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第64話 イルカとの交流

 翌朝、早くに空君からメールがあった。

>おはよう、凪。今日何時に待ち合わせる?

 よかった。なにせ、昨日はなんの打ち合わせもなく、空君、帰っちゃったから、デートできるかどうか、ヒヤヒヤしていたんだ。


>どこのプールに行くの?

>凪、どこかいいところ知ってる?

>ごめん、このあたり詳しくないから知らないの。

>俺も、海でしか泳がないからわからない。


 あれ?ってことは…。

>空君。パパもいるかもしれないけど、パパの水族館でイルカと泳ぐ?

>イルカのプールで?!

>もしかすると、させてもらえるかも。パパに聞いてみる!


 で、結局、パパが朝早めに水族館に連れて行ってくれて、開演前のイルカのプールで泳いだり、調教したりしているのを見学させてもらうことになった。


「久しぶり!凪ちゃん。伊豆に越してきてからは、ちょくちょく来ていたのにね。あ、さては、この彼氏とデートで忙しくなっていたのかな?」

 イルカの調教師の潤子さんがそんなことを聞いてきた。


「え?!」

 私は焦って空君の顔を見た。空君も私の顔を見て、顔を赤らめている。

「潤子ちゃん。そいつね、俺の従弟の空」

 それを聞いて、イルカを見に行っていたパパが、慌てて私たちのそばに来てそう言った。


「聖さんの従弟?でも、年齢が」

「俺の父さんの妹の息子。じゃあな、凪。10時に海のほうに来いよ。イルカセラピー、空も興味あるだろ?一緒に見に来いよ」

「はい」

「うん、わかった」


 パパは研究所に向かって行った。

「聖さんのお父さんの…」

 潤子さんはパパが言ったことがいまいちわからなかったようだ。

「パパのお父さんの妹の息子」

 私がそう言うと、

「なるほど。凪ちゃんとは親戚になるのね」

と潤子さんは納得した。


「おや!今日は空君も一緒かあ」

 そう言ってきたのは、もうイルカの世話を10年以上している磯野さんだ。

「あ…。お久しぶりです」


「覚えていてくれたか?小学生の頃、凪ちゃんと一緒にイルカを見に来たきりだよなあ?まだ、こんな小さかったのに、でかくなったな。だけど、どっか面影があるなあ~~。なんだ、2人はいまだに仲良しなんだな?」

 そう言って磯野さんは笑った。


 磯野さんはもう40代半ば。この水族館でずっと働いていて、イルカの世話をするようになったのは、10数年前からだとか。

 潤子さんは、20代半ばくらいかな?女の人の年を聞くのは失礼だろうから、聞いたことがない。


 イルカの調教師としてこの水族館に勤めたのが、4年前だと言っていた。子供の頃からイルカが好きで、調教師になるのが夢だったらしい。


 私と空君は、水着ではなく水族館のウエットスーツを借りて着た。

「……わあ」

 ウエットスーツを着た空君は、かっこいい。でも、空君のウエットスーツは見慣れている。だって、サーフィンする時着ているもんね。ただ、水族館のウエットスーツは、ちょっと色が派手だから、その派手さが空君の日に焼けた髪と肌に似合っていて、見惚れてしまった。


「へえ、凪、似合ってるね」

「そうかな」

 空君にそう言われ、ちょっと照れくさくなった。


 それからイルカのプールに、潤子さんと空君と一緒に入った。

 スイ~~ッと潤子さんのもとにイルカが来た。そして、私の後ろからもす~~っと近づいてきたイルカがいて、知らぬ間に私の背中を鼻先でつついてきていた。


「あ!ルイちゃん!」

 ルイちゃんだった。そしてルイちゃんは、なんだか嬉しそうに泳ぎだした。私もルイちゃんと一緒に泳いだ。すると、空君も、ルイちゃんの隣に並び、す~~っと静かに泳ぎだした。


 は~~~~。空君って、泳ぐの本当に上手。まるでイルカだわ。ルイちゃんと変わらないくらいうまいわ。


 何周か、プールの中を泳いだ後、イルカの調教が始まった。潤子さんともう一人、昨年入ったばかりの新人の人が練習を始めた。


 さすがは潤子さんだ。だけど、新人の人は、なかなかイルカとのコミュニケーションがうまくいかないようだ。特にルイちゃん。その子の合図を無視して、勝手に泳ぎだしたり、ジャンプしないといけないのにしなかったり。

