第108話 距離があっても
碧と黒谷さんは付き合いだした。とはいえ、碧は受験生だし、デートは受かるまでしないと碧は言っていた。
「そんな、付き合いだしたのにほっておいてもいいの?」
気になってそう碧に聞くと、
「うん。週一回、勉強教えに来てくれるのは続けるって言うから」
と碧は思い切り嬉しそうにそう言った。
なるほど。我が家でデートをするわけか。
「それ、碧の部屋で?」
「うん。だって、リビングには凪いるじゃん。勉強はかどらないし」
「今までもダイニングでしていたでしょ?」
「いいだろ~~~。週一回くらい、二人きりで会ったって」
こいつ。部屋に連れ込んで何をする気なんだ。
「部屋に連れ込んで、変なことしちゃだめだよ、碧」
うわ。ママがはっきりと言っちゃったよ。
「し、しねえよ。父さんじゃないんだし、そんなに早くに俺、手、出さないって」
碧がそう顔を赤くしながら言い返した。
今のは、ママ、傷ついたかも。それか、怒ったかも。
「聖君、手、早かったわけじゃないよ。ずうっと、大事にしてくれてたし。部屋に入っても、そんな、変なことしてこなかったよ」
「だ、だったら、俺もだよ。ちゃんと大事に思っているんだから、そんなに早くに手なんて出さないよ。第一、あの黒谷先輩だよ?手なんて出せるわけないじゃん」
「…あの黒谷先輩って?」
私は、どういうつもりで碧が言ったのかがわからず、そう聞いてみた。
「先輩、話しているだけでも赤くなるし、俺が近寄るだけで固まるし、たまに避けるっていうか、距離置かれるし、とてもじゃないけど、手なんて出したら、俺、嫌われそうだからさ」
わあ。可愛いことを碧が言ってる。
「碧ってば、可愛いんだね」
あ、あれ?私も抱きしめたくなったけど、碧をママがハグしてしまった。
「か、母さん、やめて。俺、もう子供じゃないんだから」
そう言いながらも、碧は抵抗しないでいる。
「それより、俺、風呂入ってくるから!飯の支度、よろしく」
碧は、ちょっと悪ぶってそう言うと、赤くなりながら2階に着替えを取りに行った。
「手伝うね」
私はママと一緒にキッチンに入った。今日は水曜日。空君は、春香さんと櫂さんが仕事が休みなので、家でご飯を食べる日だ。
だから、学校帰り、私の家の前で「また明日」と言って別れた。昨日は家に寄って行ってくれた。でも、やっぱりほとんどパパと話してばかりで、星の話を二人で夢中でしていた。
天文学部は、文化祭のあと、一気に部員数が増え、1年の女子が4人、2年の女子が2人、それから、天文学オタクらしい1年の男子が一人と、女子部員狙いらしい1年の男子が2人入ってきた。
1年の女子はもろ、空君狙いだっていうのがわかった。私ははっきり言って入部を断りたかった。でも、空君が簡単に許してしまった。
まあ、断る理由が「空君狙いだからダメ」っていうのも、なんだと思うけど、あんなに簡単に空君が入部を許すとは思わなかったなあ。
そして、2年の女子はプラネタリウムをやけに気に入った、ファンタジー好きな子と、SF好きな変わった女の子だ。
それから、天文学オタクは、入部してすぐに空君と話が合い、マニアックすぎる話をいつも二人でしている。
女の子狙いの男子二人は、空君狙いで入ってきた可愛らしい子、水原さんを狙って入部したらしい。おとなしそうな純情そうな子だ。空君と話す時は、顔を真っ赤にさせる。
「どう?天文学部、人増えてから」
じゃがいもの皮を剥きながら、ママが聞いてきた。
「うん。集まるとけっこう賑やか」
「そうなんだ。空君は?星の説明、ちゃんとしているの?」
「してるよ。みんな、興味津々で聞いてるの。空君、上手なんだよ、説明の仕方」
「へえ、そうなの~~?」
「週一回は視聴覚室を借りて、星に関するDVDを観るの。あと一回は部室で空君の星の説明。ひと月に一回は、星の観察をしようって言ってるんだけど、もう寒いし、春にならないとしないかもなあ」
「凪、楽しそうだね」
「うん!空君が楽しんでいるから、私も楽しい」
「そうなんだ。良かったね」
「うん。でも、ライバルが増えたのがちょっと心配」
「そんなの、大丈夫だよ。空君は凪一筋じゃない」
