第57話 守ってあげる?!
その日は1日雨だった。空は暗く、ちょっと肌寒い。
「ね、千鶴。今日って肌寒いよね?」
「うん。あんまり気温あがっていないみたいだね」
良かった。また、私だけが肌寒いのかと思っちゃった。
放課後、千鶴と一緒に部室に行くと、もうほかの全員が揃っていた。
「ホームルーム長引いちゃって、すみません」
千鶴はそう言いながら部室に入った。私は廊下の奥が、今日もまた一段と暗くって気になったが、部室の中に空君がいたから、さっさと中に入った。
空君は私が部室に入ると、可愛く微笑んだ。
可愛い。キュウン!と胸きゅんしていると、空君の隣で顔を曇らせている黒谷さんがいるのが見えた。
あ、すぐには気付けなかった。空君の顔しか見えていなかったなあ。そして、私の横から、
「榎本先輩。俺にジュースは?」
とわけのわかんないことを鉄が聞いてきて、鉄の存在にもその時気がついた。
「なんで私が鉄のジュースを買ってこなくちゃいけないの。自分で行って」
そう言って私は空いているパイプ椅子に座った。
「さて、みんな揃ったところで、今日は新しい天体の本が職員室に届いたから、男3人でそれを今から取りに行って、それを見ながら、この前の星の観測の感想や、これからの活動について話したいと思います」
峰岸先輩はそう言うと、
「じゃ、相川君と谷田部君、行こうか」
と席を立った。
「私も行きます」
空君が席を立とうとすると、一緒に黒谷さんも椅子から立ち上がろうと腰を上げた。
「ああ、女子のみんなは、新しい本が入れられるように、本棚をちょっと片付けてくれる?」
「でも…」
先輩の言葉に、黒谷さんは焦った顔をして、
「空君、じゃあ、空君も残ってくれる?」
と空君に顔を近づけて聞いた。
「男3人の力は必要だろうなあ。重い本がダンボールで2~3個届いているらしいからさ」
峰岸先輩はそう言って、空君も連れて部室を出て行った。
黒谷さんは空君が部室を出る寸前まで、空君をすがるような目で見て、ドアが閉まると重い溜息を吐いた。
「さあ、本棚の整理しちゃおう。この辺に今度来る本を置きたいって先輩言っていたから、ここらへんの本をあっちの棚に持っていったらいいと思うんだ」
私はそう言って、本棚を片付けだした。
「かったるい」
と言いながらも、千鶴も一緒に本棚から本を出した。でも、黒谷さんは椅子に腰掛け、下を向いたままだ。
「ちょっと、1年生。2年にやらせていないで、あなたが一番に動いたらどう?」
わあ。千鶴って、たまに怖くなるよね。
「すみません。私は…」
「なあに?こういう仕事はしたくないっていうの?」
さらに、千鶴、怖い。
「その部屋の隅、行きたくなくて」
「え?まさか、なんかいるの?!」
千鶴がいきなり怯えながらそう聞いた。
「いえ。でも、なんか暗いから、そのへん」
「な、なんだ~~~。そりゃ、今日は外雨だし、部屋の中蛍光灯つけたって、暗くなるよ」
「……でも、なんか、怖いから」
「あのさあ!じゃあ、なんで部活出てきたの?雨だと幽霊出やすいんでしょ?じゃあ、こんな日は休めば?」
千鶴が怒った?
