表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/142

第116話 嫌悪感

 新学期を迎えた。空君と元気に自転車で駅まで行き、駅で千鶴と鉄に会い、みんなで学校に行った。

 3年生は受験が間近。なんだかピリピリしている。来年は私もああなるんだなあ。


 ちらっと隣に並んで歩いている空君を見た。今年の1年間はまだそばにいられるけど、来年は離れ離れになっちゃうんだね。そう思うと、無性に抱き着きたくなった。でも、我慢、我慢。


「おはようございます」

 昇降口で上履きに履き替えていると、後ろから黒谷さんが挨拶をしてきた。そして、

「今日、空君、一段と光に包まれていますね」

と言われてしまった。


 たった今、抱き着きたくなっていたからかなあ。

「空君のそばにいたら、私も癒されるかも」

 そう言った黒谷さんの顔色は悪かった。


「冬休み、ずっと家にいたの?碧、会えなくて寂しがっていたけど」

「はい。母がずっと具合悪くって」

 そう黒谷さんは暗く言うと、

「学校に来てほっとしました。学校ではあまり見ないですむから」

と、本当にほっとした顔を見せた。


「家で見たの?」

「はい。特に今、母も弱っているし、家全体が暗くて、それで出やすいのかも」

 そうか。そりゃ、家にいても落ち着かなかっただろうなあ。


「碧に行かせたらよかったね。いっぺんに幽霊消えちゃったのに」

「ダメです。碧君受験生なのに。そんなことさせられません」

 ああ。なんて健気な彼女だろう。でも、碧、きっと会いたかったと思うなあ。ずっといじけていたからなあ。


 それに、私と空君が一緒にいると、邪魔するようになっていたし。あれ、けっこううざかったんだけど。


「今日は部活ないですよね?」

「うん、さすがに初日からはないよ。来週あたりから集まろうか」

「……はい」

「今日うちに来る?」


「いいえ。母のこともあるし、早めに帰ります」

「大丈夫なの?お母さん」

「はい。昨日正月明け、ようやく病院も始まったから、診察してもらったんですけど」

「それで?」


「大きな病院を紹介されました。また、あさって行くことになっているんです」

「土曜?」

「はい。予約も入れてもらったから」

「そう…」


「あ、空君、教室に行っちゃった。私も教室に行きますね」

 そう言って、黒谷さんは慌てて廊下を走って行った。

 本当だ。黒谷さんと話している間に空君行っちゃった。寂しいなあ。


 なんで私は3月生まれなんだろう。どうして空君は、もうちょっと早くに生まれてくれなかったんだろう。そうしたら、同じ学年で、もしかしたら同じクラスだったかもしれないのに。

