表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
67/142

第66話 空君の落ち込み

 着替えをしてから、空君のところに行こうとすると、その手前で健人さんに呼び止められた。

「イルカに悪戯された?凪ちゃん」

「え?はい」

 そうだった。この人も海辺にいたっけ。


 でも、見られていないよね。

「さすがにビキニで泳ぐのは駄目だよ、凪ちゃん。それに、君の親戚の空君だっけ?あのハプニングに、動揺おさまらずって感じだよ。聞いたら空君のほうが、一つ下なんだってね?」

「え?動揺?」


「さっきから、聖さんに必死に謝ってるけどさ。大丈夫?彼。真っ青だけど」

「……」

 うそ。

「高校1年じゃ、多感な時だよね。凪ちゃん、もう、ビキニでは来ちゃ駄目だよ」


「はい」

「それじゃね。また、イルカのプールにも遊びにおいで」

「あの…」

「え?」


 健人さんには見られてないよね。なんて、気になるけど聞いていいものなの?

「け、健人さんは、海辺にいたんですか?」

「ああ。さっきのハプニングが起きちゃった時?」

「はい」


「うん。あ、大丈夫。遠目だったし、見えてないよ」

 そう言って健人さんは、はははと笑いながら水族館のほうに行ってしまった。


 なんか、あの「ははは」という笑いがわざとらしい。見えちゃっていたのかな。

 う…。嫌だ。なんか、ものすごく落ち込んできた。


 ず~~~ん。と暗くなりながら、空君がパパと休んでいるところに行った。イルカのセラピーの時間は終わっていて、浜辺には数人のスタッフだけがいて、他の人はすでに更衣室に向かって行っていた。


 空君とパパは、海から水族館に入ってすぐの、ベンチに座っていた。鼻血はもう止まったのかな。鼻にはティッシュをもう詰め込んでいないけど。

 