ママに言われて、顔が熱くなった。
「あ…」
「え?」
「動いた」
「赤ちゃん?」
「最近、よく動くんだ」
「触っていい?」
ママのお腹は随分と大きくなった。触ると、なんとなく赤ちゃんが動いているのがわかる。
「女の子かなあ、男の子かなあ」
「さあ?先生に聞いていないからわからないけど」
「元気そうだね。よく動いてて」
「凪も碧も元気だったよ。だけど、よくお腹を蹴っ飛ばしていたのは碧かな」
「え~~。お腹の中で暴れていたの~~?」
「ふふ。男の子だとお腹でもやんちゃなのかな?もしかして」
「じゃあ、この子は?」
私はママのお腹に口を当て、
「女の子ですか?男の子ですか?」
と聞いてみた。お腹が動いたのはわかったけど、どっちだかはわからない。
「どっちでもいいよ。生まれてからのお楽しみでも。ね?」
ママがそう言って、優しくお腹をさすった。
「うん、そうだね」
私たちはまた、料理を再開した。
私は空君が我が家でご飯を食べるようになり、前より熱心にママの手伝いをするようになった。それを空君が美味しそうに食べてくれると、とっても嬉しかった。
パパや碧も空君がいると、前以上に話しまくるし、空君が我が家に来た日は、本当に賑やかだった。
そこに黒谷さんも加わると、さらに賑やかになる。黒谷さんも我が家にすっかり溶け込み、パパの冗談によく声を上げて笑うようになっていた。
家ではあまり笑うこともないらしい。おばあさんも部屋にいることが多く、お母さんも残業で遅い日が多いらしいし。それに、リビングで一人でテレビを見ていると、勝手に消えたり、ラップ音がしたり、かなり怖い思いをするらしいし。
「もう、うちに住んじゃえば?うちにいたら、幽霊見えなくてすむじゃん」
碧がそんなことを、昨日黒谷さんが来た時に、唐突に食事中に言い出した。もちろん、黒谷さんは真っ赤になり、何も答えることもできない状態だった。
「いいね、でも、そうしたら、お母さんが寂しがっちゃうよ。きっと、文江ちゃんのために一生懸命働いているんだろうしさ」
パパの一言で、碧は黙り込んだ。
「ちょくちょく、うちに遊びにきたら?ね?文江ちゃん」
ママが優しくそう言った。すると、黒谷さんは、
「ありがとうございます。でも、碧君の勉強の邪魔になっちゃうから、週一回だけ来ることにします」
と、ほんのり顔を赤らめてそう答えた。
「碧、頑張って勉強して、絶対に受からないとな?」
パパがそう言うと、碧は小さな声で、
「おう」
と答えた。なぜ、大きな声で堂々と答えられなかったのかは、自信の無さの表れかな。この前の模試の結果、あまりよくなかったみたいだしな。
「じゃあ、私はこれで」
「うん。送ってくね、文江ちゃん。ほら、碧も来るんだろ?」
「あ、うん」
ちょっと暗くなった碧の背中をぼんとたたき、パパは二人を引き連れ、ダイニングを出て行った。
「大丈夫かな、碧」
「受験?大丈夫じゃないかな。まだ、3か月はあるんだし」
「3か月もないよ」
「きっと頑張るだろ。黒谷さんと同じ高校、まじで行きたいみたいだしね」
リビングに私と空君は残り、そんな話をした。ママもそこにはいて、編み物をしていた。
ママは私たちが二人になるようにと気を使ったりしなくなった。まるで、我が子がいる横で、ゆったりと編み物をしているかのように振る舞い、空君もママに気を使うことなく、リビングでまったりとしている。
それはまるで、まりんぶるーのリビングでおばあちゃんを交えて、のんびりとしている時のようだった。空君にとって、ママも癒される存在なんだそうだ。
「今度、いつまりんぶるーに行く?空君」
「う~ん。週末には行こうかな。ばあちゃん、俺の話、楽しみに待っていると思うし」
空君は、時々おばあちゃんにも星の話を聞かせてあげていた。おばあちゃんはいつも、嬉しそうに話を聞いていた。
そんなこんなで、私はしょっちゅう、空君と一緒にいる。それはとっても嬉しいことだ。でも、やっぱり二人きりになることはなかった。それだけは、空君は避けているようだ。
水曜、空君と一緒にいられない夜。夕飯を終え、私はさっさと自分の部屋に行き、空君にメールした。
>明日の部活、なんの話をするの?
