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第141話 ずうっと、ずうっと。

 おばあちゃんのお通夜には、たくさんの人が来た。杏樹お姉ちゃんも、飛んできた。お線香をあげながら、ボロボロと泣いていた。

 まりんぶるーのお客さんも来てくれた。みんなが、涙を流していた。


 が…。榎本家のみんなは、誰も泣いていなかった。


「お坊さんのお経、長いなんて言うなよ、おばあちゃん。不謹慎だって。だいたい、おばあちゃんのためのお経でしょ?」

 私の横で、ぽつりと空君が呟いた。さっきから、空君は、ぼそぼそと話をしている。そう。おばあちゃんが横にいて、空君と話をしているのだ。


「え?何言ってるかわかんないって?」

 どうやら、お経が長いとおばあちゃんは、文句を言っているらしい。


「うん。それはしょうがないじゃん。まあね、おじいちゃんも笑っていたけどさ」

「何の話?」

 とうとう私は気になり、空君に聞いた。すると、

「おばあちゃんの化粧、濃すぎるってさ。ほら、ほっぺた真っ赤じゃん。おてもやんみたいで嫌だって」


「ああ。確かに。頬紅と口紅赤すぎるよね。おじいちゃん、そういえば、瑞希の顔変って言って笑ってたっけ」

 私がそう言うと、ちょっとの間を開け、

「おばあちゃんがさ、圭介ひどい。あとで怒っておいて…だってさ」

と、小声で言った。


「くす。うん。おばあちゃん、私が怒っておくよ」

 きらっと、空君の隣から光が見えた。

「おばあちゃん、ありがとうって言って笑ってる」

 やっぱり。おばあちゃんの魂が光ったんだなあ。


 そんなふうに、空君に通訳をしてもらいおばあちゃんと話しているから、悲しいなんてみんな思わなくなった。さっきは、おばあちゃんと春香さんが話をしていて、その前は、おじいちゃんと話をしていた。その時、おじいちゃんは、おばあちゃんの化粧した顔を見て笑っていたのだ。


 あんまりにも、みんなが悲しがっていないし、おじいちゃんなんて、おばあちゃんの死に顔見て笑っているから、お坊さんがちょっと引いていた。


 杏樹お姉ちゃんには、誰も、おばあちゃんの魂がここにいるってことを教えてない。やす兄ちゃんと舞香ちゃんとお通夜の時間になってからやってきて、慰問客の後ろに並び、お線香をあてげしまったので、誰も教えてあげられなかったのだ。


 杏樹お姉ちゃんは、来た時から目が真っ赤で、お線香をあげ、おばあちゃんの顔を見て泣いていた。だが、

「杏樹、杏樹」

と、お線香をあげ終わると、おじいちゃんに小声で呼ばれ、

「瑞希の顔、化粧変だよな?」

と言われ、杏樹お姉ちゃんは、きょとんとしてしまった。


「瑞希も自分で、おてもやんみたいで嫌だって言ってたよ。確かに、あれはないよなあ。だったら、春香かくるみさんが化粧したのに」

「……おばあちゃんの声でも聞こえるの?おじいちゃん」

「聞こえない。通訳は空がしている。空は瑞希の魂と話せるらしいから」


 ぼそぼそと話をしていると、ようやくお坊さんのお経が終わった。慰問客もみんなお線香をあげ終わっていて、私たちもおじいちゃんも、お坊さんにお辞儀をした。


 特におばあちゃんと親しくしていた人だけ、リビングにあがってもらって、食事をしてもらった。私や春香さん、くるみママがお料理やビールを運んだ。ママは、雪ちゃんがまだ、完治していないので、お通夜が終わるとすぐに2階にあがり、雪ちゃんのことを見に行った。


 雪ちゃんはずっと、2階で碧と文江ちゃんが見ていてくれた。文江ちゃんも、おばあちゃんが亡くなったと知り、悲しみながらまりんぶるーに来たが、中に入ってすぐに、空君の隣におばあちゃんが立っているのに気が付き、

