第62話 ハグ!
その日も、夕方までお店にいて、そのあとリビングに空君と一緒に行って休んだ。空君はソファに座り、隣に私が座ると、こっちを見てにこっと微笑んだ。
可愛い!
ムギュ!
「……」
あれ?なんにも空君言わないんだ。おばあちゃんとおじいちゃんがいるから、抱きつかないでって言うかなと思ったのにな。
「空、少しは接客慣れたのか?」
おじいちゃんも、私が空君に抱きついているのはスルーして、空君に聞いた。
「う~~ん、どうかな。今日は中学のクラスメイトがけっこうきてて、疲れたけど」
「女の子か?」
「うん」
「空もモテるんだな。聖もモテたみたいだけど」
「聖さんと比較しないでよ、じいちゃん。聖さんには俺、かなわないから」
「そうか~~?今ここに聖がいたら、お前聖に思い切り嫉妬されてるぞ」
おじいちゃんがそう言うと、空君はちょこっと私のほうに顔を向け、
「あ、凪のこと?」
と、おじいちゃんに聞いた。でも、答えたのはおばあちゃんだった。
「くす。そうよ。そんなに仲良かったら、聖がまたうるさくなっちゃうんじゃないの?」
「もう、うるさいの」
思わず私は空君から離れ、そう答えた。
「あれ?離れちゃうの?」
空君がそうぽつりと言った。
「え?」
うそ。抱きついていたほうがいいの?え?いいの?抱きついたままでもいいの?!
私はなんだか、照れくさくなり、抱きつくことはできなかった。だけど、空君のすぐ横までお尻をずらし、空君にびたっとくっついた。
そこに春香さんが、私と空君の飲み物とおやつを持って来てくれた。
「今日の夕飯どうするの?凪ちゃん」
「あ。パパが今日は家にいるので帰って来いって言われてます。そうだ。空君もうちで食べないかってママが言ってた」
「俺もいいの?行って」
「うん」
思い切り頷くと、空君は嬉しそうに、
「じゃ、俺、凪の家で夕飯ごちそうになる」
と春香さんに告げた。
「聖、空が来て、やきもち妬かないのか?」
おじいちゃんが不思議そうに聞いてきた。
「うん。空君にいっぱい話しかけて、邪魔する気満々でいるけど」
そう私が言うと、おじいちゃんもおばあちゃんも、まだその場にいた春香さんも大笑いをした。
「面白いわよねえ、聖って」
春香さんはそう言いながら、リビングを出て行った。
「空君も大変ね。聖みたいな義理の父親。でも、圭介もそうだったわね。ずっと春香と櫂さんの交際認めていなかったし、結婚式なんてギリギリまで出ないって言い張って、聖よりも大人げなかったわよね」
おばあちゃんの言葉に、おじいちゃんは飲んでいたお茶を吹きだしそうになって、
「なんだよ、そんな昔の話を持ち出して。今じゃ櫂とも仲いいんだから、いいだろ」
と、口を尖らせた。
「そうよねえ。すっかり仲良くなって。本当の親子みたい。櫂さんが長男で、爽太が次男。そんな感じよね」
「そうだな。聖も、空のこと可愛がってるし、息子みたいにすでに思ってるんじゃないのか?」
おじいちゃんがそう言うと、空君は嬉しそうに頷いた。
「俺、聖さん、好きだし。尊敬してるし。聖さんの仕事、すごく興味あって…。凪の家に行くと、聖さん、いろんなこと教えてくれるんだ」
「いろんなって、どんなことなの?」
おばあちゃんが聞いた。
「海のこと。今、研究所で研究している内容とか。他にもいろいろ。聖さん、海大好きだから、すごく詳しいし」
「空も、そういうほうに将来進みたいのか?」
今度はおじいちゃんが聞いた。
「うん。海洋学、興味ある」
「じゃあ、聖みたいに水族館に勤めたいとかか?」
「ううん。水族館じゃなくて、研究所。俺、人前で説明とか無理だし、研究所で黙々と、研究している方が向いていそうだから」
「なるほどな。でも、聖言ってたけど、研究発表だの、そういうのもあるようだぞ」
「ああ。うん。それはまた、別っていうか」
「空君は、しっかりと未来が見えているのねえ」
おばあちゃんがそう言うと、空君はかっと顔を赤くした。
「見えてないよ。そういうのもいいなっていう、そんな憧れみたいな感じだし。前はサーファーもいいかなとか、ライフセーバーもいいかなとか、いろいろと考えてたんだけど、そういうの、俺、向いてなさそうだし」
「ふうん。空君、いろいろと考えていたんだね」
横で聞いてて、私は思わずぽつりとそう言った。するとまた空君は、顔を赤くした。
「まだ、はっきりとしたわけじゃないから」
「うん」
「凪ちゃんは?もう高校2年だと、進路のこともそろそろ考える頃じゃない?」
おばあちゃんが、私に聞いてきた。
