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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第74話 竜騎士捕縛任務

「俺の名はレックス。バルダー領主ゴデスラス伯爵配下の騎士である。閣下に代わり、此度の任務(クエスト)の指揮を執る者である!」


 銀髪の騎士はそう名乗ると、食堂に集まった冒険者たちをぐるりと見回した。

 日頃から荒事に慣れ、また権力におもねらないような連中である。その場の者はみなレックスの方に注意を向けてはいるが、しかし礼を示すようなものは一人もいない。


 帝国騎士たるレックスはそんな彼らの態度に一瞬眉を上げたが、すぐに表情を改めると大声を張り上げた。


「まず初めに言っておく!これからする話を聞くということは、すなわち今回の任務(クエスト)を受けることに合意したということである!即ち、目標を捉えるまで逃げられぬということを心得よ!」


 騎士レックスが、食堂に居並ぶ冒険者たちに向かって居高げに宣言する。


 しかし彼らに動揺は見られない。盗人ひとり捕まえるのに金貨百枚など、ただ事ではないのだ。ここにいる誰もが、その裏に漂うきな臭い空気に気が付いていることだろう。それを承知で集まった冒険者たちであるので、この場を離れようとする者などは一人もいなかった。


 それを見て満足げに頷いたレックスが、改めて任務の概要を説明し始める。


「貴様らには、とある盗人を捕まえてもらう。知っている者もいるかとは思うが、賊は伯爵閣下の屋敷に盗みを働いた。そして衛士共の目を掻い潜り、この街の迷宮に潜伏していることが分かったのだ」


 これは後で聞いた話なのだが、この時代では犯罪者が迷宮に逃げ込むことも少なくないのだという。


 通常、迷宮の出入り口には必ずギルドの職員が立っており、入退出社者の記録をしている。だが彼らはあくまで迷宮と冒険者を管理する者たちであり、逐一罪人の顔や名前を知っているわけではない。またラゾーナの≪ミリア坑道≫のときのように、ギルドが把握していない"横穴"があった場合、迷宮は格好の隠れ家となるのである。


 だからこそ迷宮を良く知る冒険者に、犯人捕縛の依頼が出されるのだ。


「帝国とギルドの約定により、我々では迷宮内の犯罪者に手を出せん。だからこそ此度の依頼だ。もっとも内部には私も同行させてもらうがな」


「おいおい、マジかよ。御貴族様が迷宮に入ろうってのか?」


 レックスがそこまで語ったところで、それまで大人しく話を聞いていた冒険者の側から声が上がった。


 巨躯を重厚な鎧で包んだ、戦士風の冒険者である。アレクセイがそちらを見てみれば、他の者たちも似たような表情をしている。つまり、うんざりしたような顔であるのだ。


 これまでアレクセイが見たところによれば、この時代に冒険者になろうという人間は、往々ににして自由を好む気風がある。同業者同士ならばいざ知らず、そこに騎士などが加われば実にやりにくいことだろう。五百年前の傭兵たちでさえそうであったのだから、いつの時代も体制側の人間は嫌われるというものだ。


 するとレックスは彼らの方に顔を向け、馬鹿にするように鼻で笑ったのである。


「当然だ。俺はこれでも三ツ星冒険者の資格を持っているのだからな。貴様らには俺の指示に従ってもらう」


「ほう、騎士でありながら冒険者の資格を有しているのか」


 そのようなあり方も可能なのかと、アレクセイは内心で驚いていた。法の穴を突くようなやり方であるが、それならば国の人間でも迷宮に入ることができるだろう。


 そもそもクラン≪小さな太陽(リトルサン)≫のマスターであるセリーヌからして、貴族の令嬢なのである。体制側の人間全てを迷宮から締め出しているわけではないということかもしれない。禁止しているのはあくまでも、大規模な軍事的・政治的行動だけであるようだ。


「もぐもぐ……そうだな。あの騎士もそれなりの腕のようだから、亜竜に後れをとることはないだろうさ」


 アレクセイの呟きを聞いていたのか、隣で肉を食むクレアが相槌を打つ。

 自分たちに話しかけてからこっち、彼女は酒と食べ物を手放していない。見たところかなりの実力を持つようだが、その様はどこか気が抜けても見える。


「そうか。まぁ、相手はこの国の騎士。それも三ツ星となれば、従うよりあるまい」


 初対面の時の印象から、アレクセイとしてはかの騎士にいい感情を持つことは難しい。だが敢えて自分から問題を起こすことはないので、しばらくは様子見だろう。少なくともあの男がいきなりフリアエの首を刎ねようとしない限りは、アレクセイの剣が向けられることはない。


