第47話 アガディン大墳墓
≪アガディンの大墳墓≫。
数多のアンデットが徘徊する、巨大な墓場。由来も分からぬ古代の遺跡ではあるが、そこがとても古いものだということはわかっているらしい。
大墳墓は広大な地下空間に広がる石造りの遺跡であり、地下へ地下へと下っていく造りになっているのだそうだ。そしてこの迷宮もまた他と同じように、ここではない別の空間に広がっているのだという。
その証拠に、アレクセイたちの前にはとても迷宮への入り口とは思えないものが鎮座していた。
「この先に、その大墳墓があるというのか?」
困惑した声でアレクセイがそう言うと、隣に立つソフィーリアが何度も首を縦に振った。
アレクセイたちの前に立っているのは、一本の古びた大樹であった。
胴回りはアレクセイのような大男が数人がかりで腕を回してやっとというところであろう。実に立派な古木であったが、あいにくと木そのものは枯れてしまっており、葉などは全く生えてはいない。
ただその正面にはぽっかりと大きな洞が口を開けており、その中が七色に輝いている。その様子は≪廃墟都市マジュラ≫や≪ミリア坑道≫で見たものと同じであった。
「三回目になりますが、やはり不思議なものですねぇ」
ソフィーリアがどこか感心したように言う。
こうなれば「迷宮はこことは別の空間に広がっている」という説を信じざるをえないだろう。もちろん今までのものもそれに違わぬ奇妙な入り口ばかりであったが、今回のものはいかにもであった。
「ほら、さっさと進みなさいよ。後がつかえてるんだから」
背後でマユが催促する声を聞いて、アレクセイは洞の中に身体を突っ込んだ。幸い入り口自体の大きさは十分であり、巨体であるアレクセイでも難なく通ることができた。
そして奇妙な浮遊感の後にアレクセイが目にしたのは、城かと見まごうばかりの石造りの建物であった。
「地下空間にある遺跡と聞いていたが、こういうことだったのか」
城と、その遥か上にある天井を見上げて、アレクセイは呟いた。
巨大な大墳墓があるのは、確かにどこかの地下らしかった。アレクセイたちの遥か上に、小さいが光が見える。どうやらここは大地の裂け目か何かを降りた先の空間であるらしい。いわゆる地下空洞というやつだ。
「ここの雰囲気だけを見れば、ミリア坑道に似ていますね」
遅れて入り口をくぐったエルサが、アレクセイの横でそんなことを言った。
彼女がそう評した通り、ミリア坑道もまた地下空間がドワーフの手によって拡張されたものである。対してこちらは天然の円形の空間にそのまま遺跡を建てた様子であった。
「と言っても本命は上の建物じゃなくて、下なんだけどね」
「そうなのか?」
マユの言葉にアレクセイは振り返って聞き返した。彼女はさも興味もなさそうに髪を弄っている。
「上はお墓じゃなくて、ここを管理する人間たちのための居住区になってるのよ。だからお宝はもちろん魔物だってロクなのはいないわ」
確かにこれだけ大がかりな墳墓であれば、相応に管理する人間が必要なはずであった。墓は死者を埋めてそれでおしまい、というわけではない。人は死んでも意外と手がかかるものなのだ。
「そしてそれらの管理者たちも、もれなくアンデットになっているというわけだね」
にこやかに笑いながらカインがそう説明する。
この迷宮に現れる魔物はアンデットが主である。動く死体である"ゾンビ"、肉が腐り落ちてなお動き続ける"スケルトン"。そして迷宮の魔力に囚われた"幽霊"。これらはカインの言う通り、大墳墓のもともとの管理者や衛兵らがアンデット化したものである。
そして一方で、少しばかり趣の異なるアンデットもいる。
迷宮に挑み、哀れにも命を落とした冒険者たちが転化したアンデットたちだ。墓所を犯した彼らはそのまま墓所を守る存在へとなり果てているのだという。
「もっとも大墳墓に来るような冒険者の実力はたかが知れてるから、アンデット化しても大した脅威ではないんだけどね」
カインはそのように笑って手を振った。
確かにここでこうしている間にも、多くの冒険者たちが入り口から現れては墳墓へと向かっていく。中にはアレクセイがスキル講習を受けた時に同室していた者たちもいる。
アレクセイの見立てでも、彼らの実力はラゾーナにいた冒険者たちとそう変わらなく思えた。彼らが不幸にもアンデット化したとして、アレクセイはおろか、ネッドを従えるエルサの敵ではないように感じた。
「だからこそ、若くして三ツ星に至るような君みたいな娘が大墳墓に挑んだなんて、奇妙に思っていたんだけどね」
カインはマユの横顔を見ながらそんなことを言った。
彼の言う通りマユが星相応の実力を持つのであれば、このような場所に縁はなさそうに思える。見たところ金に不自由しているようでもなさそうだし、また古代の遺跡に興味があるような口ぶりでもない。
アレクセイがそう考えたように、マユはいかにもつまらなそうに鼻を鳴らした。
「だから何だってのよ。こっちにはこつちの事情があるの。冒険者に余計な詮索はご法度だって、アンタ知らないの?」
「いやぁ、僕も一ツ星ではあるけど、ほとんど"書類上だけ"みたいなものだからねぇ。何せ最低限の星だけ頂いてすぐに研究室に帰っちゃったもんだからね。実をいうと迷宮に潜った経験すらほとんどないんだよ」