 同じクラスだったら、ずっと一緒にいられるのになあ。


 千鶴と一緒に教室に行った。

 今日はいきなり席替えがあった。私は両隣男子に囲まれた。それも、野球部と、サッカー部。二人ともやけにがっしりした体つき。


 そこに、他のクラスからも、野球部の部員やサッカー部の部員が放課後やってきて、私の席の周りに集まってしまい、私はまた寒気を感じる羽目になってしまった。


 ダメだ。早くに帰ろう。

 千鶴の席にすぐに行き、

「空君迎えに行こう、千鶴」

と千鶴のこともせかしてしまった。


「顔色悪いよ。幽霊に憑りつかれた?」

「わかんない。でも、ちょっと気分悪いかも」

「わかった。すぐに行こう」

 千鶴も早めに帰り支度をして、一緒に教室を出た。そして、1年生のクラスに一目散に飛んで行った。


「空君!」

 ちょうど、空君と鉄と黒谷さんが一緒に教室から出てきたところだった。

「凪、どうした?」

 ビト。さすがに抱き着いたり、腕を組むのはやめたけど、空君のすぐ隣に並び、

「迎えに来た」

と、小声で言った。


「顔色悪いよ」

「やっぱり?霊、くっついてる?」

「ううん。いないけど…。でも、気が下がっているから寄ってきやすいかも」

 そう言って空君は私の手を握った。


 ふわ~~~。あったかい。一気に気持ちが安らいだ。

「ありがとう」

「何かあった?」

「席替えした。でも、明日、先生に言って席を替えてもらう」


「あの席、よくないの?何か悪いものでもいるとか?」

 千鶴が横から聞いてきた。

「ううん。両隣の男子がダメで」

「え?あの二人、そんなに変な奴らじゃないよ。けっこう真面目なタイプだけど」


「でも、ダメなの。野球部とサッカー部、やたらと筋肉質で男っぽくって、私、苦手」

「凪って、そういうタイプダメだったの?」

「ダメになったみたい…」

 そう言うと、千鶴が不思議そうな顔をした。でも、空君は心配そうに私を見ている。


「一時だけかな。それとも、ずっと私男嫌いでいるのかな。どうしよう。嫌悪感がずうっとあったら」

 ぼそぼそとそう言うと、千鶴は驚いた様子で私を見た。

「じゃあ、俺もダメ?」

 鉄が私の話を聞いていたようで、顔をしかめて聞いてきた。


「今は大丈夫だけど、それ以上むさくるしくなったらダメかも」

「むさくるしい?俺」

「今は大丈夫だってば。まだ、子供っぽいもん」

「え?俺?」


 鉄は微妙だなってそう言って、俯いた。でもすぐに空君のほうを見て、

「あれ?じゃあ、空は?」

と聞いてきた。


「そうだよ。空君は平気なわけ?」

 千鶴までが聞いてきた。私は空君とまだ手を繋いだまま、

「うん」

と思い切り頷いた。

「なんで?空だって、でかいし、最近髭も生えてきているし、それに男っぽくないか?」


「空君が?え?髭生えてるの?」

 鉄の言ったことにびっくりして、空君に聞いた。

「うん。目立ってきたから、たまに剃ってる」

 知らなかった!綺麗な肌しているのに。まじまじと空君の顔を見た。やっぱり綺麗だ。ニキビだって一つもない。


「凪、顔、近い」

 そう言って空君は、繋いでいた手も放してしまった。

「あ、榎本先輩、あけおめです!」

 教室から広香さんが現れて、私に挨拶をしてきた。そのあとから、サチさんと久恵さんも来て、結局みんなでぞろぞろと帰ることになった。


 鉄は、どうやら冬休み、進展があったらしい。広香さんと仲良く並んで歩いている。広香さんも背が低くほっそりとしていて、どこか幼さが残っているから、二人で歩いていると、初々しい感じがする。


 それから空君を見た。確かに鉄より身長は高い。サーフィンをしているせいもあって、肩も腕も筋肉質だ。だけど、制服を着ているとわからない。細身に見えるし、手足も長く、冬でも日焼けが消えないのか、色黒ではあるけれど、その黒さが顔を引き締めさせている。


 髪は海で焼けたのか、ほんのちょっと茶色い。目元は涼しいし、鼻筋はすっきりしているし、顔も細身だからか、黙っていると、とてもクールな印象がある。でも、笑うととっても可愛くなる。

 笑顔は子供の頃のままで、声はいくら声変わりしたとはいえ、優しい声質は変わらない。


 どこが男っぽいのかな。こんなに可愛いのに。

 そう思うのは私だけ?でも、ママもまだ空君は小年っぽさがあるって言っていたよね。


 最寄りの駅に着き、私と空君は自転車に乗って、海沿いを走った。冬はけっこう寒い。自転車に乗っていると、冷たい風が頬に当たり、顔が真っ赤になってしまう。

「寒いね。これからもっと寒くなるし、バスで通う?凪」

 空君がそんな私の顔を見ながら、そう聞いてきた。


「う、うん。あんまり寒い日だったら、バスにする」

「ほっぺ、真っ赤だよ?凪」

「やっぱり?」

 空君はくすっと笑った。


「空君、今日うちに寄って行く?」

「うん。寄ってく」

 わあい。嬉しい!


