第107話 打ち上げパーティ
文化祭の後夜祭。体育館で軽音部がライブをして盛り上がった。もし、碧が軽音に入ったら、ライブに出るのかな。碧もカラオケに行くと盛り上がるし、上手だし、パパみたいにモテまくることになったりして。
でも、弟がモテまくるってなんだか複雑。彼氏がモテまくるよりはいいけど。
天文学部は片づけをしていて、ライブは後半にちょっとだけ顔をだし、私と空君、そして黒谷さんは静かに一番後ろから見ていた。他のみんなはのりまくっている。あの鉄までが。
「二日間、お疲れ様」
空君が私と黒谷さんにそう言った。
「なんか、打ち上げでもする?」
私がそう聞くと、空君はちょっと眉をひそめた。あ、嫌なのかな、そういうのをするのは。
「今度の部活で、ジュースとお菓子で打ち上げ程度ならいいかな。でも、どこかの店に行ってまで、そういうのをするのは、苦手だから」
「そうだよね。あ、でも、まりんぶるーだったらよくない?」
私がそう提案すると、黒谷さんが目を輝かせた。
「まりんぶるーで?」
「うん、碧も呼んで」
そう私が言うと、何やらぴんときた空君が、
「うん、それならいいよ」
とにっこりと微笑んだ。
「明日休みだし、夕方打ち上げってどうかな」
「そうだね。あんまり遅くなると帰りが大変だしね」
ライブが終わり、みんなに提案すると、みんな喜んで承諾した。
「じゃあ、私、くるみママに聞いてみる。時間決まったらメール送るね」
「はい!」
1年生のみんなは大喜びだ。黒谷さんも嬉しそうだ。
千鶴は、
「夜、6時からシフト入っているから、それまでなら出れるよ。あ、そうだ。ノブ君も明日シフト入っているから、迎えに来てもらって一緒にお店行こうっと」
と言って、にんまりした。
「誰、そのノブって」
鉄が聞いた。
「小河さんだよ。小河伸宏っていうの。ノブ君って呼んでるんだ」
千鶴は嬉しそうにそう答えた。
千鶴って、最近、女らしい表情をする。肌も綺麗になって、すっかり艶っぽくなった。大人の女性になっていくのかな。経験すると。
私はきっと、まだまだお子ちゃまなんだろうなあ。
「鉄も来るよね?」
私が聞くと、
「ああ、特に用事もないから行ってやる」
と偉そうに答えた。
その日の帰り道、空君はやけに浮かれていた。
「楽しかったね、凪」
「うん」
「俺、学校ってあまり好きじゃなかったけど、天文学部に入ってから楽しくなってきたよ」
「ほんと?良かった」
「凪のおかげだよね」
「ううん。空君が、好きなことを見つけたんだよ」
「ああ、海以外にね」
「……なんだか、私、嬉しいな」
「え?」
「空君、最近輝いているし」
「俺?」
「楽しいからなんだね」
「うん。多分そうかも。でも、俺、輝いてんの?」
「うん。キラキラしてるもん、空君の目」
「そう?」
あ、空君、今照れてる!可愛い!