カインはそう言い放ってからからと笑っている。
一方のアレクセイはといえば、彼の言葉に「なるほど、そういう手もあるのか」と感心していた。
アレクセイたちが冒険者の資格を取ったのは、その身分が今の時代を旅するのに適していたからだ。迷宮は実に興味深い存在ではあるが、星を上げることに執着はない。ラゾーナではたまたま異変に遭遇し、その解決の手伝いをしたことで昇級と相成ったが、今後はそのような機会もそうそうないだろう。
エルサが討伐目標として掲げている"白の王"のことは気がかりだが、それ以外は別段どうでもいいのだ。
この時代のことはこの時代の者に任せる。以前ソフィーリアと話し合った通り、アレクセイはそのような心持ちで旅に臨んでいるのである。
であるから、カインのようにある種"お気楽に"冒険者としてやっていけるというのは、実にアレクセイたち向けの生き方と言えた。
(もっとも自分たちは既に死んでいるのだがな)
アレクセイは内心でそのように呟きつつ、マユとカインの間に割って入った。
「君がそう言うのであればそれで構わない。こちらも色々と聞かれるのは好むところではないしな。それとカイン殿」
不機嫌な表情を隠そうともしないマユにアレクセイはそう告げると、今度はカインへと向き直った。
「好奇心を発揮するのは自身の研究対象のみにして頂きたい。仲間内の不和、もとより魔術師同士の不和など貴殿も望むところではないだろう?」
魔術師はパーティの後列に位置する職であるから、必然的に戦闘時はカインとマユが戦列を同じくすることになる。そんなときに二人が険悪であれば、アレクセイとしても護衛はやりにくい。
奔放そうなカインはともかく、激しやすそうなマユに終始イライラとした空気を放たれるのはよろしくない。
「オッケーオッケー、僕は護衛者さんの言うことに従うよ」
「別に、こっちも喧嘩したいわけじゃないわよ」
カインはやはり飄飄と、マユは不承不承といった感じに頷いた。
話と空気が変わったのを見計らったのだろう、エルサがそんなマユに話しかけた。
「えっと、それで妹さんとはどこではぐれてしまわれたのですか?さっきのお話だと、大墳墓の上ではなさそうですけど」
「貴方の言う通りあの娘、ミオとは下ではぐれたの。そんなに深いところではなかったはずだけど……」
「……それはいつ頃のお話なのでしょう?」
ソフィーリアがそのように尋ねると、返ってきたのは「三日前よ」との答えであった。
三日というと、アレクセイたちがサルビアンへ向かう道中で彼女に初めて会った日の前日ということになる。
一行の間に微妙な空気が流れる。
低位とはいえアンデットが蠢く迷宮で三日となれば、それは……。
「や、死んでるね、それは」
さも当然のようにカインが言ってのける。案の定マユは烈火の表情で激高した。
「はぁっ!?アンタに何が分かるっていうのよ!?」
くってかかるマユに、カインは涼しい顔で返した。
「いやいや、君だって仮にも三ツ星なら分かっているだろう?アレクセイ君みたいないかにもな豪傑ならともかく、妹というからにはその子は君より年下の少女だろう。そんな娘が大墳墓で無事であるとは思えないねぇ」
非難するでも馬鹿にするでもなく、現実的な予測を語るカインの前に、マユは悔しそうに歯噛みしている。しかし同時にその言葉も理解しているのか、先の言葉以外に反抗するような言葉は続いてはこなかった。
そんな彼女を尻目にカインは頭を掻いている。
「人助けになれば僕も気分がいいかなと思ったけれど……こればかりはねぇ。ま、僕は頭目の指示に従うよ」
カインはそう言うとアレクセイを見て肩をすくめた。どうやら迷宮にいる間はアレクセイが一行のリーダーであるらしい。
アレクセイは一瞬の間の後、一同を見回してこう告げた。
「我々は当初の予定通り、大墳墓の下に潜ることとする。カイン殿の目的である幽霊スライムも地下に出現するという話であったし、マユ君の妹の探索はそれと並行して行うこととする」
「アンタ……」
アレクセイの言葉に、マユが驚きの表情で見つめてくる。
彼女とて現実が見えないわけではないのだろう。そしてそれはアレクセイも同じだ。
「言っておくが、私とて事態を楽観視しているわけではない。君は戦士でも兵士でもないが、戦いの場に身を置く者として最低限の覚悟は持っておくべきだ。それは分かるだろう?」
アレクセイが諭すように彼女に語り掛けると、こちらを見つめていたマユは慌てたようにそっぽを向いた。
「ひ、一ツ星のくせに素人扱いしないでよね!そんなこと言われなくても分かってるわよ!」
とりあえず憎まれ口が叩ければ十分だろう。
アレクセイは彼女に向けてひとつ頷くと、いよいよ迷宮へ向かうべく歩を進めた。
「……ありがと」
背後からそんな声が聞こえてくる。
と同時に左手に誰かが触れる感触がして、見下ろしてみればそれはソフィーリアであった。
「大変かとは思いますが、どうぞよろしくお願いしますね、頭目さん」
そんなふうに言う妻の笑顔を見つめ返しながら、アレクセイは彼女の手をそっと握り返した。
「もしものときは、彼女の妹のために祈ってくれるか?」
アレクセイが静かな声でそう頼み込むと、愛する妻は一層穏やかに微笑み返してきたのであった。




