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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第68話 堕落の銀の街

 竜を連れた銀髪紫眼の娘との出会ってから二日。アレクセイたちはついに目的地であるバルダーの街に到着した。


「ここがバルダーの街か」


「思っていたより大きな街ですね」


 街を取り囲む市壁を眺めながら、アレクセイとソフィーリアは呟いた。


 冒険都市ラゾーナの商人ラリーから聞いた話では、この街には銀の髪を持つ人間が多く住んでいるのだという。


 銀髪はヴォルデン人にのみ見られる髪色だ。少なくともアレクセイたちが生きていた五百年前においては、銀髪の人間には必ず北部人の血が流れていたのである。であればここの住人達もヴォルデンの血族に違いない。


 旅商人のラリーや放浪の冒険者であるエルサと違い、長年この街に住んでいる住人たちであれば、かつての故郷の情報を持っている可能性が高い。直接その名を知っておらずとも、記録のひとつやふたつは残っているはずである。


 先日の白竜を連れた娘との出会いによって、アレクセイたちの期待感は否応なく高まっていた。彼の娘は銀髪に加え紫の瞳までも有していたのである。それはヴォルデンの血を色濃く引き継いでいるという証であり、そうであれば滅びたかつての故郷について何か知っていてもおかしくはない。

 あの娘に話を聞けなかったことは残念だが、少なくともここまでの旅路が無駄ではなかったと分かってアレクセイたちは安堵していた。


「ここでこうしていても始まらんな。早速行くとしよう」


 アレクセイたちは受付をしている壁門へと足を進めた。

 そこに近づくにつれ、ラリーの言っていたことは正しかったのだと分かった。なぜなら門で受付をしている兵士の男もまた、銀の髪をしていたからである。


「む、冒険者か」


 アレクセイたちの姿を改めた男は開口一番そう言った。これまで出会ってきた者たちと違い、アレクセイの巨体に別段驚いた様子はない。目の前の男もまた非常な長身であったからである。無論アレクセイほどではないが、紫ならず緑の瞳を除けば、ヴォルデン人と呼んでも差支えない容貌であった。

 アレクセイたちの姿を観とめた男は、こちらが何か言う前に気安げに口を開いた。


「お前たちも"逆鱗"狙いの冒険者だろう?わざわざこの街に金を落としに来てくれるとは、ありがたいこった」


 男はそう言うと腰に吊るしていた革袋を口にやって中身を呷った。やがて吐き出された息とうっすらと赤くなった顔を見るに、どうやら中身は酒であるらしい。


(門兵が勤務中に酒だと?)


 その様を見たアレクセイは内心で眉を潜めたが、ひとまずはそれをおくびにも出さずに首を振った。


「それが何のことだかは分らぬが、そうではない。我らは少し……調べ物をな」


 アレクセイが否定すると、門兵は途端に不機嫌な顔になると煩わしそうに手を振った。


「そんな大層な鎧を着て迷宮に潜らないってのか。何を調べたいのか知らねぇが、用が済んだらとっとと出ていくこったな」


「……うむ、そうさせてもらおう」


 アレクセイたちはこうして壁門を抜けてバルダーの街に入ることになった。その際に結構な額の入場料を取られている。この時代の一般的な街への入場料は分からないが、支払いをしたエルサが目を丸くしていたのを見るに、決して安い方ではないのだろう。

 そして実際に、門から離れるとエルサはすぐに不満の声を上げた。


「やはり高いのか?」


「高すぎます!こんなの王都や聖都でだってありえません!暴利ですよ暴利!」


 生まれてこの方旅に暮らしているだけあって、エルサは非常に現実的な金銭感覚を有している。だからこそ一行の財布役を任せているのだが、普段は穏やかな彼女が顔を赤くして怒りの声を上げるくらいなのだから、よっぽどだったのだろう。


「それにこの子からも入場料を取るなんて……」


 エルサはそう言うと傍らのスライムにひしと抱き着いた。彼女の言う通り、この街に入るにあたって門兵はスライムのミューにまで入場料を要求してきたのである。この時代の魔物の扱いは分からないのでその正否についてはなんとも言えないが、きっちり人間一人分の金を払わせたあたり、なかなかに金に厳しい様に思える。必要経費なので仕方がないのだが、バルダーの街に入るだけで結構な額を取られてしまった。


「ただその割には人の数は多いのだな。門兵が言っていた"逆鱗"とやらはよほど儲かると見える」


 入場料と門兵の態度には些か辟易させられたが、街自体を訪れる人間の数は多い。現にこうしている間にも、冒険者風の者たちが幾人もアレクセイらを追い越していく。もっともその多くが、入場料の高さにうんざりさせられている様子であったが。


「しかし門兵としてあの振る舞いは如何なものでしょう。あなたもそう思ったから、あの者にヴォルデンのことを尋ねなかったのでしょう?」


「あぁ。どのみち酒気を帯びているようでは、まともな答えが返って来るかもわからんからな」


 人の流れに詳しいであろう門兵という職ならば、何かいい話を聞けるのではないかと踏んでいたのだが、あの様子ではその気も失せてしまった。もっともこれだけ人の流れがある場所で、立ち止まって話を聞くわけにはいかないだろう。


