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王妃の資格  作者: 行見 八雲
5/12

・王妃(未)の夜会

 こちらが先に完成したので、先にUPさせて頂きました。



 いつもは静かな王城に、多くの馬車が出入りし、煌びやかな衣装を身に纏った男女が、アセスフィアの王城へと吸い込まれていく。


 城内でも、落ち着いた動作ながらも慌ただしく侍女や近衛兵が行き交い、豪勢に飾り付けられたホールでは、すでに多数の料理が並べられ、国内でも有数の音楽隊が、優雅な音楽で場を盛り上げていた。



 そんな、華やかに行われている国王主催の夜会の会場の片隅で、今回初めて夜会に参加させられた咲良は、王から贈られた最上級の青色のドレスに身を包み、給仕の者に渡されたグラスを片手に溜息を吐いていた。


 これまで、身分が無いことを盾に夜会の出席を断っていたのに、ついにベルグラード公爵令嬢宛に、王から直々に招待状が届いたのだ。

 どうせ城にいるのだから、こんな回りくどい真似しなくても……と、使者から手紙を受け取ったとき、咲良は眉間に皺を寄せた。



 人のあふれる会場の中央辺りには行かず、壁際で所在無さ気に佇んでいると、そこここから、ちらちらと向けられる視線と、ひそひそと囁く声が聞こえてくる。


「ほら、あれが近々王妃になる予定の……」

「まあ、あのベルグラード公爵家の……?」


 などと漏れ聞こえてくる言葉に、咲良は、何か着々と外堀を埋められている気がする……、と、不気味な危機感に背を震わせた。


 肝心の主催者は、今は会場の真ん中、数段階段を上ったところにある王座に腰かけて、挨拶に来る者に鷹揚と頷いている。

 時折咲良の方に視線を投げて、目元を緩ませているのだが、それに気づいているのは、王の傍に控えている宰相ぐらいである。


 部屋の隅で今回の警備を指示しているクァルテも、ちらちらと咲良の方に視線をやって、咲良を気にしてくれている様であるし、影の中にいるモクレンからも気遣わしげな気配を感じるから、別に心細く思っているわけではないのだが。



 私、ここで何してりゃいいの? と、咲良が頭を悩ませていると、「あら? あなたは……」と、高めの声が聞こえてきて、咲良はグラスに注いでいた目線を上げた。


 すると、そこには、赤を基調としたドレスに金色の縦ロールの巻き毛の令嬢を真ん中に、その後ろに黄色と緑のドレスを纏った二人の女性が付き従って、立っていた。三人とも咲良と同じぐらいの年齢だと思われる。


