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第52話 可愛い空君

 碧もキッチンにやってきた。

「俺は何したらいい?」

 碧が聞いてきたので、

「今、野菜は切り終えたから…」

と私は考え込んだ。


「米は空が担当?」

「うん。あとは、炊飯器に入れておしまい」

「なんだ。俺がすることないじゃん。あ、サラダでも作る?」

「うん。お願い」


「じゃ、あとは俺が作っちゃうから、凪、空とリビングにいてもいいよ」

 え、碧が全部作っちゃうの?

「……いい。私がやる」

 そう言うと、空君が私の顔を見た。


「なんで?」

「え?だって…。そ、空君に私の作ったカレーやサラダ、食べてもらいたいなって…」

 途中で恥ずかしくなり、最後の方は声が小さくなってしまった。すると、

「凪、健気じゃ~~ん。じゃ、空、凪に任せてゲームしようぜ」

と碧はとっとと空君を連れて、リビングに行ってしまった。


 ああ。空君、どう思ったかな、今の私の発言。碧が邪魔したから、空君の表情も何もわからなかったよ。


 私はカレーの具を煮ている間に、サラダを作り出した。

 グリーンサラダだから、野菜を切るだけだ。誰にでも出来るって言ったら出来るんだけどさ。


 チラリ。リビングでゲームをしている空君を見た。あ、碧と思い切り楽しんでいる。

「笑顔が可愛いな」

 でも、二人っきりになりたかったなあ。


 ……。うわ。私、今、何を思った?今日は朝からずっと空君といるのに、なんて贅沢な…!

 おばあちゃんのリビングでだって、ずっと一緒に居られた。今日はとってもラッキーな日なのに。

 それも、うちに泊まっていくんだよ?