「ひとまずは冒険者ギルドに行ってみるか。冒険者が情報を集めるのならば、まずはそこなのだろう?」


 アレクセイがそうエルサに尋ねると、気を取り直した彼女がこくりと頷いた。そうしてアレクセイたちは、ひとまず会館を目指して足を進めることにした。


 アレクセイは歩きながら街の様子をつぶさに観察してみる。

 街の規模自体は、この前訪れたサルビアンの街と変わらない。そしてこの街もやはり近くに迷宮でもあるのか、冒険者たちの姿が数多く目に付いた。ラゾーナのような新人ではなく、もう少し経験を積んだであろう者たちだ。


 だがやはり目に付くのは、この街の住人らしき人々の姿であった。店を構えて商いをする人間の多くは銀髪か金髪で、彼らはみな長身であったからである。ただ背が高いというだけではなく、戦士ならずともがっしりとした身体つきを見れば、北部の血を引いているであろうことは明らかであった。

 また子どもを連れて往来を歩く女たちもみな背が高い。肌の色は白く目鼻立ちもくっきりしていて、こころなしか顔の整った者が多い気がする。それらの特徴も、かつてのヴォルデン人と同じであった。


 こうやって武装した冒険者たちと比べると、バルダーの住人たちが異質であることが分かった。


「やはりこの街で当たりだな」


 その光景を見ながら、アレクセイはここが北部の系譜であることを確信していた。


 そうこうしている内に、一行はバルダーの冒険者ギルドまで辿り着いた。他の冒険者たちの流れに沿えば、自然とこの場所まで来ることができた。


 ラゾーナのギルド会館と比べても遜色ない建物の中へ、アレクセイたちは足を踏み入れる。中では当然ながらたくさんの冒険者たちがたむろしていた。彼らはアレクセイの巨体を見て一瞬驚いた様子だったが、すぐに興味を失って各々の話題に戻っている。このあたりの反応は流石にラゾーナの初心者たちとは異なるものだった。あるいはギルドのあちこちを歩く職員たちもまた、巨漢の者が多いからであろうか。


「ふむ。とりあえずは、ひとまず受付に聞いてみることにしよう」


 アレクセイらは手隙のカウンターの前へと滑り込んだ。受付の男は漆黒の甲冑の大男の姿に僅かに眉を上げたが、すぐに貼り付けたような笑顔になると何用か尋ねてきた。そうしてアレクセイが聞きたいことがあると言い、自分たちの目的が任務(クエスト)などではないと分かると、呆れたように首を振ったのである。


「冒険者さん、ここはバルダーの冒険者ギルドですよ?ここに来たらやることは一つでしょう。なにせこの街には迷宮の≪ヴァート湿原≫があるのですから、金を稼いで等級を上げるにはぴったりの場所ですよ」


 聞けばバルダーの街は、≪ヴァート湿原≫なる迷宮の入り口を囲むようにできているのだという。そこは低級の亜竜たちが生息する絶好の稼ぎ場なのだそうだ。亜竜とはいえ竜は竜なのだから、確かにそれらの素材は高く売れることだろう。また本物の竜に比べればその脅威は遥かに劣るため、ひとつ上のランクに上がるための冒険者たちの、文字通り登竜門的場所らしい。


「失礼ですが、星の数は如何ほどで?」


「我ら二人は、二ツ星だな」


「ンフッ……いや、失礼」


 職員の質問にアレクセイがそう答えると、彼は鼻を鳴らして形ばかりに非礼を詫びた。どうやら屈強な見た目に反して、冒険者としての等級が低いとでも思われたらしい。


「まぁ、あんたたちの装備ならたぶん大丈夫なんじゃないかね?丁度いいじゃないか、ここで金と星を稼いで、中級冒険者の仲間入りを果たしたらいい」


 露骨に態度を変えた職員は、したり顔でそのようなことを言っている。

 アレクセイとしてはついこの間冒険者になったばかりなのだから、星が少ないことなど全く気にしていない。というより人の世を渡るために資格を得たに過ぎないので、これ以上等級を上げる必要もないのだ。ソフィーリアもさして気にした様子もなくのほほんとしており、憤慨しているのはまたもエルサのみであった。


 とはいえこの様子では、職員から何かいい情報を聞けるかは怪しいところだ。どの道まだ若そうな目の前の男からは、バルダーの古い話を聞ける可能性は低いだろう。


「そうか。まぁ、気が向いたらそうしてみることにしよう。それよりこの街の歴史について、詳しい人物などはいるだろうか?」


 アレクセイは方向を変えてそのように尋ねてみたのだが、男はさも面倒そうに顔をしかめると指で机を叩いてきた。


(なんというか……この街の受付とやらは、みなこうなのではあるまいな)


