第112話 大晦日
年末年始、まりんぶるーは30日から年明けの4日までお休みだ。30日から、江ノ島の杏樹お姉ちゃん家族がまりんぶるーに泊りに来て、また大晦日にみんなで集まった。
受験生の碧も、大晦日から3が日はお正月気分を楽しもうと、大晦日にはまりんぶるーで、空君と遊ぶつもりでお店に乗り込んだ。でも、舞花ちゃんにとっつかまり、離してもらえなくなっていた。
「聖お兄ちゃん、遊ぼう~~」
碧に飽きたのか、今度はパパに舞花ちゃんは引っ付いた。
「あ~~。ようやく、離れてくれた。これで空と遊べる。空、ゲーム持ってきたんだ。リビングに行って対戦しよう」
「おう」
あ。空君を取られた。お店のキッチンで手伝いを一緒にしていたけど、空君は碧とさっさとリビングに行ってしまった。
「ふられた?空に」
がっかりしている私に春香さんが聞いてきた。
「はい。碧に取られちゃいました」
「まったく。恋人より、碧君を取るだなんて、ダメよねえ」
恋人?その響きにはいまだに慣れないなあ。
「明日から凪ちゃん、椎野家に遊びに行くんでしょ?」
「はい」
「その間、会えなくなっちゃうのにねえ。昨日だってあの子、うちに星マニアの子が遊びに来て、ずっとその子と話していたし、凪ちゃん、空にほっておかれてない?」
「えっと」
えへへと作り笑いをした。確かに、昨日からほっておかれている。でも、29日までは、夜、うちで夕飯を食べていたし、我が家のリビングで、空君と楽しく過ごしていたからなあ。
とはいえ、パパやママも一緒にいたから、二人きりになることはないんだけど。
もう、家族の一員みたいで、空君がいない夜はちょっと変な感じになる。パパも、
「なんか、家族の一人が抜けちゃっているみたいな気になるなあ」
とそんなことを言っていた。
私はキッチンの手伝いを済ませ、ニューイヤーズイブ鍋パーティの時間になるまで、リビングに行った。リビングでは、おじいちゃん、おばあちゃんと、碧と空君がのんびりとしていた。
おじいちゃんとおばあちゃんは、テレビを観ている。その横で碧と空君は、ポータブルゲームで遊んでいた。
「あ、うそ。また負けた」
碧が負けたようだ。
「ちきしょう~~」
「碧、ゲームばっかりしてて、勉強はいいのか」
おじいちゃんにそう聞かれ、碧は口をへの字にしながら、
「年末年始くらい、遊んでもいいじゃん」
と、ふてくされた口調で言い返した。
「年末年始くらい、デートしたら?」
私は空君の隣に座りながら、碧にそう言った。
「先輩のお母さん、今、具合悪くしてて、先輩はずっと看病しているんだよ」
「へ~~。それで、会えないんだ」
私がそう言うと、じろっと碧は私を見て、
「凪はいいよな。ほとんど毎日空に会えているもんな。会えない日のほうが少ないんじゃないのか。あ、でも、明日から3日間会えないんだ。ざまあみろだな」
と、ものすごく意地悪そうな顔をしてそう言った。
「たった3日だもん。ね?空君」
「え?うん」
空君口数少ない。なんでかな。
「空が浮気しないよう、一応見張っておいてやるよ」
碧が生意気な口をきいた。
「浮気?俺が?」
その言葉に空君がなぜか反応して、
「するわけないし」
と小声でぼそっと言った。
「そうよね。空君は凪ちゃん一筋なんだもんね」
おばあちゃんがそう言うと、空君は真っ赤になった。
「いつもクールなのに、なんで凪のこととなると、空は赤くなったりするんだろうな。こんな凪のことを一途に思っているなんて、変なの」
「何それ!ケンカ売ってるの?碧」
「空、モテるんだろ?凪じゃなくたってもっと可愛い子からも、好かれているんじゃないの?」
ムカ!何が言いたいんだ、こいつは。もしかして自分が黒谷さんに会えないからって、ひがんでいるんじゃないの?
