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第56話 素直になると…?

 翌日、空君は遅い朝食をとって、家に帰っていった。朝起きてからも、私はなんだか照れてしまい、空君とはあまり話せなかった。


「午後は部活か~」

 碧がかったるそうにそう言った。

「彼女に会えるんでしょ?いいじゃない」

「ん~~~」


 本当にかったるそうだなあ。

「碧は彼女に会えるの、嬉しくないの?」

「え~~?嬉しいよ。一応」

 一応?


「なんか変な言い方。パパじゃないけど、自分の方が好かれているからっていい気になっていたら、ふられちゃうよ?」

「へえ。いっちょ前にそんなこと言うんだ、凪」

 碧が憎らしい口調でそう言った。


「なな、なんで?」

 ちょっと頭にきながらそう聞くと、

「凪なんて、空にまだ遠慮して話しかけることもなかなかできないでいるくせにさ。そんなじゃ、他の女に取られてもしらないぜ~~」

ともっと憎らしい口調で言ってきた。


 ムカッ!

「え、遠慮していたわけじゃないもん。それに今朝は、碧が空君に話しかけてばかりいるから、私が話しかける暇もなかっただけで」

「だから、そこ!」

「どこよ!」


「そういうのを遠慮してるって言うんだよ。そんなふうに、誰かと空が話しているから、とか、誰かが空のそばにいるから、私は遠くから見ているだけにしよう、とか、そういうのがダメなんだって言ってるんだよ」

「でも、空君が人と話しているのに、割り込んだら悪いじゃん!」


「それが、例の、霊感女でも?その霊感女がずっと空と話してて、片時も空から離れなたっから、凪、ず~~っと遠くから空、眺めてるだけ?」

「グ…」

 言い返せない。


「図星。今までの凪って、そんな感じだろ?」

「ググ~~~」

 言い返せないっ。


「じゃあ、碧は?碧の彼女が他の男子と話していたらどうするの?」

「注意する」

「え?でも、恋愛禁止の部でしょ?どうやって、注意するのよ」

「だから、部内は恋愛禁止。必要以上にマネージャーと話しているんじゃねえっ!と、注意する」


「自分はどうやって、彼女と話すの?」

「え?普通に」

「必要以上には話せないんでしょ?」

「話すよ。だって、部長とマネージャーだったら、色々と話があるじゃん」


 はい?

「部長の特権」

「なにそれ。碧って男子から、嫌われたり、なんてしていない?」

「いや。どうして?まあ、モテすぎちゃって嫉妬されられることは多々あるけどな」

 こいつっ!なんか、性格悪いの?もしや。


「妬まれることはあるけどさ、そんなやつはほっておく。だったら、お前もモテてみたら?ってさ」

 やっぱり、性格悪っ!鉄が碧のこと生意気だって言ってたけど、まじ、生意気なやつだったんだ。

「それと、俺、別にいい気になんかなってないよ」


 なってるよ。十分。

「俺、彼女にはそれなりに、ちゃんと接してるもん」

「え?」

「部内恋愛禁止だから、あんまり一緒にいられないからさ、その分メールもちゃんとしているし、デートだって見つかったらやばいけど、まあ、それなりに見つからないようにしているし」


「ふ~~ん」

「部活引退したら、堂々と付き合うつもりだし」

「へ~~~。堂々とってどうやって?」

「どうやってって…。だから、堂々とだよ!」


 なんだ、結局どう付き合っていいかわからないんじゃないの?

「凪みたいに、付き合ってるのに遠慮したりしない。彼女にもそんな思いはさせない」

「え?」

「遠慮なんかしてほしくないし。空もそう思ってるんじゃないの?」


「……私に?」

「もっと彼女なんだからさ。ベタっと引っ付いてて欲しいんじゃないの?」

「空君が、私に?」

「空、一人でいるの好きなようで、そうでもないよ」


「碧もそう思うの?」

「うん。俺が遊びに行くと、まじで嬉しそうだし。本当は相当な寂しがり屋じゃないの?だってさ、空がまりんぶるーに寄り付かなくなったのって、凪が空のこと無視しちゃってからでしょ?」


「私が無視?」

「してたじゃん。一時。あのあとから寄り付いていないみたいだよ。それにまりんぶるーのクロも死んじゃって、まりんぶるーに行っても、凪やクロの思い出ばっかりあるから、辛くってもう行けなくなったみたいだよ?ちょっと、そんなこと言ってたことあったし」


「……」

 そういえば、私も聞いたことがある、それ。

「空って、寂しがり屋でナイーブかも」

「うん。ちっちゃい頃もそうだった。何かあるとすぐ熱出したりしていたし」


「そうそう。で、体も弱かったし。凪の方がずっと、強かったし…」

 う…。確かに。

「俺、伊豆に越してきてから、空が変わっちゃったって思ったけど、そういうのあまり気にせず接してたんだ。空は空だし、俺、子供の頃から空のことは好きだったし。でもさ、そうやってこっちが変わらず接すると、空も心開くっていうか、受け入れてくれるっていうか」