今のところ、月、木で部活をしている。
>今、考え中。
空君からすぐにメールが来た。
>空君、あんまりモテないでね。
そう送ってみた。空君からまたすぐに返事が来て、
>俺、モテてないよ。それに、他の子興味ないし、安心して。
と書いてあった。
キュキュン!空君、大好き!心でそう叫び、メールにも、
>空君、また明日ね。大好きだからね。
と送った。すると、
>あはは!すげ~~。距離あっても、凪の光が飛んできたよ。メールより早くに飛んできた!
と空君がすぐに返事をくれた。
そうか。心の中で思い切り叫んだからかもしれない。
どこに空君がいても、光が空君に届くのかな。それって、すごいな。
ふわわ。なぜか空君の気配を感じた。それから、空君の優しいオーラも。
隣を見てみた。もちろん、空君がいるわけもない。でも、しばらく空君のオーラを感じ、幸せに浸った。
>凪!俺が見えた?
それからちょっとして、そんなメールが届いた。
>いつ?なんのこと?
よくわからなくて、そう返すと、
>ちょっと前に、幽体離脱してみた。凪の隣に意識飛ばしたんだ。凪、俺のほうを見たよ。
とものすごいメールが返ってきた。
>え?幽体離脱、自分でコントロールできるの?
>うん。練習したんだ。はじめは、自分の体からちょっと抜けるところから初めて、だんだんと距離を伸ばしていって。今日初めて凪の家まで飛ばしてみた。すぐに飛んで行けたよ。
うわ~~。知らなかった、そんなことを挑戦していたなんて。
>空君のオーラ感じたよ。あったかくって優しいオーラ。それで、隣を見たの。その時、本当に空君の魂、来ていたんだね。
>風呂入っている時とかは、行かないから安心してね、凪。
空君からのメールにまた、私は驚いた。そうか。そんなこともしようと思えばできちゃうのか。
>うん。絶対にダメだからね。
そう返すと、空君からすぐにまた、
>約束する。
と返信が来た。
可愛いなあ、空君は。小学校の頃の可愛い空君とまったく変わっていない気がする。
ほわわん。そんな可愛い空君が私は大好きなんだよね。それはもう、もの心ついた頃からずっとそう。ううん、覚えていないだけで、赤ちゃんの頃からそうだったのかもしれないな。
その日、11時半、目覚ましをかけ電気を消して、ベッドに横になった。そして、うとうとし始めた頃、また空君の気配を感じた。
どこかな?ベッドの横あたりからほんわりと空君のオーラを感じる。
「空君?」
私はなんとなく、ベッドの脇を見てみた。すると、ぼんやりとしたシルエットだけ見えた。
「空君?」
ふわ~~~。あったかい、空君のオーラ。やっぱり、空君なんだ。
ほわわん。癒されながら、私はすぐに眠りについた。
そして翌朝、家を出ると、空君が家の前で待っていた。
「おはよ、凪!」
なんか、すっごく元気だ、空君。
「おはよう。いつも、後ろから自転車で追いつくのに、今日はどうしたの?」
「いてもたっても、いられなくって、とっとと家を出てきちゃったんだ」
「どうして?」
「凪、気が付いてたよね?俺のこと見えてた?」
「昨日の夜?寝る時でしょ?」
「うん。ごめん、もしかして寝ていたのに起こしたかな」
「ううん。うとうととしていたけど…。でも、わかったよ。空君がいるって」
「すげ~~~!」
なんか、すっごく嬉しそうだな、空君。それから空君は自転車にまたがり、ルンルンした顔で一緒に走り出した。
「俺、どこにいても、凪の光を感じられるかもしれないし、凪のところに、俺の意識飛ばせるかもしれないよね?!」
「でも、ハワイの時みたいに、意識不明になったりしない?」
「うん。大丈夫だよ。まあ、確かに、魂抜けてる時の俺、どうやら寝ちゃってるみたいになっているようだけど、体に戻っても、たいした支障もないし。っていうか、このとおり、すげえ元気だし」
だよね。いつものテンションより高いもん。頬も高揚してて、顔色もいい。
「凪の光が来ると、癒されるけど、意識だけ飛ばしても、凪の近くに行くとすげえ癒されるんだよね」
「そうなの?」
「うん!」
「でも、私も空君が来ると、癒されて、それですぐに寝ちゃった」
「…ごめん、凪」
「え?」
「凪の寝顔、しばらく見ちゃった」
「え?!」
「なんか、あどけなくて、子供の頃のままだなって、そう思いながら」