 あ、ちょっと、新人の人、凹んだみたいだ。


「砂羽。諦めない!」

 潤子さんから、励ましの言葉が飛び出した。ああ、砂羽さんっていうのか、あの人。


 その30分後、今度はベテランのイルカがプールに入ってきた。ルイちゃんと他にいたイルカと交代して、練習するようだ。調教師の人も他にも現れた。プールに入った男の人もいた。

 あ!イルカと一緒に泳ぎだした。イルカのひれにつかまり、すごいスピードで泳いだりしている。


「いいな~~~」

 ぼそっと私は呟いていた。

「凪ちゃんも、ああいうのしてみたいの?」

 あ、潤子さんに聞かれてた。


「はい」

 私が頷くと、

「ちょっとやってみる?」

と聞かれた。


「え?!」

 本当にいいの?

 

 潤子さんは、プールの中でイルカと泳いでいた男の人を呼んだ。

「健人!」

 その人は健人さんといった。今年23歳。2年前に伊豆に来たが、それまで千葉の方の水族館で、イルカのショーをしていたらしい。


「へえ!聖さんの娘さんなんだ」

 健人さんがそう言うと、潤子さんが、

「目を付けても駄目よ。聖さんに健人、やっつけられちゃうわよ」

と冗談めいた目で笑いながらそう言った。


「あはは。聖さん、娘さんの自慢していたけど、まじで大事にしていそうだもんなあ。で、こっちの彼が聖さんの従弟?」

「空君よ。2人とも泳ぎが得意だし、特に凪ちゃんは、イルカに好かれているみたいなの。あのルイが凪ちゃんと仲良く泳いでいたくらいだから」

「へえ」


 健人さんは小さくそう言うと、私を真面目な顔でしばらく見つめ、

「じゃ、まず、調教してみる?」

と聞いてきた。


「はい。してみたいです!」

 そう言うと、健人さんは、なんとルイちゃんをプールに呼んだ。

「健人、ルイの調教を凪ちゃんにさせるの?」

「うん。試しにね」


 健人さんから、いろいろと教えてもらった。健人さんはルイちゃんではなく、健人さんが一緒に泳いでいたベテランイルカのリリィちゃんに笛や手で合図を送り、泳がせたりジャンプさせたりしている。

 その横でルイちゃんは、勝手に泳いだりしていたが、そのうち私の前にすうっと泳いでやってきた。


「じゃ、凪ちゃん、今、教えたようにルイにやってみて」

「え」

「どうぞ」

 う、う~~ん。できるかなあ。


「頑張って、凪ちゃん」

 潤子さんがそう言った。その横で空君が、優しく私を見ている。

「ルイちゃん!」

 私はルイちゃんのほうを向いた。


 ルイちゃんも私を見ている。そこから、笛を吹き手で合図を送り、まずはプールの中を泳がせた。

 それから、ジャンプ。


 サバン!

 わ。ジャンプした。すご~~~い!ルイちゃん、かっこいい。天才!

 そして、次は、一回転ジャンプ!


 ザブン!

 わ~~~~!!すごい~~~~!


 そして、逆さになって尾びれを振り振り。それから横になって、ひれを振り振り。


 可愛い!全部ルイちゃん、やってくれた。


 そして、私のもとにルイちゃんは泳いでくると、顔を出した。

「ルイちゃん!素晴らしい」

 そう言って餌をあげた。


「すげ~~~~。凪ちゃん。俺よりすごいんじゃないの?ルイの今日のジャンプ、高かったよなあ」

「え?」

「ね?ルイちゃんに好かれてるって言ったでしょう?」

 潤子さんはパチパチと拍手をしながら、私に近づいてきた。


 その横で空君も思い切り拍手をして、

「凪、かっこよかった!俺、惚れ直した!」

とわけのわかんないことを、目を輝かせながら言った。


「じゃ、ルイとプールで泳いでみる?」

 健人さんにそう言われ、私はプールに入った。健人さんに教えてもらい、ルイちゃんと泳ぎだした。ルイちゃんはスピードを上げ、私はルイちゃんのひれをつかんで、そのスピードに乗った。


 うわ~~~~~~~~~~。

 きゃ~~~~~~~~~。

 気持ちいい!!!!!!