「うん」

「てんで嫌がったりしなかったよ。だから俺、平気でズカズカ空の中まで入っていってた。で、わかった」

「何を?」

「空は子供の頃と変わっていない」


 ああ、碧にはわかっていたんだ。

「うん、それ、最近感じる」

「凪も?」

「うん」


「じゃ、遠慮いらないってこともわかるじゃん。子供の頃の空って覚えてる?」

「え?」

「凪が大好きだったよ。今もだろ?」

 うっわ~~~~~~~。そう言うこといきなり言われると、さすがに照れる。


「そそそ、そう思う?そういうのは、なんていうか、自信ないっていうか」

 思い切り照れながらそう言うと、

「自信なんて関係ないよ。ほら、たとえば、犬が好き、猫が好き、カブトムシが好きっていうのとか、このぬいぐるみがなぜだか知らないけど、あると安心するみたいな、そんな感じと同じだから」

と碧にさっぱりとそう言われた。


 あれ?ぬいぐるみ?…カブトムシ?

「理由なんかないけど、空は凪のことが好きで、なんでだかわかんないけど、一緒にいると安心するんじゃねえの?」

「恋じゃなくって?」


「それは、これからの課題だろ?」

「課題?」

「凪次第だよな」

 え?


「あ、そろそろ昼飯作ってよ、凪。1時には学校についていないとならないんだ」

 時計を見ると、11時だった。

「まだいいじゃん」

「ちょっと早めに行って、彼女と二人になりたいんだよ」


 あれ?部活行くのかったるいとか言ってたくせに。さっきのはなんだったの?

「わかったよ。作るよ。ラーメンでいい?」

「いい、いい」

 

 パパは朝早くに出て行った。そのあと、ママがつわりがあるのにもかかわらず、私たちの朝ご飯を作り、私たちを起こしてくれて、それを食べて空君は家に帰っていった。

 ママは、なんだかとっても嬉しそうだった。


 碧も空君と一緒にいる時は、なんだかウキウキしている感じだった。そのあと、こんなにだらりとしてしまったけれど。

「ラーメンできたら呼んで。2階で寝てる」


 え?なにそれ!こいつ~~~。

 大アクビをしながら碧は2階に行った。絶対、私だったらこんな彼、嫌だと思う。きっと、こんなだらけたやつだって、彼女の方は知らないんだよね。


 この辺がパパと違うの。パパは、なんでもちゃっちゃと動いて、いつも元気でパワフルだもん。

 空君は…。だらけているって言うより、ゆったりしているって感じかなあ。


 インスタントのラーメンに野菜炒めをのせ、碧を呼んだ。碧は、早くに作れと言ったくせに、

「もうできたの?なんだよ。今、寝ていたところだったのに」

と文句を言いながら下りてきた。本当に自分勝手なやつなんだから。


「は~~~あ」

「何?凪」

「もっと空君、ゆっくりしていっても良かったのにって思って」

「じゃ、そう言えば良かったじゃん。な?遠慮していると結局あとで、凪が後悔することになるんだよ」


「…うん。そうかも」

 遠慮かあ。でも、つい考えちゃうんだよね。こんなこと言ったら、空君嫌がる?迷惑?引く?嫌われない?

 なんて…。


「うまいけど、暑い。今日、蒸し暑くなりそうだし、ラーメン食ったら汗かいた」

「もう!文句言うならもう作らないからね!」

「なんだよ。凪って心狭すぎ」

「悪かったわね。ママみたいに寛大じゃなくって!」

「ほんとだよ」


「このマザコン!」

「だったら凪はファザコンだろ?」

「違うもん。私は空コンプレックス。略してソラコンなの」

「あははは。自分で言ってたら世話ないよなあ。でも、そうかも。笑える」


 ふんだ。いいもん。だって、まだ私と空君は、付き合いたてほやほやのカップルだし、始まったばかりなんだから。

 これからなんだもん。


 ずうっとずうっと、片思いしてて、思いが届かなかったのに、やっと届いたばかりの、両思いの新人なんだから。

 って、そこのところ、自慢できるところじゃないけどね。


 午後は、予習をちょこっとした。でも、なんだか寂しくなって、リビングで編み物をしながら音楽を聴いているママの横に行き、べったりと張り付き、またママとパパの恋人時代の話を聞いていた。