「凪って、そんな俺のこと、好き?」
「大好き!」
そう言うと空君はもっと照れくさそうに笑って、
「あはは。今、すごい光出たね」
と言ってきた。
「うん、今のは自分でもわかった」
「俺も、凪のこと、大好きだな」
空君は小さな声でそう言うと、前を向いて黙々と自転車をこいだ。
わあ。嬉しいな。大好きって言ってもらえるのはとっても嬉しい。
「今度のは、あったかい優しい光だね」
「え?」
「俺、一気に包まれた」
空君がはにかみながらそう言った。
翌日、まりんぶるーは4時から6時まで貸切になった。2時間の打ち上げパーティだ。
千鶴は5時半に小河さんが迎えに来て、早めに帰ることになったが、他のメンバーはみんな、6時まで大丈夫と張り切っていた。
碧は月曜、塾のない日。学校から直でまりんぶるーに行くと朝、張り切って出かけて行った。
私と空君は、準備の手伝いに早めにまりんぶるーに行った。春香さんは私たちのためにケーキを焼いてくれ、くるみママとママがパーティ用にお料理を作ってくれた。
パーティ好きの家族だから、急のパーティでもすんなり受け入れてくれるし、用意もしてくれるのがありがたい。そのうえ、
「女子高校生が来るなんて楽しみだなあ」
とおじいちゃんは喜んでいる。
そして4時、みんながお店に集まり、碧も中学校から駆けつけ、打ち上げパーティは始まった。
「まりんぶるーって素敵なお店ですね」
「お料理、どれも美味しい」
広香さんたちは、すっかりまりんぶるーを気に入ったようだ。
「ケーキも持ってきたわよ。食べてね」
春香さんがテーブルにホールケーキをカットして、持ってきた。
「わあ!美味しそう」
「このケーキは、空君のお母さんが作ったものなんです。そうだよね?空君」
黒谷さんが目を輝かせ、空君に聞いた。
「え?うん」
空君の返事は、どこか上の空だったけど。
「じゃあ、空君のお母さんって…」
サチさんが春香さんを見た。
「うちの息子がいつもお世話になっちゃって」
春香さんはそう言って、空君の頭を撫でた。
「母さん、やめて。髪乱れる」
そう照れくさそうに空君は言った。
「空君、お母さん似だ!」
「本当だ!」
久恵さんと広香さんがそう叫び、サチさんも二人を見比べていた。
「飲み物はコーヒーと紅茶、どっちがいい?」
ママがキッチンから顔を出して聞いてきた。
「あ!もしや、榎本先輩のお母さんですか?」
「うん。いつもうちの娘がお世話になってます」
「わ~~~。榎本先輩そっくり!若いし可愛いお母さんなんだ」
広香さんがまた叫んだ。
さっきからずっとこの3人は、盛り上がっている。それとは対照的に鉄はやけに静かだ。
千鶴は、黒谷さんと話をしていて、碧はというと、空君とこそこそと何かを話している。耳をそばだてて聞いてみると、
「やっぱ、今日しかないよな」
とか、
「他のやつに取られるの嫌だし」
とか、碧が言っている。
あ!告白?まさか、今日するの?!うわ。こっちがドキドキしてきた。
空君はというと、とっても冷静に碧の話を聞いている。
5時半になり、小河さんが千鶴を迎えに来た。千鶴は嬉しそうに小河さんとお店を出て行った。
あ。小河さん、千鶴の腰に腕回している。
空君と私とは全然違う。千鶴もべったりと小河さんに寄り添っている。
6時、パーティは終わり、碧はそわそわしだした。
「広香、迎えに来たわよ」
6時を回った頃、広香さんのお母さんが車で迎えに来て、サチさんと久恵さんもその車で帰って行った。
「文江ちゃんは?」
ママがテーブルの上を片付けながら、黒谷さんに聞いた。
「母が仕事帰りに迎えに来てくれるんですけど、仕事、残業になっているのかもしれないです」
「忙しい職場なの?」
「はい…」
碧、今だ。今しかない。行け!迎えに来たらすぐに帰っちゃうよ。
