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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第54話 教官殿の実力

「いやいやいや!これはちょっと多いんじゃないかな!?」


 押し寄せるゾンビとスケルトンの大軍を捌きながら、カインが叫ぶ。

 壁の穴に連れ込まれたエルサをソフィーリアとマユに任せたアレクセイたちは、その直後に現れたアンデットの群れに襲われていた。


 これらの魔物たちは、単体で言えばアレクセイらの敵ではない。アレクセイはもちろんのこと、手製のスライムを操るカインも、口では先ほどのようなことを言いながらも要領よくアンデットたちを倒していた。


「なに、この程度の敵ならば物の数ではあるまい。しかしどうして、教官殿も流石は教え導く身分、大した手並みだな」


 青白い顔をしたゾンビの首を五つまとめて斬り飛ばしながら、アレクセイは向こうでゴーレムと戦うアネッサの方に目を向けた。


 そこではアネッサが、新たに現れた玉ねぎゴーレムを相手に見事な戦いぶりを披露していた。


「はぁぁぁぁ!」


 アネッサは大きく跳躍すると、振りかぶった大剣を大上段から振り下ろした。ゴーレムの背丈よりも高く、天井近くから打ち下ろされた斬撃はゴーレムの肩口に命中する。空中で一瞬動きが止まったアネッサをゴーレムの左手の盾が襲うが、彼女はこれを足蹴にすることで回避した。


「かーっ!ホンット硬いねこいつは!」


 柄を握っていた右手をぷらぷらと振りながらアネッサが文句を垂れた。

 頑強なゴーレムの装甲を力いっぱいぶっ叩けば、手に伝わるその衝撃は相当なものだろう。しかしその言葉とは裏腹に、強固なオリハルコンでできているはずのゴーレムの肩は大きくひしゃげてしまっていた。切断までには至らなかったようだが、ゴーレムの全身にはそれまでアネッサによって付けられた無数の傷や凹みが見受けられた。


「確かあのゴーレムは、四ツ星(よつぼし)の冒険者が徒党を組んで戦うものではなかったか?」


 アレクセイがそう話す間にも、ゴーレムと対峙するアネッサの方にも数体のゾンビが迫っていた。アネッサはロクにそちらの方を見るでもなく、手にした大剣を一閃させる。すると哀れなゾンビたちはまとめて体を両断されることになった。

 彼女はゴーレムと戦いながらも、そうやって他の魔物の相手もこなしているのだ。


(この間のセリーヌ嬢もなかなかの腕前であったが……流石に格が違うな)


 アレクセイはスケルトンをまとめて三体、大盾で石壁に勢いよく叩きつけて粉みじんにする。そうして先の冒険都市ラゾーナで出会った、女性剣士のことを思い出していた。


 冒険者クラン≪小さな太陽(リトルサン)≫のリーダーであったセリーヌも、それなりに手強い魔物である戦獣鬼(ウォートロル)を一撃で屠る腕前を持っていた。彼女は現役の四ツ星冒険者であり、ギルドの等級だけでいえばアネッサが教官になる前のものと同じである。


 しかしこうしてアネッサの戦いぶりを見ていると、アレクセイとしては戦士として両者の力量差を感じてしまう。


「そら!もういっちょ行くよ!」


 アネッサが気勢を上げると、その姿が掻き消えた。凄まじい速さでゴーレムの懐まで踏み込んだアネッサが、玉ねぎゴーレムの横っ面に強力な一撃を叩き込んだ。空中で体ごと回転しながらの、豪快な一振りであった。


「ほぅ!」


 それを見たアレクセイは思わずそう声を上げてしまった。


 ゴーレムの玉ねぎ頭をスライスすることは叶わなかったが、よほどの衝撃だったのか今の攻撃でゴーレムに膝を突かせることに成功していた。そしてその頭部には大きな凹みがついている。その中身がどのようになっているかはアレクセイには分からないが、痛みを感じぬゴーレムとはいえ流石に影響なしとはいかないだろう。

 現にゴーレムはどこかに支障をきたしたのか、膝を突いたまま動けないでいるようだ。


「今のはいい一撃であったな、教官殿」


 アレクセイは道を阻むアンデットたちを斬り捨てながら、アネッサの方へと近づいていった。


「やー、今のはいけたと思ったんだけどね。オリハルコン、だっけ?やっぱ硬いわー。スキル使ってもこんだけ斬れない相手は初めてかも」


「ほぅ、スキルか」


 あの目にも止まらぬ動きや常人では考えられない力強い攻撃は、どうやらスキルの恩恵によるものらしい。

 アレクセイはすっかり記憶の彼方へ去ってしまっていたそれの存在を思い出した。


 自身もつい先日彼女から習ったばかりではあったが、こと戦いとあってはやはり身に沁みついたものが一番である。数多くの戦場を潜り抜けてきたアレクセイは、習得したばかりのスキルを実戦で使おうという意識がなかったのだ。


