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小さき者たち ブラッディ・ローズ ②

間章 その二です

「助けに来てくださってありがとうございました。わたくしはロゼッタと申します。先ほどは見っともないところをお見せして、お恥ずかしい限りですわ……」


 ロゼッタと名乗る少女は、頬を染めてそう頭を下げた。


 あれから二時間後。

 アーサーたちはラゾーナの有力クラン≪小さな太陽(リトルサン)≫のロビーにいた。クロエと共にやってきた衛兵隊に事情を説明した後、気を失ったロゼッタをここまで運び込んできたのである。自分たちの危機に颯爽と飛び込んだスヴェンが、このクランの人間だったのだ。


「気にしない気にしない!あたし達は大したことしてないし、こいつは頑丈なのが取り得だからさ!」


「あ痛っ!」


 カラカラと笑うベラが、アーサーの背中を景気よく叩く。≪小さな太陽≫の人間に治癒をかけてもらったとはいえ、痛いものは痛い。

 アーサーは非難の声を上げようとしたが、それより先に別のところから声が上がる。


「ほんで、お前はなんであの連中に攫われそうになってたんだ?」


 興味津々といった感じで身体を揺すっているのは、ライラという少女である。小柄なクロエよりもなお小さい彼女は、このクランの人間であった。衛兵と共にやってきた彼女は、どうやらスヴェンと共に街の見回りをしていたらしい。知らせを聞いて一人先走ったスヴェンを慌てて追いかけてきたのだそうだ。


「それが……」


 気まずげにロゼッタが話すところによれば、つまりはこういうことだった。


 彼女は冒険者になるために、数日前にラゾーナを訪れたという。そしてめでたく冒険者となり、同じような駆け出しと一緒に最初の冒険へと出かけたそうだ。


そこは最近話題になっている≪ミリア坑道≫で、なんでも先の騒動で上位の魔物が粗方倒されたために、今なら安全に雑魚を倒せると評判だったらしい。勇んで魔物退治に出かけたものの、そこで先ほどのように魔物の血を見て卒倒してしまったのだという。


そうして気を失った彼女を担いで命からがら帰ってきた一行に、ロゼッタは目を覚ますなり別れを突きつけられたらのだとか。


「それは……」


「ま、それはしゃーないわな」


 話を聞いて、アーサーたちもなんとも言えない顔になる。低級とはいえ、魔物がひしめく迷宮で気絶するなど危険極まりない。その場で捨て置かれなかっただけましというものだろう。ロゼッタもそれは分かっていたから、彼らを責めはしなかったのだそうだ。


「他のパーティを探しはしなかったの?」


 ベラが問いかけると、ロゼッタは唇を噛んで首を振った。


「迷宮から戻ったときに結構な騒ぎになってしまったので……皆さん、わたくしが血を見ると倒れてしまうことをご存じみたいなのです」


 駆け出し冒険者はいずれも余裕がないものだ。余計なお荷物を抱えるゆとりはないだろう。

 とはいえ彼女が着ているのは太陽の印が描かれた法衣である。ギルドの分類では"僧侶(クレリック)"となるので、治癒の奇跡なりが使えるはずである。冒険者のパーティにおいて、回復役(ヒーラー)がいるかどうかは大きい。


 だがロゼッタはさらに俯くと、蚊の鳴くような声で小さく言った。


「わ、わたくし治癒の奇跡は使えなくて……」


 その場に、なんとも言えない空気が広がった。血を見ると卒倒し、しかし回復役にもなれない僧侶とは。

 ここでそれまで黙って話を聞いていたライラが、何かに気が付いたように手を打った。


「あぁ、それであんな連中に付いていったのか。俺たちが仲間になってやる、とかなんとか言われたんだろ?」


 ライラの言葉に、いよいよ縮こまったロゼッタは頷いた。

 一同が顔を見合わせているそのとき、唐突に正面玄関の扉が大きな音を立てて開け放たれたのである。


「お嬢さぁん!貴方の騎士のお帰りですよ!!」


 現れたのは優男の剣士、スヴェンであった。悪漢どもを撃退したとはいえ街中で剣を抜いた彼は、先ほどまで衛兵隊の詰め所に連れていかれていたのだ。調子のいいことをのたうまうスヴェンであったが、その後ろから彼を諫める声が響いた。


「スヴェン、お客人にそのような口をきくのは止めなさい」


 そうして彼の後ろから現れたのは、白金の髪の美しい女であった。その横にはライラとよく似た、小柄な少女もいる。ライラの双子の姉であるアイラが、腰に手を当ててスヴェンを見上げている。


