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第106話 二人きりの教室

 文化祭2日目。碧は塾の模試があり、今日は行けないと昨日言っていた。

 今日は千鶴の彼氏が来るらしい。千鶴は朝から張り切っていた。


 でも、峰岸先輩も今日は見に来るようなことを言っていたから、鉢合わせになったりしないかなあ。だけど、ちゃんと千鶴に彼氏がいることを知ったほうが諦めもつくってものかしら。


「せ・ん・ぱ・い」

 朝、受付の準備をしていると、サチさん、広香さん、久恵さんが3人そろってにやにやしながらやってきた。

「おはよう、今日もよろしくね」

 そう言うと、3人はますますにやつきながら、

「碧君って、黒谷さんが好きなんですか?」

と唐突に聞いてきた。


「え?」

 もしや、サチさん、二人にもばらしたな。

「どうかな~~」

 私はすっとぼけてみた。


「女の勘で私、わかったんです。だから、天文学部に入ること、昨日碧君に言ってみたんだけど。よけいなことしちゃったかな」

「…でも、碧も入ってもいいようなこと言ってたし、大丈夫だと思うよ」

 まだ私はすっとぼけていた。


「黒谷さんも、まんざらじゃなさそうだった。顔、ずっと赤くしていたし」

「でも、黒谷さんって空君が好きなんじゃないの?」

「違う、違う」

 私はあわてて否定した。


「え?違うんですか?私、てっきりそうかと」

 広香さんがそう言うと、他の二人も頷いた。

「ううん。空君は霊が見えちゃうから、話がしやすかっただけみたいだよ」

 私がそう言うと、

「じゃ、碧君のことを黒谷さんも好きになる可能性大かもってことですよね?きゃ~~」

とサチさんがはしゃぎだした。

 

 なんで、はしゃいだんだ?

「くっつけちゃおうね」

 へ?

「どうやって?」


「わかんないけど。とにかく応援したいよね」

 サチさんと広香さんがそんなことを言っている。すると、

「榎本先輩も、弟さんの恋、応援したいですよね」

と久恵さんまで言い出した。


 なんだ。なんなんだ。この3人は。

「黒谷さんも、碧君みたいな人がそばにいたら、きっと大丈夫だと思うんです。霊も寄ってこないって言うし」

「え?」

「ただ、碧君って、モテキャラでしょ?また女子から黒谷さん、いじめられないかってそれが心配で」

 は?


「私たちで守っていかないとね」

 久恵さんがそう言った。

「うん。二人の応援もしようね」

 サチさんが声を大にした。


「なんか、黒谷さんには幸せになってほしいし」

 広香さんがそう言うと、サチさんと久恵さんも頷いた。

「え?なんで?」

 私がびっくりして聞くと、

「先輩はそう思わないんですか?」

と逆に聞かれてしまった。


「思う。なぜか、黒谷さんのことが気にかかってて。私が卒業したら守ってあげられないし、どうしようって思っていたし」

 私は正直にそう3人に言った。

「ですよね?でも、私たちがいるから大丈夫ですよ。それに碧君だっているんだし」


「そ、そう?」

 この3人、黒谷さんをいじめる側だったのに、何が起こっているんだ?

「黒谷さんって、今までずっとだんまりで話したこともなかったからわからなかったんですけど、話してみると、可愛らしいっていうか、なんていうのかな。案外憎まれキャラじゃなくって、守ってあげたくなるキャラなんですよね」


 サチさんが突然、そんなことを言い出した。あ、私がきょとんとしているのがわかったのかな。

「そうそう。男じゃなくても、守ってあげたいって思わせキャラだよね」

 広香さんもそう言いだした。


「なんかこう、正義感っていうか、母性本能、いや、父性本能を感じさせるキャラっていうか、そんな感じ」 

と、わけのわかんないことを言ったのは久恵さんだった。

「は?父性?」

「ちょっと弱々しい感じあるじゃないですか。そういう弱いところに霊が寄ってこようとしちゃうのかもしれないですよね」


「ああ、そうかもね」

「で、ああいう弱々しいところを、いじめる側はいじめたくなったりするんですけど、でも、根はいい子だし、私たち、守る側になりたくなっちゃったんですよね。可愛い妹みたいな感じ?」

 さっきから、いじめる側の代表にいた久恵さんがそんなことを言っているから、驚きだ。


「わあ。そうなんだ。聞いてて嬉しいな。じゃあ、これから本当に安心だね。だって、心強い3人が黒谷さんを守っていってくれるんだもん」

「はい。榎本先輩ほど、私たち頼りになれないかもしれないけど、でも、3人で守れば、きっと大丈夫ですよね」

「私ほど頼りになれないって?」


「榎本先輩、強いじゃないですか。私たちだって、榎本先輩には守ってほしいって思いますから」

「は?」

 強い?私が?