「なるほど。というとやはり、今のは"肉体強化"のスキルといったところか?」


「そうだよ。アンタにも教えたあれはあくまで基本のスキルだけど、だからこそ使い勝手がいいからね。この先何があるか分からないし、大技は避けたかったんだけどなぁ」


 アネッサはそう言ってため息をつくと、大剣を肩に担ぎなおした。


「確かに、あの硬さは厄介よな。戦鎚でもあればいくらか戦いやすいのだが……む?」


 アレクセイが何気なくその剣を見ると、思わず目がそこに釘付けになってしまった。頭上から送られるその視線に気が付いたのか、アネッサは大剣を掲げて見せると何やら嬉しそうに言った。


「ん、こいつが気になるのかい?やっぱいい鎧着ているだけあって見る目があるね~。ヘヘッ、綺麗な刀身の色してるだろ?こいつは……」


「"明星の剣(モルガーナ)"か」


「お?アンタなんで知ってんのさ」


 アネッサはきょとんとした顔で目を瞬かせたが、アレクセイは周囲にいるアンデットたちのことなど忘れて、その剣に見入ってしまっていた。


「知っているとも。その剣は……」


 何を隠そう、これはかつてのヴォルデン王国で使われていた剣であるからだ。

 刀身がまっすぐ伸びた形は、騎士が好んで用いる普通の剣と変わらない。幅広の刀身と全体的に長めの造りはいかにも特大の両手剣のようだが、巨躯を誇るヴォルデン人からすれば少し大きめの片手剣というだけだ。


 特筆すべきは、その印象的な刀身の色である。彼女が言ったように、根本から切っ先にかけて刀身の色が仄かなオレンジ色から群青色へと変化しているのだ。

 それはあたかも、陽が昇る直前の空の色をそのまま切り取ったかのような美しい色合いであった。


 当然ながら、只の鋼ではない。


 この剣はヴォルデン史上最高の鍛冶職人と言われた"鋼の狼"エオルンドが、天から落ちてきた岩塊から作り出したという稀代の名剣である。


 武器にせよ鎧にせよ、一般的にヴォルデン人は華美な装飾を好まない。その例に漏れず質実剛健な武器づくりを信条とする彼が、なにゆえこのような鮮麗な剣を作り上げたかは分かっていない。

 しかしこの剣が名剣と呼ぶに相応しい一振りであることに間違いはなかった。


「ま、いいや。そんで、この剣な!アタシはこんな硬い剣初めて見たよ!どんなに硬いモノを斬っても傷一つ付きやしないからね!随分と助かっているんだ」


 それはそうだろう。

 "明星の剣"はエオルンドの作の中で"最硬"の剣として知られており、彼はその後の刀剣製作において、地上の鋼でこの剣の硬度を再現することを試みたくらいである。


「それを、その剣をどこで?」


 アレクセイは震えそうになる声を抑えながら、アネッサに尋ねた。もしかすれば、この剣を手掛かりに滅びたという故国の情報が手に入るかもしれないのだ。


 しかしアレクセイの期待とは裏腹に、アネッサの答えはどうにも拍子抜けするものであった。


「そりゃ武器を手に入れるなんて、迷宮で拾うか店で買うかのどっちかでしょ。買ったんだよ」


「どこの店だ!?」


 アレクセイが勢い込んで詰め寄ると、アネッサは身をのけぞらせつつも答えてくれた。


「て、帝都の古物商だよ。当時は金が全然なかったんだけど、店の中で埃を被ってるのを見てビビッって来てさ。有り金全部はたいて買ったんさ」


「"明星の剣"がそのような場所に……なんということだ」


 アレクセイは思わず額を抑えてしまった。

 アレクセイが覚えている限り、その剣の最後の持ち主はヴォルデン王国のとある騎士であった。その男は人としても騎士としても大変立派な人物で、色鮮やかな剣に負けず眉目の整った美丈夫であった。

 それでいてヴォルデン人が嫌う軟派さや嫌らしさなどは微塵もなく、アレクセイ自身も非常に尊敬していた男であった。


 そんな彼の愛剣がどこぞの店の奥で埃を被っていたなど哀れに過ぎた。


「その剣はどういった経緯で、その店に?」


「随分食いつくね。でも店主もよく知らないとか言ってたなぁ。それに随分な爺さんだったし、ボケて忘れてたのかもね」


「そうか……」


 アレクセイの落胆した様子に、アネッサは気まずそうに頬を掻いている。とそこに珍しい、カインからの怒声が飛んだ。


「あのねぇ君たち!話をするのは結構なんだが、まずはこいつらを片付けてからにしてくれないかい!?」


 配下のスライムに矢継ぎ早に指令を飛ばしながら、カインがこちらに近づいてくる。先ほどからゾンビやスケルトンが寄ってこないと思っていたら、どうやらカインが露払いをしていてくれたらしい。