「あれえ?」

と驚いていた。


「あ、やっぱり、文江ちゃん見えるの?」

 私が聞くと、

「はい。あ、こんばんは。いいえ。そんな…」

と、おばあちゃんと話をしだしたようだった。


「黒谷さんも、おばあちゃんと話せるんだね」

「うん。でも、おばあちゃん、碧君がいても、ここにいられるの?」

「おばあちゃんの波動は、他の幽霊と違って高いから」

「あ。そうだよね!まがまがしい雰囲気もないし、一緒にいても癒されちゃうし」

 文江ちゃんは空君とそんな会話をした。


「うん。おばあちゃん、俺だけじゃなくって、黒谷さんも話し相手になってくれるよ。たびたび、遊びに来てもらったら?」

「いいんですか?私なんかが話し相手で…。え?本当に?嬉しいです」

 空君と文江ちゃんは、誰もいないほうを向き、にこやかに話していた。それは、おばあちゃんが見えない私たちからしたら、とても変な光景だった。


 だけど、空君と文江ちゃんの笑顔を見ていると、きっとおばあちゃんも、優しく笑っているんだろうなと、そう感じられた。


 翌日のお葬式、おばあちゃんにおじいちゃんが、

「瑞希、自分が焼かれるの嫌だろ?俺と一緒にまりんぶるーに残ろう」

と、そう言い出した。


「だったら、俺も残るよ。おじいちゃん、通訳いるよね?」

 空君までがそう言うので、

「私も!」

と、お葬式が終わったら、火葬場に行かず、そのまままりんぶるーにいることにした。


 すると、碧も文江ちゃんとまりんぶるーに残ると言い出し、雪ちゃんの世話を私たちですることに決まった。


「じゃあ、雪のこと頼むな。桃子ちゃんと俺は火葬場まで行ってくるから。ばあちゃんの骨、ちゃんと拾ってくるから」

 そうパパがリビングに来て言った。


「なんだか、自分の骨を拾われるの嫌だわ…って、おばあちゃんが言ってる」

と、空君が通訳すると、

「え?そ、そう言われてもさ、とりあえず、行ってくる」 

 パパは困りながら、リビングを出て行った。


「テレビでもつけよう」

 碧がそう言った。空君と私はいつものソファ、碧はおばあちゃんが座っている隣に座り、そのまた隣に文江ちゃんが座った。


 バチバチ。テレビがついたり消えたりしている。

「なんだ?これ」

 おじいちゃんが、テレビのリモコンをいじくっていると、

「あ、まさか。ばあちゃんがいるから、こんな現象が起きていたりして?」

と、碧が文江ちゃんと空君の顔を交互に見た。


「え?違うよ。おばあちゃんは、そんなことしていないってさ」

 空君は、膝の上に座っている雪ちゃんをあやしながらそう答えた。雪ちゃんは時々、おばあちゃんのほうを見て手を伸ばしたり、話しかけたりする。きっと、雪ちゃんにはおばあちゃんが見えているんだろうなあ。