「黒谷先輩。ちょっといい?」
私や空君の視線を感じたのか、碧はごくりと唾を飲み込んでから黒谷さんに声をかけた。
「え?」
「あ、お母さんが迎えに来るまで、外でちょっと話してもいい?」
「うん」
黒谷さんは、碧にそんなことを言われ、赤くなりながら碧のあとに続いてお店の外へと出て行った。
「い、いよいよだね、空君」
私は空君のすぐ隣に行って、窓から外を見た。
「碧、ちゃんと告白できるかな」
「え?碧、文江ちゃんに告白するの?」
ママが私の真後ろから聞いてきた。
「ママ、いたの?」
「うん。碧の様子がおかしかったから、気になって。告白するの?」
「うん。そうみたい」
「わあ。素敵」
ママ、喜んでる。碧に彼女ができた時には、ショック受けていたのに。
「なになに?碧がなんかしてるのか?」
今度は爽太パパだ。そこに春香さん、くるみママまでやってきて、みんなで窓の外を覗いた。
「みんなで見ていること碧が知ったら、怒るよ、きっと」
空君がぼそっとそう言うと、
「え?あ、そうね。覗き見はよくないわよね」
と春香さんは苦笑いをして、ママやくるみママとキッチンに戻って行った。
でも、爽太パパはまだ見ている。
「爽太パパもやめよう。私と空君も見るのやめるから」
「そうか~~?碧がどんな顔で告白するのか見たかったのになあ」
もう。悪趣味。ここにパパもいたら、きっと爽太パパと一緒に覗いているかもなあ。
爽太パパと私と空君はテーブルに着いた。
「空たちは、どっちが告白したんだい?」
突然、爽太パパが聞いてきた。
「え?そ、そんなの、爽太さんに教えないよ」
空君が赤くなってそう言った。
「なんだ~。まあ、空たちの場合は、小っちゃい頃から仲いいし、年中凪ちゃんは、空君が好きって言っていたし、今さらか~~」
爽太パパがそう言うと、空君はもっと赤くなってしまった。
可愛い!きゅきゅん!
「仲良かったもんなあ。伊豆に来ると凪ちゃんは、絶対に空の家に行っちゃって、空とずっと一緒にいて、風呂に入るのも寝るのも一緒で、聖がいつもやきもちやいて、大変だった。なんだか、昨日のことのようだよなあ」
「そうね~~。私も覚えているわ。ほんと、仲良かったわよねえ」
いつの間にか、キッチンからやってきた春香さんがそう言って、懐かしそうに宙を眺めた。
「春香、凪ちゃんが来るの楽しみにしていたよね。凪ちゃんがいると、空が夜泣きしなくなるし、熱も出さなくなるって言って」
「そうなのよ。ほんと言うと、ずうっと凪ちゃんにいてほしかったわ。ほんと、凪ちゃんがいると楽できたんだもの」
「母さん」
空君が顔を赤くさせたまま、怒ったような声を出した。
「いつもぐずっていた空が、凪ちゃんがいると機嫌よかったのよ。夜もよく寝てくれたし。なんだったのかしらねえ」
「今もだろ?な?空。凪ちゃんがいると、空、穏やかだし、機嫌いいもんなあ」
「あ、そういえばそうね!」
「もう、母さんも爽太さんも、俺のことはいいだろ?それより、碧…」
と空君が言い出した時に、まりんぶるーの店の前に車が止まった音が聞こえてきた。
「あ、黒谷さんのお母さん、迎えに来たんだ」
私が席を立つと、爽太パパも空君も立ち上がった。それから、春香さんも交え、お店の外まで黒谷さんのお母さんに会いに出て行った。
「娘がいつもお世話になって、すみません」
車から出てきた黒谷さんのお母さんは、痩せていて、かなり白髪も目立っていた。仕事も忙しいようだし、ちょっと疲れが顔に出ちゃっているって感じだ。
「いいえ。わざわざ来てもらってすみません。お仕事忙しいんですよね」
爽太パパがそう言うと、黒谷さんのお母さんは俯きながら、
「はい。だから、なかなか文江の面倒も見れなくて」
と元気のない声でそう答えた。