「碧が遠慮してたら、他の女の子に空君を取られちゃうよって言うんだよね」

「へえ、碧が?」

「べったりとくっついていたらいいじゃんって。空君なら嫌がらないよって」

「だろうね」


「ママもそう思う?」

「うん。だって、空君って、凪大好きじゃない」

「……」

 顔がまた熱くなった。


「それって、ぬいぐるみとか、カブトムシを好きなのと同じかな?」

「え~~~?違うでしょ?」

「碧に言われたの」

「なにそれ~~~。くすくす。変なの~~」

 ママは笑ったけど、私は複雑な気分だ。


「空君は、パパだって言ってたじゃない。凪のことすごく大事に思っているって」

「うん」

「凪も空君が大好きで、大事なら、素直にそれを表現したらいいだけだと思うよ?遠慮とかいらないし、意地張ったりすることもないし、怖がらないでもいいし」


「怖がる?」

「嫌われること。それ、怖いけど、ママもそういう時あったからわかるけど、でも、大丈夫。嫌われたりしないから。素直に心開いて接するのが一番だと思うよ?」

「うん。そうだよね…」


 ママの言葉を聞いていると素直に聞けるんだよなあ。

「パパって、そんな素直に甘えるママのこと、すっごく可愛がっているもんね」

「凪のこともでしょ?凪、パパには素直に甘えるじゃない」

「うん。だって、絶対に嫌われるわけがないってわかっているし」


「だから、一緒だよ~~。空君も絶対に嫌ったりしないって」

「……ママ。つわり少しは良くなってきた?」

「まだ。でも、食べれなくてもけっこう元気だし、平気だよ?」

「うん」


 私は黙って、編み物をしているママを見ていた。それからまた、ママにひっついて、雑誌を読み出した。

「凪が隣にいると、ほんと、ホッとするよねえ」

「え?」

「こりゃ、空君だって、凪といっつも一緒にいたいって思っちゃうかもねえ」


 わあ。また、ママがそんなことを言ってきた。顔が熱いよ。

「昨日は、ちょっとは二人で話せたの?凪」

「う、うん。ちょこっと…」

「良かったね?」


「うん」

 ママは優しい目で私を見てから、編み物を再開した。


 ママだって、ものすごく一緒にいると癒されちゃうんだけどなあ。特に最近のママ、そういえば、パパが編み物をしているママの隣にいたら、凪も癒されちゃうよって言っていたっけ。本当にそうだよね。優しくってあったかいの。


 

 翌日、朝から雨だった。それもけっこう降っている。雨の音が強くて、碧は雨だとわかってすぐに、2度寝をしたらしい。

「おはよう、パパ」

「おはよう。碧は部活雨で中止か」

「うん。多分寝てる」


 パパは今日も朝から元気だ。私たちのお弁当を作り、朝ご飯もちゃっちゃと作ると、

「凪、送っていこうか?」

と聞いてきた。

「バスで行く。空君と一緒に行きたいし」


「あ、そう。そんなに空と一緒にいたいんだ~~」

 パパはそう言うと、私の髪をくしゃってして、

「また、家に遊びにこいって空に言っておいて」

と優しくそう言ってくれた。


「うん」

 朝ご飯を食べていると、テーブルの上に置いた携帯が振動した。

「空君?」

 見てみると、やっぱり空君からで、

>おはよう。雨だからバスで一緒に行こう。

と書いてあった。


>うん!

 と書いてから、それだけで送るのも寂しい気がして、

>おはよう、空君。バスで一緒に行けるの、嬉しい。

と書きなおして送信した。


 素直になってみた。でも、素直になるのって怖い。勇気いる。こんなこと書いて、空君どう思うかなって、ドキドキだ。

 5分して、空君から返信が来た。

>凪だ。


 それだけ書いてあった。

「凪だ?ってどういう意味かな」

 よくわかんないけど、支度をしてバスに間に合うようにバス停に向かった。するとちょうど、雨の中空君もバス停に歩いてきていた。


「おはよう、空君」

 そう言うと、空君はにこりと笑って、

「おはよ、凪」

と、可愛く挨拶してくれた。ああ、朝から胸きゅんの笑顔!


「あ、あの。さっきのメール、どういう意味だったのかな?」

「え?」

「凪だって書いてあったけど」


 バスに乗って、また一番後ろの席に私たちは座った。それから勇気を出して聞いてみた。

「ああ。だって、一緒にバスに乗れて嬉しいなんて、子供の頃の凪みたいで」

「え?」


「っていうか、なんか、凪が凪に戻ったってそう思って、嬉しくなってつい…。ごめん、わけのわかんないメールだったね」

「ううん」

 そうなんだ。素直になると、空君喜ぶんだ。じゃあ、本当に私、どんどん素直になっていってもいいんだ。


「凪、子供の頃にさ、俺に会うたび、嬉しいって言ってたし、スカイプでも言ってたじゃん。もうすぐ伊豆に行って、空君に会えるの、嬉しいって」

「う、うん。言ってた」

「その頃みたいで、俺、ちょっと浮かれてるっていうか」


 浮かれてる?

「すっごく嬉しいっていうか」

 すっごく嬉しい?!


「………。最近、俺、夢心地かも」

 そう言うと、隣でほわわんと、空君は可愛い空気を醸し出した。


 ゆ、夢心地?!

 そんなことを言って顔を赤らめ、はにかんでいる空君。


 可愛すぎるよ~~~~!!!  

 

 ムギュ!

「え?…凪。ここ、バスの中」

「あ、ごめん」


 私はあまりの可愛さに、思わず空君に抱きついていたけど、すぐに我に返り、空君から離れた。

 空君は今度は真っ赤になって、かたまっていた。



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