「凪と碧は仲いい兄弟だよね」
空君がそんなことを言って、私たちを微笑みながら見た。
「どこが?」
私と碧が同時にそう言うと、おじいちゃんとおばあちゃんがくすくすと笑った。
「3人仲いいわよ。3匹の犬がじゃれあっているみたいよね、子供の頃から」
「犬~~?クロと一緒にするなよ、ばあちゃん」
碧がそう言って、ゴロンと横になった。
私はその隙に…と空君にもっと近づき、空君に寄り添って、おばあちゃんたちと一緒にテレビを観はじめた。
ああ。空君の隣は今日も、あったかい。
「碧~~~。パーチー始まるって」
バタバタと走りながら、舞花ちゃんが碧を呼びに来た。
「早く~~。碧~~~」
ドアを開け、寝っころがっている碧の腕を舞花ちゃんが引っ張っている。
「わかった。わかったって、舞花」
碧は仕方ないといった顔をして、舞花ちゃんに引っ張られ、リビングを出て行った。
「碧君は舞花ちゃんに好かれているわね。舞花ちゃん、大きくなったら、碧君のお嫁さんになるって言っているらしいわよ」
「ほんと?わあ。黒谷さんのライバル登場だ~」
私がおばあちゃんの言葉にそう言うと、おばあちゃんはくすっと笑い、
「でも、江ノ島にも舞花ちゃん、恋人がいるらしいから、碧は旦那さん第2候補っていうところかしらね」
と、私に写真を見せてくれた。
そこには舞花ちゃんと腕を組んで、可愛い男の子が写っていた。
「可愛い子だね。この子が旦那さん第1候補?舞花ちゃんったら、やる~~」
そう言ってその写真を空君にも見せると、
「凪にはいないよね?まさか、第2候補」
と小声で私に聞いてきた。
「いな~~い。もの心ついた頃から空君だけ」
そう言って、空君の腕に引っ付いた。
「そうだよな。聖がショックを受けていたもんな。パパと結婚する~~って言ってくれると思っていたのに、凪は空と結婚するって言い出した~~って。あれは笑えたなあ?瑞希」
「そうそう。聖、真っ青な顔して、相当ショックを受けていたわよね。くすくす」
おじいちゃんとおばあちゃんは、懐かしい昔を思い出すようにそう言って笑った。
「……そ、そうか。うん。だったらいいんだけど」
空君は私の隣で真っ赤になって、頷いた。
私もなんだか、顔が火照ってきた。
「いつ、凪と空は結婚するんだ?」
そんな顔の火照りを感じていると、突然おじいちゃんがそう聞いてきた。
「え?」
私と空君は同時に、びっくりして聞き返した。
「俺も、爽太も21、22歳の頃には結婚していたし、聖は19歳だ。早くに結婚するのもいいぞ?」
結婚の話?
私は思わず空君の顔を見た。と同時に空君もこっちを見た。
「で、でも俺、まだ高校1年…」
空君は、かなり困った様子で、そうおじいちゃんに答えた。
「そうよね。まだまだ、考えられないわよね?」
おばあちゃんがそう言うと、空君は真っ赤になって頷いた。
「まあ、そうか。高校卒業して大学まで行ってとなると、まだまだかもなあ」
おじいちゃんはそう言うと、ふっとため息をついた。
「早くに凪の花嫁姿、見たかったんだけどなあ」
え?!私の花嫁姿?!
「まあ、圭介、気が早いわよ」
「瑞希も見たいだろ?二人の結婚式」
「そうね。見たいわね。楽しみだわ。それまでは元気でいないとね」
「そうだな。瑞希、足も無理しない程度に動かして、車椅子に乗るなんてことにならないよう、元気でいないとな?」
おじいちゃんがそう言うと、おばあちゃんはにっこりと微笑ながら頷いた。
「車椅子?そんなにおばあちゃん、足が悪いの?」
「ううん。大丈夫よ、凪ちゃん」
優しくおばあちゃんはそう答えてから、またにっこりと笑った。
私と空君はまた、同時に顔を見合わせた。きっと、同じことを思っていたに違いない。特に空君はおばあちゃん大好きだし、おばあちゃんのためにも、早くに結婚式を挙げたほうがいいんだろうかって。
「パーティが始まるから、来てね」
春香さんがリビングのドアを開けて、そう言ってきた。
「は~~い」
私と空君は立ち上がり、おじいちゃんはおばあちゃんに手を貸して、一緒にリビングからお店に移動した。
おばあちゃんは、今、何歳だっけ。おじいちゃんより12歳年上なんだよね。あれ?もしかして、90歳近い?でも、若く見える。
だけど、足がもうそんなに弱くなっているのかな。
綺麗な白髪のおばあちゃん。いまだに美人さんだ。でも、最近ちょっとはかなげに見えるのは、体が弱くなっているからなのかなあ。