わあ。ちょっと恥ずかしいな。
「あ、でも、体ないわけだし、襲ったりできないから安心して、凪」
「そんなこと、心配もしてないよ」
「あ、そう?それって、あれかな。やっぱり、俺のこと男としてみていないってこと?」
「そうじゃなくって。そういうんじゃなくって」
そこ、空君、やたらとこだわるよね。
「俺のほうが年下だからかな。でも、ひと月しか違わないのに、一個学年が下になっちゃって、損した気分だな」
「え?」
「……」
なんか、空君、拗ねてる?あ、いじけてるのかな。
「多分、空君が年上でもなんでも、可愛いって思っているかも」
「可愛い?」
「うん。可愛い」
「……それ、喜んでいいんだか、どうなんだか。俺ってやっぱり、頼りない?」
「ううん。空君がいると、とっても安心できるし、私、思い切りいつも空君に甘えていると思う。そう思わない?思うよね?」
「凪が俺に?甘えてるっけ」
「甘えてるよ。空君の優しいオーラ感じると、すごく落ち着くの。幸せな気持ちになれちゃうから、つい空君にひっついていたくなるの」
「……それ、やっぱり、男として見ていないから危機感感じないとか?」
また、振り出しに戻った~。
「そんなに空君は男として見てほしいの?」
「え?いや。そういうわけじゃ。でも、恋の対象になっているのかなって最近ちょっと…」
あれ?前は立場が逆だった気が…。
「ちゃんと空君に恋してるよ。もう、ずうっと前から」
「………」
あ、空君、照れてる。
「そういうところが可愛い」
「え?」
「照れちゃうところが可愛い」
そう言うと、空君はふっと顔をそむけた。あ、照れてる顔を見せないようにしているんだな。そんなところも可愛いのになあ。
ふわふわふわ。あ、私、今きっと空君を光で包んじゃってる。
ちらっと空君がこっちを見た。そして、はにかんだ。
今日はちょっと肌寒い。でも、空は真っ青。そして海はキラキラと太陽の日差しを反射して輝いている。
そんな中、耳や鼻を赤くさせながら自転車をこいでいる私と空君。
ああ、幸せだなあ~~~。肌寒い風すら気持ちよく感じちゃう。
「凪」
「え?」
「いつか、凪と遠恋しないとならないじゃん。凪が先に卒業しちゃうからさ」
「うん」
「でも、離れてても俺、凪のところに意識飛ばすからね。そうだな。それまでに俺の魂が見れるようになって、話せるようになるまで、訓練でもしようよ」
「訓練?訓練したら見えるようになるものなの?」
「わかんないけど、俺も意識的に幽体離脱して、凪のところに飛べるように訓練したんだ。だから、凪もできるようになるかもよ」
「空君の魂との会話?」
「うん。そうしたら、遠く離れてても寂しくないよね?」
そんなことしないでも、電話もスカイプもあるのになあ。なんて、わくわくしている空君に今、言えないよなあ。
「わかった。やってみるね」
「うん!」
空君は嬉しそうに頷いた。幽体離脱ができるようになって、空君、そんなに嬉しいのかな。
でも、私もやっぱり嬉しいかも。だって、空君の気配も、空君のオーラも感じられるのは嬉しいことだよね。
そっか。やっぱり電話やスカイプとは違うね。直に空君のオーラ感じられるんだもんね。
「いいね。いつも、空君を近くに感じていられるようになるんだね」
「うん。俺も、凪に会いたい時、すぐに意識飛ばせるって、すごく嬉しい」
「卒業まで1年以上あるし、魂の空君とも会話できるようになっちゃうかも。だって、黒谷さんだってできたんだもんね」
「会話は無理だったけど」
「でも、意思疎通はできたでしょ?」
「そうだね」
「会話できなくても、ハグできたらそれだけでもいいなあ」
ほわんと、そんなことを言いながら、幸せな気持ちに浸っている横で、空君はなぜか顔を赤くした。
駅に着いた。自転車を自転車置き場に停めた。でも、まだ空君は顔が赤かった。
いったい、何を想像しちゃったのかな。私の顔も見れないみたいだ。
「空君?どうしたの?」
「な、なんでもない」
慌てながら空君は、定期をかざして改札を通って行った。
最近の空君は、時々意味不明。突然赤くなったり、顔をそむけたりすることがあるけど、なんでかなあ。
だけど、真っ赤な空君も、照れてる空君も、私はただただ、可愛いなって思っていた。