「…うん。そうなんだけど、私、まだ何がしたいかもわからないし、何に向いているかもわからないし」
「凪ちゃんは、癒すのが得意だからなあ。子供も好きだし、保母さんとかはどうだ?」
おじいちゃんがそう言うと、おばあちゃんも、
「いいわね、そう言うの凪ちゃんに合っていそう」
とにっこりと微笑んだ。
「私も考えたんだけど、子供好きだし。でも、来年赤ちゃん生まれるでしょ?その世話をできると思うと、なんか、それだけで満足って感じがしちゃって」
「赤ちゃんの世話ができるだけで、満足なの?」
「うん。きっと、可愛いよね。だって、自分の妹か弟なんだし」
「そうね。可愛いでしょうねえ」
「………」
私は天井を見た。そして空君の視線を感じて、空君のほうを見た。空君と目が合ったけど、空君のほうがそらしてしまった。
「凪のほうが先に卒業していくんだよね」
あ、なんだか空君、思い切り寂しそう。
「うん。そうだけど…」
「そっか」
ふ~~~~。空君は重いため息まで吐いた。
「ははは。もう卒業のことを考えて、空は暗くなっているのか?卒業したって、凪ちゃんは空のそばにいるだろ?」
「うん。でも、大学とか行っちゃったらさ…。この辺大学ってないし、市内の大学って、ここから通える近さじゃないだろ?そうなったらやっぱり、凪、市内に住むことになるよね」
あ、そうか。そんなこと考えたこともなかった。でも…。
「もしかしたら、高校卒業してすぐに就職するかも。このへんとかに」
と、言ってみた。
「もうこうなったら、まりんぶるーで働くか?ははは」
おじいちゃんは、そんなことを言って笑っている。
「でも、俺、きっと大学行くよ。市内の大学4年行ってたら、結局凪とは遠恋することになるんだ」
また、暗く空君がそう言った。
「えんれんって、なんだ?瑞希」
「遠距離恋愛のことよ、圭介」
そうおじいちゃんの質問に答えてから、
「遠恋って距離じゃないわよ。たった、2時間くらいで会えるじゃない」
と、おばあちゃんが空君に言った。
「2時間もかかるよ。そうそう会えないよ」
空君がそう言って、またため息をつく。
「は~~あ、せっかく凪とこうやっていっつも一緒にいられるって思ったのにな」
ひょえ~~~。空君!可愛すぎる~~~!
「可愛い!」
ムギュ!
ああ。また抱きついちゃった。でも、やっぱり空君は、何にも云わず、そのままでいる。
じゃあ、もうちょっと抱きついたままでいい?いいよね。
バタン!
その時、思い切りリビングのドアが開き、
「あ~~~~!!!!やっぱり、凪、空に抱きついてた!抱きつくなって言っただろ?!油断も隙もない」
とパパが叫びながら、リビングに入ってきた。
そして私と空君を引き離そうとしたから、私はムキになって、空君にしがみつき、
「離れないもん」
と言ってみた。
「凪~~~~!離れろ!」
「ブッ!あははは。なんだよ、聖。お前と凪ちゃん、3歳の頃から同じことしているよな~~~!」
おじいちゃんが大笑いをした。おばあちゃんは呆れた声で、
「聖、大人げないわよ」
とそうぽつりと呟いた。
「だって、凪が!」
「パパがいつも、邪魔するから。もう、邪魔しないでって言ったのに!!」
「邪魔するよ!いいから、空から離れろ!凪!」
「嫌だもん!」
もっと、空君にむぎゅ~~って抱きついた。っていうか、抱きしめた。
すると空君は、かちこちにかたまってしまった。
「な、凪。離れて?」
「え?」
「そんなに抱きしめられても、俺、困る!」
うそ。空君のほうが、私の抱きしめている腕を引き離し、私から飛びのいちゃった。
うそ~~~~~~~。
なんか、ショック。
呆然と空君を見ていると、空君はこっちも見ずにどんどん赤くなって、首や耳まで赤くなって、
「喉乾いた!水、もらってくる!」
と立ち上がり、リビングから出て行ってしまった。それも、勢いよく。
「あ、あれ?空?」
パパがそんな空君の後姿を見て、なぜか呆然とした。
「空も、あれだな。もうお年頃だな」
おじいちゃんがそうぽつりと言うと、おばあちゃんも、
「もう高校1年ですもんね。そりゃ、3歳の頃とは違うわよ」
と、呟くように言った。
「まずいよ…な?じいちゃん」
パパは、その場に座り込み、おじいちゃんのほうを見て弱々しくそう言うと、
「いいんじゃないの?いつまでも子供じゃ困るしなあ」
とおじいちゃんは、そっけなく答えた。
「凪。もう、あんなに空に抱きついたりするなよな!」
「え?なんで?」
「なんでじゃないっ。少しは空の気持ちも考えてあげなさいっ」
ひえ?!怒られた?