「榎本さんのお父様ですか?いつも家にまでお邪魔しているようで、すみません」
「え?いいえ。僕は凪ちゃんの祖父です。凪ちゃんの父親は仕事で今日は来ていませんよ」
「え?おじいさま?」
黒谷さんのお母さんは、相当驚いたのか、顔をあげて爽太パパの顔をじっと見た。
「はい」
「まあ、お若いんですね」
「ええ、まあ」
爽太パパは苦笑いをした。
「じゃ、じゃあね、黒谷先輩」
碧が真っ赤になりながら、黒谷さんにそう言った。黒谷さんも耳から首まで真っ赤だ。こりゃ、どうやら告白されたようだな。
コクンと黙って頷くと黒谷さんは助手席に乗り込んだ。
「気を付けて」
爽太パパと春香さんが元気にそう言うと、車は発進した。
「碧…、どうだった?」
空君がそっと碧に聞いているのが聞こえた。それは、爽太パパと春香さんにも聞こえたようだ。二人は車が見えなくなっても、まだ車のほうを見ながら、どうやら碧の言う言葉に耳を傾けているようだった。
「ばっちし!」
碧はそれだけ言って、意気揚々とお店に入って行った。
「ばっちし?ってことは、OKをもらったってことか?」
「そうよね、そういうことよね?凪ちゃん」
「うん。どうなのかな、どう思う?空君」
「碧、すごく嬉しそうな顔をしていたから、そうなんじゃないかな」
「ひゃあ。なんだか、青春って感じでいいなあ」
春香さんがちょっと跳ねながら、お店に入って行った。その後ろで爽太パパが、
「ああ、昔を思い出すなあ。俺もくるみに頑張って告白したっけね」
と遠い目をしながら、お店に入って行った。
「空君、なんだかこっちがドキドキしちゃったね」
「うん」
「碧、本気で黒谷さんのこと、好きなんだよね?」
「多分。いや、相当まじかもね」
「え?なんでわかるの?」
「……。なんでって、その…。まあ、いろいろと話を聞いているから」
「どんな?」
「凪には内緒だよ。言わないでって碧にも頼まれているし。男同士の秘密かな」
「あ、じゃあ、空君も私のことで碧に何か、相談したりしているの?」
「いや。してない」
「そうなの?」
「言えないでしょ、ふつう。好きな子の弟に、恋の相談なんてさ」
そう言って空君は顔を赤らめた。
「そっか」
私は空君の腕にひっついた。あ、あったかい、可愛いオーラだ。
「凪って、そんなに伊豆に来ると、俺と一緒にいたのかな」
「うん。さすがに赤ちゃんの頃の記憶はないけど、物心ついた頃から、私、ずうっと空君が好きだもん。江ノ島にいたって、空君が好きだったし。いつか、伊豆に引っ越すんだってパパに言われていたけど、楽しみにしていたし」
「まじで?」
「うん。小学校の高学年の時、バレンタインに私は誰にもチョコをあげなかったの。周りの子に、好きな子いないの?って聞かれても、私、伊豆にいるからあげられないのって答えていたもん」
「ま、まじで?!」
「うん」
なんで、びっくりしているのかな。
「そ、そうなんだ。あ、なんか、嬉しい」
ほんわりと空君のほっぺが赤くなった。
「私、空君だけだもん」
そう言って、空君の腕に思い切りしがみついた。すると、空君のほっぺはもっと赤くなった。
「やっべ~~。嬉しいかも。じゃ、来年はあれかな」
「え?」
「チョコ…、もらえるかな」
「うん!ちゃんと手作りのをあげるね?あ、でも、春香さんほど上手には作れないよ、きっと」
「いい。凪からのチョコなら、なんだっていい。すごく嬉しい」
空君は鼻の頭を掻きながらそう言った。
可愛い!きゅわん!
「な、凪。抱き着くのは無しだってば」
あ、思わず、思い切り空君を抱きしめてた。
「ごめん」
空君の体から離れると、空君が手を繋いできた。
「その辺、ぶらっと散歩しよう、凪」
「うん!」
手を繋ぎながら、私たちはぶらぶらと海を見に行った。
あ~~。今日も幸せだ。