 2周して、ルイちゃんは「キュキュ~~~」と可愛い声を出しながら、私の周りをお腹を出しながらクルクル回った。

「なんか、調教とか、そういう感じじゃないな。あれは」

 健人さんはそう言うと、

「10時からあるイルカセラピー、俺も行くんだけど、凪ちゃんも行かない?」

と誘ってきた。


「はい、パパからも誘われているから、空君と行きます」

「そっか。じゃ、練習はここまでだ。開館の時間だし、凪ちゃんと空君も着替えて、あとで海の方で会おうね」

 健人さんにそう言われ、私たちはプールから出た。


 そしてロッカー室に行って着替えをしようとすると、ロッカー室のベンチに座り込んで落ち込んでいる、砂羽さんがいた。

「凪ちゃんって言いましたっけ?ルイちゃんに調教しているところを見ました」

 突然その人は顔をあげ、私に話しかけてきた。


「榎本さんの娘さんなんですね」

「はい」

 パパってみんなが知ってるんだなあ。って、同じところで働いているんだから、当たり前なのかな。


「どうして、ルイちゃんは凪ちゃんの言うことなら聞くのかな」

「え?」

「私がいくら頑張っても、ダメだったのに」

「えっと」


 どうしてと言われても。

「どうやったんですか?教えてください」

「私にもわかりません!」

 私は思わずそう言い返し、ロッカーを開けて着替えを始めた。


 そして着替え終ってから、

「あの…。私にもわからないんですけど、ただ、ルイちゃんのことは前から大好きなので」

とそれだけ言って、私はロッカー室を出た。


 空君と一緒にカフェに移動した。水族館は開館したばかりで、カフェには人がいなかった。

「すごかったね、凪」

 空君はなぜかまだ、目を輝かせている。


「俺、感動した。ルイちゃんのジャンプ、すごかったよね。あれ、凪がそうさせたんだよね」

「ううん」

「え?」

「私は何もしていないよ。でもね」


「うん」

「あの時、ルイちゃんが、見せてくれたの」

「何を?」


「すごいジャンプして見せてくれたの。どう?凪ちゃん、見てみて!ってそう聞こえてきた」

「え?ルイちゃんの声がしたの?」

「ううん。したわけじゃないんだけど、そんな気がした」

「あ、それ、多分本当にそう言ってたと思うよ」


「え?まさか、空君聞こえていたの?」

「ううん。だけど、そういうのって、凪、持っていそうだから」

「そういうの?」


「イルカとか、動物と会話ができる能力」

「え~~~。ないよ~~。ドリトル先生じゃないんだから」

「あると思うけどなあ。凪って心開いているからさ」

「え?」


「ダイレクトにきっと、会話ができてると思うよ」

「だ、ダイレクト?」

「こんなこと言うと、怖がるかもしれないから言わなかったんだけど」

「な、なに?」


「凪、幽霊の声もきっと聞けるよ?心開いて、聞こうとしたら」

「い、いいよ~~。聞けなくても」

「そうかな。案外、何かを聞いてほしかったり、教えたかったりする霊いるかもよ」

「それはいい。そういうのはあんまり、興味ないな。でも、イルカと話ができるって言うのは興味ある」


「くす」

「なあに?」

「うん。イルカの調教師、似合っているなあって思って」

「私?」

「うん」

「私も楽しかった。ルイちゃんと泳ぐのも最高に楽しかった。だけど、人前でショーみたいなのをするのは、恥ずかしいな」


「なんだ。何年か先、あのプールで観衆に囲まれて、ショーをしている凪を想像していたのにな」

「え~~~!無理だよ~~~」

 何を想像しているんだ。空君は…。


「このあとの、イルカのセラピー、俺、かなり気になってるんだ」

「え?」

 話し飛び過ぎ。空君、ちょっと今日違うかも。なんか、興奮してる?


「凪、覚えてる?5歳だったかな。凪と一緒にイルカと泳いだよね」

「うん。碧も一緒だった。パパが連れて来てくれたの」

「俺、その頃、園でも先生になじめなくて、他の友達ともなかなか遊べなくて」

「うん」


「で、イルカも怖かったんだ。海も日焼けすると肌あれたりするから、そんなに泳がせてもらえなかったし。だから、泳ぐのもそんなにうまくなかったし」

「うん」

「凪は上手だったよね」


「江の島の海で、0歳の時からパパと泳いでいたから」

「だよね」

「うん」


「凪はウキウキワクワクしてた。その横で俺は怖がっていた。でも、凪が海に入って行くとイルカのほうが凪に寄ってきて、あっという間に凪はイルカと仲良くなった。そして、無邪気な笑顔で俺を呼んだ。空君も一緒に泳ごうって。俺は凪とイルカが、ものすごく簡単に仲良くなっているのを見て、一気にイルカが怖くなくなった」