 アレクセイは呆れ半分で内心ため息をつくと、傍らのエルサに財布を出すよう言った。彼女は驚いたようにこちらを見上げてきたが、特に文句を言うこともなく革袋から銅貨を取り出すとカウンターの前に置いた。もっとも、その顔は実に不満げではあったのだが。


 男は机の上の銅貨を摘まみ上げると、舌打ちをひとつしてからそれを懐にしまった。


「チッ、しけてんな。まぁ二ツ星じゃこの程度かね……それでなんだ、この街の古い話を知っている人間だったか?」


「うむ。ただまぁ、資料などがあればそれが一番よいのだが」


 羊皮紙は劣化に強いので、五百年前のことであっても書き残されている可能性は高い。口伝はどうしても世代を経るごとに歪められていくので、書籍の形で記録が残っていればそれが最も確実だろう。


 だが受付の男は、アレクセイの言葉を馬鹿にするかのように鼻を鳴らした。


「そんなもん持ってるのはお貴族様くらいだろうよ。ま、あんたたちみたいなのが気軽に見られるもんじゃないことは確かだな」


「そうか……ではやはり人を当たるしかないな」


「賢明だな。そうだな、南区に住んでるヒルデ婆さんなら何か知ってるかもな。昔話は年寄りに聞くと相場は決まってる」


 聞けばその老人は街でも有数の物知り婆さんであるらしい。態度の悪い受付の男にさらに追加で銅貨を渡してその者の家の在処を聞くと、アレクセイたちはさっさとギルド会館を後にすることにした。アレクセイたちはともかく、エルサが憤懣致し方ない顔をしていたからである。


「君がそこまで憤慨するとは、驚きだな」


 エルサは基本的に優しい気性をしているが、もとより厭世的というか、年の割に冷めたところも併せ持った少女だ。それは霊魂遣い(ソウルコンジュラー)という特殊な職業と、幼いころから放浪の旅をしているという生まれのせいもあるだろう。そんな彼女が、ギルド職員の態度が少々悪いくらいでここまで気持ちを乱すとは意外に思えた。


 アレクセイに指摘されたエルサは、なぜか悲し気に眉をひそめて俯いた。そしてどこかがっかりしたような声色で声を上げた。


「だって、ようやくアレクセイさんたちの故郷の血を引く人たちと会えたのに……あんな人ばかりなんて」


 エルサの言葉に、アレクセイとソフィーリアは驚くほかない。

 どうやら彼女はアレクセイたちの気持ちを慮って、代わりに怒ってくれていたらしい。むろん彼女にそのようなおせっかいな考えはないのだろうが、自分たちに心を寄せてくれているからこそ、エルサはここまで気持ちを動かしてくれたのであろう。


「優しいのですね、エルサさんは……」


 ソフィーリアはそう言ってエルサの手を取った。


「でも心配なさらないで。ヴォルデン人といえど、色々な人がいます。それは普通の人と変わらないのですから、私たちは気になどしてはいないですよ」


「うむ。それにたまさかこの街で会った人間が、少々癖があっただけのことだ。全ての者がそうであるわけではないさ」


 アレクセイもまた膝を付いてエルサと視線を合わせると、彼女の頭にそっと手を乗せた。エルサはいくらか恥ずかしそうにしていたが、やがて笑顔を取り戻すと大きく頷いた。


「よし。では早速その老人のもとへ行ってみるとしよう」


 そうしてアレクセイの号令の下に、気を取り直した三人はバルダーの南区へと足を伸ばしたのである。




 が。




「なんだいアンタたちは!?余所モンが寄ってたかってこのババに何の用だい!?」


「あの、私たちはお婆さんにお尋ねしたいことがあって参ったのですけど……」


 扉を開けて出てきたのは、こう言っては失礼だがいかにも捻くれていそうな老婆であった。ヒルデらしき老婆はアレクセイたちの姿を見ると、開口一番にそう怒鳴りつけてきたのである。


 対応するのはソフィーリアだ。見た目に威圧感のあるアレクセイよりも、可憐な彼女の方が話を聞きやすいと踏んでの人選だったのだが、老婆は思いもよらぬ方向からここにも文句を付けてきた。


「まったくやたらとキラキラしてからに、目が痛いったらありゃしないよっ!それに小娘の癖していかにも高そうな鎧なんか着ちゃって、ババが貧乏なのを笑いに来たってのかい!?」


 全くとりつく島もない。


 それでもここまで来て何も聞かずに帰るわけにもいかないだろう。

 アレクセイたちは少々強引にでも、自分たちが彼女の元を訪れた理由を話すことにした。巨漢の黒騎士には流石に強く出る気にはならなかったのか、しばらくは大人しくしていた老婆であったが、話を聞くにつれその目にはなんともいえない光が宿ってきた。

 そして話を聞き終えるや否や、その萎びた指で輪っかを作って見せてきたのである。


「……それならアンタたち、出すもの出してくれるんだろうねぇ?」


 それまでの攻撃的な態度から一転して、ねっとりとした笑みを浮かべてきた老婆を見て、アレクセイは心中で盛大にため息を漏らしたのであった。



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