 見ればあのゴーレムも、行動不能状態から復活しようとしている。


「そうか。そうだな……しかし教官殿、そうと分かればあんなゴーレムなどその剣をもってすれば容易いのではないか?」


 立ち直ったアレクセイがそう問いかけると、アネッサは再び目を丸くして首を傾げた。


「え、どういうことだい?」


「その様子では、その剣の真の力を知らないようだな」


 アレクセイはそう言うとアネッサにとある"言葉"を教えてやった。アネッサはよく分かっていないような顔をしていたが、とりあえずアレクセイの言うことに従ってくれるようだ。


 ゴーレムがまだぎこちない様子でこちらに歩み寄ってくる中、彼女は剣を胸の前で垂直に構えると教えた通りの言葉を口にした。


「"明けの明星を宿し剣よ。我が前にその真の姿を現し、導きの光を指し示せ"」


 アネッサがそう唱えると同時に、"明星の剣"がうっすらと輝き始めた。光は段々強くなり、そして刀身の根元から、陽の光の如き真っ白な光が切っ先まで伸びてきたのである。

 橙と群青で鮮やかであった刀身は、いまや白一色の光り輝く剣と化していた。


「こ、こいつは……」


「明星とは一時のもの、陽は必ず昇るものだ。そら、あの地下の守護者に、太陽の力を見せてやることだ」


 アレクセイがそう促すと、アネッサはひとつ頷いてゴーレムのもとへ走り出した。スキルの恩恵か、再び目にも止まらぬスピードで一気に距離を詰めると、アネッサは大きく跳躍した。そして高みから強烈な斬撃を繰り出した。


「せやああああああああ!!」


 一筋の白い軌跡を宙に残して、アネッサの一撃がゴーレムの体に吸い込まれていく。すると驚くべきことに、白く輝く明星の剣はゴーレムの巨躯を一刀両断したのである。


「いやはや、凄い威力だねぇ」


「だろう?」


 こちらも最後の一体となったゾンビの首を刎ねながら、アレクセイはカインの言葉に答えた。

 そして大物を倒し終えたアネッサも、悠々とこちらに帰ってくる。そして合流して一番に、アネッサは笑いながらアレクセイの腕を叩いた。


「ちょっとすごいじゃんこの剣!こんな風になるのあたし初めて見たよ!アンタなんでそんなこと知ってたんだい?」


 まさか本当のことを答えられるわけもないので、アレクセイは適当に言葉を濁しておく。カインも興味深げな顔で眼鏡を抑えながら、光の消えた刀身を眺めている。


「さて、とりあえずはまずこの場を離れることとしよう。またいつ魔物どもが来るとも分からんからな」


 アレクセイがそう言って歩き出すと、カインもまたそれに付いてくる。するとアネッサが少し慌てた様子で追い縋ってきた。


「ねぇ、ホントにあの娘たちを放っておいていいの?穴を広げるでもなんでもしてあそこから降りた方がよくないか?」


「ソフィーリアが付いているならば心配あるまい。エルサくんもあれで気丈な娘だ。最終的に合流できればそれでよかろう」


「ま、僕もそれでいいと思うよ。それにマユくんもいるしね。あの娘も腐っても三ツ星だ。大抵の相手は、あの娘の爆発魔法で粉々でしょ」


 カインもそう言って、笑いながらアレクセイの意見に同意する。しかしそれを聞いたアネッサが不意に足を止めたので、アレクセイたちも立ち止まって彼女の方に振り向いた。


「どうした?」


 アネッサは眉を顰めながら、腕を組んで何やら考えている様子だ。


「うん?穴に落ちたのはあの死霊術師の女の子と、あんたのあの若い奥さんだよね?」


「あぁ、教官殿にはまだ紹介していなかったか。ソフィーリアの後に飛び込んだ黒髪の若い娘がいただろう?あれがマユくんといってな。この迷宮の前で知り合ったのだが……」


 アレクセイがそう説明すると、アネッサは訳が分からないという様子でこう言い放ったのだった。


「え、何言ってんのさ。そんな娘どこにもいなかったじゃない。あたしが"迷宮(ここ)"で会ったのはアンタとアンタの奥さん、それに銀髪の死霊術師の女の子とそこの眼鏡の"四人だけ"でしょ?」

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