第100話 好きっていう想い
パパが一番に迎えにやってきた。
「凪~~!」
先生がパパを視聴覚室まで案内してきたようだ。
「パパ!」
視聴覚室に元気よくパパが来ると、みんながいっせいにパパを見た。
「うそ。若いしかっこいい。榎本先輩のお父さんなんですか?」
久恵さんたちはびっくりした顔で、パパと私を見比べている。
「うん。凪の父です。娘がお世話になってます」
パパがにっこりと久恵さんたちを見てそう言うと、久恵さんたちは真っ赤になってしまった。
「お、映画なんか観てたんだ、凪」
「うん。SF映画」
「まだ途中なんです、これ」
「空、まさか最後まで観たいとか言うんじゃないよな」
「最後まで観ていってください。せめて、私のお母さんが迎えに来るまで」
広香さんが必死にそう訴えた。
「3人だけ残されたら怖いし…。榎本先輩にはいてほしいんです」
そう言ったのはサチさんだった。
「いいけど。みんなちゃんと、迎えが来るの?」
「はい、大丈夫です」
「そっか。じゃあ、俺も一緒に映画観て行くかな」
パパはそう言うと、空君の隣にどかっと座った。
「外、風すごいですか?」
空君がパパに聞いた。
「うん。今、すごいね。車でもハンドル取られそうになった。でも台風の速度早いみたいだからさ、1時間もしたらもうちょっと落ち着くかもな。だから、ここで映画を観てから帰ったほうがいいかもな」
パパはそう言うと、空君に映画の今までの内容を聞き始めた。空君はわかりやすく説明した。
「榎本先輩のお父さん、かっこいい」
「若いけど、今いくつですか?」
「どこで働いているんですか?」
私の後ろから小声で、同時に質問がきた。
「今、35。水族館で働いているよ。来たことある?もしかして会ってるかもね」
私ではなく、パパが直接後ろを振り返りそう答えてしまった。
「え?水族館でですか?あ!どこかで見かけたことがあるって思ったんです」
サチさんがそうはしゃぎながら言った。
「水族館なんて小学生以来行ってなかったからなあ。でも、今度行こうかな」
そう言ったのは久恵さんだ。
「うん。みんなでおいで」
パパがまた微笑みながらそう言うと、3人はほわわんとした目でパパを見て顔を赤らめた。
あ~~あ。パパって私の友達だと、親しみこめて話しかけちゃうんだよね。いつもは、どの女性でもクールに接するのに。知らないよ。この3人も確実にパパに惚れちゃったよ。
「あの、空君と榎本先輩って親戚なんですよね?空君は甥っ子になるんですか?」
「ううん。俺の従弟。俺の親父が空の母親と兄妹なんだ」
映画を観ないでパパは後ろを向いたまま、またそうにこやかに答えた。
「へ~~」
3人は、まだパパと何か話したそうにしている。でも、言葉が続かないようでようやく黙り込んだ。
パパは前を向いて映画を観始めた。時々ぼそぼそと空君に何か話しかけている。
そうなんだよね。パパにとっては空君は従弟。だから、私と舞花ちゃんの関係と同じなんだよね。
舞花ちゃんが私の息子と付き合っているようなものか。だけど、そう考えてもぴんとこないな。
「千鶴、迎えに来たわよ」
千鶴のお母さんが視聴覚室に顔を出した。その後ろには鉄のお父さんもいた。
「鉄、帰るぞ」
鉄はさっさとカバンを持って、
「お先」
と一言言って視聴覚室を出て行き、千鶴はまだ残っていたいようなそぶりを見せた。
「まあ、榎本さん」
千鶴のお母さんはパパを見て、思い切り喜んでいる表情を見せた。そういえば、パパのファンなんだって千鶴が言っていたっけ。
「千鶴がいつもお世話になっています」
パパのすぐ近くまで来て、千鶴のお母さんがそう言った。
「こちらこそ」
あれ?パパ、態度が違う。今までの笑顔が消えちゃった。すごいな。一気にクールなパパが顔を見せたよ。
「お帰りにならないんですか?」
「いえ。帰りますけど、みんなの親御さんが迎えに来るまで待っていようと思いまして」
「そうなんですか?じゃあ、わたくしも…。ねえ?千鶴」
