第114話 男嫌い?
1月2日。パパは、かなり飲んで帰ってきた。そして、私やママに抱き着き、
「ああ。俺は幸せ者だ~~」
としきりに言っていた。相当酔ったのかもしれない。お酒臭かった。
夜11時ごろ、空君のオーラを和室で感じた。あ、来てくれてる!ほんわかあったかい幸せな気持ちになりながら、眠りについた。夢の中で私は空君に抱き着き、
「ああ、私は幸せ者だ~~」
と言っていた。起きてから、私ってつくづくパパの血を引いているよね…と思ってしまった。
1月3日、パパ、ママ、私で萩原家に行った。萩原家というのは、菜摘お姉ちゃんの実家で、パパの血のつながったお父さんの家でもある。
だから、つまり、パパには3人のお父さんがいて、私には3人のおじいちゃんがいることになる。萩原家にはお正月に顔を出す程度だけど、毎年行っていて、萩原家のおじいちゃんも、私や碧を可愛がってくれる。
「あれ?今年は碧君はいないのかい?」
「受験生なんで、置いてきました」
パパがそう言うと、あからさまに萩原家のおじいちゃんはがっかりした。碧がパパに似ているから、成長をとても楽しみにしているようだ。
「そうか。碧君も、大変な時期なんだね。体に気を付けて頑張ってと伝えてくれ。あと、学業のお守り、元日に神社でもらってきたから、渡してくれないか」
おじいちゃんはそう言って、パパにお守りを渡した。そして、パパと話をしだして、私とママは大人しく梨香さんの入れてくれたハーブティを飲んだり、クッキーを食べたりしていた。
「桃子ちゃん、もうすぐね、出産」
梨香さんというのは、菜摘お姉ちゃんのお母さんだ。
「はい」
「女の子かしら、男の子かしら。でも、どっちでもいいわね。もう、どちらもいるんですものね」
「…え?」
ママがきょとんとした顔をした。
「菜摘のところは二人とも男の子でしょ?私、女の子が孫に欲しかったの。もう一人産んでよって言っても、また男の子だったら嫌だから、産まないって言われちゃったのよ」
「そうなんですか」
ママは作り笑いをした。
萩原家のおじいちゃんにとっては、私も碧も孫だと思えるんだろうけど、梨香さんにとっては、血も繋がっていないし、思えないようだった。それに、私も梨香さんのことはおばあちゃんって呼べないしなあ。
「くるみは元気?」
「はい、元気です」
ママが答えた。くるみママと梨香さんは親友だった。そして、萩原家のおじいちゃんとくるみママは恋人だった。
爽太パパと出会う前に、くるみママは萩原家のおじいちゃんとの間に赤ちゃんができて、でも、それを知らない間に別れて、爽太パパと出会った。爽太パパは自分の子供じゃないのに、生まれてきたパパのことを思い切り可愛がって、血のつながりのない私や碧のことも、ものすごく可愛がってくれている。
だから、私って、おじいちゃんやおばあちゃんとも、春香さんとも、空君とも、まったく血が繋がっていないんだよね。だけど、血のつながりがあろうがなかろうが、榎本家のみんなも、春香さんや櫂さんも私と碧を大事にしてくれているんだ。
2時間ほど萩原家にいて、私たちは椎野家に戻った。椎野家と萩原家は車でほんの10分足らずの距離。
「ただいま~~」
椎野家に戻ると、すでにそこには小百合さんと和樹君がいた。
「桃子ちゃん、久しぶり~~。ごめんね、早くに着いちゃったの」
「小百合ちゃん、久しぶり」
ママと小百合さんは再会を喜んだ。
私はそんな二人の横を通り、リビングに行った。リビングには、おじいちゃんとおばあちゃんと、和樹君がいた。
ドキン。和樹君、前と全然雰囲気が違う。
「あ…。凪ちゃん」
和樹君が私を見てソファから立ち上がった。
「わあ。和樹君、大きくなったね。今、身長何センチ?」
そこにママもやってきて、和樹君を見上げながらそう聞いた。
「182センチです」
「大きい。お父さんの背を越したんじゃない?」
「はい」
和樹君はママにそう言ってから、また私を見た。
「凪ちゃんも変わったね」
「え?私?変わらないよ。背だって、中学3年から伸びていないし」
「俺、凪ちゃんに会ったのって、小学生の頃だから」
「あ、そ、そうか」
声、低い。喉仏出てる。それにうっすら髭も生えてる?