「まぁ私たちは私たちの仕事をするだけさ。ところで今の言い様を聞くと……失礼だが、貴方の星をお聞きしても?」


「二つだ。つい最近冒険者になったばかりなのでな」


 アレクセイが何の気なしに答えると、クレアは目を瞬かせて驚いた。


「なんと!そんなに強そうなのにいまだ二ツ星とは……と、まぁ、私も二ツ星なんだけどね。もぐもぐ」


「ほぅ」


 そう笑ってジョッキを掲げるクレアの言葉に、今度はアレクセイが驚く番であった。


 身のこなしや身に着けている物からして、彼女は低級冒険者には見えなかった。例えば防具は一見簡素な革鎧であるが、かなり上質の物だということが分かる。その素材は武器防具に一言のあるアレクセイにも分からないのだから、恐らくは迷宮原産の物であろう。少なくとも二ツ星冒険者のものではないことは確かだ。


「そこ!俺が喋っている時は口を開くな!……ん?お前は……」


 そんな風に話しているのが勘に障ったのか、レックスが声を上げた。

 そしてアレクセイの姿を見ると、昨日のことを思い出したのか大きく顔を顰めた。しかしいまはそれどころではないと思ったのか、それ以上を口にすることはない。レックスはアレクセイたちのことなど放って、再び話を続けた。


「ゴホン!……さて目標の居場所だが、目撃情報から盗人は迷宮の最奥に隠れ潜んでいると思われる。少なくとも普通の冒険者が出入りするような場所にはいないはずだ」


 フリアエが迷宮にいることは、たまたま潜っていたこの街出身の冒険者からもたらされたものであるらしい。彼女はこの街の騎士であったのだから、バルダー出身の冒険者の中に彼女のことを知っている者がいたのだろう。また、彼女が白竜を連れているという情報もそこからだという。


「なぁ騎士さんよ、その盗人が白竜を連れているってのは本当のことなんかい?」


 先ほど声を上げていた重装の戦士が再び質問する。


「もちろんだとも。それは保証しよう。だがまさか、臆したのではあるまいな?」


「それこそまさかでさぁ。俺は白竜の素材は好きにしていいってんだから、この任務を受けてやってんだぜ?」


 確かにリーデルから見せられた依頼書にも、そのような記述があった。フリアエがいかなる方法で白竜を手なずけているのかは分からないが、その生死について言及されているのは彼女のみで、配下の竜についてはその限りではないらしい。


 その男以外にも何人かの冒険者たちが頷いている。彼らもまた白竜の素材を目当てにしているようだ。

 金貨百枚はフリアエを捕らえた者だけの報酬であり、手柄を上げられなかった者には僅かな金しか支払われないのである。通常の竜以上の強さを持つという白竜と戦ってそれでは割に合わない。故にこの中には竜の素材を目当てに参加した者も多いようである。


(確かに、白竜ともなれば鱗の一枚でも相応の値にはなるだろうからな)


 言ってみれば今回の依頼は、罪人探しであると同時に竜狩りでもあるのだ。

 まったくなんのしがらみもなければ、アレクセイも強者である白竜との戦いを純粋に楽しめたであろう。だがそれを連れているのが、妹そっくりの女騎士となればそうはいくまい。


 アレクセイがそんなことを考えている内にも、レックスの話は続いている。出発は明日の早朝、日が昇る前に迷宮に突入するという。そうして必要最低限の伝達事項を伝えたのみで、此度の会はお開きとなった。


 盗人が若い娘であること、領主の元騎士であることなどは伝えられていない。あくまでも貴族の館から盗みを働いた罪人を捕らえるという名目であるようだ。


 食堂に集っていた冒険者たちが三々五々に散っていく中、依頼主のレックスがこちらへと近づいてくる。アレクセイとしては下手な因縁を付けられる前に退散したかったのだが、そうはさせてはもらえないようだ。


「これはこれは、誰かと思えば先日の鎧の冒険者君ではないか。まさか貴様がこちらの依頼を受けてくれるとはな」


 そして想像通り、悪意の混じった言葉を投げかけてくる。


「正義感ぶってはいたが、所詮は冒険者。金に釣られるとはやはり下賤の人間よ」


「否定はしない。それに依頼とあらば、貴殿の指示には従おう、騎士殿よ」


「当然だな」


 アレクセイの傍らではエルサが怒りを秘めた瞳で騎士を見上げている。隣のソフィーリアはいつも通りのすまし顔だ。アレクセイとしても正直この男に用はないのだから、さっさとこの騎士には目の前から消えてほしいのだが。


 しかし相手はアレクセイの従順な態度に気を大きくしたのか、意趣返しのつもりなのかねちねちと小言をぶつけてくる。

 そういった精神性も、ヴォルデンの民らしからぬものである。ましてやそれを話すのが銀髪で長身の、アレクセイと似た名前の騎士であるというのだから、まったくもって不愉快の限りである。


