりしない。周りの友達に助けてもらいなよ」
空君はそう言うと、私を見て、
「で?俺はどうしたらいいかな?凪」
と聞いてきた。
「えっとね。じゃあ…」
私は空君の隣に立った。確かに、佐奈さんの周りはやたらと寒い。それに、暗い。
「空君!」
ムギュ。いきなり私は空君に思い切り抱きついた。
「ちょっと、何してんの?」
佐奈さんが驚いている。
「今から、凪が君のこと助けるから」
「え?!」
「凪、霊を弾き飛ばすから」
「な、何それ。そんなことできんの?」
私はそんな会話を無視して、空君に抱きついていた。
ほわほわほわほわほわ。あったかい。こんな霊がいっぱいいる中でも、空君はあったかいんだなあ。
空君のあったかさや、可愛らしさを思う存分に味わいながら、空君が愛しいっていう気持ちでいっぱいになった。
ふわ~~~~~~~~~。
私からも何やら、あったかいものが出てきた。ような気がした。
「あ!すっごい光!」
黒谷さんが叫んだ。そのあとすぐに、
「動けた!」
と、今まで金縛りにあっていたみたいに、かたまっていた佐奈さんの足が動いた。
「歩ける!それに、もう寒くない。なんで?」
「榎本先輩が霊を、消してくれたんです!」
黒谷さんが、目をキラキラさせながらそう言った。
「うそ。まじで?」
佐奈さんは目を丸くして私を凝視した。
「えっと。空君、全部消えたかな」
私は空君に抱きついたままそう聞いてみた。
「うん。すっごいね。あのたくさんの地縛霊、一気に昇天した。あ、なんか、喜んでいるみたいだ。キラキラまだ光ってるのもいる」
「え?」
「ここにとどまっているのも飽き飽きしてたんじゃない?成仏したがってたと思うよ。だから、凪に感謝してる」
「そんなことまでわかるの?!」
「わかるよ。ね?黒谷さん」
「はい。さっきと全く違う、あったかさとか感じました。やっぱり、榎本先輩はすごいです~~~!!!」
ああ、感動しまくってる。
「……あんたって、何者?」
佐奈さんはまだ目を丸くしていた。
「それより、助けてもらったんだから、お礼ぐらい言ったら?」
そう冷静なことを言ってきたのは、千鶴だ。
「あ、そ、そうだ。ありがとうございました」
「……あのさ。凪のこの力、あんまり周りの人には言うなよ。騒がられるようになったら、凪、大変だから」
「え、うん。わかった」
佐奈さんはそう頷いてから、
「あ、まさか、空君の彼女ってこの人?」
と聞いてきた。
「うん、そう。それじゃ」
空君は私の手を引っ張り、廊下を歩きだし、その横から黒谷さんがちょこちょこついてきて、千鶴は、
「これに懲りたら、空君に近づこうとしたり、黒谷さんをいじったりしないようにね!」
と捨て台詞をはいて、後ろからついてきた。
びっくりしたのは、空君のクールさ。あ、このクールさは、パパに似てるかもしれない。
そして、私には見えないけど、やたら多くの霊もいっぺんに消しちゃえる私の力…。
でも、空君を可愛い、愛しいって思うだけなんだけどなあ。
だからやっぱり、私の力っていうより、空君の力かもしれない。
あ、それとも、空君を思う、愛の力だったりして?!なんて!
恥ずかしがりながら、私は空君の隣を歩いていた。




