第103話 安心するから
その日の部活動は、空君が星の話をしてくれた。これからの季節、どんな星が見れるかとか、流星群の話などしてくれたあとに、なぜか話はブラックホールの話まで進み、話が苦手そうな空君は、みんなが夢中になって聞き入るくらい流暢に説明してくれた。
「すごいね、空君。詳しいんだね」
黒谷さんと広香さんが驚いていた。
「本当に、こんなに話す空君初めて見た。前部長も天文オタクで、よく説明してくれたけど、空君のほうがわかりやすいよ」
千鶴がそう言うと空君は顔を赤らめた。
私もびっくりしていた。一緒にいる時だって、ここまで夢中に話してくれることはなかったし。
「空って、自分に興味あることならけっこう話すよな。前にSF映画のことで夢中になって話していたこともあったし」
鉄がそう言うと、
「ああ、うん。鉄、あんまり興味ないのに俺、ベラベラ話しちゃったんだっけ」
と空君はバツの悪そうな顔をした。
「でも、俺の話はいつも聞いてないよな、空」
「……聞いていないわけじゃないけど」
もっと、空君は顔を曇らせた。
「今度、またいろいろと聞きたいな、空君」
広香さんがそう言うと、空君は、
「え?天文の話?興味あるの?」
とちょっとびっくりしながら聞き返した。
「うん。空君の話、面白かったもん」
広香さんの言う言葉に、空君はまた顔を赤らめた。
う。ちょっと、一抹の不安が。広香さんって空君のことどう思っているんだろう。まさか好きだったり?
入部を喜んじゃったけど、よかったのかな。
帰りも、みんなでぞろぞろと駅に向かった。広香さんは空君に何度か話しかけていたが、なぜか、
「田所さんは、いつくらいから霊感あるの?子供のころから?」
と黒谷さんに質問され、広香さんは黒谷さんと一緒に歩きながら話し出した。
よかった。ほっとして私は空君のすぐ隣に行き、寄り添うようにして歩き出した。でも、
「空君も、子供の頃から霊感あるの?」
と後ろから広香さんが質問をしてきて、空君は振り返って、
「うん」
と答え、なんとなくまた広香さんは空君に近寄って話しかけてきた。
空君に離れて欲しくないなあ。ああ、嫉妬?独占欲?何かなあ、これ。
「凪?」
空君がふっと私を見た。
「え?なに?」
私が空君に聞くと、
「あ、いや…」
と空君は言葉を濁した。
「田所さんって家はどこだっけ?」
また黒谷さんが広香さんに質問をした。それに対して広香さんが答え、
「あ、じゃあ、電車同じ方面なんだ。よかった。みんな反対方面だから、私寂しかったんだ」
と言って、そのあとも必死に広香さんに話しかけだした。
空君は私のすぐ隣に来て、
「なんかあった?光消えちゃったけど」
と小声で聞いてきた。
「え?私?」
「うん」
そうか。もしや黒谷さんも私の光が消えたのを見て、気が付いてくれたのかな。広香さんに嫉妬していること。それで、必死に広香さんに話しかけ、空君から離してくれたのかもしれない。
申し訳ないな。気を使ってくれているのかな。
「今、ちょっとジェラシーを…」
私もすごく小さな声で空君に言った。
「え?」
「独占欲強いのかな、私。ごめんね」
「え?」
空君がなぜか、びっくりしている。
「あ、そっか。うん、わかった」
空君はそう言うと、さっきより私に近づいてきて、寄り添いながら歩き出した。
わあ。空君から寄り添ってくれちゃうなんて嬉しいかも。
ぶわ!
「あ、出た」
「え?」
「光、復活したよ、凪」
「そ、そうなの?」
実は自分でもわかっていた。光がぶわっと出る瞬間、自分でも見えるようになっている。そのあと、あったかくなるのもわかってきた。
それにしても、私がちょっとでも沈んだ気持ちになっちゃうのが空君にはわかっちゃうんだな。光が出たかどうかで私の気持ちがわかっちゃうのも恥ずかしいな。
「………空君」
「ん?」
「ごめん。自分がそんなに嫉妬深いとは思っていなかったんだけど」
「え?」
「こんなで、ごめんね」
「え?いいよ。俺の方が独占欲強いし。凪のそばに鉄が来ると頭きちゃうしさ」
空君がそう言って、ほんのちょっと前を千鶴と歩いている鉄の後姿を見た。
「あ、そっか。空君もなのか」
「うん。だから、おんなじ」
そう言って空君は微笑んだ。
ああ、可愛い笑顔だ。抱きつきたい。でも、今は無理。
「な、凪…」
「え?」
「今、抱きつきたいとか思った?」
「なんでわかったの?」
「光が俺を覆ったから」
「ごめん」
「ううん。あったかいし、すごく癒されるからいいけど。でも、思ったんだ、やっぱり」
「う、うん。でも、みんながいるから我慢した」
「くす」
あれ?笑われた?