千鶴のお母さんはそう言って千鶴を見た。でも、
「帰ろうよ。お母さんまでいることないよ」
と千鶴はそう言って、お母さんの腕をひっぱった。
「じゃあね、先、帰るね」
「うん。気を付けてね」
私は千鶴にそう言って、手を振った。千鶴はまだ、パパをうっとりと見ているお母さんを引きつれ視聴覚室を出て行った。
「千鶴ちゃんに救われたな」
ぼそっとパパがそう呟いた。
「え?」
それを聞いて空君がパパを見た。
「苦手なんだよね、千鶴ちゃんのお母さん。千鶴ちゃんはいい子だし、凪の親友だしね、一緒にいてもいいんだけど」
「苦手なんですか?」
「ああ。俺、女性全般、苦手だから」
パパがそう言うと、後ろの3人が「え?」と声をあげた。
「女性が苦手って」
「あ、誤解しないように。だからって男性が好きってわけでもないから。ただ、昔から女性が苦手なんだ。奥さんだけは平気なんだけどね」
「…じゃあ、榎本先輩のお母さんとは、仲がいいんですか?」
「もちろん」
久恵さんの質問に、パパは即答した。
「そうなんですか。わあ!こんなかっこいい旦那さんで羨ましい」
「それに、こんな若くてかっこいいお父さんで、羨ましい!」
久恵さんの言葉に、広香さんがそう続けた。
「そのうえ、彼氏が空君。榎本先輩、恵まれてますよね。羨ましいです」
そう言ったのはサチさんだ。
「あはは!空、モテるんだな。こりゃ、凪も大変だな」
「……え」
空君がかたまった。もう、パパったら、何を言いだすんだか。
「でも、榎本先輩と空君、お似合いです。榎本先輩ってすごいし」
うわあ。広香さんが嬉しいことを言ってくれた。でも、すごいってなんのことだろう。
「凪がすごいって?」
「幽霊、消してくれたんです。私たちを助けてくれて、榎本先輩ってすごい力がありますよね!」
「幽霊消したの?凪」
パパが私に聞いてきた。でも、空君が、
「凪マジックです」
と答えてしまった。
「あ、それから、今は凪だけじゃなく、聖さんもいるから最強だよ。聖さんがいたら霊寄ってこないから。絶対に」
空君は後ろを振り向くこともなく、そう言った。
「え?そうなの?親子そろってすごい!」
「なんだよ。どうせあれだろ?お気楽で能天気で、霊も寄ってこないってそう言いたいんだろ?空」
「い、いえ。そういうわけじゃなくて。碧も聖さんもパワーが強いから、寄って来れないんですよ」
「ふうん。俺にはよくわかんないけどね。でもまあ、昔から霊感がゼロだったけど」
「でしょ。そういう世界とはかけ離れてると思います。人間でも、聖さんといるとパワーもらえちゃったり、人生が変わっちゃったりってしたんじゃないですか?影響力ありそうですから」
「俺?そうかな。自分じゃ自覚ないな。それに、俺の影響っていうより、もともとそういうパワー、みんな持っていると思うし」
「……そういう考え方好きだなあ。でも、きっとパパはそんなみんなの力を引き出すことができるんじゃないかな」
「俺が?」
「そうっすね。俺も、聖さんといると、なんかいろんな面で変われそうっていうか、自信につながるっていうか。聖さんの言葉って、すごいですから」
空君はパパを見ず、ちょっと照れながら俯き加減にそう言った。
「俺の?へえ。そうなんだ。知らなかった。空、俺と話していると自信ついたり、何かが変化したりしてた?」
「はい」
「ははは。そうなんだ。そりゃよかった。でも、俺は感じたことをありのまま言ってるだけだと思う。だから、もともと空にはすごいもんがあって、そこに空自身が気が付いたってだけじゃないのかな」
「………。俺、そういうことに気づかさせてくれる聖さんがすごいと思います。そういう人がそばにいてくれるって、貴重だと思うし」
「そう?嬉しいこと言ってくれるじゃん。空ってほんと、昔から可愛い奴だよな」
そう言って嬉しそうにパパは、空君の髪をくしゃくしゃにした。
「…え。えっと」
あ、空君、照れてる!可愛い!