「もぐもぐ……ふむ、騎士殿は獲り物を前に随分と気が立っておられる様子なのだな」


 とそこに横から口を挟んだのはクレアであった。そうして彼女は手に持つ肉の刺さった串を、笑顔でレックスの方へと差し出したのである。


「では美味い物でも食べて英気を養うといい。ここの"水モグラの香草焼き"は絶品だぞ!」


「いらんわっ!このような店の物など、誰が食うか!」


「そうか……ではこれは私が」


 そう言うや肉串を口元へ運ぶと、それらを一口でたいらげてしまった。


「もぐもぐ。うむ、美味い美味い」


 そうして実に幸せそうな顔で両頬を膨らませている。この時代で見た中で一番の美人と評したが、それにしては随分と野性的な食いっぷりである。爽やかな口振りや佇まいに反して、意外にも気取った性格ではないらしい。


 そんな彼女の雰囲気に毒気を抜かれたのか、レックスは「下品な女め」と吐き捨てると、アレクセイたちを一瞥してからさっさとその場を立ち去った。


 その背が扉の向こうに消えるのを見届けてから、アレクセイはクレアの方へと向き直った。


「すまん、助かった」


「いやなに、明日は共に迷宮に向かう仲じゃないか。多少恩を売っておいても損にはならないだろうさ」


 そういう物言いもまるで嫌らしく聞こえないのが、彼女の人柄なのだろう。

 色々と心配事の多い任務ではあるが、そこにクレアのような冒険者がいるというのは些細な気休めになった。初めは手練れの冒険者と警戒したものだが、少なくともこの人物ならば理由もなくフリアエを斬るということはないだろう。


 それは自身の直感に過ぎなかったが、共に食事でもとソフィーリアらを笑顔で誘うクレアを見て、アレクセイはそれを信じることにしたのであった。






 その日の夜。

 バルダーの街の中心にある領主の館で、二人の人物が顔を突き合わせていた。


 一人はバルダーの領主である、ゴデスラス伯爵。

 口ひげを蓄えた壮年の貴族は、先ほどから何度も卓の上のワインに手を伸ばしている。それは美酒を味わうためではなく、この部屋に漂う謎の緊張感からの行動であった。どこか焦りを感じさせるその動きには、館と街の主人らしい威厳は見受けられない。


 そして彼と卓を挟んで対峙するのは、一人の騎士であった。

 その者は室内だというのに濃い紫色の全身鎧に身を包んでいた。精緻な紋様が刻まれた面頬は下ろされており、その表情を伺い知ることはできない。当然その人物の前に注がれた酒にも、一切手はつけられていない。もっとも、威圧感を発している張本人がこれを飲むことはないだろう。


「……予定通りに冒険者は集まったか」


 兜の下から、くぐもった低い声が発せられた。それはどうやら男のもののようである。不意に発せられた騎士の言葉に、伯爵は口の中のワインを慌てて飲み下すとそれに頷いた。


「はっ。騎士の話では、三十人ほどの冒険者が集まったようでございます」


 もしこの場に屋敷の使用人がいれば、へりくだった伯爵の態度に目を丸くしたことだろう。だが初めからこの部屋には人払いがされているし、なんなら二つのワインも伯爵が自ら注いだものである。


「何人かは手練れもいるようですが、それだけではあの娘を捕らえることは難しいでしょう」


 伯爵の言葉に、紫の騎士は「ほぅ?」と興味深げな声を上げた。


「白竜といえどもまだ幼体であろう?」


「竜の方は私にはなんとも……。ですが娘の方の実力は確かです。忌々しい話ではありますが……」


 そう言って伯爵は苦虫を噛みつぶすような顔で、グラスへと手を伸ばした。苦り切った表情でワインを飲み干す伯爵を眺めてから、騎士が口を開く。


「冒険者共が賊を捕らえられるようであれば、なんの問題もない。仮にそうならずとも、貴様にはこの前渡した()()がある。その力をもってすれば、できぬことはあるまい」


「……はっ」


 変わらず眉を寄せ続ける伯爵を見て、またも騎士が声を発した。


「どうした、まさか臆したのではあるまいな?」


「い、いえっ!そのようなことは、決して!!」


 騎士は慌てて頭を下げる伯爵の頭をジッと見下ろし、しばらくしてから息を吐いた。


「まぁよい。貴様は私の指示通りに動けばそれでよいのだ。さすれば互いにとって明るい結果が待っているのだからな」


 その言葉のあと、何かが動く気配がして、ゴデスラス伯爵は頭を上げた。するとそこに紫の騎士の姿はなく、ただ空になったグラスがあるのみであった。

週刊ペースで申し訳ないです。

がんばります(小並感)

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