 家に帰ると、ママがリビングで編み物をしていた。

「ただいま、ママ」

「おかえりなさい。あ、空君、いらっしゃい」

「お邪魔します」


 ママは私と空君に紅茶を入れてくれて、私たちはリビングのカーペットに座り、お茶を飲みながらのんびりとした。ママもソファに座り直し、編み物を再開した。


「今日、席替えがあったんだ」

 私は唐突にそうママに話し出した。

「それでね、両隣がやけに男っぽい男子で、それも、放課後その子たちのところに、友達が集まってきちゃって、私、また悪寒が走っちゃったの」


「大変。大丈夫だった?」

「うん。千鶴とすぐに教室出て、空君に会いに行ったから」

 そう私が言うと、空君は、困ったような表情を見せた。

「空君、いつも凪を守ってくれてありがとうね」


「い、いえ」

 空君は、頭をぼりっと掻くと俯いた。

「空君だと平気なのねえ、凪は。やっぱり、まだあどけなさがあるからかしらね」

 ママがそう言うと、空君はふっと暗い表情を見せ、それから苦笑いをした。


「俺って、そんなに幼いっすか?」

「う~~ん。いつもはそうでもないんだけど、凪といると、子供の頃にかえるのかもね?」

「あ、そうか」

 空君は、納得したように頷いた。


 今日は新学期初めの日、午前中授業だった。ママが、

「お昼にしようか。チャーハンでいい?」

と空君に聞くと、

「はい。すみません」

と空君は、申し訳なさそうに答えた。


 空君は、我が家にとってもなじんでいる。でも、いまだに、こういう時には丁寧に謝ったり、お礼を言う。そのへんも、可愛い。碧なんて、空君の家でまったく遠慮も何もしていないようだから、空君の謙虚さが、さらに際立つ。


「凪…」

 ママがキッチンに行くと、空君が少し私に近づいた。

 わ。空君から近づいてくるなんて、珍しいかも。


「ごめん、俺」

 え?なんで謝ったのかな。

「俺、凪に嫌われたくないし、怖がられたくないし、離れて行ってほしくないから、なるべく男の部分隠したり、我慢したりしているんだけど」


 え。なんで、突然、そんなこと言い出したの?

「でも、どっかで、凪に男だって意識してもらえないの、寂しいっていうか、その…」

 空君は最後まで言わず、黙り込んだ。


「空君のこと好きだよ?」

 そう私は空君に言った。でも、空君はまだ、納得しないような顔で、困った表情を見せた。


「なんて言ったらいいのかな。凪が俺を男として見ていないのは、俺が幼いからだよね?まだ、俺って、子供なんだよね?凪にとって」

「……う~~ん。う~~~~ん?」

 子供だとは思っていない。幼いとも思わない。たまにあどけない笑顔だなって思う。子供の頃の笑顔と変わらず、可愛いなって。


 でも、性格的に幼いのは鉄のほうだ。空君は、どっちかっていうと、大人びているほうかもしれない。下手したら私よりもしっかりしているかもしれない。だって、私はいつでも空君に甘えているし、守ってもらっている。


 最近、特にそれを感じる。私が天文学部の部長になってからだ。空君にどれだけ助けられ、どれだけ頼りにしているかわからない。空君のほうが年上で、部長って言ってもいいくらいだ。


 ぼけっとそんなことを考えていると、空君は不安そうに私を見た。

 空君は、私を大事に思ってくれている。それもわかる。そういうのだって、空君の大人の部分だと思う。傷つけないよう、ちゃんと守ってくれている。


 うん。私、空君を子供だなんて思っていないよ。それに、幼いとも思わないし。

 じゃあ、男として意識しないのはなんでかな。やっぱり、空君が男臭くないからかしら。


 じゃあ、もし、空君が、いきなり筋肉質の、男臭い逞しい人になったら、私は空君に嫌悪感を感じるのかな。でも、想像できない。そんな空君には、今後もなりそうもない。


 櫂さんを見ても、サーファーだから筋肉もあるし、色黒だし、髪も茶色いし、ちょっと遊んでいるふうなおじさんに見えるけど、けして男臭くない。櫂さんに似たとしても、空君も男臭い大人にはならないだろうな。