「そうです!セリーヌ様にまで迷惑をかけて、スヴェンさんには≪小さな太陽≫の人間だという自覚が足りません」


「私は別に気にしていないよ、アイラ。それにスヴェンが彼女らを守ったのは事実だからね。我がクランの誇りは守られたさ」


「マスターぁ……」


≪小さな太陽≫の女主人セリーヌは、そう言って微笑みながらアーサーの背に触れた。先ほどの魔術師から受けた傷を直してくれたのは彼女である。四ツ星(よつぼし)の冒険者で優れた剣士であるという彼女は、いくらかの治癒の奇跡も使えるのだ。


「君も実に立派な行いであったね」


「あぁ……いえ、どうも」


 思わず赤くなってしまったアーサーの腹を、ベラが肘でつつく。


「ロゼッタ嬢も危ないところだったね。奴等は冒険者崩れの犯罪者で、最近街で悪さをしている連中なんだ。君のような若い娘を誑かしては、どこかに売りつけているらしい」


 そして悪漢どもは元々この街の冒険者だったのだという。ラゾーナ有数のクランの一つであったが、頭目が死んでから統率を失い、無秩序に悪事をしでかしているのだそうだ。「まったく、ラゾーナの恥だよ」とはセリーヌの弁である。


「まぁそれはこの街の冒険者たちの問題だ。それで、君たちもロゼッタ嬢と同じように、ラゾーナ周辺の迷宮に潜りに来たのかな?」


 セリーヌの問いかけに、アーサーたちは「否」と答えた。また折角の機会なので、彼女の協力を仰ぐことにする。


 自分たちの目的はエルサの捜索である。彼女がこの街に寄ったと考え冒険者ギルドで情報を収集するつもりであったが、それが≪小さな太陽≫でも同じことだろう。このクランはラゾーナにおける駆け出し冒険者たちの顔らしいので、珍しい職業に就いているエルサに関しても何か知っているかもしれない。


「ほぅ、霊魂遣い(ソウルコンジュラー)の少女か」


 話を聞いたセリーヌが、意味ありげに呟いた。ふと見ればアイラとライラの姉妹も顔を見合わせている。


「君たちは冒険者にとって、とても得難い要素を持ち合わせているようだね」


「あの、それって?」


 遠慮がちにベラが尋ねると、セリーヌは上品に笑いながら一言こう言った。


「運だよ」






大当たり(ビンゴ)!やっぱりこの街に来て正解だったわね!」


 上機嫌なベラが、そう言ってアーサーに笑いかけた。一方のアーサーは、珍しく真面目な表情で周囲を見回している。


「おいベラ、それはいいけどちゃんと周りを見とけよ?索敵は斥候(スカウト)の仕事だろーが」


「分かってるわよ!」


 いま一行は冒険都市ラゾーナの東にある迷宮、≪ポリン平原≫に来ている。といってもそのこと自体とエルサの捜索とは関係ない。


 一行はセリーヌから驚くべき話を聞いていた。それは、ラゾーナを騒がせたゴブリンの大量発生事件を解決したのが、あのエルサだったという話である。原因は分からないが突如大発生したゴブリンたちは、これまた不明ではあるがなぜかアンデットと化したという。その上同時に現れた上位の魔物である黒竜までも、屍竜へと変貌したのだそうだ。そしてそれらのアンデットを浄化したのが、あのエルサであったらしい。


 また同時に一同を驚かせたのが、そんな彼女の傍らに黒鎧の大男がいたのだという。それは間違いなく、マジュラ迷宮でエルサが契約しようとしていた≪さまよう鎧(リビングメイル)≫に違いない。セリーヌらは気づいていないようだったが、アーサーたち三人はかの迷宮でその姿を目撃しているのだ。真っ黒な鎧に巨大な大盾の騎士など、そうそういるものではないはずだ。


 狙い通りの情報を手に入れたことで、ベラが浮かれるのも当然と言えるだろう。ではなぜアーサーたちがエルサを追いかけるでもなくこんな初心者向けの迷宮に来たのかといえば、それは路銀稼ぎに他ならなかった。


 ≪ポリン平原≫は"粘液玉(ボールスライム)"と呼ばれる球状のスライムが出現する迷宮で、こん棒ひとつあれば駆け出しでも狩れると評判の超低難易度の迷宮なのである。その分得られる稼ぎは微々たるものだが、金稼ぎで怪我をしては元も子もない。アーサーたちはなるだけ安全重視で、かつ大量に魔物を倒すことで手早く金を稼ぐ算段なのであった。


「それに、ここなら貴方でも無理なく戦えるはず」


 クロエが言葉を掛けた先にいるのは、所在なさげに一行の後ろを歩くロゼッタである。自身の体質のせいで行き場のなかった彼女を誘ったのはベラだった。


「あのぅ、本当によろしいんですの?皆さんは急ぐ旅でしょうに」


「いーのいーの!あの子の最終的な目的地は分かってるし、正直そんなに急ぐ必要もないしね!それにこうして知り合ったのも何かの縁でしょ?少しの間だけど、一緒にこの迷宮を巡りましょ!」