「何か、私にご用でしょうか?」


 信号みたいだな、と思いながらも、にっこりと笑って用件を問うた咲良に、真ん中の赤いドレスの令嬢は、持っていた扇子を広げ、じろじろと咲良をねめつけながら、


「何でもございませんわ。ただ、身の程知らずにも、陛下に取り入ろうとする女狐を見に来ただけですもの」


 と言った。


 その言葉に、咲良はぱちぱちと目を瞬かせる。


「本当に、その程度の器量で、どうやって陛下に取り入ったのかしら?」

「きっと、人前では言えないような、技巧をお持ちなのよ」


 くすくすと、赤いドレスの女性の背後に控えている二人が、聞こえよがしに言いながら笑う。


 気が付けば、咲良とそれに対する三人の女性達の様子を窺うように、四人の周りから人が離れ、そこだけ空間ができていた。



 ちょうど一通りの挨拶を終え、王座の階段を下りてきた王も、咲良の周りのただならぬ気配に、慌ててそちらに向かおうとし……。

 咲良の目を見た瞬間に、足を止めて溜息を吐いた。心配そうに窺っていた宰相も、やれやれと困ったような笑みを浮かべる。

 何故なら、咲良の目が、とっても楽しそうに輝いていたからだ。


 だが、そんな咲良に気付かず、令嬢達は、何も反論してこない咲良に気を大きくしたのか、言葉を続ける。


「陛下をどのように唆したのか分かりませんけど、あなたが王妃になれるはずがありませんわ」


 赤いドレスの女性が、ばさっと扇を振り上げながら、胸を張って言い放つ。


「何故ならば、王妃になるのはオルセット侯爵家のこの私ですもの! どこの馬の骨とも分からないあなたなど、王妃に相応しくありませんわ!」


 女性の言葉に、お付の黄色と緑のドレスの女性達が、「その通りよ!」「身の程を知りなさい!」と囃し立てる。


 咲良はもはや、どこぞの舞台を見ている気分だ。

 空気を読んでいなければ、やんややんやと拍手でもしたい気持ちである。


「それに、陛下があなたに何を言ったか知りませんけど、陛下が本当に愛しているのは私ですのよ! あなたのことは、ほんの暇つぶしのお遊びですわ。

 分かったなら、直ぐに陛下の前から消えなさい。さもなければ、その身に何が起きるか分からなくてよ!」


 赤いドレスの女性が、ほほほほほ! と見事な高笑いをすると、お付の二人も「そうよそうよ!」「さっさと城を出て行きなさい!」と声を上げる。



 そんな三人を前に、咲良は、内心で大変はしゃいでいた。


(す……すごい! 完璧だわ! その、聞けば聞くほど、逆に陛下を貶してないか? とも思える言葉。強烈で根拠のない自己主張。日本だったら、ちょっと危険視されそうな思考。そして、お付の者との見事な連係プレー。なんて完璧ないびり役なの! 本当にこんなイベントが起こるなんて、さすが異世界! ブラボー異世界! 一度は言われてみたかったのそのセリフ! どうしよう、記念に録画したい! あああああ! ケータイ持ってきとけばよかったああぁぁ!)


 まるで道を歩いていて、有名芸能人のロケ現場に出くわしたかのような、興奮っぷりである。



 しかし、その一方で、表面上における対処の仕方も考えていた。

 選択肢1は、「その言い方は、陛下をも貶めるものですわよ」と、強気に出てみる。

 選択肢2は、彼女達の言葉に怯え打ち震え、ショックを受けたふうに俯いてみせる。


(う~ん、これって、どっちが正しい攻略方法?

 もし、選択肢1を選んだら、下手したら掴み合いの喧嘩かしら? どうしよう、私、人を素手で叩いたことないんだけど。え? じゃあ、何でなら叩いたことあるのかって? いや~それは、また今度、機会があればってことで。

 じゃあ、2かな~。思い切って、ちょっと涙でも見せてみるとか。泣けるかなぁ、今。あ、こんな時はフラ○ダースの犬を思い出せばいいのか。あの最後は泣ける! 動物ものには本当に弱いのよ、私の涙腺。う……いかん。もう鼻の奥がつんとしてきた。パト○ッシュううぅぅ!)



「何をしている」


 咲良が二択で悩みつつ、若干涙目になっていると、低い威厳を感じさせる声が、割って入ってきた。


「まあ、陛下」


 王を前にした赤いドレスの令嬢が、すかさず王に近づき、しなを作ってその胸に寄り掛かろうとする。


「何でもありませんわ。ただ、この身の程知らずな娘を、諌めていただけですわ」


 そう言う女をさり気なくかわしながら、王は咲良の方に顔を向ける。

 そんな王に、咲良はにっこりと笑って。


「お心配り痛み入ります、陛下。ですが、どうぞお捨て置きくださいませ。私、今、異世界トリップのイベントに直面しておりますの」


「何だ、そのイベントとは?」


 ふふふ、と楽しそうに笑う咲良に、王もどことなく気を抜きながら、問いかけた。


「以前読んだ異世界トリップもののお話に書いてあった、トリップした主人公が、かなりの高確率で直面するイベントです。

 主人公が、身分のある美形の人物に招待、もしくはパートナーとして、このような夜会に呼ばれた時に、その人物に好意を寄せる女性に絡まれるのです。

 その女性は、たいてい貴族の令嬢で、蝶よ花よと育てられ、幼い頃より、周囲から「誰々の妻になるのはお前しかいない。お前が誰より相応しい」と言われて育ってきたため、自分でもその通りだと思い込んでいたりします。