パパはママとデートを終え、その足でまりんぶるーに寄ったみたいだ。
「ママ、まさか働いてる?」
そう聞くと、
「いいや。お店でくつろいでるよ。久々にまりんぶるーに来れて、嬉しいんじゃないの?」
とパパはそう答えた。
「ママ、まりんぶるーの仕事復活するの?」
「まだだよ。夏の間は、まだ家でのんびりさせる。まりんぶるーは凪と空がバイトしてくれるから、大丈夫だって母さんも言ってたし」
「良かった~~。バイトできなくなるかと思った」
「なんだよ、凪。ママの体の心配したんじゃないのか?」
パパがそう言いながら、私の頭をくしゃっとした。
「ママの仕事も心配だし、私のバイトも…」
そう言うと、「しょうがないやつだな」と言いながら、パパがなぜか、ハグしてきた。
「凪はまだ、パパのものなのに」
は?
「やっぱり、まだまだ、空には渡さないっ」
う~~~ん。一時、私の恋の応援をしてくれていたのに、昔のパパに戻っちゃったなあ。
でも、パパ、安心して。どうやら、空君とはとてもじゃないけど、進展なんてありそうにないから。だって、ハグしたらかたまっちゃうし、今日なんて逃げられた。水を飲みに行ったきり帰ってこないしさ~~。
パパはおじいちゃんと話し出したから、リビングに置いて、私はお店に行った。
「あ、ママ。おかえりなさい。デートどうだった?」
ママが2人掛けのテーブルで休んでいたから、そう聞きながら私も座った。
「楽しかったよ~~~。美味しいものも食べちゃったし」
「良かったね!」
「うん。凪はバイトどう?」
「混んでて大変だけど、でも、空君もいるし…。って、あれ?空君、お店のほうに来たと思うんだけど、どこ?キッチンかな」
「空君なら、クロ連れて散歩に行ったけど?」
「え?一人で?!」
「クロと二人で。あ、一人と一匹か」
ママはそう言うと、美味しそうにレモネードを飲んだ。
「なんで、一人で行っちゃったのかな」
がっかりだ。もしかして、私避けられてる?
「クロが散歩したそうに、空君にすり寄って行ったからかな?でも、空君も頭冷やしてきますって言ってたから、ちょうど外には行きたいみたいだったけど。喧嘩でもした?」
「ううん」
「だよね。空君、顔赤かったし、ちょっとにやけてたし」
「え?!」
「にやけて、そのあと、顔叩いてみたり?なんかあったの?」
「……ハグ」
「ハグ?」
「パパに怒られて、ひっぺがされそうになったから、離れないもんって言って、もっと空君に抱きついたの」
「聖君、また、怒ったりしたの~?」
「うん。でも、そうしたら、空君も…。私に離れてって言って、それから慌ててリビングから出て行っちゃって」
「空君、恥ずかしかったんだ」
「そうなのかな」
「……。でも、嬉しいのもあったのかな?にやけてたし」
「そ、そうなのかな?」
「でも、頭冷やすって言うことは…。そっか~」
「何?なんで頭冷やすの?ママ」
「え?」
「どうして?」
「う~~~ん。男の子も大変なんだよ、凪」
「え?」
「わかんなくていいよ、まだ」
そう言うと、またママはレモネードを飲んで、
「くるみママの作るレモネード、久しぶりで美味しい!」
と喜んだ。
ああ。よくわかんないけど、あんまり空君に抱きつくのって、よくないことなのかなあ。
そういえば、思い切り抱きついたとき、空君、かたまるだけじゃなく、心拍数があがってたみたいだ。心臓がバクバクバクって言ってるのがわかったもん。
あれ、私じゃなくて空君だよね?
ドキドキしてくれるのは嬉しいけど、抱きつけなくなるのは悲しい。
とっても複雑…。
それから、進路のことも。
どっちみち、遠距離になることには変わらないんだよねえ。私が進学しても、就職しても。いつかは、空君と離れてしまうことになる。
「はあ…」
空君じゃないけど、それを考えると、重いため息が出た。
一足飛びに全部飛ばして、空君のお嫁さんになりたい。なれたらいいのに。
ってことを考えてる自分に気が付いて、私はママの前で真っ赤になってしまった。