それから、なんか、やけに筋肉質っぽくない?
「何かスポーツしているのかい?和樹君」
おじいちゃんがソファに座ったまま、上を見上げてそう聞いた。
「あ、はい。ラグビーしています」
「ラグビー?男っぽいスポーツをしているんだなあ。だから、そんなにがっちりしているのか」
「大変なのよ、洗濯ものとか。全然落ちないし、汗臭いし」
小百合さんがそう言いながら、苦笑いをした。
「碧君は来ていないの?会いたかったなあ。聖君に似てきたんでしょ?」
「うん。そっくりになってきたよ」
「じゃあ、モテるんじゃない?」
「うん。モテてるみたい」
ママと小百合さんはそんな話をしながら、ダイニングに行った。おばあちゃんがすぐにキッチンに行って、お茶の用意を始めた。
「ただいま~~」
車を停めていたパパも、家の中に入ってきた。そしてリビングに来て、まだ突っ立っていた和樹君を見て、
「お。和樹、久しぶり。でっかくなったなあ」
と、隣に立って背比べをした。
「ご無沙汰してます」
「……声変わりしたんだな。って、当たり前か」
パパはそんなことを言うと、和樹君をソファに座らせ、その隣にどかっと座った。
「凪、こっちにくる?それとも…」
ママがダイニングから声をかけた。私はすぐさま、ママの隣に座りに行った。
「あれ?凪ちゃん、そっちに行くのかい?和樹君と久々に会ったんだろう?」
おじいちゃんがそう聞いてきた。
「え?でも、ほら、リビング席ないし…」
実はある。おばあちゃんがキッチンに行ったから空いている。でも、どうも和樹君の近くには寄りたくないような。
「凪ちゃん、いいわよ。あっちにいって」
おばあちゃんがそう言いながら、ママと小百合さんにお茶を出し、ダイニングの空いている席に座ってしまった。
「う、うん」
「凪ちゃんと聖君もお茶、いる?」
「あ、いいです。萩原家でハーブティ飲んできたから」
「ハーブティ?しゃれているのね~~。うちはほうじ茶だけどねえ」
「ママが妊娠しているから、カフェインのあるものは避けてくれたのかも…」
私はそんなことを言いつつ、まだダイニングのテーブルにいた。
「凪ちゃん、伊豆の話を聞かせてくれない?」
ドキ。低い声で和樹君にそう言われてしまった。
「う、うん」
私は重い足取りでリビングに行き、おじいちゃんの隣に座った。
「えっと」
和樹君の顔を見た。わ、じっとこっちを見てる。私はつい、視線をパパのほうに向け、
「伊豆、いいところだよね?パパ」
と顔をひきつらせながら、助けを求めた。
「ああ。海は江ノ島よりきれいだし、冬でもあったかいし、魚うまいし、いいぞ~~」
「へえ。じゃあ、夏に遊びに行こうかな」
ギクギク。
「家族で?い、いいかも」
私は作り笑いをしてそう言って、和樹君を見たけど、またすぐに視線を他に向けた。
「お、おばあちゃん、私、ほうじ茶飲みたい」
「わかったわ。持っていくわね」
ああ。なんだって、和樹君の顔をじっと見れないんだろう。
「家族ではいかないと思うなあ」
「お?じゃあ、彼女とか?」
パパがそう聞くと、和樹君は首を横に振って笑いながら、
「いないんです、彼女」
とパパに言った。
「モテそうなのに。背だって高いし、なんかスポーツしているんだろ?」
「ラグビーしてます」
「へえ。だから、こんなに体つきがいいのか」
そう言ってパパは、ポンポンと和樹君の胸をたたいたり、肩や背中までたたいている。
「男臭いのは、あんまり好かれないみたいで」
「そうか~~?」
パパはそう言うと、ちらっと私を見た。和樹君もなぜか私を見た。
え?なんで?