「そうだったの?」


「うん。それで海に入って行ったら、俺のところにもイルカが来た。凪は俺に、イルカ、可愛いよ。大丈夫だよって言ってくれて、それからすぐに俺も、イルカと仲良くなれた」

「よく覚えてるね。私、忘れてるよ、その時のこと」

「そう?俺は鮮明に覚えてる」


「そっか~~」

「凪はさ、俺に教えてくれたんだ。このイルカ、今こう言ったよ。このイルカは空君が大好きだって。あっちのイルカは、あの子のことが好きで、あ、今来たイルカは、空君と泳ぎたいみたい…」


「え?」

「凪、イルカの思ってること、全部俺に教えてくれたんだ。俺、すげえ感動したのを覚えてるよ。な~たんはイルカと会話ができるんだ!さすが、な~たんだ!って」


「そ、そうだったっけ?なんか、私が覚えているのは、空君も私もイルカと楽しく泳いだっていうことだけで」

「凪、俺は凪ってすごいなって、今でもそう思ってるよ」

「あ、ありがとう」

「………」


 空君がじっと私を見た。なんだろう。

「さっき、ルイちゃんのこと、凪、光で包んでたよ」

「え?」

「見えたんだ。すごい光が出てた。その中にルイちゃんが来て、嬉しそうにしてた。ルイちゃんと泳いでる時も、ルイちゃんがジャンプするときも、凪、光り出してたよ」


「見えるんだ。そういうのまで。空君って何者?」

「俺は、そんな光出してる凪って何者?って思うけど」

「………さあ?自分では出している自覚ないから」

「だよね~」


 空君はまだ私を見ている。

「えっとね」

「え?」

「今も出てる」


「え?私から?!」

「うん。たま~~に、霊がやってきて、すぐに成仏しちゃう。パァって、あっという間に」

「そうなの?まったくの無意識だからわかんないよ」


「そんで」

「うん」

「その光って、俺も包み込んでくれるんだけど」

「え?」


「それが、あったかいし、優しいんだ」

 それも無意識だ。でもきっと、空君が大好きって思うと出ちゃうのかもしれない。

 あ、空君がはにかんでる。可愛い!


 ギュム!って抱きしめたい~~~~。でも、テーブルが私と空君の間にあって、抱きつきに行けない。


「凪」

「え?何?」

「今、もしかすると、もしかして、俺にハグしたかった?」

「なな、なんでわかったの?まさか、そんな顔してた?私」

「いや…。光に出てた」

「え?」


「光が強くなって、なんか、俺のことハグしてきたみたいになったから」

 うわ。そうなの?

「もしかして、いつもわかっちゃってた?」

「ううん。いつもは、凪、ハグしてきちゃうから」

 あ、そうか。


「でも、光でのハグも、嬉しいよ」

 え?

「……」

 わあ。もっと空君照れた。可愛いよ~~~。


 抱きしめたい~~~~。

 きゅわん!

 

 カフェから、そろそろ海のほうに移動しようかと空君が言ってきて、カフェを出た。レジでお金を払い、海に行く出口から出て、ほんのちょっとの間、ほとんど人のいないところを歩いた。


 ちゃ、チャンス~~!

 ムギュ!

 私は空君の背中に抱きついた。


「わ!」

「え?」

「凪、今のは不意打ち過ぎた」

「ごめん」


 私はすぐに空君の背中から離れた。

「はあ…」

 あれ?ため息?もしかして空君困ってる?

 空君はそのあと、私の手を取って歩き出した。


 あ、手、繋いでくれた。嬉しい。

 空君の顔を見たら、照れくさそうにしている。

「なんか、俺…」

 え?ドキン。何?


「最近、すごく実感してるんだけど」

「何を?」

「付き合ってるんだなあって」

「……」

 きゃわ~。空君もそう思っててくれたんだ。


「わ、私も」

「凪も?」

「うん」

 空君は、はにかんだ笑顔を見せてから俯いた。


 やっぱり、空君は超可愛い!

 ハグ!はしなかったけど、思わずつないでいる手にしがみついて、頬ずりをしてしまった。するとまた、空君がびくっと腕をかたくして、私を見た。


 だけど何も言わず、空君は顔を赤くして前を向き、歩き出した。

 私は嬉しくって、ずっと空君の腕にしがみついたまま歩いていた。



 


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