第126話 碧の入学
一か月検診でも、雪ちゃんは順調に育っていることが分かった。そして、まりんぶるーで、3月生まれと4月生まれの誕生日会もかねて、雪ちゃんの誕生祝いもすることとなった。
去年は、この場にいなかった空君が今年はいる。それだけでも私は浮かれていた。そして、碧は文江ちゃんも呼び、楽しいひと時をみんなで過ごした。
雪ちゃんは、本当に大人しい子だった。あまり泣かないし、寝ていることも多かった。
空君は雪ちゃんが綺麗な光をつねに出していると言っていた。でも、なんとなく私にも感じられた。雪ちゃんを見ているだけで癒される。きっと、雪ちゃんが出している光に包まれるからなんだろうなあ。
桜が咲き、春の強風で桜が舞い、葉桜になる頃、碧が私たちの通う高校に入学した。私や空君は、きっと碧はモテるんだろうね…と予想をしていたけれど、予想をはるかに超えるモテぶりで、姉の私ですら、まいってしまうほどだった。
新しいクラスの教室に入るといきなり、
「ねえ!榎本さんの弟でしょ?榎本碧君って」
と、数人の女子に囲まれた。
「え?う、うん」
「あの水族館で働いている榎本さんの息子さんでしょ?」
なぜ、パパのことまで知っているの?
「あの、かっこいい榎本さんの息子さんだよね?そっくりだよね!」
パパ、女子高生にまでこんなに人気があったの?
「ねえ、何部に入るの?」
「バスケ部だって言ってた」
「バスケ部~~?バスケ部のマネージャー募集していないかな」
ええ?
「碧君は、年上女性に興味ある?」
「彼女いないよね?」
「え、えっと~~。どうかな?」
やばい。彼女いるのに、思い切りしらを切ってしまった。でも、ここでまさか、文江ちゃんの名前を出すわけにもいかないよね。
だけど、文江ちゃんが彼女だってことがばれるのは、時間の問題かな。いや、でも、もしかしたら、しばらくみんなに内緒にしておくのかもしれないし。やっぱり、私からばらしちゃダメだよね。
新1年生の間でも、碧は人気が出た。それに、2年3年の女子の間でも碧に興味を持つ人が急増したようだった。
碧は入学して翌日の放課後から、バスケ部に顔を出した。すぐに練習にも参加し始めたが、マネージャー志願者が殺到したり、見学者が体育館にどっどつめ寄せたため、しばらくの間、バスケ部員以外は体育館に入れなくなってしまったほどだ。
なんなんだ。この人気。さすがの文江ちゃんも、学校では碧に近づけなくなっていた。
入学式から一週間がたち、天文学部も部活動を開始した。新入生歓迎の会で、部活紹介があるのだが、その場には部長の私は簡単に挨拶するだけで、あとはすべて、他にみんなに任せてしまった。
司会進行は、サチさん。スクリーンに星の映像を映したり、流星群の映像を映しながら、サチさんは上手に説明をして、サポートは男性陣がやってくれた。
最後のしめに空君が、ちょっとだけ挨拶をして終わったわけだが、やはり、空君目当てで入部したいという女生徒が何人か部室にやってきた。
「では、仮入部と言うことで…。実は部室も狭いので、あまり人数を入れられなくて」
部活を始める前に、入部希望の子たちにそう説明すると、
「え~~~。それって、入部できないかもしれないってことですか~~?」
と、その子たちに責められてしまった。
「あ、あの…」
「ひと月考えてから、入部決めてくれる?この部は本当に星に興味がある子だけに入ってもらっているから」
千鶴が、新入生の子たちに、ビシッとそう言うと、入部希望の子たちはいきなり、
「あ、はい。すみません」
と、小さくなりながらなぜか、謝った。
さすが、千鶴だ。一見、怖そうな先輩にも見えるし、助かった。
「部活は週に2回。年に数回、星の観察もしています。天文の知識がいるわけじゃないですけど、部活の主な活動は、そういう知識を学ぶってこともあるので、天文学に興味がない人は、はっきり言ってつまらないと思いますよ」
部活が始まると、空君がかなりクールな表情でそう入部希望の子たちに言った。
そのあとも、淡々と説明をして、さっさと資料を片付け始め、愛想もなんにもなかったせいか、入部希望の子たちは、
「あの、私たち、これで失礼します」
とさっさと部室を出て行ってしまった。
「ありゃ。あの子たち、もう入ってこないんじゃね?」
鉄が苦笑しながらそう言うと、
「いいよ。ひやかしで入られても、邪魔なだけだし。俺も、小浜先輩が言うように星に興味がある人だけに入って欲しいから」
と空君はまたクールにそう言った。
「入ったら興味出ると思うけどなあ。だって、私たちだって、たいして興味なかったけど、空君の説明、いつも上手だし、どんどん興味持つようになったもん」
サチさんがそう言うと、空君はちょっと照れた。でも、すぐに真面目な顔をして、
「だけど、真面目に部に参加してくれる人じゃないと、部長が困るだろうし」
と、サチさんに答えた。
「なんだよ。結局空は、榎本先輩のためにああ言ったわけか」
「熱いねえ。ラブラブだね」
鉄の言葉に千鶴までがそんなことを言った。
「う、うるさいな」
あ。空君、耳真っ赤にして、思い切り照れちゃった。可愛い!