「なんか、凪、可愛いね」
え?!可愛い?我慢したのがってこと?
空君はそのあと黙り込んだ。私もなんとなく黙っていた。そして、みんなと別れ、自転車に乗って家まで向かう道、空君が話し出した。
「俺さ、凪」
「うん?」
「凪がそばにいてくれて、光で包んでくれると癒されるし安心できて、怖がらなくてもすむみたいなんだよね」
「幽霊を?」
「霊もだし、人間も」
「え?」
人間も?
「空君、待って」
スピードを落とし、私は止まった。空君も止まると、振り返って私を見た。
「ちょっと、自転車降りて話をしてもいい?」
ゆっくりと話が聞きたくてそう言うと、空君は頷いて、自転車から降りて私のほうに来た。
道路の脇に自転車を停め、私たちは歩道から海を眺めて話をし始めた。
「黒谷さんはどうかわからないけど、俺の場合、霊より人間のほうが怖かったんだ。幼稚園の頃から、信頼している先生にまで変な目で見られたり、一緒に遊んでいる友達にも怖がられたりして、傷ついたことが多かったせいか、人と関わるのが怖くなってた」
そんなに空君は傷つくことが多かったんだ。
「だから、一人でいるようになった。凪が夏に遊びに来ると、凪は俺を怖がらないし、一緒にいると安心できて唯一心を許せる子だったんだ」
「私が?」
「父さんや母さんや、おじいちゃんやおばあちゃんも心許せてたよ。特におばあちゃんは昔から優しかった」
「うん」
「でも、学校とか、誰も心を許せる人がいなかったからさ」
ずっと一人だったんだね、空君は。
「たまに、霊も見えてた。俺の場合、黒谷さんみたいに金縛りにもあったことないし、ラップ音とかも聞いたことがなかったけど、本当にごくたまに、怖そうな霊も見ちゃったりして、そういう時は誰も助けてくれないし、一人で恐怖と戦ってたんだよね」
そうだったんだ。春香さんや櫂さんにも言えなかったのかな。
「でも、凪がいると霊が消えちゃうのも知ってた。ぱっと消えちゃうんだ。だから、俺、凪と一緒にいると本当に心が安らいでいられた」
「……」
「だけど、凪のこと怒らせてから、凪がどんどん遠い存在になっちゃって、それからもっと一人の世界に入り込むようになったかもしれない。まりんぶるーも行かなくなっちゃったし」
「ごめんね、空君。私が早くに空君に心開いたら良かったのに」
「いいんだ。俺だって、凪が引っ越してきてから、もっと素直に凪に接したらよかったのに、傷つくのが嫌でビビっちゃって近寄れなかったんだし」
私、空君を傷つけちゃったんだなあ。ズキン。胸が痛い。
「碧もさ、霊が寄ってこないじゃん?うちに来てくれるとほっとしていたんだ」
「空君、中学に入っても、霊見えてたの?」
「たまにね。頻繁にじゃないよ。家の中でもそんなに見ることはなかったし。だけど、碧が来ると絶対に安心だから、ほっとしていたんだよね」
そうか。よく碧、空君の家に遊びに行っていたけど、空君、嬉しかったのかもしれないなあ。
「今日、俺、星の話を自分でもあんなにべらべらと話せるとは思わなかった」
「え?」
「俺、口下手だし、人前で話すのってすごく苦手だし」
うん、そうだよね。
「私も、ちょっとびっくりしちゃったんだ」
「でしょ?」
「うん」
「でも、あれもきっと凪のおかげだ」
「私の?」
空君は私を見ると可愛く微笑んだ。
「凪がいると、安心して気を張ったり、カラに閉じこもったり、警戒したりしないで済むからさ」
「え?」
「たとえ、傷つくことがあっても、凪の光に包まれていると平気なんだよね。なんでだか」
「傷つくことあった?」
「いや。そういえばない。あ。凪の光って人の邪気まで消すじゃん?だから、傷つくようなこともないんだね、きっと」
「あ、そうか」
「くす」
空君はまた笑った。それから私にチュッとキスをしてきた。
「俺、凪がそばにいたら、怖いものなしかもしれない」
「え?」
「なんか、自分が変われそうな気もするんだよね」
「変わるって、どんなふうに?」
「前は人と関わるのが怖かった。でも、今はちょっと変わって来てる。たとえば、峰岸先輩とも天文の話をしてて楽しかった。俺が好きなことを聞いたり、話したり、そういうのはすごく楽しいって思える」
「うん」
「そういうことで、人と関わっていくのは、これからもどんどんしてみたいって、そう思えるようになったんだ」