 でも、空君は春香さん似だ。だから、櫂さんより、爽太パパみたいになるのかもしれない。あ、春香さんはおばあちゃんに似ているのか。じゃあ、空君は、一見すっきりした美人さんだけど、優しい雰囲気を持った大人の男性になるんじゃないかな。


 ぼけ~~~。私はずっと空君を見ながら、大人の空君を想像していた。優しくて、スマートで、物静かで、謙虚で…。わあ、きっと素敵な大人の男の人になる。

 でも、大人になっても笑顔は可愛らしいかもしれない。それも、素敵。


 ダメだ。想像しただけで、目がハートになりそう。


「えっと。うん。黙ってて、ちょっとびびったけど、今、すげえ光で包まれているから、凪、俺のこと悪く思っていないんだね?」

「悪く?まさか!大人の空君想像して、うっとりとしていただけで」


「え?大人の俺?」

「うん。きっと、素敵な男性になってる」

「………。そうかな。たいして頼りにならない、なんにもできない男になっていそうだけどな」

「そんなわけないよ。今だって、すっごく頼りになっているのに」


「俺が?!」

「うん!!」

 ぶわっと光が飛び出した。それが自分でも見えた。

「あ、うん。本気でそう思ってくれてるって、わかった」

 空君はその光に包まれながら、照れくさそうに俯いた。


 碧が学校から帰ってきた。

「おお!空、来てたんだ!」

 碧は空君がいるんで、テンションが上がった。そして、我が家は一気に明るくなった。


「黒谷さん、家に閉じこもって暗くなってたよ。碧、一回遊びに行ってあげたら?」

「え?ほんと?でも、メールだと、いつも元気だって」

「それ、心配や迷惑かけたくないからだよ。幽霊、家でもよく出ちゃうらしいよ」


「……。なんで、俺を頼ってくれないかなあ」

 碧は口を尖らせた。

「頼ってほしいの?」

「ほしいよ」


 なぜか、碧と同時に空君までが返事をした。

「なあ?空」

「うん」

「私、空君には甘えてる。頼ってるよ」

 私がそう言うと、空君はほんのちょっと首をかしげた。


「守ってもらってるよ。いつも」

 もう一回そう言うと、空君は照れくさそうに顔を赤くした。

「でも、守ってもらうだけじゃなくて、守りたいの。だって、私も空君が大事で」

「あ~~~。今は、凪のことはどうでもいい。俺の前でいちゃつくな。二人きりの時にしろよ」

 碧が本気で怒り出した。


 それから碧は、自分の部屋に駆けあがった。片手に携帯を持っていたから、黒谷さんに電話でもするのかもしれない。


「…二人きりでいちゃつくなんて、できないのに」

 ぶつぶつそう言うと、空君がそれを聞いて、

「………。いちゃつきたいの?」

と、聞きづらそうに聞いてきた。


「うん」

 すぐに頷くと空君が、目を丸くして、ちょっと後ずさりをした。

 え?なんで?


「あ。そっか。凪、いちゃつくって意味がわかってないのか」

 空君はそう呟き、顔を赤くして俯くと、

「二人きりになるのは、なるべく…やめよう」

と、またそんなことを口にした。


 ガッカリ。ほら、碧。聞いた?ってここにいないから聞いていないか。

 空君はね、二人きりになるのを避けているの。だから、いちゃつけないんだよ~~~~だ。デートもしていないし、正月、江ノ島から帰ってきた時、私から抱き着いたりキスしちゃったけど、それっきり、ハグもキスもないんだから。


 空君は、私が怖がらなくなるまでって言ってたっけ。でも、空君のことは怖いって思わないんだからね。


 だけど、ほんとにそうかな。空君は男の空君を私に隠しているって言ってた。だから、私は安心していられるのかな。もし、空君に男を見てしまったら、私は空君を怖くなってしまうんだろうか。


 ちょっとそんな疑問が私の頭に浮かんだ。空君を怖がる私。やっぱり想像できない。でも、男っぽさを見せる空君も、想像できない。

 もし、そういう空君を見たら…。空君を見つめながら、私はしばらくぼんやりとそんなことを考えていた。


 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