「私も、空君目当てで入りたいって言ってくるような子は、入部させないほうがいいと思うよ」
そう言ったのは、久恵さんだ。
「だって、そういう子たち、空君の彼女が榎本先輩だって知ったら、榎本先輩に嫉妬したりして、部内が荒れそうだし」
「こんなで、碧まで入ってきたら、この部どうなっちゃうわけ?」
鉄がそう言うと、ピクンと文江ちゃんが反応した。どうやら、学校の登下校すら、碧を女の子が取り囲んでいるから、文江ちゃんは全然近づけないでいるみたいだ。
「募集は男だけにする?それかもう、碧を入れるのをやめるとか。だってあいつ、バスケ部忙しそうじゃん?」
「そうだな。星の観察の時だけ来てもらうってのも、ありだよな」
鉄の言葉に空君がそう言うと、なぜか文江ちゃんはほっとした。
「碧が天文学部に入らないほうがいいの?文江ちゃん」
私はそう聞いてみた。
「いいえ。入って欲しいですけど、バスケ部だけでも大変だろうから。だけど、星の観察には来てほしいなって思っていて…」
なるほど。星の観察だけ来てもらうって空君が言ったから、安心したのか。
「碧君のもてぶり、すごいもんね。文江が彼女だなんてばれたら、大変なんじゃないの?」
なんて、久恵さんが言ったタイミングで、部室のドアがガチャリと開き、
「ちわ~~~~っす」
と元気よく碧が入ってきた。
「碧。何でここに来てるの?バスケ部は?」
「今日は天文学部があるって凪に聞いたから、そっちに出てきますって部長には言ってきた」
「ええ?バスケ部さぼったの?」
「いや。俺、部を掛け持ちするって、バスケ部に入る時言ってあるし」
もう言っちゃったのか。ああ。今、策を練っていたところだったのに。
「碧が入ってきたら、この部にまた入部希望者が殺到しちゃうよ」
「本当だよな。でも、今のところ、男子で入りたいってのが、二人俺のところに来たから、それで締め切るってのはどう?」
「空君のところに、希望者が来たの?」
「うん。今日部活あるって言ったから、もうすぐ来ると思うよ」
「どんな子たち?」
私が聞くと空君はちょっと目線を上にあげ、
「う~~ん。天文学に興味あるって感じの、オタクな感じの子たち」
と答えた。
なるほど。すでに今もそんな男子がいるけれど、きっとそういうタイプなんだな。空君には嬉しいかもなあ。
だけど、私は、空君があまりにも専門的な話をしていると、ついていけなくて、ちょっと寂しいんだよね。
「文江ちゃん!今日は一緒に帰ろう」
突然碧が、そう文江ちゃんににっこにっこ顔で言った。文江ちゃんは真っ赤になり、
「え?い、いいのかな」
と戸惑っている。
「いいも何も…。文江ちゃんと俺は付き合っているんだから、いいに決まってるじゃん」
碧はそう言ってから、じっと文江ちゃんを見た。
「でも、私と付き合ってるってみんなが知ったら…」
「え?でも俺、彼女いるのかって聞かれて、先輩の名前言っちゃったけど」
「え~~~~~?!」
私や千鶴、サチさんたちまでが、驚きの声を上げ、部室内は騒然とした。
「なんでみんな驚いてんの?俺と先輩が付き合ってるって知ってるよね?」
「そんなことばらしたら、女子に文江がいじめられちゃうよ」
「俺が守るから」
サチさんたちに碧が、力強くそう言ったが、サチさんたちは、疑いの目で碧を見るだけだった。
「いいんじゃないの?隠し通せるわけでもないんだし」
鉄がそう言うと、その横で千鶴も頷き、
「まあ、周りの私たちが、なんとか守っていくしかないよね」
と、みんなを見回しながらそう言って、そして、文江ちゃんの肩をポンと叩いた。
「何かあったら、すぐに私たちに言って。ね?」
「はい」
文江ちゃんは嬉しそうに笑ったが、すぐにまた真顔になった。多分、不安要素がいっぱいあるんだろうなあ。
碧は文江ちゃんを守るって言うけれど、学年も違うし、それにこの能天気の楽天家の碧に、どこまで文江ちゃんを守れるかも正直わからないし。
私も、この学校にいられる間は、なんとか力になりたい。卒業後は久恵さんたちに、頼むしかないけれど。