「じゃ、なんでついたり消えたりするんだ。あ、消えた…」

 おじいちゃんが、テレビを見ながら空君に聞くと、

「ただ単に、テレビの寿命じゃないの?もう、けっこう古いよね?このテレビ」

と、空君は淡々と答えた。


「なんだ。そうなのか。じゃあ、買い換えないとなあ」

「テレビも見れないとすると、何する~~?」

「パソコンでも見るか?瑞希が更新したブログ、なかなか評判良かったよ」

「へえ。いつ更新したの?」


「4日前」

「次はいつ更新するの?おばあちゃん」

 空君が、碧の隣の空いている空間を見てそう言った。


「え?おばあちゃん、ブログ更新するの?」

「うん。だって、俺が作ればいいじゃん?おばあちゃんに文章聞いたり、アップしたい写真決めてもらったら、あとは俺がしたらいいんだから」

「あはは。いいね。死んでも続くブログって」


 碧が笑った。ほんと、こんな時まで笑えるなんて、碧ってお気楽すぎ。でも、

「おばあちゃん、私も何か手伝いますね。言ってくださいね」

と、文江ちゃんもにこにこしながら、おばあちゃんにそう聞いている。


「さっき、おばあちゃんの葬儀の写真撮ったから、これ載せる?自分のお葬式です…とか書いて」

「碧!さすがにそれはまずいに決まってるでしょ?」

「そうだよなあ。瑞希のブログは、別に瑞希の本名を出しているわけじゃないんだし、本人死んじゃったって、わざわざ明かさなくてもいいんじゃないのかなあ」


 おじいちゃんがそう言いながら、おばあちゃんのブログのページを開いた。

「へえ、ばあちゃん、なんて名前にしてるの?」

 そう言いながら、碧はパソコンの画面を覗いた。

「圭介LOVE…。え、何このハンドルネーム…」

 碧の顔が引きつった。


「いいだろ?いいじゃないか」

「じいちゃんがもしかして、考えたんじゃないの?」

「瑞希だよ。な?瑞希」

「うん、そうだって、頷いてるよ」


 空君が通訳と解説をした。

「おばあちゃん、ラブラブなんですね~~」

 文江ちゃんが真っ赤になってそう言ってから、

「あ。おばあちゃん、照れてる」

とそう言って、おばあちゃんをからかった…ようだ。


 いいなあ。文江ちゃんと空君は、おばあちゃんの姿が見えて、声も聞こえて、会話もできるんだから。


「そうだ。瑞希。遺影の写真はあれでよかったのか?」

 おじいちゃんは、碧の隣の空いた空間を見てそう聞いた。

「うん、あれで良かったって。おじいちゃんが選んだの?」

「うん。あの瑞希の笑顔、好きなんだよね。俺の携帯の待ち受けにもしていたんだ」


「きゃ、ラブラブ!」

 文江ちゃんがまた、赤くなった。


「ほんと、ラブラブだね」

 そう言った碧は、ほんのちょっと呆れ顔だ。

「何?おばあちゃん」

 突然、空君が身を乗り出した。


「え?そうなんだ。そういうのって、わかるんだ」

「何?おばあちゃん、なんだって?」

 私と碧が同時に聞くと、

「うん。今、焼かれたみたいだって」

と、空君は小さな声でそう答えた。


「瑞希、熱かったり、痛かったりするのか?」

 おじいちゃんが、心配そうにそう聞くと、

「ううん。そういうのじゃなくって。なんか、軽くなったみたいな、そんな感じだってさ」

と、空君が通訳した。


「軽く?」

「体って重いんだって。魂になったら、すんげえ軽くて楽なんだってさ。で、本体の体があるうちは、まだ縛られているような感覚が少し残っていたけど、体が煙になっちゃったら、すごく軽くなったみたいだよ」


