第124話 守ってみせる
翌日は、春香さん、櫂さん、空君、おじいちゃんとおばあちゃんも雪ちゃんに会いに行った。一気にママの病室は賑やかになった。
碧も途中まで一緒にいたが、黒谷さんと待ち合わせがあると言って、すっ飛んで行った。今日、チョコレートをもらったと、にやけて帰ってくるのか、自慢げに帰ってくるんだろうな。
私は空君と一緒に、新生児室で雪ちゃんを見た。空君は、もの珍しそうに赤ちゃんたちを眺めている。
「空、そろそろお店の開店の時間だから行くけど、一緒に帰る?」
春香さんがそう言うと、空君は私を見た。
「凪はどうするの?」
「私は、もうちょっとここにいる」
「じゃあ…、俺も」
「凪ちゃんとデート?じゃあ、先に帰ってるからね」
春香さんは、櫂さん、おじいちゃん、おばあちゃんと一緒に産院を出て行った。
「空君」
「え?」
「なんでもない」
空君と手を繋いだ。ふわっと優しいオーラに包まれた。
「…凪。赤ちゃんってさ、みんな光出しているんだよね。特に雪ちゃん、すごいよ」
「そうなの?」
「うん。でも、凪も今、すごい光出してて、赤ちゃんたち、ほら、みんなリラックスしちゃってる」
「そういえば、泣いている子いないね」
そう言いながら私は、雪ちゃんを見た。雪ちゃんはいつ見ても、穏やかだ。寝ているか、手を動かしながら、ぽや~~~っとしているか…。
「さすが、凪の妹だよなあ」
「え?」
「出ている光、柔らかくってあったかい」
「雪ちゃん?」
「あの光でずっと、桃子さんのこと守っていたんだよ」
「あ、そう言えば、幽体離脱してハワイから来た時、そう言ってたね」
「うん」
「じゃあ、私たちの赤ちゃんも、そうなるかな」
「え?」
「優しくてあったかい光を出しそうだね」
「うん。きっとね」
空君ははにかんだ笑顔を見せた。
きゅきゅん!可愛い!!
しばらく雪ちゃんを眺め、それから一度ママの病室に戻った。
「ママ、そろそろ帰るね」
「うん。空君、来てくれてありがとう」
「いえ…。それじゃ…」
空君はにこりと笑って軽く頭を下げ、私と一緒に病室を出た。私はそんな空君の手を引いて、産院をあとにした。
「昼飯、どっかで食う?駅のほうにでも行く?」
「うん」
産院前のバス停でバスを待ち、駅まで行った。そして、駅ビルのカフェでお昼を食べた。
「雪ちゃんはどんな子に育つのかなあ」
「聖さんに溺愛されて育つんだろうね」
「うん。碧も溺愛しそう。あの子、パパに似てるもん」
「そうかもね」
「……碧、今頃黒谷さんとデート…、あ」
噂をすれば、碧と黒谷さんが、カフェに入ってきた。
「あ…。空、凪」
向こうも私たちに気が付いた。
「じいちゃんたちは?」
「もうまりんぶるーに帰ったよ」
「そっか。じゃあ、母さんひとり?」
「うん」
「昼食べたら、先輩と雪を見に行くつもりだったんだけど、いいかな、行っても」
「うん。ママ、喜ぶよ」
そう言ってから黒谷さんを見ると、恥ずかしそうに俯いた。
「雪ちゃん、すごい光出しているんだ。きっと、黒谷さんだったら見えると思うよ」
空君がそう言うと黒谷さんは顔を上げ、
「そうなんだ。さすが、榎本先輩の妹だね」
と笑った。
「さすが、碧の妹だねって言ってほしかった」
碧がそんなことを言うと、黒谷さんは謝りながらくすくすと笑った。
なんか、いい雰囲気かも、この二人。
私たちの隣の席に二人は座った。そして、しばらく4人で、赤ちゃんの話で盛り上がった。碧はやっぱり、
「雪ちゃんの世話、俺がするからな。凪!」
と、息巻いていた。
「パパと喧嘩にならないようにね」
「私も時々、雪ちゃん、見に行ってもいい?碧君」
「もちろん!」
碧は目を輝かせて黒谷さんにそう言った。
「俺も、たまには雪ちゃんの世話させて」
そう空君が言うと、碧は、
「え~~~。空、それで雪が可愛くなって、嫁にするとか言い出さないよね」
と、嫌だっていう顔を思い切りしながらそう言った。
「雪ちゃんと結婚?」
その言葉で私のほうが動揺してしまった。
「しないよ。将来自分の赤ちゃんが生まれた時のことを考えて、赤ちゃんの世話の練習がしたいってだけで」
空君が呆れたっていう顔をしながら碧に言うと、黒谷さんが空君の言葉にびっくりして目を丸くした。