そして、翌日から、さっそく文江ちゃんのクラスに、碧の彼女を拝みに女生徒たちが群がることになった。
「どの子?え?あの、暗そうな子?」
「何であんな子が、碧君の彼女なの?それも、1学年上でしょ?」
「どこで知り合ったわけ~~?」
「信じられない。碧君、彼女いたなんて」
「でも、たいした子じゃないし、あれなら勝てるかも」
そんな声も聞こえてきて、思わず身震いがした。
あ。そうか。身震いもするはずだ。ああいう発言をしている子の周りって、たまに変な霊が寄ってきているもんなあ。
そうか。そういった意味でも文江ちゃんは大変なんだ。嫉妬している女の子の周りって、きっといいオーラ出てないし、変な霊が寄ってきていたら、文江ちゃん、見えちゃうんだもんなあ。
「これは、しっかりと守らないと」
霊関係だったら、また文江ちゃんと空君は同じクラスだし、空君にも見えるわけだから、私を呼んでくれたら、霊を浄化することはできる。
それに、碧も、文江ちゃんのそばにいたら、霊が近づくこともないし。
「空君」
私は、女子生徒が群がる、空君の教室の前から、空君を呼んだ。
「凪?どうしたの?」
「ちょっと、文江ちゃんが気になって。大丈夫かな?」
私は空君を廊下の隅に呼んで、霊がいないかどうか聞いてみた。
「いるよ。なにしろ、悪いオーラ出してる子、いっぱいいるからさ。凪、今、光出して浄化させちゃってくれないかな」
「いいよ。じゃあ、空君に抱き着いてもいい?」
「……いや。抱き着くのはちょっと」
そう言ってから、空君は私の肩を抱き、
「このくらいでも、いい?」
と私に聞いた。
わあい。空君が、肩を抱いてくれた~~!
「あ、思い切り出た」
空君はあたりを見てそう言った。どうやら、一瞬にして私から光が出たらしい。
「もう、教室に戻らない?」
「そうだね。次の授業始まるし」
群がっていた女生徒が、次々に自分の教室に戻って行った。そして、あっという間にその場は静かになった。
「凪マジックだ。ほら、変な霊も消えたし、この場がすごく穏やかになったよ」
空君はにこりと微笑みながら私に言った。
「私の光って、人の嫉妬する気持ちとかまで、消しちゃうのかな?」
「どうだろう。でも、穏やかにさせちゃうことはあるんじゃないかな。だって、子供の時だって、周りの子が喧嘩しているのも、凪がいると仲直りしちゃって、みんなで穏やかに遊びだしたりしていたじゃん?」
「そうだったね」
「……やっぱり、凪が最強だな」
「え?」
「凪の光は、最強だよ」
「……」
何が最強なのかわかんないけど、でも、私の光で文江ちゃんを守れるってことだよね。
そしてその日の昼休み、碧は私たち天文学部のみんなで、食堂で食べているところにやってきて、
「俺も一緒に食っていいよな?」
と、しっかりと文江ちゃんの隣をキープした。
「あ、碧君だ」
「隣にいるのが碧君の彼女でしょ?」
食堂内のほとんどの女子が碧と文江ちゃんに注目した。
「え~~。冴えない子じゃない?」
「本当だ~~」
ああ。丸聞こえだ。碧がじろっとその子たちを睨んだ。その子たちは、睨まれて黙り込んだけど、食堂内の空気は重たいまま。
「空君!」
私はテーブルの下から、隣にいる空君の手を握りしめた。空君も、ぎゅっと握り返してくれた。その途端光が出たようで、
「あ…」
と文江ちゃんが天井を見上げた。
そしてそのあと、なぜか食堂内の女子たちも、穏やかにお昼を食べだし、重たかった空気も消えた。
「霊がいたの?空君」
「いないよ。碧が来たら、霊、逃げちゃうから」
「あ、そうか」
「ただ、どんよりした空気だけは残っていたんだ。それが、凪の光で一掃されちゃったから」
「やっぱり、榎本先輩すごいです」
文江ちゃんが私をキラキラした目で見てきた。すると、
「俺は?」
と碧が思い切りすねた顔をした。
「あ、碧君も…。あの、ありがとう」
文江ちゃんは真っ赤な顔をして碧にお礼を言った。碧はすぐに満足げな顔をしたけれど、文江ちゃんは、なんだか戸惑った顔を見せた。




