第49話 両思い?!
家に帰ってからも、ドキドキはおさまらなかった。パパとママにはバレないように、さっさとリビングを通り抜け、2階に上がった。でも、その様子がおかしいと勘付いたママが、部屋にやってきた。
「凪?どうしたの?開けるよ」
「うん」
私は一回ベッドに寝転がったが、座り直した。
「何かあった?」
ママが優しい表情で聞いてきた。
「ううん」
私は首を横に振ったが、顔がまだ火照っていて、ママにはお見通しのようだった。
「空君と何かあったの?」
ママは私の隣に座った。
「えっと…。あのね…」
「うん」
「空君がね、私に…」
そこまで言うと、ますます顔が火照りまくってしまった。
「なあに?空君がどうしたの?」
「私に、空君もドキドキしてるって」
「え?」
「そ、空君も、恋…してくれたみたいで…」
うわ~~~。照れる!私は思い切り下を向いた。
「そうなんだ!良かったね!凪」
「う、うん」
私は下を向いたまま答えた。
「そっか~。ママまで、ドキドキしてきちゃった」
「パパには内緒ね」
「なんで?」
「な、なんとなく、恥ずかしいっていうか」
「わかったよ」
ママはそう言うと、ニッコリと微笑み、部屋を出ていった。
別に内緒にするようなことでも、こんなに照れることでもないのかな。でも、なんだか恥ずかしい。だけど、めちゃくちゃ嬉しい。
ベッドに横になり、天井を眺めながら、
「明日、空君とどんな顔して会えばいいのかな」
なんて呟いて、また顔が火照ってきた。
グルン。うつ伏せになって枕に顔をうずめた。それから足をじたばたした。
私、空君と両思いになれたっていうことなのかな。うわ~~~~。
バクバクバク。ドキドキドキ。ああ、今日はとてもじゃないけど、眠れそうもないよ、空君!
案の定、寝たんだか、寝れなかったんだかわからないまま、朝を迎えた。
「そうだった。今日、土曜だし、空君に会えるわけじゃなかったんだった」
はあ。ちょっと、いや、かなり寂しい。休みの日にデート…なんてするような日はいつか来るんだろうか。
顔を合わせるのが恥ずかしいなんて言っておいて、会えないとわかるとこんなに寂しがっちゃうなんて、私って重症かも。
ブルルル。
その時、携帯が振動したので見てみると、
>凪、おはよう。今、父さんとサーフィンしてるんだ。凪、見に来る?
という空君からのメールだった。
>行く!
それだけ慌てて送って、私は一目散に着替えをして、1階に駆け下りた。
「おはよう、ママ」
「おはよう。どうしたの?出かけるの?」
「うん。空君がサーフィンしてるってメールくれたの。見に行ってくる」
「そう。朝ご飯は?」
「帰ってから食べる」
私はそう言うと、慌てて顔を洗い、歯を磨き、髪をポニーテールにして、家を飛び出した。
自転車を思い切りこいで、海辺に行った。
「はあ…。はあ…」
い、息切れ。
自転車を海沿いの道路に停め、浜辺に歩いていくと、波間に空君と櫂さんの姿が見えた。
「良かった。まだ、サーフィンしてた」
けっこう波があるからか、今日は他にもサーフィンをする人がいた。
私は砂浜に座って、ぼ~~っと空君の姿を眺めていた。
空君、かっこいいよなあ。波の音の中、空君の姿はやけに男っぽく見える。
「ねえ、あれ、空君だよね」
え?今、後ろから声が…。
私はちょっと振り返ってみた。すると、女の子が二人、ゆっくりとこっちに向かって歩いてきていた。
空君と同級生かな。
「空君、かっこいい。やっぱり、サーフィンしてる空君はかっこいいね」
「うん。久々に空君に会ったけど、元気そう」
もしかして、違う高校に行ったのかな、この子達。
「真奈美さあ、なんで空君に告らなかったの?卒業式の日」
「だって、絶対に断られるってわかっていたから」
「でも、会えなくなっちゃうんだから、断られようがなんだろうが、告ればよかったのに。それに、もしかしたら付き合えたかもしれないよ?空君、彼女いなかったんでしょ?」
うわ。なんか、すごいことを隣で話し始めちゃったよ。どうしよう。聞いてていいのかな。