「将来?結婚のことを飛び越えて、もうパパになること考えてるの?空君」
「え?おかしいかな」
空君が、あまりにも黒谷さんが驚いた表情をしているからか、不安げにそう聞き返した。
「おかしくないけど、ちょっとびっくりしちゃって」
「空は凪と結婚して、二人の間にできた子のことを考えているんだろ?」
碧はまったく驚いた顔をしていない。逆に当然、私と空君が結婚すると思っているようだ。
「先輩と空君、結婚するの?そんな約束しているの?」
黒谷さんは顔を赤くして、空君に質問した。
「え…。約束って…。えっと」
空君は頭をぼりっと掻くと、照れながら私を見た。
「する。約束もした」
私は黒谷さんにそう言ってから、「ね?」と空君に確認した。すると空君は顔を赤くさせた。
「び、びっくり。そんな未来のことを考えているなんて」
「この二人は特別だから、黒谷先輩、そんなに驚かないでいいよ」
「特別?」
碧の言葉に、黒谷さんはきょとんとした表情を見せた。
「そう。まだ、赤ん坊の頃から、この二人って好きあっているから。ずっと一緒にいるのが当たり前になっているんだよ。な?空」
「……」
あ。空君、もっと赤くなった。
「まあ、あれだよな。もう、家族みたいなもんだよな、空は。よくうちにも飯食いに来たり、泊りに来たりしているし、だんだんと我が家に空がいることが、自然っていうか、当たり前みたいになってきているもんな」
そう言って碧は、オレンジジュースをゴクゴクと飲んだ。
「そうなんだ。よく泊りに行っているんだ」
黒谷さんがそう羨ましそうに、空君に言った。
「俺の受験も終わったし、これで空と、徹夜してゲームができるよな」
「そうだね」
「なんだ。泊りに行っても、碧君とばかり一緒にいるの?碧君と空君って、兄弟みたいだね」
「え?まあな。俺と空も長い付き合いだし。もう兄弟みたいなもんだよな」
碧はそう言うと、今度はサンドイッチをばくっと食べた。
そうなんだよね。泊りに来たって、ほとんど碧と一緒に空君はいて、私と二人きりになるのは避けられ、甘いムードにもならないし、なんにもないんだよね。
「黒谷さんも、ちょくちょく泊りにおいでよ。お母さんも元気になって、もう大丈夫なんでしょ?」
「はい。すっごく元気になっちゃって。やっぱり、あの家、おじいちゃんの霊がいたことで、他の霊までやってきちゃって、それが原因だったのかもしれないんですよね。おばあちゃんまで、すっごく元気になったし」
「良かったね。黒谷さんもあのあと、家で霊を見ることなくなったでしょ?」
「はい。榎本先輩のおかげです。ありがとうございます」
「黒谷さんも、明るくなったもんね。学校でも、いつ見ても笑っているし。一人でいることもなくなったし」
「サチちゃんたちが、いつも一緒にいてくれるから」
「サチちゃんって、天文学部の人たち?」
碧がそう聞くと、黒谷さんはうんと頷いた。
「俺も天文学部入ろうっと。別に二か所入っても大丈夫だろ?凪」
「うん。運動部と文化部だったら、OKだよ」
「運動はバスケ?」
空君が聞くと碧は、にかっと笑って頷いた。
「碧が高校入ったら、やばそう」
「何が?凪…」
「パパみたいにもてそう。天文学部、女の子でいっぱいになりそうだな。何人までって決めておこうかな、今のうちに」
「部室に入れる人数までってどう?」
空君がそう提案してきた。
「じゃあ、もういっぱいかも」
黒谷さんがそう言うと、空君も「そうだね」と頷いた。
「じゃあ、新入部員入れないの?俺もダメ?」
「碧だけはOK」
空君がにこりを笑ってそう答えた。
「じゃあさ、仮入部のあと、入部受付するじゃない?それで受け付ける人数決めようよ。たとえば、4人とか」
私がそう提案すると、
「碧は、仮入部に顔出さないほうがいいかもな。碧がいたら、それだけで、女子が殺到しても困るし」
と真面目な顔でそう言った。
「え、そんなに?」
黒谷さんが不安そうになっている。
「聖さんのこと考えたら、碧もモテそうだもんな。聖さんって、すげえモテたんでしょ?あ、今もモテているけど」