「さっさと家に帰ったらいいじゃん」
「家も怖いんです。最近母が仕事始めて」
「他にいるんでしょ?おばあちゃんとか」
「おばあちゃんも、寄り合いだの習い事だのっていないことが多くて」
「じゃ、電気こうこうとつけて、テレビでも大きな音で見るとか、音楽聴くとか、工夫したら?」
「…それも怖くて」
「はあ?!」
千鶴が呆れた。
「ち、千鶴。とにかくみんなが戻る前にここ片付けよう」
私は千鶴をなだめようとした。でも、ダメだった。
「何が怖いの?」
千鶴は呆れた感じでそう聞いた。
「そ、それは、えっと。テレビがいきなり消えたり、音楽聞いていたらいきなり変な音がしたり。ラップ音が鳴ったり」
「…そ、そんなの、気のせいじゃないの?私、そういうのって聞いたこともないし」
千鶴は顔を引きつらせながらそう言った。ちょっと怖いらしい。
「いえ。本当に私には聞こえちゃうから」
「もう!じゃ、いいよ。そこでそうしていたら?」
千鶴はそう言って、取り出した本を部屋の奥の本棚へと移した。と、その時、部屋の隅からいきなり、
「ピシッ!」
と何かが軋む音がした。
「うわ~~。な、何今の音?」
千鶴は慌てて、私の方に抱きつきにやってきた。
「凪、聞こえた?」
「う、うん」
「ラップ音です。やっぱり、そのへん、危ないかも!」
そう言うと、下を向いて黒谷さんは肩をすぼめて震えだした。
「なんか、見えたの?」
「い、いえ。怖くて見れない」
「え?」
千鶴は徐々に私から離れ、部室の真ん中にあるテーブルの方へと移動した。
「ど、どうしようか、凪。みんなが戻るまでじっとしてる?」
「だけど、本は出しておかないと」
私はそう言って、本棚から本をどんどん取り出し、床に置いた。
「凪、怖くないの?」
「うん。音だけしかしないし。私、見えないし」
そう言って黙々と本を取り出していると、突然、パチパチっと今度は蛍光灯が点滅した。
「きゃ~~~~~」
千鶴と黒谷さんが同時に悲鳴を上げ、廊下に飛び出してしまった。
「空君、呼んでこよう!」
千鶴はそう言って廊下を走り出したが、廊下に出たところで、黒谷さんは、
「ヒイッ!」
と声にならない悲鳴を上げ、しゃがみこんで動けなくなってしまった。
「どうしたの?」
廊下に出てそう聞くと、廊下の奥が真っ暗だった。
「電気消えちゃってるね」
「あ、あ、あそこに、いるんです」
ガタガタと黒谷さんは震えている。そして、ほんのちょっと顔を上げ、
「まだいる!」
と言って、顔を伏せて震えだした。
「そ、空君…。怖いよ~~」
今にも泣きそうだ。そんなに怖いのがいるのかなあ。私には電気も消えてて真っ暗っていうだけで、特に怖い感じもしないんだけど。
「どの辺にいるの?」
そう聞きながら、私は廊下の奥へと進んだ。
「榎本先輩、ダメです、行ったら。電気も霊が消したのかもしれない」
「そうなの?ねえ、私にその霊寄ってきていない?」
「…よ、寄っています~~~」
「あ、やっぱり?ちょっと寒気がしたから」
そう言うと、黒谷さんは顔を真っ青にして、
「ヒ~~~~」
とまた声にならない声を上げた。
「大丈夫。今、消す」
「……え?」
顔を両手で隠し、しゃがみこんで丸まっている黒谷さんにそう言うと、黒谷さんは一瞬顔を上げた。
私は、寒気も感じながらも、そこで空君の可愛いオーラを思い出してみた。目をつむり、可愛い笑顔も一緒に思い出した。
ふわ…。少し暖かくなった。
そのあと、目を開けてみると、黒谷さんがこわごわと顔を上げて私を見ているのが見えた。心配そうな、複雑な顔をしている。
きっと、相当怖いんだろうな。家でも一人だけで、いきなりあんなラップ音とか聞こえたり、テレビが消えたりしたら、やっぱり怖いんだろうなあ。
「まだ、いるかな?」
「はい」
「そっか…。でも、大丈夫だからね?安心して。私に任せて」
なんでだか、今日は怖くない。それよりも、黒谷さんの怖さを一刻も早く消してあげたい気がしている。
さっき、黒谷さんが空君にひっついているのを見ても、今日はなんとも思わなかった。だから、気持ちも沈まなかったし、寒気もなかったし。
自分でも今日の私は、いつもの私と違うって感じている。いったい、なんで違うのかもわからないんだけど。
目を閉じた。両手を広げてみた。それから息をすうっと吸って、空君のことを考えた。そして、ああ、空君が大好きだなあって、そう思ってみた。
ふわ~~~~~。私の周りが一瞬明るくなって、ものすごくあったかくなった。
「き、消えた」
黒谷さんの声がして、私は目を開けた。すると、パチパチっと廊下の蛍光灯が順番につき始め、廊下が一気に明るくなった。
「あ、電気もついたね?」
私がそう言うと、黒谷さんは私をじっと見てから、
「あ、ありがとうござます」
となぜかお礼を言ってきた。
「え?」
「霊、やっつけてくれて」
「違う違う。やっつけてないよ。そんな力はないから」
「でも、消えました」
「う、うん。なんで消えちゃうかはわからないけど」
