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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第48話 スライム使い

「ぬぅん!」


 アレクセイが剣を横薙ぎに振るうと、五体のゾンビの首がまとめて切り飛ばされた。続けて大盾を振り回せば、ぶち当てられた骸骨(スケルトン)たちが粉々になって散華する。

 鍛え上げられたヴォルデン騎士であるアレクセイにとって、湧いて出る低位アンデットなど全くの敵ではなかった。


 ゆっくりと歩みを進めながら魔物の死体を量産するアレクセイの後ろには、どこかのんびりとした空気の仲間たちがいた。

 前衛(タンク)が敵を引き付けている間に高火力でもって一網打尽にするのが後衛職の役目であるが、ことこのパーティに至ってはその出番もなさそうであった。


「いやぁ、これほどの護衛が一ツ星(ひとつぼし)の値段で雇えるなんて、僕はツいていたねぇ」


 散乱するゾンビたちの肉片を器用に避けながら、カインがのんびりとした調子でそんなことを呟いた。


 アガディン大墳墓に入ったアレクセイ一行は、噂の幽霊(ゴースト)スライムを求めて迷宮を下へと降りていた。


 今いるのは迷宮の地下第二層で、三層へと続く下り階段を目指し石造りの回廊を進んでいた。

 ここもやはり冒険者ギルドの管理が行き届いているのか、壁には魔石ランタンが掛けられている。マユ曰く設置されたのは最近とのことらしいが、おかげで暗所であっても松明を焚かずに済むのはありがたい限りだ。


「古竜塔の三大発明とのことですが、本当に素晴らしいものですね」


 一行の最後尾を歩くソフィーリアが、そう言ってカインに語り掛けた。


 パーティの中でアレクセイに次ぐ前衛役である彼女は殿の役目を担っていた。それにカインらは知らぬことだが、彼女の正体は"闇霊(ダークレイス)"である。魔物の気配にはことさら敏感であるため、パーティの背後を守るにはうってつけの立場と言えるだろう。


「まぁね。構造は単純だけど、確かにこれのおかげで人は夜を恐れずにすむようになった。偉大な発明だと僕も思うよ」


 ソフィーリアの視線を追って壁のランタンを見上げたカインは、言葉の割にはあまり興味もなさそうに頷いた。


「偉大、ね。まったく、これで法外なお金をぼったくってなきゃ古竜塔も少しは見直すんだけどね」


 カインから少し距離を取って歩くマユが、不愉快そうな表情を隠そうともせずに言い放った。嫌悪感を隠そうともしない彼女の言葉に、当の古竜塔の人間であるカインが反応した。


「おや?マユ君は古竜塔が嫌いなのかい?」


「気安く名前を呼ばないでよ。アタシは"魔女の家"の出身なのよ?あそこの人間なら古竜塔の連中なんか好きになるわけないでしょ」


「ほう、やはり君は"家"の出だったのかい。そうだよねぇ、古竜塔がそんな派手な格好を許すわけないもんねぇ」


 しげしげと遠慮なくマユの服装を見つめるカインに、彼女は短いスカートを伸ばして身体を隠した。やはり魔術師の中でも彼女の格好は少々"破廉恥"な部類らしい。


「もし……その"魔女の家"というのは何でしょう?古竜塔とは違うのですか?」


 五百年前の人間としては当然の反応を示したソフィーリアに、マユたちは揃って驚いた顔をしながら振り返った。


「「"魔女の家"を知らないの(かい)!?」」


「え、ええ」


 ソフィーリアが、自分たち夫婦は南部の辺境で暮らしていたのだという設定を話すと、カインたちは一応納得したようだった。「それにしたってどんなド田舎なのよ……」などと呟きながら、マユは"家"について話し始めた。


「"魔女の家"ってのはね、古竜塔から抜けた魔術師の一派が立ち上げた魔術組織なの」


 マユ曰く、それは裕福ならぬ者にも魔術を教えるための組織なのだそうだ。


 アンデットどもを蹴散らしつつ最前線で聞き耳を立てていたアレクセイは、なるほどと納得した。


 魔術の習得は金がかかる。魔術が書かれた呪文書(スペルブック)巻物(スクロール)は高価であり、おいそれと平民に手が出せるものではない。また同様に、魔術の触媒や魔法力を高めるローブも当然高級品である。それに魔術を習う間の生活費も用意せねばならないし、当然ながら教えてくれる魔術師には相応の謝礼を払う必要がある。