「そうなんだ」

「どこにでも、行こうと思えば、すぐに飛んで行けるらしいけど、でも、おじいちゃんがいるから、ここにいるってさ」

「そうか。うん。ごめんな?瑞希。俺が縛っちゃってるみたいだな?」


「そんなことない、自分が勝手に圭介のそばにいたいだけなんだから、それに、圭介を守りたいんだから、守らせて…って、言ってます」

 今度は文江ちゃんが通訳をした。通訳した後すぐに、真っ赤になっている。


 おばあちゃんとおじいちゃんの絆ってすごいなあ。


 火葬場から、皆が戻ってきてリビングに来た。

「ばあちゃん、いるの?」

 まずはパパが、リビングに来た。その後ろからママも。


「いるよ」

 空君がそう答えると、パパもママもほっとした顔をした。

「ばあちゃん、火葬場で骨になったから、もしかして消えちゃったりしていないかって、心配してたんだ」

「ちゃんと、おばあちゃんの魂はいるよ。おじいちゃんのそばにこれからもいるよ」

 空君がもう一回、そうパパに言った。


「そっか」

 パパはにこりと微笑んで、そのあと雪ちゃんを抱っこして、

「リビングは満員だから、店に行くよ。碧、凪、雪の世話サンキュ」

と、ママと一緒にリビングを出て行った。


 そのあとは、春香さんと櫂さんが。そして最後には、爽太パパとくるみママも来た。

「お疲れ様でした。って、おばあちゃんが言ってるよ」

「本当に疲れたよ。お葬式っていうのは大変だよなあ」

「おばあちゃん」


 杏樹お姉ちゃんも、ひょっこりと顔を出した。その後ろから、舞花ちゃんもやすお兄ちゃんとやってきた。

「碧お兄ちゃん」

 舞花ちゃんは、碧を見つけて喜んで、碧の膝の上に座った。


「舞花ちゃんも、火葬場行ってたんだ。ここに残ればよかったのに。疲れただろ?」

 おじいちゃんがそう言うと、

「舞花、ほとんど寝ていたから大丈夫よ」

と、杏樹お姉ちゃんが答えた。


「舞花、寝てたの?」

 碧が聞くと、

「つまらないんだもん。碧お兄ちゃんいないし、誰も遊んでくれなかった」

と、そう言いながら、碧の膝の上で嬉しそうに笑った。


 そして、碧のすぐ隣…、つまりおばあちゃんのいるほうを見て、

「うん。舞花、碧お兄ちゃん大好きだもん。あ、おばあちゃん、さっき、木の箱でなんで寝てたの?」

と、そう聞いた。


「え?」

 みんなが、一瞬びっくりして舞花ちゃんのことを見た。

「舞花、ばあちゃん見えるの?」

 碧が聞くと、舞花ちゃんはきょとんとして、

「なんで?見えるって何が?」

と、不思議そうにそう碧に聞いた。


 舞花ちゃんはそのあとも、碧の膝の上に座ったまま、誰もいない隣を見て、楽しそうに話をした。それを、空君と文江ちゃんはわかっていて、時々くすっと笑ったり、

「そうだね、おばあちゃん」

と、相槌を打ったりしていた。


 やっぱり、ずるい。おばあちゃんと話ができるの…。私も話がしたいし、おばあちゃんを見てみたいよ。


 おじいちゃんは、ぼんやりとおばあちゃんのいる場所を見ていた。それから、寂しそうな顔をした。やっぱり、おばあちゃんが見えないのは寂しいんだろうな。


 それからしばらくして、パパとママが私と碧の迎えに来た。

「みんなも、そろそろ家に帰らないと。あ、舞花はここの2階に泊まって行くんだよな?」

「うん。碧お兄ちゃんも、一緒に泊まろうよ」

「悪い、舞花。俺、夏休みの宿題たまっているから帰らないと。ごめんな?」


 碧は優しくそう舞花ちゃんに謝った。舞花ちゃんは、つまらなさそうな顔をしたけれど、ふっとまたおばあちゃんがいる場所を向いて、

「うん。寝るまでおばあちゃんと遊ぶ」

と、にっこりほほ笑んだ。


「え?舞花もばあちゃん見えるの?」

 パパがそう聞くと、

「…見えるって何?」

と、また舞花ちゃんは不思議そうに聞いた。


「でも、あんまり遅くまではダメだよ、舞花。おばあちゃんとおじいちゃん、疲れているから…。ね?」

「うん」

 パパはそう言ってから、舞花ちゃんの頭を撫でて、そしてみんなでリビングを後にした。


「じいちゃん、ばあちゃんときっと二人になりたいと思うよ」

 ぽつりとパパがお店を出てからそう言った。

「え?二人っていっても、おじいちゃん、おばあちゃんのこと見えないし、話もできない」

「できるよ。きっと…。それに、じいちゃんには、ばあちゃんの存在を感じられると思うよ」


 そうか。もしかして、寂しい顔じゃなくって、早く二人になりたかったのかな。


「二人になって、つもる話もあるんだよ、ね?」

 ママがそう言って、雪ちゃんを抱っこしているパパのすぐ横に並んだ。

「うん。きっとね」

 パパがそう優しく頷いた。


 そういえば、私は空君が魂になって飛んできてくれると、空君の存在を感じることができる。優しくてあったかい、そんなオーラに包まれて安心する。


 おばあちゃんがいるという場所からも、そんな優しいオーラを感じた。それをおじいちゃんも感じ取れるんだろうな。そして、おばあちゃんと一緒にいる感覚になれるんだろうな。


「空君、またね」

 櫂さんと一緒に空君は、自分の家に向かって歩いて行った。その後ろ姿をしばらく眺め、

「凪、行くよ」

というパパの声で、私も私の家に向かって歩き出した。


 私も、ずうっと空君と一緒にいたい。ずっと、ずっと、ずっと。

 そんなことを思いながら、パパとママの後ろを碧と歩いた。きっと、パパとママも、ずうっと永遠に一緒にいるんだろうな。


 海から、潮風が吹いてきた。海の碧さと空の青さが、地平線の先まで重なっている。どこまでも永遠に離れることなく。きっと、私と空君も、あんな感じだね。どこまでも離れることなく、ずうっと隣にいる。


 その日の海は、ほとんど波もなく、穏やかだった。 




「広い空と青い海」第1部、完結です。第2部まで、もう少しお待ちください。

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