「見てると、空君のことも榎本先輩が守っているみたいだし。なんか、榎本先輩って、スーパーマンか、じゃなきゃ、悪い霊をやっつける陰陽師とか、そんな感じするし」

 いやいや。やっつけてるわけじゃないんだけど。ただ、勝手に成仏していってくれるんだってば。それに、スーパーマンって何?そんなに強くないよ、私。


 よくわからないけど、どうやら昨日空君が言っていたように、久恵さんも広香さんもすっかり毒気がなくなってしまったようだ。浄化されちゃったんだろうか。


 受付の準備をしている間に、だんだんと教室の前に列ができ、そのうち長打の列ができ始めた。今日もプラネタリウムは大反響。

「すごい反響だね」

 受付をしていると、峰岸先輩がやってきて私にこそっと耳打ちした。


「はい。峰岸先輩は並ばずにどうぞ、中に入ってください」

「え?いいの?」

「はい。関係者ってことで」

 そう言うと、峰岸先輩はこっそりと中に入って行った。


 よかった~~。午後だったら、千鶴の彼氏来ていたし、午前中に来てくれて。とほっとしていると、なんと千鶴が彼氏と仲良く廊下を歩いてこっちに向かってきてしまった。ええ?午後から来るんじゃなかったのか。


「凪、こっそり入れないかな。隅っこのほうでいいから」

 え?やばい。今、峰岸先輩も入っているよ。

「この回を見てから、お昼を食べに行こうと思ってるの。いい?」

「う、うん。端っこのほうだったらなんとか」


 千鶴は小声で「サンキュ」と言って、小河さんの腕を引っ張り中に入って行ってしまった。

 あ~~あ。知らないよ。峰岸先輩、きっとショック受けて出てくるだろうなあ。


 そして20分後、案の定肩を落とした峰岸先輩が教室から出てきて、何も言わずにとぼとぼと廊下を歩いて行ってしまった。

「凪、ありがとうね。午後はちゃんと交代しにくるから」

 千鶴は嬉しそうな顔をして、小河さんと腕まで組んで行ってしまった。


 そして午前の回が終わり、なかなか千鶴が現れず、そのまま12時を過ぎてしまった。

「空君、先にお昼に黒谷さんたちと行ってる?」

「いや、凪のこと待ってるよ」

「ごめんね」

「ううん」


 黒谷さんとサチさんは先にお昼を食べに行き、空君は私の隣に立ち、一緒に受付をしてくれた。

「空君、受付担当なの?一緒に中で見ない?」

 受付をしていると、いきなりそう言ってきた子がいた。どうやら空君と同じクラスの子らしい。


「いや。午後からは凪と一緒に回るから、無理」

「え~~。ざんね~~ん」

 すごい。舌足らずの話し方と、くねくねした仕草。


「空君、私も天文学部入っちゃおうかな。そうしたら、いろいろと空君が教えてくれるの?」

 やだ。この人には入って欲しくないかも。

「天文学部、田所さんたちもいるよ。いいの?」

「え?じゃ、まさか久恵も?」

「うん」


「そうなの?いやだ~~。じゃあ、入れない~~」

 そうまた、舌足らずの話し方で、足をくねくねしながらその子は言うと、一緒にいる男子学生と教室の中に入って行った。


 彼氏持ち?いったい、なんだったんだ。今の子は。

「誰?」

 空君に小声で聞いた。

「同じクラスの子。田所さんたちとは仲悪いんだ」


「そうなの?」

「長丘さん、クラスで怖がられてるしね」

「長丘って、久恵さん?」

「そう。長丘さんが一緒にいるから、黒谷さんもいじめられなくなったしさ」


 そんなようなこと、誰かが言ってたな。久恵、怖がられてるとかなんとか。

「それにしても、さっきの子、面白い子だったね」

「どこが?」

「話し方とか、仕草とか」


「ああいうのって、俺、苦手」

「…」

 やっぱりね。そう思ったけど。


「たまに話しかけてくる。その時、スキンシップ取ろうとしてくるから、かなり嫌だ」

「え?」

 スキンシップ?

「腕触ったりとか、背中叩いてみたりとか。他の男子は鼻伸ばして喜んでいるけど、俺は触られないよう、距離置いて話すようにしているんだ」


「スキンシップ嫌いなの?空君」

「うん。なんか、嫌じゃない?」

「私のも?」

「凪のスキンシップ?」


「…」

 間近で空君の顔をじっと見て、答えを待った。

「い、嫌なわけないよ。でも」

 空君はそう言ってから、顔を赤くして、

「ドキドキするかな」

と囁くように呟いた。

 

 可愛い!