おじいちゃんは、そんなおばあちゃんに寄り添うようにして歩く。とっても優しい目でおばあちゃんを見ながら。
もう結婚して何年になるんだろう。二人でずうっと寄り添って過ごしてきたんだよね。
一度は、おじいちゃんの死を宣言された。でも、奇跡を起こして、ずっとずっと長い間、二人は二人の時間を過ごしてきたんだ。寄り添って、ずうっと仲良く…。
そんな二人を見て過ごしていた爽太パパ。生きることに対して前向きで、命を大切にして。だから、自分と血の繋がっていないパパのことも、大事に育てた。
そうして私が生まれてきた。
なんだか、そう思うと、命のバトンみたいだ。
リビングに行くと、パパがママと寄り添っていた。ママは時々お腹に手を当て、さすっている。
ママのお腹にはもう、一つの命が宿っている。とっても大切な、かけがえのない命が…。
私はすぐ隣にいる空君を見た。空君と結婚して、子供ができて…。そうしたらまた、命のバトンをつなげることになるんだな。
キュン。なんだか、胸の奥に痛みを感じた。
空君ともし、結婚したら、空君との子供ができるんだ。きっと、パパもママも、ここにいるみんなが、喜んでくれる。祝福の中生まれるんだろうな。私や空君がそうだったように。
「ん?」
じっと空君を見ていると、空君が私を見た。そして目を細め、
「光出しまくってるね、今日も」
と空君は囁いた。
「うん。大きな光でしょ?」
「見えるの?」
「ううん。感じただけ」
「うん。まりんぶるー全体を包んじゃうくらい、でっかい光だよ」
「…だって、まりんぶるーにいるみんなが、大好きだから」
そう言うと、空君は優しく私を見て、
「俺も」
とはにかんで笑った。
ニューイヤーズパーティは、クリスマスよりも大人しい。みんなで鍋をつついて、大人はお酒を飲んで、1年を振り返りながら笑って過ごす。
子供たちは、大晦日だけは遅くまで起きていていいから、昨年も、一昨年も、碧と私は年が明けるまでまりんぶるーにいた。でも、碧は年明け、すぐに眠くなり、2階の客間に行って寝てしまい、私はリビングで、まだ起きていたおじいちゃんとテレビを観ていた。
空君はそばにいなかった。櫂さんも春香さんもまりんぶるーに来ていたから、きっと一人で過ごしていたはずだ。
だけど、今年は空君もまりんぶるーにいる。心なしか、春香さんと櫂さんも嬉しそうで、特に春香さんはやたらと空君にかまっていた。
「ほら、空。年越しそばおかわりしたら?」
「いいよ、もう、腹いっぱいだし」
「毎年、年越しそばも食べないで、家で何をしていたわけ?」
「一人で、カップラーメン食って、お笑い番組見てた」
「寂しい年明けを過ごしていたわよね、あんたは。でも、今年からは凪ちゃんと一緒にいられるから、良かったわね?」
「……」
あれ?空君、無言だ。でも、顔赤くなってる。
「だけど、お正月は凪ちゃん、東京行っちゃうから寂しいわね。あ、でも今年は、碧君だけ伊豆に残るんだって?」
「うん。4日から塾なんだ。受験生に正月はないんだよ」
「うちに泊まりなさいよ。一人であの家にいるのは寂しいでしょ?」
「春香さん、いいの?正月からこんなやつ泊めて。食費かかっちゃうよ?こいつ、けっこう食うから」
春香さんの言葉に、パパがそう心配そうに聞いた。
「まりんぶるーに置いてもらおうと思ったんだけどな。母さんと父さんなら、迷惑かけてもいいし」
「こら。聖。なんで私たちだと迷惑かけてもいいわけ?だいたい、碧君が泊まるのに迷惑も何もないわよ」
くるみママがめずらしくパパに怒っている。
「一日ぐらいは碧、まりんぶるーに泊まってよ。でないと舞花の面倒を見てくれる人がいなくなっちゃう」
杏樹お姉ちゃんがそう言うと、碧は、
「しょうがねえな~~~」
とぼやいた。
「人気者だね、碧。良かったね」
私が嫌味っぽくそう言うと、
「そうなんだよね。クリスマスにもたくさん、プレゼント渡されそうになって、大変だったし、俺、本当にモテちゃって困っちゃうよ」
と、自慢げにそう言った。
「プレゼント?でも、なんにも学校から持って帰ってこなかったよね?碧」
「うん。だって、全部断ったもん。俺、彼女いるから受け取れないって」
わお。パパみたいなことしてる。
「いったいどうしたの?去年はバレンタインもクリスマスも、誕生日ももらって来てたよね」
「だって、去年は俺、フリーだったし」
「黒谷さんのために受け取らないの?バレンタインも?」
「あったりまえだろ?」
へへんと碧はまた、ドヤ顔をした。
「へえ。聖みたいだな、碧」
