第59話 海でデート?
夏休みに突入。梅雨は明け、本格的な暑い夏がやってきた。
私と空君は、パパたちに一緒に海で泳ごうと誘われた日以外で、ふたりだけで海に来た。まだ人も少ない時間帯の早朝に。
だが、空君のあとから、櫂さん、爽太パパ、おじいちゃんまでがやってきてしまった。
「空が水着持って出て行くのを、見ちゃったから、一緒に泳ごうと思ってさ、爽太さんも誘ったら、お父さんまで来ちゃって」
櫂さんがそう言うと、
「ごめん、ごめん。凪ちゃんとのデートだって知らなかったものだから」
と、爽太パパも気まずそうな顔をしてそう言った。でもおじいちゃんは、にこにこ顔だ。
「空も、凪ちゃんとデートだって言ってくれたらよかったのに」
「父さん、そう言ってもついてきただろ?」
「まさか。こっそりとしかついてこないって」
「ついてくるんじゃないかよ…」
そんな会話を親子でしていると、そこに、
「凪~~~~!お弁当作って来たぞ」
とパパまでがやってきてしまった。
「なんでパパ?」
「え?だって、凪が昨日海に行く支度していたからさあ。俺も、ひと泳ぎしてから水族館に行くよ」
パパまで来た~~~。
「あ~~あ、なんだって、こんな朝早くから起きて泳がないといけないんだよ。俺、部活午後からだよ?」
碧まで来た!きっとパパにたたき起こされたんだ。起きたてっていう感じの不機嫌な顔しているもん。
「いいだろ。泳ご~ぜ、碧」
「空と凪のデートだろ?みんなして邪魔して、何やってるんだ。大人げない」
「いいんだ!まだ海に2人きりでなんて行かせられない!」
パパ~~。また、始まったの?
最近、空君がうちに遊びに来ても、ずうっとパパが空君と話をして私と空君を近づけさせないようにしているし、私が空君の家に遊びに行くと言うと、櫂さんに連絡をして、2人の様子、ちょくちょく見てなんて言ってるし。
「凪、空、碧、泳ぐぞ」
パパはそう言うと、Tシャツを脱ぎ、ダダ~っと海に駆けて行った。
「何歳だと思ってるんだ、父さんは」
呆れながら、碧はパパのあとをゆっくりと歩いて海に向かって行った。
爽太パパと櫂さんはすでに泳ぎに行っていた。おじいちゃんは、泳がずに浜辺にシートを広げ、そこに横になった。甲羅干しをするようだなあ。
私は水着の上に羽織っていたパーカーを脱いで、おじいちゃんが寝ている横にそれを置き、準備運動を始めた。すると隣で、空君がじっと私を見ている視線に気が付いた。
「あ、なに?準備運動なんて変?」
「いや。俺もしておく。足とかつったらやばいしね」
そう言って空君は真っ赤になって、前を向いて屈伸を始めた。
なんで赤くなったのかな。
「碧、だました」
「え?何を?」
「なんでもない」
「え?なんか気になるよ、空君。碧、何をだましたの?」
「……」
空君はまだ赤い顔のまま、アキレス腱を伸ばしだした。
「空君?なんで顔、赤いの?」
「だってさ…」
「うん」
「凪、水着…」
「あ、変?変だよね。すごく迷ったの。去年はワンピースの水着だったんだけど、千鶴が今年はビキニを買うって言って、私にも勧めてきたから。今は絶対みんなビキニでワンピースの子なんていないって。でも、変だよね?くびれもないし、お腹でてるし」
「……」
うわ。空君、もっと顏が赤い。
「空君?」
「変じゃない」
「え?」
「ちょっと、凪がまた成長してて焦ってる」
あ、また置いていかれるって思ったの?でも、いったいどのあたりが成長してるの?体型変わっていないんだけどな。
「あのさあ!」
わ、いきなり声が大きくなったからびっくり。空君が険しい顔をしてこっちを見た。
「何?」
「その水着で、絶対鉄に会わないでくれる?」
「は?」
「鉄には見せないでね」
「…う、うん。っていうか、鉄と海には来ないから見せないよ」
「そっか」
あ、空君、顔がほっとした。
空君と海のほうに向かって歩いていると、沖にいたパパが、勢いよくこっちに向かって泳いできた。また、凪、競争しようとか言って来るのかなあ、と呑気に海の中に入って行くと、
「凪!お前、ビキニなんか着ちゃってるの?!」
と、怖い顔をしてパパが言ってきた。
「え?!駄目?」
「空!あんまり凪のこと見るなよな」
うわ。パパったら、空君になんてことを。ほら、空君絶句してるよ。
「大丈夫だよ、パパ。私の水着姿なんて、小学校の頃と変わらないし、ビキニ着たらさらに、お腹のくびれがないのも目立っちゃって、かっこ悪いだけだし」
「あほ!あほあほ!凪の大あほ!」
ええ?なんでパパにそんなに「あほあほ」言われないとならないの~~?