そうなんだ。いつも一人で、一人でいるのが好きだと思っていたけど、人と関わっていきたいって思うようになったんだ、空君。
「凪のおかげ」
「そ、そうかな。でも、それなら私も、空君といることで変われたよ?」
「凪が?」
「心閉ざしていたけど、開けるようになった。空君も、前の凪に戻ったって言ってたでしょ?」
「うん。戻った。光をいっぱい出しちゃう凪に」
「それ、空君のおかげなんだよ?」
「俺、何かしたかな」
「したよ!いっぱいしてくれたよ!凪、おかえりって言って抱きしめてくれた。私、空君の胸でいっぱい泣いて、本当にすっきりしたし、安心できたの」
「あ、ああ。あの時。そっか。そうだったんだ」
「嬉しかったの。空君におかえりって言ってもらえたこと。空君の隣にいること。本当に嬉しくって、空君からのあったかい空気、私をいっぱい癒してくれたの」
「なんだ。俺とおんなじだったんだね」
「……うん」
私は空君に抱きついた。空君は一瞬固まったけど、そっと私の背中に両腕を回してきた。
「空君がいると力が出るの。空君を想うとそれが、私のパワーになるんだ」
「え?」
「霊、消えちゃうでしょ?それ、いつも空君のことを思うと消えるの。空君への想いが光になるから」
「………」
ギュ。空君が私を抱きしめる腕に力を入れた。
「今、俺、キュンってした」
「え?」
「すごく嬉しくて、キュンって」
「そ、そう?」
可愛い!空君。
私も空君をギュって抱きしめた。
空君、私も可愛い空君にキュンってしたよ。
私たちはしばらくそのままでいた。でも、空君が、
「凪、このまんまひっついていると、俺、やばいかも。そろそろ帰ろう」
と言って、抱きしめている腕を離した。
もう離れるの?がっかりした。でも、仕方なく私も空君を抱きしめていた腕を離した。
そして、自転車にまたがり、家まで空君と走り出した。ちょっと前を走る空君の姿を見て、その背中にまたきゅんってした。
もっと抱きしめていたかったし、抱きしめられていたかったな。
そんな思いが胸いっぱいに広がった。
夜、夕飯を食べ終え、部屋でぼんやりとしていた。ベッドに横になり、空君のぬくもりを思い出したりもした。
そして、私はふと気が付いた。
ずっと空君を男として意識していないのかなとか、そのうち男として意識し始めるのかなとか思って来た。
いつか、怖く感じることもあるのかなとかそんなことも考えたりもした。
でも、空君のことを怖がる私も、空君のことを男として意識する私も想像すらできなかった。
それってもしかして、しないんじゃないの?これからも。ってそんな気になってきた。
私、空君のことを一生怖いって感じないかもしれない。
空君に胸を見られたのは恥ずかしかったけど、他の男性に見られると嫌な感じがしても、空君だったら平気だった。
空君が私の胸を触ったことがあったけど、あれも、抵抗なかった。
空君に抱きしめられると、怖いとかよりも、すごく嬉しくてほっとする。
ドキドキはする。いつもしている。でも、嬉しくて離れたくなくなる。
もし、いつか空君と結ばれる日がきたとしても、怖いなんて思わないんじゃないのかなあ。逆に嬉しいかもしれない。
ん?
嬉しいかもしれない?!
そうか。私、今は想像できないけど、でも、万が一そんな日が来ても、あっさりと受け入れちゃうかもしれないんだ。空君だったら。
ってことに気が付き、顔が火照りまくった。
グルンと体を回し、ベッドにうつ伏せになった。
その覚悟ができていないのは、もしかすると空君の方かもしれない。私だったら、空君に迫られようが押し倒されようが、抵抗しないのかもしれない。
いや、そんな時がきてみないことにはわからないけど。
「………」
枕に顔をうずめ、ほんのちょっとだけ、空君に押し倒されちゃうところを想像しようとした。でも、やっぱりできなかった。だって、あの可愛い空君だし。まだ、ほんのちょっと少年ぽさが残っている空君だし。
あれ?やっぱり、男として意識していないってことになるのかなあ。よく、わからなくなってきた。
これから、大人になっていく空君。どんなふうに変わっていくんだろう。楽しみのようでまだまだ、今のままでいて欲しい気もする。
でも、わかっていることは、私はきっと空君の隣で空君の成長していく姿を見ていくんだよね。ずっと。
これからも私は、空君を癒す存在でいたいなあ。
空君の隣で、ずうっと。