爽太パパがそう言うと、碧はちらっとパパを見て、
「まあね」
と、ちょっと恥ずかしそうに下を向いた。
やっぱり。こいつはパパのまねがしたいだけなんだ。
「空君は?誰かからもらったの?」
「ううん。別に誰もくれないし、俺は凪からだけ」
空君がそう言うと、
「空はそんなにモテないよな?」
と櫂さんが、酔っぱらった顔でそう言って、空君の頭を撫でに来た。
「モテるだろ?空もモテるって。でも、凪と付き合っているってみんな知ってるから、遠慮してるんじゃないの?」
「へえ、そうなんだ」
碧の言葉に、酔っぱらった顔の櫂さんが相槌を打った。
「いや。俺、今までそういうたぐいのもの、もらったことないし。チョコも」
「まじで?」
碧がびっくりしている。
「うん。俺、人と関わることもしていなかったから」
「……そ、そうなんだ。義理チョコもなかったのか」
「義理チョコなんかいらないし、本命だって、凪からだけでいいし」
ぼそっと空君は言ってから、はっとした顔でみんなを見て顔を赤らめた。
「ふ~~~ん。凪ちゃんだけでいいなんて、空は本当に一途だなあ」
爽太パパがからかうように言うと、もっと空君は顔を赤くした。
「今度のバレンタインは、チョコあげるね?」
私は空君に近づいて、そう小声で言った。空君は、私を見ると、照れくさそうに笑い、
「うん」
と頷いた。
ぶわっと、光が出た。だって、空君が可愛いから。
「………。今、光が…」
「知ってる。自分でも見えた」
「そう。最近、見えるんだね、凪も」
「ううん。あんまりにも思い切り出ちゃうと見えちゃうみたい」
「そう…」
それから、カウントダウンをみんなでして、年が明けた。
「ハッピーニューイヤー」
ジュースやお酒で乾杯をして、今年もよろしくと言い合って、そして私たち4人は、家に帰った。
明日から、私、ママ、パパは東京のママの実家に行く。碧だけは、伊豆に残る。きっと、舞花ちゃんのおもりをする羽目になるだろう。なにしろ、まりんぶるーに杏樹お姉ちゃんは来ると、舞花ちゃんの世話を誰かに頼み、思い切りやすお兄ちゃんと、いちゃつきだすから。あの二人も本当に仲がいい。
空君はどうするのかな。まりんぶるーに顔を出すのかな。それとも、家でのんびりするのかな。
そんなことを考えると、私も伊豆に残りたくなってしまう。じゃなきゃ、空君も一緒に来たらいいのに。
ママは2月が予定日だから、もうお腹がかなり大きくなっている。だから、東京に行くかどうか、悩んだけれど、ママは両親やひまわりお姉ちゃんに会いたいからと言って、東京に行くことにした。
私も江ノ島にいた頃の友達に会う予定だ。とはいえ、友達は少なかったから、ほんの一握りの人にだけだ。
パパはというと、たくさんの友達に会う予定があるらしい。本当にパパは友達が多い。私が知っているだけでも、桐お兄ちゃん、基樹お兄ちゃん、葉一お兄ちゃん、それから籐也さん。
あ、葉一お兄ちゃんの奥さんは、パパの妹になるわけだから、私のおばさんになるんだよね。菜摘お姉ちゃんと私は、血がつながっていることになる。
家に帰り、部屋に行ってから、私はすぐに空君にメールした。空君からもすぐに返事が来た。
>東京まで幽体離脱して、飛んでいくから。
空君からそんなメールが来た。
>ほんと?じゃあ、離れていても会えるんだね、空君の魂に。
>うん。凪も俺のこと思ってね。そうしたら光飛んでくるかもしれないし。
>うん!いっつも空君のこと思ってるね。
そんなメールをし合ってから、私はベッドに横になった。そうしていつの間にか寝てしまっていた。
夢の中、ふわふわ空君のオーラを感じた。翌日、メールで聞いたら、私が寝ている横に意識飛ばして来ていたらしい。
今日から3日間、私は東京に行く。4日には帰るけど、3日だけの遠距離恋愛だ。
なんちゃって。でも、予行練習にはなるかな。
遠く離れていても、空君は意識を飛ばしてきてくれる。私は空君を光で包み込む。
どこにいても、空君を感じていられたら、きっと寂しくないよね?それを実行してみる時が来た。
空君、東京まで幽体離脱して飛んでこれるのかな。あ、でも、ハワイからだって飛んできたし。
だけど、あの時、空君、意識不明状態になって大変になっちゃったんだよね。今回は大丈夫かな。
ほんのちょっと心配になってきた。でも、でもでも。空君の意識ですら、光で包み込んでみたい。
期待と不安が混じりあう中、私は東京に向けてママとパパと出発した。