「男なんてなあ、露出度が多いってだけで喜ぶに決まってんだろ!空!鼻の下伸ばして凪のこと見てたら、ぶんなぐるからなっ」
ええ?!
「はい。見ません」
空君はそう言うと、ザブザブと海の中に入って行って、あっという間に沖のほうにいる櫂さんや爽太パパに追いついてしまった。
「じゃあ、パパはもう仕事に行くから。凪、空といちゃついたりするなよな。水着姿で!」
「わ、わかってる。それに、空君、いちゃついてくれないもん」
「お前から抱きつくなって言ってるんだ。そんなビキニで抱きついて見ろ。凪には手を出しませんなんて言ってた空だって、理性失うかもしれないだろ」
「まさか」
「そういうもんなの、男って。特にあの頃の年齢じゃあな」
「パパもそうだったの?」
「パパ?」
「ママのビキニ見て、鼻の下伸ばした?」
「ママはビキニなんか着たことないから。いつも恥ずかしがって、水着の上にパーカーだのTシャツだの着て、そうそう水着姿も見れなかったし」
「それ、残念だった?」
「………。別に~~」
パパはそう言ってから、私の頭をぽんぽんと叩いて、
「だけどな、空よりほかの男のほうが危ないから、一人で浜辺をうろうろするなよな。パパがいたら守ってやれるけど、もう水族館に行く時間だし。あ、櫂さんか父さんかじいちゃんのそばにいたらいいや。うん。碧でもいい。絶対一人でいるなよ。変な男が言い寄ってくるかもしれないからな」
「う、うん。わかった」
とそこへ、沖から碧が戻ってきて、
「父さん、仕事もう行くの?」
とパパに聞いた。
「ああ、いいところにきた。凪のことちゃんと見ていろよな、碧。変な奴が凪に近寄らないよう守っておけよ?」
「え~~?俺がその役目?それって、空の役目だろ?空に言っておくよ」
「………空だけじゃなく、父さんにも言っておいて」
「はいはい。行ってらっしゃい」
「ああ、行ってくる」
パパはそう言うと、浜辺を歩いて家のほうに向かって行った。
「本当にひと泳ぎしに来たんだなあ。仕事前に泳いで行くなんてすげえタフ…」
碧はそう言うと、
「凪、空のとこまで泳いで行ったら?俺、じいちゃんの隣でしばらく寝てるから」
と浜辺に敷いたシートのほうに行ってしまった。
私も空君や櫂さんがいるほうへと泳いで行った。海の水は冷たくて、とても澄んでいて気持ちよかった。
「空君!」
空君の所まで追いつくと、爽太パパが、
「凪ちゃん、もう聖は水族館に行った?」
と聞いてきた。
「うん。行ったよ」
「あいつ、凪ちゃんとちょっとでも泳ぎたかったくせに、一人で泳いで行っちゃったよなあ」
「あはは」
爽太パパの言うことに、櫂さんが笑った。
「いつまでたっても、あいつにとって、凪ちゃんは可愛い彼女だもんなあ。空、負けずと頑張らないと、聖に凪ちゃん、取られるぞ?」
爽太パパはそんなことを言って、あははって笑った。
「……頑張るって、何を?」
「さて、2人だけにしてやるから。じゃ、頑張れよ?」
そう言って櫂さんと爽太パパは、浜辺のほうに泳いで行ってしまった。
「だから、頑張れって何をだよ…」
空君が聞こえるか聞こえないかの小声で、ぽつりと宙を見ながらそう言った。
「…あのね、パパがね」
「え?!」
あ、いきなり話し出したからかな、空君、びっくりしてる。
「あ、あのね」
「うん?」
「変な男にナンパされないよう、空君に守ってもらえって」
あ。ちょっと嘘ついちゃった。空君に守ってもらえなんてパパ言ってなかったけど…。ま、いいよね?だって、私は空君に守ってもらいたいもん。
「俺に?聖さん、俺にも凪に近づいちゃ駄目だって感じだったのに」
「え?う、うん。でも、空君よりほかの男のほうが危ないって」
わ~~。今の、言い分けっぽい?