「後悔はしてる。だから、サーフィンしている空君に会いに来たんだもん」
「真奈美もサーフィン始めるの?本気で?」
「…うん。もし、空君に、サーフィンしたいから教えてって言って、OKしてくれたら」
え?なにそれ?空君にアタックするってことかな。
「一緒にいるの、空君のお父さんだよね。お父さんにも教えてくれるよう頼んだら?そうしたら、週末、空君とも一緒にサーフィンできるかもよ。それに、お父さんのサーフィンショップにも行っちゃおうよ」
「ユッコはしないの?サーフィン」
「私は無理。悪いけど、こうやって見に来るくらいなら付き合ってあげてもいいけど」
「そっか…」
真奈美っていう子は、そのあと空君を見ながら、
「空君、かっこいいなあ。やっぱり、頑張って空君と同じ高校受けたら良かったかなあ」
と呟いた。
そして、友達ととぼとぼと、前の方に進み、空君が海から浜辺に上がってくると、声をかけた。
「空君、久しぶりだね」
真奈美っていう子は、元気に話しかけている。
「あれ?友達?空」
空君の後ろから櫂さんもサーフボードを抱えながらやってきて、そう聞いた。
「あ、中学、同じ部だった」
「へえ。そうなんだ。二人はサーフィンしないの?」
櫂さん、とっても親しみやすく声をかけちゃったなあ。
「私は…、サーフィンしてみたいなって思ってて。もしよかったら、教えてもらえないかなって」
「ほんと?そりゃもちろんいいよ」
「ボードもどんなのを揃えたらいいかわからないから、いろいろと教えてもらいたくて。今度、お店に行ってもいいですか?」
「もちろん。なんなら、今日これから来る?早めに店開けるよ?」
「いいんですか?!」
うわ。真奈美さん、積極的だ~~。告白はできなかったって言っていたけど、行動的な子じゃないか。
だけど、櫂さんははしゃいでいるけれど、空君は真奈美さんたちを全く無視して、私の方に歩いてやってきた。
「凪、ごめん。もしかしてまだ寝てた?」
「え?私、寝ぼけた顔してる?」
「ううん。そうじゃないけど」
空君はそう言ってから、なぜか、下を向いて、
「えっと…。朝ご飯、食べた?」
と恥ずかしそうに聞いてきた。
「まだだよ」
「じゃ、一緒に食べる?母さんがおにぎり、いっぱい作ったからさ。父さんと二人じゃ食べきれそうもなくて」
「う、うん。食べる」
うわ。なんだか、嬉しいかも。
「空~~。そろそろ、この子達を店に連れて行くから帰るけど~~~」
櫂さんが、ちょっと離れたところから、空君に声をかけてきた。
「あれ?おにぎり食っていかないの?父さん」
「あ、そうだった。いいや。あとで食うよ。凪ちゃんとお前は、ここで食ってくの?」
「うん」
「そうか。それじゃ、2~3個、残しておいて。じゃ、店に行こうか?えっと、真奈美ちゃんだっけ?」
櫂さんはニコニコしながら真奈美さんに声をかけた。真奈美さんは空君の方を見て、しばらく佇み、
「空君」
と走り寄ってきた。
「え?何?」
「サーフィン、これから一緒にしてくれる?」
「え?今から?」
「ううん。これからっていうのは、例えば、来週の週末とか」
「……さあ?俺、サーフィンは、波がある時で、気分が乗っていないとしないから、どうかな」
空君は淡々とそう答えた。
「え?そうなの?毎週来ているわけじゃないの?」
「うん」
「じゃ、今日はたまたま?」
「ああ、波があったから」
「………」
あ、真奈美さん、顔が沈んだ。
「そ、空君。水泳部入らなかったの?」
「うん」
「なんで?」
「なんでって…。あの高校の水泳部、面白くなさそうだったから」
「大会とかで会えるかと思ったのにな」
「ああ、水泳部に入ったんだ」
「…うん。でも、サーフィンもしたいし、今、部をどうするか悩んでて」
「ふうん」
空君、思い切り関心無いな。
「空君は…、今、えっと」
「なに?」
「あの、あのね?」
「……」
さっきまで元気に話していた真奈美さんは、一気に元気をなくした。でも、何か言おうと、勇気を出そうとしているみたいだ。
まさか、いきなり、告白?!