ビト。
「凪、空にそんなにひっつくな」
あ。空君の腕に思い切り体を寄せたの、パパに見られちゃった。がっかり。
私はしかたなく、体勢を元に戻した。
「空君と榎本先輩のお父さん、仲いいんですね」
後ろからぼぞっと広香さんが言った。
「うん。親戚みんな仲いいからさ。あ、よかったらまりんぶるーってカフェにも今度おいでね。あのカフェ、俺の母さんがやってる店で、空のお母さんも、俺の奥さんも手伝ってるから」
「知ってます!ケーキが美味しくて、ママがたまに買って来るんです。ママも常連さんみたいで」
サチさんが喜びながらそう言うと、
「そうなんだ。そのケーキは空のお母さんが作ってるんだよ。パテシェなんだ」
とパパはにこやかに答えた。
「え~~。知らなかった」
サチさんもだけど、他の2人も驚いていた。
「今度行こうね、お店。空君のお母さんにも会いたいし」
「ケーキも食べたい」
3人は、すっかり楽しそうにきゃっきゃとはしゃぎだしてしまった。
「広香、遅くなってごめんね」
そこに広香さんのお母さんが迎えに来た。
「ううん。サチ、久恵、帰ろうか」
「うん。じゃあ、空君、榎本先輩、黒谷さん、お先にね」
3人はにこやかにカバンを持ち、
「じゃあ、今度水族館に遊びに行きます」
とパパにそう言ってから、視聴覚室を出て行った。
「さ~~て。空、映画まだ終わってないけど、どうする?」
「もういいです。なんか、話をしている間に、ストーリーもわかんなくなったし。今度これ、レンタルして観ます」
「そ?じゃあ、文江ちゃん、一緒にうちに帰ろうか。碧もお待ちかねだと思うし」
「え?!」
ずうっと静かだった黒谷さんが、パパの言葉に一気に赤くなった。
「碧、帰ってるの?」
「早々と下校したって、桃子ちゃんからメール来たよ。文江ちゃんもパパの車でうちに来るらしいと言ったら、喜んでいたってさ」
うわ~~~。そんなこと、黒谷さんにばらしていいのかな。
「俺も、凪の家に寄ってもいいんですか?」
空君がパパに聞いた。
「もちろん。この風の中、帰らせたりしないから安心しろよ。でも、凪に手は出すな…。あ、違った。凪、空に手は出すなよ」
「え?!なんで私に言うの?」
「凪のほうが危ないから」
「どういうこと?」
「凪のほうが積極的だろ?」
うわ~~~~~~~~!もう!黒谷さんもびっくりしているじゃない。パパ、何を言いだすのよ。
空君も真っ赤だ。
あ、その照れた顔がすんごく可愛い。
ギュ!空君の腕にしがみついた。
「な、凪、ち、近すぎ」
空君はもっと真っ赤になってしまった。
「ほらな!凪の方から迫ってるだろ?まったく、言ってるそばから」
パパにまでそう言われ、空君から引き離されてしまった。
ああ…。空君にくっついていたかったのに。
校舎から出て、車に乗り込んだ。風は強かったけど、雨も小降りになっていたし、風もさっきよりは弱まっていた。
パパの運転は、こんな台風の中でもスムーズだ。黒谷さんもとても安心した様子で車に乗っていた。
家に着いた。雨はほとんどやんでいて、雨に濡れることもなく私たちは家に入った。
「ただいま~~」
「おかえりなさい」
ママがパタパタと玄関にやってきた。
「無事に帰ってきてよかった」
「大丈夫だよ。もうそんなに風も強くなかったし」
私がそう言うと、ママはほっとした顔を見せた。
「文江ちゃんも空君も入って」
そう言って2人をリビングに通し、ママはパパを迎えにまた玄関に行った。そして、
「聖君、おかえり」
「桃子ちゃん!ただいま~~」
と、どうやら熱くハグでもし合っているのか、なかなかリビングに2人はやってこなかった。
「空、凪、電車がとまって帰れなかったんだって?」
碧がリビングのテレビの前に座り込みながら、そう聞いてきた。
「あの、お、お邪魔します」
私たちが答える前に、黒谷さんが真赤になりながら碧にそう言った。
「あ、黒谷先輩も帰れなくなったんだ」
「……ご、ごめんね。なんか、いつもお世話になっちゃって」
そう黒谷さんが言うと、碧は視線を外し、
「別にうちはそういうの気にしないし。母さんと父さんがいいって言っているんだから、大丈夫なんじゃない?」
と、自分には関係のないようなそぶりを見せた。
でも、心の中では喜んでいるんでしょ?それも、パパがすでに黒谷さんにはばらしているんだよ。碧は知らないみたいだけど。
「黒谷さん、大変だったんだ。トイレにやばい霊がいて、黒谷さん、トイレから出て来れなくなって」
「え?」
空君の言葉に、碧が顔を青ざめさせた。
