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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第三章 一ツ星の夫婦
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第42話 現代スキル講座・上

 


 冒険都市ラゾーナを経ってから十四日あまり。


 アレクセイ一行はようやっと隣州の街、サルビアンへと到着していた。

 サルビアンの街が属するサカン州は、南部諸州の中でもっとも最北に位置する州であり、旅人はここを起点として東西南北の地域へ足を延ばすことになる。その中でも最南端に位置するサルビアンは、いわば南部地域への入り口にあたる街であった。アレクセイたちはいわばその逆をいくかたちで北上してきたので、このままトルクスト州を北上して東へと向かうつもりであった。


 ただ、久方ぶりの街である。

 アレクセイたちはエルサの休憩と補給がてら、一、二日ばかりここに滞在するつもりであった。北部人と関わりがありそうなバルダーの街が目的地とはいえ、道中で情報収集をしておくにこしたことはないからだ。それにラゾーナには遠く及ばないものの、ここサルビアンの街も冒険者の街として有名な土地である。南部の玄関口である以上、他の地域について何か情報を得られる可能性は高い。


 しかしそれ以上にアレクセイには興味を惹かれることがあった。それはずばり、≪スキル講習≫なるものについてであった。


 半ツ星(なかつぼし)から一ツ星(ひとつぼし)へと等級が上がった際に、ラゾーナのギルド職員から教えられたのがこの≪スキル講習≫であった。あのときは予定があったため詳細な説明を受けることができなかったが、今はその限りではない。

 サルビアンの街に着いたアレクセイたちは適当な宿に腰を落ち着けると、早速この街の冒険者ギルドへと赴き仔細を訊ねることにした。伴うのはソフィーリアのみである。旅の疲れが出たためエルサは留守番だ。


「初めて見る街というのは、やはりおもしろいものだな」


「ええ、あなた」


 ソフィーリアと並んで歩くアレクセイは、街の様子を見ながら感嘆の声を上げた。

 サルビアンの街はラゾーナに比べて、もっと雑然とした印象を受ける街であった。全体的に機能美に溢れた造りをしているラゾーナに比べて、この街はいい意味で大雑把な街といえた。建物は新旧入り混じっているし、ときたま建築様式も異なるものもあるようだ。商店の数は多いが、よく見ればその中にはちらほら怪しげな店も見受けられる。

 道行く人も農民、商人、職人に冒険者と、ラゾーナと似通ってはいる。ただ夢見て田舎からやってきたような若者が多いラゾーナに比べて、同じ年代でもこの街の若者はいくぶん世慣れした雰囲気を醸し出している人間が多い。


 総じて治安が悪いとはいえないものの、良くも悪くも市井の生活を如実に反映した順当な宿場町といえた。


「しかし、随分と視線を集めているような気がするのだが……」


「フフ。そうみたいですね、あなた」


 夫のぼやきを聞いて、ソフィーリアが小さく鈴が鳴るような笑いを零した。やはり人並外れた巨体を持つアレクセイはとても目立つのだろう。すれ違う人々はみな一様に驚いた顔で振り返っている。こういったところはラゾーナの街と変わらなかった。


 そうしてしばらく歩いていると、やがて尖塔の目立つ大きな建物が見えてきた。ここサルビアンの街の冒険者ギルドである。

 冒険者ギルドというのはアレクセイの思った以上に権力を持っているようで、この街でもギルドの建物は街の中心部のとても目立つところにあった。流石に建物の規模はラゾーナのものとは比べるべくもないが、ひっきりなしに人が出入りしているところを見れば、かの街のものと同様に繁盛している様子であった。


「さて、では早速スキル講習とやらについて聞いてみるとするか」


 いくつも並ぶ受付のひとつが丁度空いたのを見計らって、アレクセイは職員の前へと滑り込んだ。

 突如目の前に現れた巨漢の騎士に顔をひきつらせていた職員の女性であったが、アレクセイから話を聞くにつれ冷静さを取り戻したようだ。アレクセイが聞くことにすらすらと答えてくれた。