ドキドキ。うわ。なんか、こっちが緊張。
「空君、彼女いないよね。それで、もし、付き合ったりとかそういうのに、興味があるなら。っていうか、友達でもいいんだ。友達でもいいんだけど、あの」
真奈美さんは突然、そうまくしたてた。でも、空君が、
「彼女、いるよ」
と一言、ものすごく冷静に言うと、真奈美さんは黙り込み、顔を青くさせた。
「え?!」
そう言ったきり、真奈美さんは目を点にしている。
「彼女なら、ここにいるけど」
空君は念を押すようにそう言って、私の方を見た。
うわ。私?!って、そうだよ。私だよ。
「こ、この人?」
「うん。だから、サーフィンしているところ、見に来てくれたんだ。で、これから二人で朝飯食うから、いいかな?二人にしてもらっても」
空君は、ほんのちょっとはにかみながらそう言った。
「……うん。ごめん」
真奈美さんはそう言うと、グルリと後ろを向いて、櫂さんと友達のところに駆けていき、
「私、サーフィンやめます。部活に専念します~~~!」
と叫び、そのまま自転車を置いた道路まで、すっ飛んでいった。
「あれ~~~?サーフィン、しないの~~~?」
櫂さんが驚いている。それに友達も、
「待って。真奈美~~~」
と、慌ててあとを追いかけていった。
「……なんだったんだ、今の子」
櫂さんは、トボトボと私たちの方に来ながらそう呟いた。
「さあ?」
「…サーフィンするって言うから、喜んだのになあ。あ~~~あ」
櫂さんは肩を落としながら、空君の横に座り、
「俺にもおにぎりちょうだい」
と空君に言った。
「何?鮭?梅?」
「おかか」
「おかかは~~、これかな」
空君は、櫂さんにおかかのおにぎりをあげた。
「あ、そうか。あの子、空目当てだったのか」
櫂さんはおにぎりを一口食べると、突然そんなことを言った。
「え?そうだったの?」
空君は、もうすでに一つおにぎりを食べ終わっていた。
「なんだよ、お前、気がつかなかったのか?さっき、何か聞かれたか、言われたかしたんじゃないの?告られたとか」
「いや。別に」
え?うそ。あの子、彼女いるかとか、友達でもいいからとか、一生懸命に言ってたよ?
「でもあれは、お前目当てだろう。お前とサーフィンがしたかったんじゃないの?」
「さあ?よくわかんなかった」
「……お前、そういうの疎そうだもんなあ。そんなじゃさあ、高校生になっても彼女できないよ?空」
「え?父さん、何言ってんの?」
空君はそう言うと、私の方を一回見てから、
「彼女なら、凪がいるじゃん」
と、櫂さんに淡々と答えた。
「ええ?!お前ら、付き合ってるの?!」
「…父さんこそ、疎いよ」
「ええ?!それ、母さんも知ってる?」
「うん。多分」
「そうなの?凪ちゃん、空と付き合うことにしたの?」
「う、うわ、はい」
私は真っ赤になっていたかもしれない。顔が茹で上がっていた。多分。
「そうなんだ。お前ら、付き合うんだ。へ~~~~!そうなんだ」
櫂さんは何度もそう言うと、ニコニコして、
「聖、怒るかな。いや、もうとっくに諦めついてるかな。そうか~~。なんか、嬉しいなあ」
と、ブツブツ言った。
「なんで父さんが嬉しがってるんだよ」
「え?いいじゃんか。だって、俺も凪ちゃんは大好きだし、凪ちゃんが娘になるなら、大賛成だ」
「娘!?」
「結婚したら、俺の娘だろ?ね?凪ちゃん」
「……」
結婚?!
「話、飛躍しすぎ。父さんも聖さんも」
「あれ?聖もそんなこと言ってた?」
「子供の話までしてた。女の子なら、凪に似て可愛いだろうなあとか」
「あははは。そうか。やっぱり、聖、断念してるんだ。まあ、しょうがないよな。お前ら、まじで仲いいし」
「………」
空君が横で、真っ赤になった。うわあ。こんなに赤くなった空君は初めてかも。
「でも、そうだよな。驚くことじゃないよな。子供の頃は本当に仲良かったし。元の鞘に収まったって感じだよな。お前らはさ」
「うん」
「あれ?空もそう思ってるんだ」
「…うん」
空君は静かに頷いた。それから、
「凪、次のおにぎり、何食べる?」
と突然聞いてきた。
「え、えっと。鮭がいいなあ」
「鮭はこれ」
空君はにっこりと微笑みながら、鮭のおにぎりを渡してくれた。それから、自分もおにぎりを持って、ほおばった。
「うまい」
空君はそう言って、海を見つめた。
「うん。美味しい」
私もそう言って、空君を見た。
その横で、櫂さんはずっとニヤニヤしていた。