「ストップ」

 空君が間髪入れずにそう言った。

 ああ。抱き着きたいのに~~~。でも、もうすでに廊下にはまた長い列ができているし、抱き着くわけにはいかないよね。


 5分後、走りながら千鶴がやってきた。

「ごめんね。遅くなって。小河さん送っていたら遅くなっちゃった」

「帰ったの?小河さん」

「うん。だって、いても意味ないし」


 千鶴は息を切らしながら、私と交代して受付の椅子に座った。それから手にしていたペットボトルのお茶をゴクンと飲んだ。

「凪、空君、お昼行っていいよ」

「うん。じゃあね」


 私と空君は、二人でお昼を食べに行き、それから、

「昨日一通り回っちゃったし、今日はどっかでのんびりしていようか」

と空君に言われ、私たちは私の教室に向かった。


 私のクラスは特に何もしない。教室もどこかの部に使われることもなく、しんと静まり返っていた。

「凪の机、どれ?」

 空君が聞いてきた。

「これがそう」


 私の席を指差すと、空君は私の席に座った。

「いつもここで、凪が勉強しているんだね」

「うん」


「凪がいるからかな。この教室、澄んでるね」

「え?」

「なんか、空気が澄んでる。よどんでないよ」

「そういうのわかるの?空君」


「うん。わかる」

 すごいなあ。どんどん空君、すごくなっていってるんじゃない?

「クラス、みんな仲よくない?」

「う~~~ん。仲悪くはないかな。いつも、のほほ~んとしている人が多いし」


「あはは!やっぱり」

「やっぱりって?」

「凪マジックだよ。クラスの人にも影響出てるんだね」

「それ、いい影響かな」


「いいんじゃないの?うちのクラスは仲悪いよ。何個かグループがあって、特に女子は対立しているし。凪がうちのクラスにいたら、きっと仲良くなっちゃうと思うんだけどね」

「そうかな」

「そうだよ」


 空君はなぜか私の机にうつ伏せ、しばらく黙り込んだ。

「何してるの?」

 私は空君のすぐ横にしゃがんで聞いてみた。


「ううん。別に」

 空君はそう言うと、顔を上げた。それから私の頬に手を当て、キスをしてきた。

 わあ。不意打ち。いつものことだけど。


「二人きりにならないようにしていたんだよね?空君」

「あ、そうだった。今、二人きりになっちゃってるね」

「うん」

「でも、学校だし」


「学校だといいの?」

「…まあ、なんとか。凪の部屋とか、俺の部屋だとやばいけど」

「………」

 なんで?とは聞けないよなあ。そこまで私も無知じゃないし。


 でも、空君、私と二人きりだからって、何かしてきちゃうの?っていうのは聞いてみたい。そんなことができそうもないんだけど、そう言ったら男のプライドとか傷つけるかな。

 また、凪は俺のこと男だって思っていないって、いじけちゃうかな。


 あ、そういえば、前に胸、触られたっけ。でも、あれも私より空君のほうが真っ赤になって、慌てていたしなあ。


 し~~ん。気が付くと私たちは黙りこんでいて、教室の中はやけに静かになっていた。でも、空君からはほわほわとあったかいオーラが出ていて、黙っていても私は幸せな気持ちでいられた。


 空君がふっと私を見た。そしてにこっと微笑んだ。

「何?空君」

「ううん。凪、ずうっと優しい光出しているなあって思って。俺、ずっと癒されていたんだよね」

「え?私も今、空君からあったかいほわほわしたものが出てて、幸せな気持ちでいたよ」


「ねえ、凪。怖がらないで聞いてくれる?」

「え?何?」

「さっきから、霊がやってくるんだ」

「どこに?ここに?」


「うん。それで、凪の優しい光を浴びて、成仏していっちゃう。多分、ここにきたら楽になれるってわかるんじゃないのかなあ」

「怖くはないけど、嬉しくもない。あ、でも、空君は嫌だよね、さっきから霊が見えちゃうんでしょ?」

「うん。大丈夫。怖そうなのも、変なのもいないし。それに、お礼言ったり、喜んでいる霊も多いから」


「そういうの見えないし、感じられないなあ。光も今日はあんまり見えないんだ」

「ほんわかした優しい光だからね」

「強い光の時には見えるのかな。あれ?ほんわかした光でも霊って成仏できるの?」


「できるみたいだね。ただ、相当強い邪気があるのは、強い光じゃないと消えないかな。でも、こんな優しい空間には、そんな霊寄ってこれないよ。だから今ここに来れる霊は、変な霊じゃないよ」

「ふ~~ん」

 なんだかよくわかんないけど、空君が隣にいてくれるだけでいいなあ、私。


 ほんわか。

「凪、最近は男といても、大丈夫になった?」

「え?」

「いっとき、ダメだったよね」

「ああ、健人さん?」

「うん」


「そういえば、同じクラスの男子とか、別に平気かな。でも、話もあまりしないし、近寄ってくることもないし。鉄とか峰岸先輩は前と変わらず平気かも」

「そう」

 空君はほんのちょっとほっとした表情を見せた。


「空君に対しては、ずっと平気だよ?」

「え?」

「全然、ダメになったこともないし」

「あ、うん」


 あれ?空君の顔、微妙な表情。また、男として意識していないってがっかりしてる?

 でも、このほんわか優しい空君が、怖くなるようなことって絶対にないだろうなって、そう思っちゃうんだよね、私。


 そんなことを言って、がっかりさせちゃったら悪いから言えないけど。

 やっぱり、私は思ってしまう。空君のことをちゃんと男として意識しないとダメなのかって。

 ずっとこんなふうに、ほわほわした優しいオーラに包まれていたいのになあ、私は。


 


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