「あ、凪」

 パパが私に気が付いた。空君も私を見た。でも、私の顔を見てもすぐに視線をそむけ、暗い表情を見せた。

 それに、健人さんが言うようになんだか顔が青い。


 もしかして、本当に具合が悪くなって、貧血でも起こしちゃったのかな。

「大丈夫?空君」

 そう聞きながら近づいて顔を覗くと、

「え?!」

とものすごく空君が驚いて、こっちを見た。


 なんで、そんなに驚いたのかな。

「な?空。大丈夫だって」

「?」 

 パパが空君にそう言ったけど、私が聞いたのは、空君が大丈夫かどうかなんだけどなあ。


「空君、顔色悪いよ。具合悪いの?ねえ、パパ。ここって、医務室みたいなところないの?」

「空は大丈夫だよ、凪。それより、お前もなんか、どんよりしていないか?」

「私?」


 パパは私をなぜか、空君とパパの間に座らせた。空君の太ももに私の太ももが触れると、空君がびくっとして、ちょっと足をずらした。


「さっき、健人さんが…」

「健人?ああ、もうイルカのプールに戻ったみたいだけど。なんか言われた?」

「うん」

「何言われた?」

 パパが心配そうに聞いてきた。


「さっき、健人さんは、海辺から見ていたみたいで」

「さっき?あ、凪が水着取れた時?」

「うん。それで、遠目だし、見えてないって言ってたんだけど」


「ありゃあ。どうかなあ。あいつ、視力やたら良かったはずだよ」

「ええ?!」

 私が悲痛な叫びをあげると、パパも空君もびっくりして目を丸くした。


「あ、見られて落ち込んでたの?凪」

 コクコクと頷くと、隣に座っている空君が、肩を落とし、思い切り俯いてしまった。


「若いスタッフさんもそばにいたでしょ?水着取りに行ってくれた」

「ああ」

「あの人にも見られたかな」

「う~~ん。どうだろ?あいつは、子供たちにイルカと触れさせることに集中していたと思うから、凪が叫んでから気が付いたんじゃないのか?」


「私が?」

「私の水着~~って叫んだじゃん。それで俺も気が付いたからさ。もう、空が凪を抱きしめてて、周りからは見えてなかったよ」

「ほんと?」


「うん。空がお前のこと、ちゃんと守ったんだろ?な?空」

 パパがそう言っても、空君は俯いて黙り込んでいる。

「ありがとうね、空君」


「え?!」

 俯いていた空君は、私の一言でいきなり顔をあげた。

「え?」

 空君がびっくりしているから、私のほうがびっくりしちゃった。


「な?空。凪は別に怒ってないし、気にしていないじゃん」

 パパがそう優しく空君に言うと、

「さてと。俺、今日イルカセラピー受けた子や、親御さんと話をしないとならないからさ。もう行くよ」

とそう言って、ベンチを立ち、浜辺のほうに歩いて行った。


「……私が、怒ってるって思ったの?空君」

「……ごめん。凪、前に着替えてるところと見た時、すごく怒ったから、今回も怒ってるかなって」

「私が?」

 空君はまた俯いた。


「あの時よりもっと、大変なことをしたわけだし、凪、ものすごく怒っていたり、落ち込んでいたりして、また、俺と口きいてくれなくなるかも…なんて、思っちゃって」

「私が?」


「うん。聖さんは大丈夫だって言ってくれたんだけど」

「あ、それでもしかして、空君、青い顔していたの?」

 空君は黙って頷いた。


 わあ。そんなこと心配していたんだ。空君ったら。私、怒ってもいないし、そりゃ恥ずかしいって思ったけど、ちゃんと私のこと守ろうとしてくれたのは、本当に嬉しかったのに。


 まだ、空君は俯いている。自分の手を見ながら、しゅんとしている。なんか、怒られちゃったクロみたいだ。

 可愛い。


 ムギュ!


「うわ!?凪?!!」

 あ。思い切り空君、のけぞってびっくりしちゃった。

「ごめん」

 私はすぐに空君から離れた。


「な、なんで今、抱きついてきたの?凪」

「だって、空君、可愛いから」

「俺のどこが?」

「ごめんね。でも、私、空君に胸見られたくらいで怒らないし、落ち込まないし。ちょっと、恥ずかしかったけど、守ってくれて嬉しかったよ?」


「………」

 あれ?空君、顔が赤くなっていってる。

「俺が見ても怒らないの?落ち込まないの?でも、健人さんって人に見られたかもって、落ち込んでたよね」


 ドス~~ン。思い出しちゃった。

「見られたかなあ。嫌だな~~~」

 私が沈み込むと、空君は隣で慌てだした。

「あ、いや。遠いし、一瞬だったし、大丈夫だよ。いくら視力良くたってさ」


「……そうかな、だったら、いいんだけど」

「見られてたら、嫌?」

「嫌だよ。絶対に嫌だ!そんな、男の人に胸見られちゃうだなんて」

「………。え。でも、俺も、男…」


 そう空君は言ってから、

「あ、俺、まだ、高1だし、問題外?男として見られていなかったり…とか?」

と、小声で聞いてきた。


 は?

 なんだ、それ。


 でも、かなり真剣に聞いてきたみたいだ。今も真面目な顔して、私の返答を待っている。

 顔赤くして。下向いて、膝を両手でこすったりしながら。


 やっぱり、可愛い。空君。

 男の人として見ていないわけじゃない。

 でも、別に空君に見られたのは嫌じゃない。ただ、こんな小さめの胸、見てどう思ったのかが気になる。

 うん。そっちの方が気になっちゃう。なんでかなあ。


 黙っていると、空君はちらっと私を見た。目が合うと空君は、パッと視線を外し、また俯いた。


「変なこと聞いてもいい?空君」

「え?何?」

「鼻血、暑くてのぼせたの?」

「…え?!」


「私の胸見たからじゃないよね」

「ごめん!本当にごめん!!!」

 うわ。平謝りしてきた。なんで?!