 このようにそもそも魔術師になるには、魔術の才能以前に潤沢な資金が必要なのだ。


 なぜ武人であるアレクセイがこんなことを知っているのかといえば、それは妻たるソフィーリアの弟、つまり義弟がその魔術師であるからに他ならない。ソフィーリアの父が「息子は金がかかって仕方がない」と零していたのをよく覚えている。


 当時のことはともかく、この時代では平民でも魔術を習うことができるようになったらしい。騎士であるアレクセイには分からないが、おそらくそれはよいことなのだろう。


 同じようにそのことをソフィーリアが褒めると、マユは自分が褒められたかのように頬を染めた。

 しかし何かを思い出したかのように顔を上げると、数歩前を歩くカインを見ながら憎まれ口を叩いた。


「まぁ、古竜塔の人間であるアンタから見れば、アタシらは魔術師の面汚しなんでしょうけどね?」


 そんな言葉を投げかけられたカインは、しかし気にした様子もなくあっけらかんと笑った。


「僕も古竜塔(あそこ)では少しばかり浮いた存在だったからね。あまり気にしたことはなかったなぁ。まぁ、魔術師を名乗っておきながら何にも知的関心を持たない輩には、思うところもあるけどね」


 話をする一行を尻目にアレクセイが近づいてきたゾンビの一体を切り伏せていると、おもむろにカインが声を掛けてきた。


「何、自分にやらせてほしいだと?」


 護衛主からの思わぬ要望に、アレクセイははたと手を止めた。

 幸い次の魔物まではまだ距離がある。カインの意図を掴みかねていると、彼はいかにも研究者といった感じに目を光らせてアレクセイに詰め寄ってきた。


「君が星以上に強いことは十分に分かった。だけど少しは僕にも研究の成果をお披露目させてもらえないかなぁ?」


 なんでも護衛に雇ったアレクセイが想像以上に強すぎるため、このままではその成果とやらを試す機会がなさそうだと判断したらしい。


「確かに今回の目的は幽霊スライムの発見だけど、僕の研究成果を試そうとも思っていたんだ。このままだとその出番もなさそうだろう?だから、その、ねぇ?」


 年上の男に物欲し気に見上げられても、アレクセイとしては全く心動かされるようなことはない。

 が、彼の頼みを聞く程度ならば造作もない。ゾンビどもと戦った手ごたえから、この階層の魔物相手であればどうとでもなるだろうとアレクセイは判断した。


「うむ。貴殿がそう言うならば、好きにするといい」


「いやぁ、やっぱり話の分かる御仁で助かるねぇ」


 カインはそう言って笑いながら、懐から小瓶を取り出した。先日宿屋で見せられた、銀色のスライムが込められた小瓶だ。


 自称スライム研究家の男はちょうど近寄ってきたゾンビを見据えると、瓶の蓋を外して中の液体をぶちまけた。


「"成形(フォーメン)"」


 カインがそう唱えると、水たまりの様に広がっていた銀の液体が自然と寄り集まり、形を成した。

 一抱えもあるほどの、銀色の球体の出来上がりである。

 僅かな間に増殖したのか、小瓶から放たれたときよりも明らかに大きくなっている。


「"刺突(ピアシング)"」


 再びカインがそう唱えると、銀のボールから太い柱が伸び始めた。やがてそれは段々と鋭くとがっていき、(キリ)のような形をとると勢いよくゾンビへと向かっていった。


「ほぅ」


 アレクセイが唸る。

 銀の錐と化したスライムの身体が、ゾンビの頭部を貫いたのだ。腐っているとはいえ、人の頭蓋骨は意外に硬い。それを容易く貫通するとは、なかなかの威力だろう。


 と、ここで更に一体の動く骸骨(スケルトン)が姿を現した。


 スケルトンは頭部を穿った程度では止まらない。全身の骨を砕く必要がある。力は非力だが、その厄介さをスライムでどう対処しようというのか。


「"殴打(ストライク)"」


 カインの言葉に従って、銀スライムはぬるりと腕を伸ばした。今度は尖らせたりはせずに、そのまま振るうつもりであるようだ。