「凪ちゃんは、何部?」
「私は天文学部」
「へえ。いいなあ、そういうの。星の観察とかするの?」
「う、うん」
また、目を見ていられない。視線を下げ、和樹君の体を見た。
本当にがっしりとしている。空君とは大違いだ。空君もサーフィンしているからか、筋肉はついていそうだけど、ここまでがっしりはしていない。手足もこんなにごっつくない。それに、髭だってまだ、生えているんだかどうかって感じだし、どこをとっても空君とは違う。
和樹君はそこにいるだけで、なんだか圧迫されるというか、パパの横に並ぶとさらに、和樹君が男臭く感じる。パパが中性的ってわけじゃない。でも、なんだろう。パパの醸し出す空気とは明らかに違っている。
あ、わかった。私、ここまで男臭い人って周りにいないんだ。鉄だってまだ、小年っぽさが残っているし、峰岸先輩は細いし、背もそんなに高いほうじゃないし。碧もまだまだ、髭も生えていないような中学生だし、それに、空君だって…。
ふと、視線を感じて和樹君の顔を見た。和樹君とは目が合わず、和樹君の視線は私の胸元に行っていた。
な、なんでかな。あ、和樹君も私が和樹君の体を見ているのと同様に、私の体を見ているのかな。それで、胸がないなとか、寸胴だなとか思っているのかな。
どう思われてもいいんだけど、でも…。
ゾクリ。
あれ?なんか、今、寒気がした。この感覚前にもあった。あ、健人さんだ。健人さんに見られた時も、こんな寒気を感じた。
「はい、凪ちゃん」
その時、おばあちゃんがお茶を持ってきてくれた。
「ありがとう」
私はすぐにほうじ茶を飲み、
「あ、あっつい」
とやけどをしてしまった。
「あほだなあ。気をつけろ、凪」
パパに言われてしまった。
「う、うん」
「友達と行きます。来年の夏だったらもう部活も引退しているだろうし」
唐突に和樹君がパパのほうを向いてそう言った。
「受験勉強は?」
「あ、そうか。凪ちゃんも受験?」
また和樹君は私を見た。
「え?うん。大学行くと思うから」
私は、顔をまともに見ることもなく、ちょっと俯き加減のままそう答えた。
「和樹は受験しないの?」
パパが聞いた。
「う~~~~ん。悩んでいます。俺、そんなに勉強好きじゃないし、頭もよくないし」
「じゃあ、専門学校とか?」
「いえ。就職。消防士になろうかって思ってて」
「へ~~。でも、この体じゃ向いているかもなあ。そういう仕事も」
「ですよね?俺も自分でそう思います」
消防士?そ、そうか。男らしい仕事選ぶんだな。
そう思いつつ、ちらっと和樹君の顔を見ると、目があった。
ゾクリ。
なんで?なんでまた、寒気?
「聖兄ちゃん~~~!遊ぼうよ~~~」
和室で親子3人でいた元気君がパパを呼びに来た。
「何して遊ぶ?元気」
「戦いごっこ!」
「また?」
そう言いながらもパパはにこにこしながら、和室に行ってしまった。そして、かんちゃんさんにも話しかけ、和室で思い切り遊びだした。
ひまわりお姉ちゃんがダイニングに移動して、ダイニングの椅子がうまってしまい、私はおじいちゃんとリビングに残された。でも、
「そうだ。しっぽに餌をあげるのを忘れていたなあ」
とおじいちゃんは、ソファを立って寝室に行ってしまった。
ああ!二人きりになっちゃった。どうしよう。
「凪ちゃん」
「え?」
ビク。
うわ。顔が引きつったかも。
「凪ちゃんの彼、元気?」
「空君?うん。元気」
「…まさか、付き合ってるの?」
「え?」
「今、冗談で彼って言ったんだけど、付き合うようになったの?」
和樹君の顔が、やけに真剣…。
「う、うん。付き合ってる」
「そうなんだ」
和樹君は一瞬うなだれた。でも、またすぐに顔を上げ、私をじいっと見てきた。
ゾクゾク。また寒気だ。風邪かな?もしかして。
違うよね。和樹君に見られると、寒気がする。
「あ、あの」
パパ~~。助けて~。すっごくここに座っているのが、辛いんだけど。
「そうか。空って言ったっけ?凪ちゃんの初恋の相手だよね」
「うん」
「そいつと付き合ってるのか」
「うん」
「かなりショックだな。凪ちゃん、すごく可愛くなっちゃって、俺、さっきからくぎづけになっていたんだけど、彼氏持ちなんだね」
くぎづけ?
ゾクゾクゾク。
空く~~~~ん!