「情けないよね。聖さんにも謝った。凪の胸見て鼻血出すなんて最低だよね。俺、まじで、最低だよね」

「ううん」

「ああ…。それに、恥ずかしい」

「え?」


「穴があったら入りたいくらいに」

 なんで、空君のほうが恥ずかしがってるんだ?胸を見られたのは私の方なんだけどなあ。


「えっと、空君」

「え?!」

 空君が慌てた顔をして顔をあげた。

「聞きたいのは、その…」


「な、なに?」

 空君の顔が引きつってる。

「………胸、小さくて、がっかりとか」

「は?!」


「気持ちが冷めちゃったとか、ない?」

「え?え?え?」

 空君の目が点になった。


「あ、あのね?今、Bカップなの。でも、ちょっときつくなってきてるの。だから、もしかすると、まだ成長するかもしれないの」

「は?」

「だから、あんまりがっかりしないで。これからもしかしたら、もうちょっとは大きくなれるかも」


「………う」

「え?」

「鼻血、また出た」

 そう言うと空君は慌てて、ティッシュケースからティッシュを引っこ抜き、それを鼻に詰め込んだ。


 それから空君は、しばらくまっすぐ向いて、鼻の上のほうを押さえ、鼻血を止めようとしているようだった。

「ごめん」

 謝っても空君は、まっすぐ向いたまま。


「変なこと、私、言ったよね?」

「うん」

 まっすぐ向いたまま、空君は答えた。


「ごめん。でも、そこだけが気になって」

「………え」

「あ、怒ってないし、落ち込んでもいないから。でも、空君が私の胸見てがっかりしていたら、落ち込んじゃうけど」


 そう言うと、空君は顔を真っ赤にして、

「が、がっかりなんか、がっかりなんか、するわけない」

と言いながら首を横に振った。


 そして、

「う…。なんか、頭痛い。思い切りのぼせた」

と、今度は頭を押させていた。


「ご、ごめんね?」

 ものすごく変な質問をしたのかもしれないなあと、私は真っ赤になったり慌てたり、ふらふらしている空君を見て、そう後悔した。


 それから、何十分も、私も空君も黙って座っていた。そこに、またパパがやってきて、

「あ。空、また鼻血出した?凪、まさかお前、抱きついたとかしてないよな?」

とそう聞いてきた。


「してないよ」

 あ、したか。でも、その時には鼻血出さなかったもん。

「ほら、空。ポカリ買ってきたぞ。これで、頭でも冷やすか?」

「あ、すみません」


 空君はポカリを受け取って、本当におでこにあてていた。頭痛、酷かったのかなあ。


「凪にはこれ」

 パパは私には、冷たいミルクティを買ってきてくれた。

「ありがとう。パパ、仕事は終わったの?」

「うん。凪は元気になったね」


「うん」

「そっか。良かった」

 パパはそう言うと、私の横に座り缶コーヒーをプシュッと開けた。それをグビっと飲んでから、

「ああ、空の気持ちが、なんかわかるなあ」

と呟いた。


「え?」

 空君がびっくりしている。

「高校生の頃を思い出すなあ。まだ、桃子ちゃんと付き合い出したころとか」

「……聖さんも、鼻血出したこと…」

「ないよ」


「あ、そ、そうなんですね」

 そう言って、空君はまた落ち込んだのか、俯いてしまった。


「だけど、桃子ちゃんに、今の空みたいに嫌われたかも!って、思い切り落ち込んじゃったことはあった」

「ママに何したの?!」

「ここだけの話だよ。桃子ちゃんに俺から聞いたって、絶対に言うなよ、凪」

「うん」


「…胸、触っちゃったんだ」

「ママの?」

「うん。俺の部屋で、キスしてて。ちょっと、我慢できなくなって」


 え?そういうのって、我慢できなくなってしちゃうものなの?!


「そ、それで、桃子さん、怒ったんですか?」

 空君がパパのほうを向いて聞いてきた。

「怒ったていうか、駄目!っていきなり言われて、俺、その時我に返って。あ、やべ~~~!って、真っ青になって」


「そ、それで?」

 空君、すごく聞きたがってる。興味津々だ。

「それで、もしかして、絶交よ!とか、もう別れる!とか言われたらどうしようって、真っ白になって」

「それで?」


「でも、桃子ちゃん、怒ってなかったみたいで」

「ママ、怒ってなかったら、なんで駄目って言ったの?あ、怖くなったとか」

「うん。俺もそう思ったんだけど、まったく俺の予想を超えた、突拍子もない返事が返ってきたんだよね」

「なんて?」


「胸がぺたんこなのがばれたって、落ち込んでた」

「ママも?」

「え?ママもってことは、凪も?」

 うわ。さすが親子。なんて言ってる場合じゃないか。


 だけど、ママもそういうこと気にして落ち込んだんだ。

「…も、桃子さんも、触られたのが嫌とかじゃなくて…」

 私の隣で空君までが、ぽつりとそう呟いた。


「ん?さっきから何?凪も、空に触られちゃったの?」

「違うよ!パパ!空君はパパと違うもん!」

「なんだよっ。そんなに怒鳴んなくても」


「そっか。桃子さんもなんだ」

「だから、なんなんだよ、空!」

「いいの。パパは知らないでも」

 そう言って私は、ミルクティを飲み干した。


「さて。空、着替えてきたら?そろそろ昼にしようよ。凪、昼は食べられる?」

「うん。お腹ペコペコ」

 私はパパにそう答え、ベンチを立った。


「あはは。お前、こんな時でも腹減るわけね」

 パパに笑われたけど、こんな時って何?

「空君、鼻血止まった?更衣室行こう」

 私はパパのことは無視して、空君の腕を引っ張った。


 そして、空君と腕を組んで歩こうとすると、

「凪!む、胸が当たってるから、腕、外して」

と真っ赤になって言って来た。


「え?うん。ごめん」

 そう言うと、パパが私たちのほうを見ていて、

「凪。あんまり空に引っ付かないようにしてあげなさい」

と注意してきた。


 う~~~~。そう言われても~~~~~!空君とは付き合ってるんだから、いいじゃん!

 でも、空君は隣で真っ赤になって、かたまっているし。やっぱり、あんまりくっつかないほうがいいのかな。


 腕を組むのもやめて、ちょっと離れて私は歩いた。空君はこっちも見ようとせず、照れくさそうにして歩いている。

 なんか、寂しい。


 また、空君と距離ができちゃうんじゃないよね。なんて、私はちょっと不安になっていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