 スライムは勢いよく腕を振るってスケルトンの頭を打ち砕いた。鉄製のメイス以上の威力だろう。続けて腕を振るい、残るスケルトンの身体を次々と打ち据えていった。


 そうして、瞬く間に骨の魔物はバラバラの骨片と化したのである。


「見事なものだな」


 アレクセイはそう言ってカインの元へと歩いて行った。仕事を終えたスライムは彼の横で大人しく球体を保っている。


「人の言葉を理解しているのですか?」


 アレクセイの影からエルサとソフィーリアがひょっこりと顔を出してそう訊ねた。


 エルサは純粋な知的好奇心であろうが、ソフィーリアの目はなぜかスライムに釘付けになっている。まるで小動物を眺めるかのようにキラキラと輝いている妻の瞳に、アレクセイははてと考える。


(もしやソフィーリアは、こういう生き物が好きなのか?)


 ヴォルデン王国ではペットを飼う習慣がないため、ヴィキャンデル家においてもそれらを飼っていたという話は聞いていない。なのでもしかしたらであるが、彼女はペットを飼ってみたかったのかもしれない。


 アレクセイが五百年越しの事実に打ち震えている中、エルサとカインの話は続いていた。


「いや、そこまでじゃないよ。決まった命令を理解……というか覚え込ませているだけさ。ちなみに僕以外の人間がさっきの言葉を唱えても反応しないよ。こいつは僕以外の命令は聞かないからね……っと、まだ残っていたか」


 カインが言葉を切ったのを受けてアレクセイが彼の視線を追ってみると、そこには弓をもったスケルトンがいた。骸骨は既に矢をつがえているが、アレクセイは動じることもない。その存在には最初から気づいていたし、弦を引く音も確認していた。


 アレクセイが大盾を構えて防ごうとするのを、カインが手を上げて止めた。アレクセイは大人しく引き下がる。


「"防壁(バイエル)"」


 主の命を受けて、人造のスライムが動き出した。その身体を大きく広げると、銀の帳で通路を塞いだのである。


 スケルトンが弓を放つ音がする。次いで矢が空を切る音が響くと、銀幕の一部が僅かに内側に尖る。銀のスライムは、見た目通り柔らかくも粘り強い幕によって、スケルトンの攻撃を防いで見せた。


「ほぅ、防御もできるのか」


「この程度の攻撃ならなんてことはないね。並みのモンスターではこいつを破ることは適わないだろうさ。君の剣は……考えるまでもなく無理だろうけどね」


「私はモンスターか何かか?」


「ははっ、たとえ話さ」


 そんなことを二人で話している間にも、スケルトンからはいくつもの矢が浴びせられている。が、それらがスライムの防御を抜くことはできなかった。


 やがて攻撃が収まったのを見計らって、カインはスライムに攻撃指令を下した。

 一旦球状に戻ったスライムは、今度は何本もの腕を生やすとそれを縦横無尽に振り回した。そうして殴打の雨あられによって、哀れな骸骨は粉へと変わった。


「ふむ、これならば護衛など必要ないのではないか?」


 スライムの戦いぶりを一通り眺めたアレクセイは、彼の自慢の研究成果をそう評した。少なくともゾンビやスケルトンに劣るものではないだろう。


 銀の玉を撫でながら、しかしカインは曖昧な表情で頬を掻いた。


「一対一ならこいつが負ける要素はないだろうね。多少数がいたって敵じゃあないさ。でもこの迷宮にはいかんせん数が……」


 カインがそう言い終える前に、通路の前方から夥しい数のアンデットたちが姿を現した。


「なるほど、あの数は厳しいか」


 見たところ、その数三十ほど。

 ほとんどがゾンビであるが、中にはスケルトンも混じっている。先ほどのようにいちいち攻撃方法を切り替えていてはどうにもならないだろう。


 さて、では今度こそ自分の出番かとアレクセイが剣を抜こうとすると、脇から自分の前に進み出る者があった。


「いよいよアタシの出番ってわけね!」


 そこには生き生きとした表情で腕を組む、マユの姿があったのである。

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