「…そ、そうか。うん。わかった。なるべく、凪のそばから離れないようにするよ」
空君はちょっとはにかみながら、そう言ってくれた。
私と空君は沖でぷかぷかと浮かんでいた。
「気持ちいいね。まだ、海の水冷たいし」
「ああ。朝早いと空いているし、気持ちいいよな」
「そろそろ、戻る?」
「うん」
空君と浜辺に向かって泳ぎだした。空君、さすがだ、泳ぎが上手。
「待って」
どんどん先に行く空君を呼びとめた。
「あ、ごめん」
空君は私のほうを見た。そして私が空君のすぐそばまで泳いで行くと、空君は私にすうっと近づいてきて、チュッとキスをしてきた。
「え!?」
何?突然。
ブワッ!顔が火照った。いきなりだったから、思い切りドキンってしちゃった。
「あ、消えた」
「え?」
「なんか、今、凪の後ろに男の人がいて」
「え?!出たの?幽霊?」
「うん」
「人間じゃないってわかる感じの怖そうな霊?」
「う~~ん。怖いって言えば怖いかな。なにしろ、軍服着てたし」
怖いでしょ!思い切り!
「でも、消えたから」
にこりと空君は笑って、それから私のすぐ横に来て、一緒に泳ぎだした。
「もう、聖さん、仕事行ったんだよね?」
「うん」
「じゃあ、凪の水着姿に見惚れててもぶんなぐられないね」
「え?!見惚れる!?」
「うん」
にこっと空君は照れながら笑った。うわ。可愛い。今日も空君可愛いぞ。
「空君」
ムギュ。
「う、うわ!凪?」
私は思わず空君の背中に抱きついた。
「だ、駄目。こんなところで、抱きつかないで」
「ごめん」
「あ。浜辺でも抱きつかないでね」
「え?うん」
空君、嫌なのかな。
「でも、いつもは抱きついてもいいって、空君言ってるのに…」
ちょっと気になりそう聞くと、
「え!そ、それは。その…。さすがにビキニで抱きつかれたら、ちょっとやばいっていうか」
と空君はしどろもどろになって、
「やっぱ、先に浜辺に行ってる」
と、勢いよく泳いで行ってしまった。
変なこと言ったかな。それに、やばいって?
さっきは空君からキスなんかしてきたくせに。って、そうか。幽霊がいたからか。
幽霊から守るためだったら、ハグもキスもしてくれるんだよねえ。じゃ、時々幽霊に出てもらった方がいいかも。
…なんて、変なこと考えてるかも!私!
浜辺に行くと、みんなしてシートに寝転がったり、座り込んでのんびりしていた。
「櫂さん、今日も店あるよね?」
「あるよ~~。爽太は?まりんぶるーの手伝いすんの?」
「うん。夏休みの間はずっとだなあ。すごく混むし」
「あ!私、手伝いに行くよ、爽太パパ」
「バイトしてくれんの?部活とかは?」
「ないよ。一回夜に星の観察に行くだけ」
「じゃあ、バイト代だすから来てくれる?まじ、今年の夏は混んでてさ」
「空も手伝いに行けよ。接客は無理でも、何か手伝えるだろ?」
櫂さんまでが空君にそう言った。空君もしてくれるの?そうしたらずっと夏、空君と一緒に居られる!
「う、う~~ん。そうだね」
「空も来てくれんの?じゃあ、空にもバイト代だすよ」
「バイト代もらうほど、俺、役に立たないっすよ?」
「空。お前ももう高校生なんだ。ばっちり接客もできるよう、まりんぶるーで練習しとけ」
おじいちゃんが、いきなり起きて空君にそう言った。
「え?」
「ずっと、人と接するのは苦手って言ってたら、これから先困るだろ」
「うん」
「それに、なんかあっても、すぐ近くには凪がいるんだから。癒してくれるから安心だろ?」
なぜかおじいちゃんが、そんなことを言った。すると、爽太パパまでが、
「うん、そうだな。今年の夏はずうっと凪ちゃんといられるもんなあ、空」
と言い出した。
「良かったな、空」
あ、櫂さんまでが…。
空君、どうするかな。嫌がるかな。
「わかった。じゃ、真面目にバイトする。接客業になれたら、うちの店も手伝えるもんなあ」
え?
「それに、凪と一緒にバイトできるんなら…」
キュン!空君のはにかんだ笑顔可愛い!
ムギュ!抱きつきたい…。でも、さっき駄目だって言われたから抱きつけない。
私は空君の隣で、抱きつきたい衝動を抑えながら、胸をキュ~ンとさせていた。
「あ、また光…」
空君がぽつりとそうつぶやいた。私からの光かな?
「あ。なんかいっぱい」
「え?」
「いや…。成仏していったなあって思って」
空君は私にしか聞こえないくらいの声でそう言った。
ほわほわほわ~~~~~~。今日も空君の隣は、あったかかった。