 しかし、肝心の相手の方は、その令嬢が苦手だったり、歯牙にもかけていなかったりするんです」


「よく知っているな」


 咲良の言葉に、王は驚いたように頷いた。


 いつの間にか周囲にいた人々が、密かに咲良の言葉に耳を傾けているのだが、咲良は気づくことなく先を続けた。


「そして、これはその女性の身分や性格によりますが、大体においてそのイベントの後に、一人で人気のないところに行くと、その女性の雇った者達に誘拐されてしまうのです」


 その咲良の話に、赤いドレスの令嬢が目を見開き、顔を青くしたのを、王は見逃さなかった。


「そうですね……、この城の今夜の警備状況や照明の具合から、中庭辺りが怪しいですね。この時点ですでに潜んでいる場合が多いです」


 咲良が頬に手を当てながら首を傾げる。

 扇を握り締め小刻みに体を震わせた令嬢を、目の端に捕えながら、王は傍に来たクァルテに中庭を見てくるよう指示している。頷いたクァルテは、数人の部下を連れて、部屋を出て行った。


「まあ、警備状況がどこから漏れたのか、おおよそお金で買収された内通者がいたりするんですが。

 それはさておき、そのまま攫われた主人公は、街外れか山奥の廃屋に連れて行かれ、その後は、後でやって来た主犯の女性に痛めつけられて、殺されそうになるか、どこかへ売られてしまいそうになるんです」


 咲良の言葉を聞いた王が、遅れてやって来た宰相へ、内通者を探すよう指示する。王の言葉に、宰相は王に頭を下げて、部屋の奥へと歩いて行った。

 

「そして、主人公が絶体絶命! ってところで、救い手が現れて助けてくれるんですけど。たまに、間に合わないパターンもありますね」


 うんうんと頷いた咲良の腰に手を回し、王は咲良にそっと顔を寄せながら、

「もしお前が攫われた時は、俺が必ず助けてやる」

 それ以前に、攫わせなどしないが、と、甘く囁いた。


 だが、そんな王に、咲良はう~んと首を捻りながら、「そう言うヒーローに限って、遅れて来るんですよね」と苦笑いをしている。



 ふと音楽が止んだとき、城の外、中庭のある辺りから僅かな金属音と喧騒が聞こえてきた。

 そして、いつの間に戻ってきていたのか、宰相が何事かを王に耳打ちする。



「さて、デラメリア嬢。少々お話を伺いたい。別室まで来て頂こう」


 王が、すでに顔色を無くし、倒れそうなところをお付の二人に支えられている、赤いドレスの令嬢に向かって、冷たく言い放つ。

 そして、宰相に目配せをすれば、宰相は頷き、数人の兵士を連れ、令嬢を取り囲んだ。


「陛下! わたくしは!」


 悲痛に叫ぶ令嬢に対し、王はもはや目も向けなかった。


 一部始終を見守っていた人々の中で、自然に開いた道を引きずられて行きながら、しきりに王を呼ぶ令嬢の声が響いていたが、それもやがて治まり、会場は静まり返っていた。


 そんな中、単に読んだ話の説明をしていただけのつもりの咲良は、え? どうしたの? と状況がよくわかっておらず、きょろきょろ辺りを見回していたが、しばらくして「あ!」と声を上げ。


「それから、一人になった主人公に、どこぞの女好きの男が口説いてくるパターンもあるんですよ」


 まあ、私には可能性の低いイベントですけどね~。そう言って、からからと笑った咲良に、王は眉間に皺を寄せて、咲良を抱き寄せる腕を強くした。


「お前は、俺の傍から離れるな」




 その後、王の咲良への溺愛っぷりと共に、未来の王妃には先見の力まであるのではないか、との噂が国中を駆け巡り、ますます咲良の信奉者が増えたとか。一部の後ろ暗いことのある人々が、全てを諦め、自首・自供したとか。


 そんな事情も、結局、咲良は知らないままだった。



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