「うん。ママは同じ高校じゃなくて良かったって言ってたよ。パパは高校時代、女子と口もきかないくらい、硬派だったんだって。だからママも安心していたみたいだけど」
「硬派…ねえ。俺もそうしようかな」
「碧が~~?無理だよ」
「なんでだよ、凪」
「はいはい。こんなところで、兄弟喧嘩するなよ、碧」
空君が止めに入り、碧は黙り込んだ。
「そうだよね。碧君、かっこいいもん。モテるよね。わ、私なんかでいいのかな」
「は?」
いきなりの黒谷さんの質問に、碧が首を傾げた。
「私なんかが、彼女でいいのかなって」
「いいに決まってるじゃん」
「でも碧、ちゃんと黒谷さんを守らないと、女子にいじめられちゃうかもしれないんだよ。私がいるうちは守ってあげるけど」
「もちろん、守るって!」
ああ。そんなに堂々と言っているけど、大丈夫なのかなあ。
「久恵さんにも言っておくか。黒谷さんを守ってって。彼女、強そうだし」
「それいいかもね。女子に怖がられているし、今も、あの3人と黒谷さんが一緒にいるから、黒谷さん、いじめられなくなったしね」
「いじめ?黒谷先輩、いじめにあってた?」
碧が暗い表情になった。
「今ではないから安心しろよ、碧」
空君の言葉に碧はほっとしたけど、
「俺が高校入ったら、絶対に守るから大丈夫だよ、先輩」
と、また大口をたたいた。
「じゃあ、そろそろ俺ら、産院に行ってくる」
碧が席を立つと、黒谷さんも席を立った。そしてちょこちょこと、碧の後ろをついていった。
碧は、どんどんカフェの出口まで進み、ドアのところで黒谷さんを待ち、一緒に肩を並べてカフェを出て行った。
「ふ~~ん」
ガラス窓から、二人が肩を並べているのが見えた。碧は、デレデレの表情をしている。黒谷さんは、ずっと顔が赤い。
「付き合い始めの、初々しいカップルだね」
そう言って空君を見た。空君は、アイスティをゴクンと飲んで、
「うん、そうだね」
と言った後、私を可愛い笑顔で見た。
「私たちもそう見えるかな」
「俺ら?」
空君はしばらく黙った。そして、
「どうかな?」
と首を傾げた。
そう見えないのかな。まさか、長年付き合っているように見える?
「もうすぐ、凪、17歳だね」
「うん」
「一個上になっちゃうね」
「でも、4月になったら、空君もすぐに誕生日だよ」
「そうだけど」
「空君も、17歳になるんだね」
「うん。なんか、不思議だ。俺、もっと17歳っていったら、大人のような気がしてた。だけど、まだまだ子供だよね」
「……うん」
良かった。空君はきっと、千鶴が言ってたみたいに、いきなり大人の男になったりしないよね。
「でも、もうちょっとちゃんと頼れるくらいの男にならないと…だよね」
「え?」
「俺も、碧みたいに堂々と、凪を守るって言えるようにならないとな~」
そう言って空君は、俯いた。
「守ってるよ!空君はいつでも私を守ってくれてる」
「え?」
「私が霊が寄ってきちゃって弱っている時、いつもギュってしてくれて、守ってくれてるよ。空君、自分が重傷になった時だって、体から抜け出して、守りに来てくれたよ」
「あれは、どっちかって言ったら、凪の光を感じたくってだよ」
「ううん!空君が来てくれて、私、落ち着いたの」
「……」
空君は優しい表情で、私を見た。
「あのさ、いつも光で凪が包んでくれてるんだ。いつも、凪がそばにいることで、安心できて、前に進めているんだ」
「……」
「凪が光を失わないよう、俺はこれから、凪を守っていきたい…って思ってるよ」
空君…。
きゅきゅん。
「ありがと。でも、もう十分…」
そう涙をこらえながら言うと、空君ははにかんだ笑顔を見せた。
可愛い、抱きつきた~~~~い!
「凪、今はだめ」
「……わ、わかった?」
私が空君に抱きつきたくなっているのを。
「光でわかる」
空君、真っ赤だ。
空君、好き好き好き好き。
「う、うん。わかった」
すごい。何も言葉にしていないのに、わかっちゃうんだ~~~。
便利かもしれない?これって。
だけど、目の前にいる空君はみるみるうちに真っ赤になっていき、
「あ~~。暑い」
と手で顔まで仰ぎだし、アイスティを飲み干し、今度は水までゴクゴクと飲みだした。
そんなに強烈な光で包んじゃうのかなあ、私。