「同じクラスの女子にトイレに連れて行かれて、ちょっといろいろとあったみたいで」
空君がそう続けると、
「それ、なんで?いじめ?」
と、碧はものすごい勢いで空君に聞いた。
「俺と仲良くしているからって、いじめにあった。でも、そいつらのほうがもっと危なかったんだ。霊にとりつかれちゃったし」
「自業自得だろ?いい気味だよ」
「碧!」
私がそう碧に言うと、碧は私のほうを見て、
「だってそうだろ?いじめなんかしているやつのほうが悪いんだし」
と声を荒げた。
あ。そうか。碧は私がいじめにあって、おかしくなっちゃったのを見ているからそう言うのかもしれないな。
「それで、その子たち、大丈夫だったの?」
ちょうどリビングに来たママが、今の話を聞いていたようで聞いてきた。
「大丈夫です。凪マジックで、すっかり毒気抜けちゃってたし。凪がトイレにいた霊も全部、成仏させたし。ね?黒谷さん」
「はい。光がすごく出て、成仏していく時に先輩にお礼を言っているくらいでしたから」
「へえ。そういうことまでわかるんだ。すごいね。あれ?そんなことがあって、帰りが遅くなって、学校に残ることになったのか?」
パパが黒谷さんにそう聞いた。
「はい。それで、視聴覚室で待っていたんです」
「あれ?もしかして、文江ちゃんをいじめてたっていうのは、あの3人組?」
「はい」
「なんだ。碧、大丈夫だぞ。空が言うように毒気、全部抜けきってたみたいだし、もう文江ちゃんをいじめることもないんじゃないかな」
「そうなんです。それどころか、一緒にお昼を食べようとか、黒谷さんに言ってきたくらいだし。他の女子にいじめにあわないよう、多分これからは黒谷さんを守ってくれると思います」
今度は空君がパパにそう答えた。
「それって、すご~~い」
ママが目を丸くして、
「よかったね、文江ちゃん」
と黒谷さんの手を取って喜んだ。
「はい」
「それって、凪マジックなわけ?」
碧が空君にそう聞くと、
「だろうね。でも、凪が卒業したら、もう凪が黒谷さんを守れないんだから、俺と碧とで守らないとならないよね」
と空君が答え、それを聞いた碧はなぜか眉をひそめ、嫌そうな表情を見せた。
めざとくそれに気が付いたのは、黒谷さんだ。その表情を見て、顔を曇らせた。
「碧?守るって前に言ってなかったっけ」
私がつい碧に聞いてしまった。すると、
「空が守らなくても、俺が守るから大丈夫だよ」
と碧はむっとしながら、空君に向かってそう言った。
あ。そういうことで、眉をひそめたわけか。
その言葉を聞き、黒谷さんは赤くなり、俯いてしまった。
「それ、並大抵のことじゃないぞ、碧。だいいちお前、もてそうだし、今回だって空と仲良くしているからいじめにあっちゃったんだし、お前と仲良くしたりしたら、もっと黒谷さんに嫉妬する女子が増えるかもしれないんだ。そういう連中からお前、黒谷さんを守っていかないとならないんだぞ」
「…わかってるよ」
パパの言うことに、碧はそう答えた。
「だけど、空の彼女は凪なんだろ?凪は大丈夫なわけ?いじめにあったりしていないわけ?」
いきなり碧は私のことまで心配になったのか、そう私に聞いてきた。
「え?うん。特に大丈夫」
「今の凪はパワフルだから、大丈夫だよ、碧」
空君がまたわけのわかんないことを言ってる。
「パワフル?」
碧が聞いた。すると、
「うん。凪マジック全開。昔の凪に戻ったからさ」
と空君はにっこりと微笑んで答えた。
「ああ。なるほどね。じゃ、凪に近寄っても、毒気が抜けちゃうからいじめることもなくなるわけか」
碧が納得したようにそう言うと、空君は黙って頷いた。
そんな力が私にあるのかなあ。でも、なんとなく私の中でもわかったことがある。
中学の頃、いじめにあった。あの時の原因は、相手の言葉を真に受けて、怒ったからだ。
多分、空君がよく言う波動。波動が下がって、パワーが落ちたんだと思う。
でも、今日のことを思い返してみると、私は特に怒りを感じていなかった。逆に幽霊にとりつかれてしまっていた久恵さんを助けてあげたいって、そう思っていた。
きっと、あの時、黒谷さんをいじめたことに対して、ただ怒りを感じているだけだとしたら、私までが幽霊にとりつかれて、光をすっかり失っていたかもしれないんだ。
空君が好き。その想いをただ感じた。その想いがあれば、怒りは出てこなかった。
好きっていう想いが、私のパワーになる。ううん。私のだけじゃない。きっとみんなそうなんだ。人を想う気持ち、それも大事に想う気持ち。それがパワーになるのかもしれない。