 7時、カレーを作り終えた。

「パパが帰ってきてから食べる?」

 そうリビングに行って聞くと、二人とも「うん」と頷き、

「空、風呂入ってきたら?俺もそのあと入るから」

と碧が空君に言った。


「…うん。じゃあ、入ってくる」

 空君はそう言って、バスルームに行った。


「……」

 碧がなぜか、ダイニングの椅子に座った私を、リビングからじと~~っと見ている。

「なあに?」

「なんでそっちに座ってるの?」


「二人の邪魔になるかと思って」

「……俺と空に遠慮してるのか」

「別に。でも、仲良くゲームしているから、邪魔したら悪いだろうなって思って」


「…よかったじゃん」

「え?何が?」

「空。なんか、うちに泊まっていくなんてさ、前じゃ考えられないことだったのにさ」

「うん」


「空、凪に対しても、心開いたみたいだしさ」

「え?うん」

「こうやって、凪が空になるべく引っ付いているようにしたら、他のやつも割り込めなくなるんじゃね?」

「なんのこと?」


「そのうちに、空とちゃんと付き合えるようになるかもよ?今はまだ、幼なじみって感じでもさ」 

 あ、あれ?そんなふうに見えたのかな。

「ただ、他のやつに取られないよう、ちゃんと引っ付いていないとダメかもな」


「え?なんで?なんでダメだって思うの?」

「凪、遠慮しちゃうじゃん。今だって俺に」

「え?」

「他の女が空に仲良さそうに話しかけたら、凪、遠慮するんじゃないの?」


 図星だ。

「なんだっけ?幽霊が見える転入生。まだ、空と仲良くしてんの?」

「う、うん」

「べったりくっついて、そいつが空に近寄れなくしたらいいのに」


「そ、そんなこと無理だよ」

「なんで?」

「なんか、空君にも悪いし」

「そうかな。空、子供の頃から凪が引っ付いてるの、嬉しそうだったけどな」


「子供の頃でしょ?今は、空君だって、もう高校生で」

「わかんないよ。今だって、凪と一緒にいる時、空けっこう嬉しそうだし」

「そう見えるの?!」

 私はつい、乗り出してしまった。


「凪は、空と仲良くしていたくないの?」

「していたいよ」

「じゃ、すれば?俺や他のやつに遠慮なんかしないで。堂々と、仲良くしたらいいじゃん」

「……」

 それができたら、苦労はしないの。


 だけど…。もしかして、いいのかな。子供の頃のように、空君に対してもっと素直に表現しても。

 好きなら好き。そばにいたいならそばにいる。抱きつきたいなら抱きつく。なんて、そんなことをしても…。


 空君がバスルームから出てきた。

「次、俺入ってくる」

「うん」

「空、髪、ドライヤー使わないの?」


「あ、乾かしたよ。半分乾かして、あとはいつも自然乾燥」

「あ、そうなんだ」

 碧はあんまり興味なさそうにそう答えると、バスルームに入っていった。


 空君は、バスタオルを肩にかけたまま、リビングに来て絨毯の上に座った。

 まだ濡れている髪は、いつもの空君とは違う雰囲気を醸し出している。前髪がバサっとオデコを隠していて、目も半分隠れている。

 それがなんだか、可愛い。


「ふ~~」

「暑い?」

「あ、大丈夫」

 空君はこっちを見てにこっと笑い、そのあと、

「凪、こっちに来ないの?」

と聞いてきた。


 私はダイニングの椅子から立ち上がり、空君の近くに行って座った。

 ドキドキ。う…。なんで私、こんなにドキドキしているのかな。


「凪の家の風呂、気持ちいいね」

「空君の家も気持ちよかったよ」

「え?」

「小さい頃、一緒に入ったよね。なんとなく覚えてるんだ」


「…なんとなく?」

「うん」

「俺も、覚えてるけど」

「ほんと?」


 空君は私を見ると、ちょっと照れた顔をした。あれ?なんでかな。

「凪って、背中にホクロあるんだよね」

「え?!」

 そんなことを覚えてるの?うわ~~。


 顔が一気に赤くなったかも。

「あ、俺、変なこと言った?」

「う、ううん」

 私はブルブルと顔を横に振った。


「クス」

 あ、空君がまた可愛い顔で笑った。でも、前髪が目を隠していて、可愛い目が見えなかった。

 私はほとんど無意識に、空君の前髪をかきあげていた。


「な、なに?」

 あ、空君がびっくりしている。

「ごめん。空君の目が見えなかったから」

 慌てて謝って、空君の髪から手を離すと、

「…なんだ。キスでもしてくれるのかと思った」

と、空君が恥ずかしそうにそう言った。


「し、しないよ」

「なんで?前はしてきたのに」

「あれは、寝ていたから」

「違うよ。子供の時」


「それはまだ、子供だったから」

「なんで、今はしてきてくれないの?」

「だって…。は、恥ずかしいし」

「俺が寝てたら恥ずかしくないの?」


「あれは…!」

 ああ~~。空君。そんなにじっと見てこないでよ~~~。

「凪からしてって言ったのに、してくれないから、結局俺からしてるよね?」

「え?!」


「ね?」

「…」

 ね?って言われても。う~~~~~。


「私からしてもいいの?」

「いいのもなにも、してほしいって言ってるのにな」

 うそ~~~~。


「ほ、本当にいいの?」

「いいよ。あ、凪、本当は嫌なの?」

「ううん」

 思い切り首を横にブンブンと振った。


「じゃ、じゃあ、じゃあ、空君」

「うん?」

「だ、抱きつくのはダメだよね?」

「俺に?!」


「うん。ハグ…とか、ダメだよね?」

「まさか。ダメじゃないよ。全然いいよ、してくれても」

「本当に?」

「え?もしかして、抱きつきたかった…とか?」


 う…。ここはうんって言ってもいいところ?

「あの…。子供の頃を思い出してたの。そういえば、素直に抱きつきたくなったら抱きついていたし、あの頃はもっと心のままに行動していたっけなあって」


「うん。そうだったよ。凪、いつでも素直で…。そんな凪が俺、好きだったから、今もいつでも心のままに行動してくれていいけどな」

「ほんと?」

「………でも、それって、本当に本当?」


「は?」

「本当に凪の心のままの行動?」

「え?う、うん。変?」

「……ううん」


 空君は嬉しそうににっこりと笑い、

「変じゃない。俺、すごく嬉しい」

とはにかみながらそう言った。


 う~~~~わ~~~~~。だから、その顔が可愛いんだってば!

 よし。勇気を出して、抱きしめてみよう。

 ギュム!


 空君にハグしてみた。そうしたら、もっと空君が可愛くなった。

 だけど、昔より、ずっと肩幅もあるし、背中もがっしりとしている。

 ああ、子供の頃と同じ空気を醸し出しているのに、体つきは変わったんだ。


「……」

 空君は黙っている。

 私はそっと空君から離れた。すると空君は耳まで赤くなり、俯いた。


「ごめん」

 なんか、やっぱり抱きついたのは悪かったかな。

「ううん。ちょっと照れただけ」

 空君はそう言うと、目線を上げてこっちを見た。その表情がまた、可愛かった。


 う…。胸きゅんだ!可愛い。可愛すぎちゃう!

 ギュム!

「凪?」


 あ~~~。また、無意識に抱きしめてた~~~!

「ごめん」

 慌てて空君から離れた。その時、碧がバスルームから鼻歌を歌いながら出てきて、私はもっと空君から離れたところに座った。


「凪は風呂、どうすんの~~?」

「私はご飯食べてからでいいよ。もう、パパも帰ってくる頃だし、カレーあっため直してくるね」

 そう言って、私はそそくさとキッチンに向かった。


「あれ?空、顔赤くない?風呂入りすぎてのぼせた?」

 碧のそんな声が聞こえてきた。

「え?う、うん。ちょっと、熱かったかな」

 空君がそう言うと、碧は空君にうちわを渡した。


「ほい。これで扇げば?」

「サンキュ」

 空君は恥ずかしそうに、うちわで顔を扇いだ。


 あ~~~。私が抱きついたからだよね。

 でも、でもでもでもでも、ドキドキしたけど、やっぱり空君、可愛かった。


 抱きしめてみてわかった。空君、子供の頃と同じように、本当にあったかくってふわふわした空気醸し出している。でも、ちゃんと体は大人の男の人へと成長しているんだ。


 やっぱり、もう子供の頃の空君とは違うんだ。


 それにしても、私ってもしかして、かなり大胆?

 ううん。碧も言ってた。べったり空君にくっついていたらいいのにって。


 だよね?

 いいよね?

 空君だっていいって言ってくれたんだもんね?


 私、もっと心のままに、素直になってもいいんだよね?!


 私は、何度もそう自分に言い聞かせ、熱くなる頬を感じながら、カレーをあっため直していた。




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