 ベラの屈託のない笑顔を見て、ロゼッタもようやくその顔に笑みを浮かべた。この迷宮に出現するのは粘液玉が主である。透明なセリー玉にしか見えないスライムならば、血を見ると倒れてしまうロゼッタでも戦うことができるだろう。


(ずっと面倒みるわけにはいかないけど、少しくらいは協力してやりてーよな)


 アーサーはロゼッタの横顔を見ながらそんなことを思った。血が苦手というのは、冒険者としては致命的だろう。魔物だけでなく仲間が怪我をすることも考えれば、いちいち倒れられては冒険などできるはずもない。

 だが彼女はそれを承知の上で冒険者となったのだ。幼い頃から冒険者になることを夢見てきたアーサーとしては、なるだけ応援してやりたい。


 そんなわけでロゼッタを加えた一行はポリン平原をずんずん進んでいた。この迷宮が初心者向けと言われているのは出現する魔物の弱さからであるが、実はそれだけではない。ここは≪迷宮≫としては非常に異例の構造を成しているのである。


「う~ん!でもほんと、迷宮の中とは思えない場所よね、ココって」


 ベラは大きく伸びをしながら、実に呑気なことを言う。正直なところ、アーサーもあまりしつこく彼女を注意する気にはならなかった。


 なぜなら、自分たちの上には青く澄み渡った空が広がっていたからである。更には燦燦と煌く太陽から、実に暖かな日差しが降り注いでいるのだ。目の前には青い葉が揺れる草原が一面に広がっており、言われなければここが迷宮の中だとわからないくらいである。


「でもあまり油断しては駄目。太陽はあの位置から変わることはないし、似たような風景が続いているから自分の位置を見失いやすい」


 クロエの言うように、ここでは魔物にやられる冒険者より、迷宮内で迷子になる冒険者の方が多いくらいなのだ。怪我をしていたり糧食が少なかったりすると、これが意外と馬鹿にできないのである。

 とはいえ草原のあちこちに標識が立てられているし、ギルドが用意した休憩所もある。気を付けていれば、よほどのことにはならないだろう。


 そんな話をしていると、ちょうどいい具合に数体の粘液玉が草むらから飛び出してくる。子犬ほどの大きさのこの魔物は、普段は虫や小動物の類を食べているらしい。そして迷宮の魔物の法則に則り、人間の姿を見ると襲い掛かってくるのだ。ただ攻撃方法は飛び上がっての体当たりのみで、一般的なスライムのように溶解液を飛ばしてくるようなこともない。


「出たわよ!そーれ、叩け叩けー!」


 獲物を見つけた肉食獣の如き速さで、ベラが粘液玉に飛び掛かった。その手にあるのはいつもの短剣ではなく安物のこん棒である。この敵には刃物よりも鈍器の類の方がやりやすいのだ。


 アーサーも負けじと剣を持って続いた。人さらいどもをのした時と同じように、鞘から抜く前のこん棒状態だ。


「おらぁ!」


 力任せにぶん殴ると、粘液玉はあっけなく弾けた。そうしてベラやアーサーが倒したあとは、クロエが魔石を回収していく。親指の先程の大きさだが、塵も積もればなんとやらである。彼女はせっせと石を拾うだけだが、粘液玉を倒すにはクロエの魔術は大仰にすぎるから、この役割分担に文句はない。


「ほらほら、ロゼッタもぼさっとしてないで手を動かす!」


「わ、わかりましたわ!」


 ベラに急かされて、ロゼッタはきょろきょろと相手を探している。すると一匹の粘液玉が彼女目掛けて飛び上がった。


「え、え~い!」


 少しばかり気の抜ける掛け声とは裏腹に、唸りを上げて空を切った彼女の拳が粘液玉にめり込んだ。するとその衝撃が凄まじかったのか、粘液玉は木っ端みじんに弾け飛んだのである。


「うお、すげ……」


「やるじゃない!」


 聞いたところによると、彼女は淑やかな振る舞いに反して拳闘の心得があるらしい。その腕に嵌められた手甲も結構上等な品のようだから、もしかしたらなにがしかの魔法が込められているのかもしれない。


「わたくしだって、や、やるときはやりますのよ!」


「あんまり頑張らなくていい。魔石を拾うのが大変だから」


 気勢を上げるロゼッタをよそにぼんやりとクロエが呟くのを聞いて、アーサーとベラは思わず笑ってしまった。


「さぁ、この調子でガンガン行くわよ~!」


「「「お~!」」」


 こうしてロゼッタを加えた臨時のパーティは、実に和やかに、迷宮を進んでいったのである。


「……」


 そしてそんな一行をねっとりと見つめる人間がいることに、彼らが気づくことはなかった。



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