目をギュってつむって空君を呼んだ。その次の瞬間、空君のオーラを感じた。
あれ?なんで?でも、一瞬だけ。あったかくって、優しいオーラを感じると、すぐに空君の意識は消えた。
一瞬、体があったまった。でも、また寒気がしてきた。
そうか。霊だ。霊を呼んでるんだ。
そう思って、私はパパを見た。パパがいたら大丈夫。
「パパ!こっちに来てゲームしない?あ、かんちゃんさんや元気君も一緒に」
パパを呼ぶと、ちょうど戦いごっごに疲れていたパパが、
「元気、ゲームしよう、ゲーム」
と言って、元気君を引き連れ、リビングに来てくれた。
よかった。パパがいたら霊が逃げちゃうから。
パパはテレビの前にあぐらをかき、足の上に元気君を座らせた。かんちゃんさんは、和樹君の隣に座った。
「また、釣りのゲームにするか。元気も魚釣ってみたいか?」
「うん!」
パパと元気君はゲームを始めた。それをみんなでしばらく眺めていた。でも、私はまた視線を感じ、前を向くと和樹君が私を見ていた。
ゾクリ。また寒気。
ん?パパがすぐ近くにいるのに?なんで?
「凪ちゃん、あとでどっか行かない?」
「え?」
「散歩」
うわ。和樹君から誘われてしまった。どうしよう。
「ダメ。和樹。凪に手を出そうとしても、ダメだからな!」
ゲームに夢中だったはずのパパが、和樹君を見てそう怖い声で言った。
「え?ダメっすか?」
「ダメに決まってるだろ。凪は大事な俺の娘だから、手出しはさせないよ」
「あれ?でも、凪ちゃん、男と付き合ってるみたいだけど…」
「空のこと?なんだよ。知ってて凪のこと誘ったの?でも凪は、空一筋だから、振り向かせようとしても無駄だよ」
「空っていうのと付き合うのは、OKなんですか?」
「まあ、空だから仕方なく許しているけど」
「え?どうしてですか?」
和樹君、食い下がるなあ。そんな会話をパパとしている間も、寒気がするのはなぜかな。幽霊じゃないとしたら、風邪かな。
「どうしてって、そりゃ。凪がそんだけ夢中になる相手だし、空はいい奴だし。凪のことすごく大事に思っているしなあ。反対する理由もないし」
「俺はなんで、ダメなんですか?」
「凪が空を好きだから。だから、ダメ」
「どんな理由ですか、それ」
「空がいない間は、俺が凪を護ってるんだよ。それが理由だ。十分な理由だろ?だから、凪に手を出しちゃダメ。わかった?」
「……」
和樹君は返事をしなかった。
パパはまた、ゲームに夢中になった。和樹君はリビングから離れ、
「散歩はあきらめた。でも、こっちで話でもしようよ。凪ちゃん、高校生活はどう?」
とそう言いながら、和樹君は和室に入って行った。
どうしよう。そばに行きたくない。なんでだろう。
「凪ちゃん?」
和樹君は私が和室に行かないでいると、不思議そうに私を呼んだ。
私は、くるくるっと首を横に振り、元気なふりをして和室に行った。
「和樹君はラグビーどう?大変?楽しい?」
必死に明るく振舞って、そう聞きながらこたつに入った。和樹君もこたつにはいると、
「練習は厳しいけど、楽しいよ」
と笑った。
「凪ちゃんは、天文学部、どう?」
「楽しい。そんなに活動していないんだけど、部員の仲がよくて」
「女の子ばっかり?」
「ううん。男子部員もいる。空君も」
「え?空ってやつも、天文学部?」
「うん」
こつん。こたつの中で、和樹君と足がぶつかった。
「あ、ごめん。足、きゅうくつで伸ばしたから、当たっちゃったね」
和樹君が謝ってきた。でも、遅いよ。謝られたって、私の体が凍結したよ。
寒い。ううん。鳥肌。和樹君がやたらと男だって意識しちゃって、怖いくらいだ。どうしよう。
こたつから、慌てて出て、
「そうだ。お昼の用意手伝って来よう」
と、和樹君に顔がこわばっているのを知られないようにして、和室をそそくさと出た。そしてキッチンに行き、もうご飯の準備を始めているおばあちゃんの隣に行った。
はあ。安堵のため息が出た。
風邪じゃない。霊の仕業でもない。和樹君が怖いんだ。
私って、実は男嫌いなの?健人さんだけじゃなかった。
和樹君に男を感じて、私は寒気を覚えていたんだ。
キッチンでもなかなか、私の気持ちは切り替えることができなかった。無理に笑顔を作り、無理に明るくした。そのあとも、なるべくママやおばあちゃんと話をして、和樹君のそばに寄るのもやめていた。
早く、空君に会いたいよ。空君!!!
空君に私も意識を飛ばして会いに行けたらいいのに。
無性に空君が恋しくなって、ずっとそのあとは、空君のことばかりを思っていた。