「凪!空君、連れてきた!」
そこへ、空君と一緒にこっちに駆けてくる千鶴の姿が見えた。
「大丈夫?凪!」
あ、空君、必死の顔。もしかしてまた私が具合悪くなったと思っているのかな。
「大丈夫だよ」
「あれ?廊下電気ついてる。もしかして、スイッチがオフになっていただけ?」
「ううん。いきなりついた」
「ええ?!」
千鶴の顔が引きつった。
「大丈夫みたいです、先輩。ここ、やけに明るいし、あったかいし。凪の光で霊、消しちゃった?もしかして」
空君がそう私に近づきながら聞いてきた。
「はい。榎本先輩が消してくれました」
そう答えたのは黒谷さんだ。
「あ、そうだったんだ。それ、見えてたの?」
空君が黒谷さんにそう聞いた。
「はい」
「そっか。あ、じゃあ、俺がいなくても、霊、消えちゃったんだね?」
「あ、うん。今日は私、落ち込んでいなかったから」
「パワーあったんだ」
「そうみたい」
私がそう言うと、空君はにこりと笑った。
「お~~い。ダンボール、一人じゃ重くて持てないって」
鉄が空君を呼んでいるようだ。姿は見えないけど声だけ聞こえた。
「ああ!悪い。今、行く!」
空君はまた、来た道を走っていってしまった。
「部室入って待っていようか」
私はそう言って、千鶴と黒谷さんと部室に入った。
「もう、凪が消したから、安心だよね」
千鶴はそう言いながら、部屋の隅に行こうとすると、
「まだ、そこにはいます。そこ、暗くってへんな感じです」
と、震えながら、黒谷さんが言った。
「うそ!どこ?!」
千鶴がまた、顔を青くして部屋の真ん中に来た。そして、私にしがみついた。
「そ、そのへん。本棚の辺り、やばいです」
部屋の隅の本棚の辺りらしい。
「そういえば、ちょっと暗いかも」
私がそう言うと、また、ビシッ!とラップ音がした。
「ぎゃあ!ダメじゃん。消えてないじゃん。空君!」
「千鶴、大丈夫だよ。ラップ音しかしていないし、そんな悪さしないと思うよ」
「なんでわかるの?凪」
「なんとなく」
そう言って私は、その本棚のあたりに行ってみた。
「あ、若干、涼しいかも」
「涼しいじゃないって!凪、怖くないの?」
「待ってて、黒谷さん。ここのもトライしてみるね」
真っ青な顔をしてこっちを見ている黒谷さんにそう言って、私はまた目を閉じて、空君のさっきの可愛い笑顔を思い出した。それから、なぜか空君がしてくれた、キスまで思い出し、胸がキュンってしてしまった。
空君、可愛かった。大好きだなあ。
「消えた!一瞬光が出た!」
黒谷さんがそう言った。私は目を開けて黒谷さんを見た。すると、天井の方を見ながら、
「光がどんどん上空に吸い込まれていく感じで消えてった」
とぼそっとそう言った。
「それ、多分、成仏した」
ドアのところから空君が顔を出し、そう言ってきた。
「あ、空君!」
「凪、光り出して成仏させたんだね」
「すごい。すごいワザだ。ねえ、凪のこの力があったら、黒谷さんも怖くないんじゃないの?!だって、消せちゃうんだよ、幽霊」
千鶴は興奮しながらそう言ったが、黒谷さんは何も言わず、ただ私を見て、そしてまた天井を見た。
「……そうですね」
黒谷さんはしばらくしてから、そう呟いた。そして、
「あ~~、重かった。さ、本棚、しまう作業をしようか」
とそう言いながら、峰岸先輩が部室に入ってきて、鉄も入ってきて、本棚にしまう作業を始めた。
「疲れた。榎本先輩、ジュース。あ、やっぱ、缶コーヒー」
「…しょ、しょうがないな」
重い思いをしてきたんだから、男性陣に買ってきてやるか。と思いつつ、部費を出して部屋から出ようとすると、
「わわわ、私も行きます」
と黒谷さんが席を立った。
「え?一緒に行ってくれるの?」
「はい。榎本先輩のそばにいたら、安心だから!」
あれ?
黒谷さんは、なぜかとっても明るい顔になっていて、私にべったりくっつくようにして後ろからついて来た。
「こ、これからも、よろしくお願いしますね」
「え?うん」
「榎本先輩、すごいです。なんか、今まで、霊を呼んじゃうだけの人かと思っていたけど、本当に幽霊、成仏させられちゃうんですね」
「え?どうかな、それはわかんない」
「だけど、空君もさっき、成仏させたって言ってた。一気にあの部屋、明るくなりました。廊下もです」
「そう?」
「榎本先輩」
「え?」
「助けてくれて、本当に嬉しかったです!」
あれれ?
結果的にはそうなるのかな。いや、助けようと思っていたって言えばそうかな。
なんか、一気に黒谷さんが明るくて、可愛くなった。びっくりだ。
空君に、引っ付かないようになったのは良かったけどさ…。
ガチャン、ガチャン。缶コーヒーやポカリを買って、私たちは部室に戻った。そして部屋の中で、黒谷さんはパイプ椅子を私のすぐ横に持ってきて、私に引っ付いた。
えっと~~~。空君のことは、一気に諦めてくれたのかな。
それとも、別に空君に恋していたわけじゃなかったのかな?
よくわかんないけど、ライバルじゃなくなったみたいで、ちょっと一安心だ。