 運のいいことに、もうすぐそのスキル講習とやらが始まるらしい。それにラゾーナで聞いた通り、初回のスキル講習は無料だそうだ。アレクセイの冒険者カードを受け取った職員は、目の前の大男がいまだ一ツ星の冒険者であることに随分と驚いたようで、さらにまだスキル講習を受けたことがないと知ると更に驚きを増したようだ。


 それにこれはアレクセイも知らなかったことなのだが、自分はギルドの定めたところによると"戦士"の職種(クラス)であるらしい。スキル講習の内容はその"職種"毎に異なるようで、アレクセイが受講できるのは戦士のスキルのみだそうだ。ちなみに奇跡が使えることを申請していなかったソフィーリアもアレクセイと同じ"戦士"であった。


(本当は王に仕える騎士なのだが……まぁ国が滅びた今となっては放浪の戦士も同然か)


 そんなことをつらつらと考えていたアレクセイは、職員の案内に従って講習を行うという大部屋へと通された。そこは部屋というより修練場であり、壁際には訓練用の剣や盾などが立てかけられてあった。


 そこにはすでに二十人ほどの冒険者たちが控えていた。彼らもアレクセイと同じギルドから"戦士"の認定を受けた者たちだろう。流石に一ツ星冒険者だけあって、みな一様に若い人間ばかりである。年齢的には、ラゾーナのギルドにいた少年少女たちとほとんど同じくらいに見える。あの街の冒険者よりかはいくらか精悍さが増していたが、彼らは新たに部屋に入ってきたアレクセイの巨体を見て呆けたように口を開けていた。


「……なんというか、私たちは浮いているのではないか?」


「私は今は彼らと同じくらいの年頃ですから。というかヴォルデンの民であったらどこでも同じような気がしますけど」


 声を潜めてささやかな不安を口にしたアレクセイを、ソフィーリアは笑顔で一蹴する。

 困ったようにアレクセイが頭をかいていると、それを見たソフィーリアがまた可愛らしく微笑む。いまだアレクセイの威容に呆けていたうちの数人は、可憐な少女の笑みを見てまた別の意味で口を開けていた。


 そんなこんなで他の冒険者の視線を受けつつ夫婦で談笑していると、修練場の奥の扉から新たにやってくる者がいた。


「やーやー待たせて悪いね~。お、今日は結構人数いんじゃーん。こら教えるの大変だわ」


 軽い調子でそんなことを言いながら歩いてくるのは、戦士風の若い女であった。一般的な女性からすれば背丈はだいぶ高い方だろう。女らしさを残しつつしっかりと鍛えられた身体つきを見れば、彼女が若いながらに熟練の戦士であることがわかる。日に焼けた小麦色の肌を簡易な革鎧に包み、豪奢な赤毛を後ろの高い位置でひとまとめにしている。そしてその手には一抱えもある頑丈そうな鞄があった。


(言うなれば赤獅子、といった具合かな?)


 アレクセイは女を見てそんなことを思ったが、獅子なる獣はヴォルデンには存在しなかったので実物は見たことがないのだが。それはともかく、おそらく彼女がこの講習とやらの講師だろう。

 自身の予想に違わず、女は居並ぶ冒険者たちに向かって自分がこの"戦士スキル"の教え役だと言い放った。


「あたしの名はアネッサだ!今日おまえらに戦士のスキルについて教えることになるスキルトレーナーだよ。トレーナーには最近なったばっかなんだけど、なぁに、ちょいと前までは四つ星(よつぼし)としてバリバリやってたんだ。ま、大船に乗ったつもりでいてくれや!」


 アネッサはそう言うとからからと笑い声をあげた。四つ星といえばクラン≪小さな太陽(リトルサン)≫のマスターであるセリーヌと同じ位階だ。歳の頃は彼女と同じくらいに見え、なかなかに優秀な戦士であるらしい。この場にいる誰よりも高位であるし、一ツ星の少年少女たちから見れば遥かに上の存在だろう。


 アネッサは早速講習を始めると言って、ここまで持ってきた鞄を開いた。厳重に錠前がかけられたそこから彼女が取り出したのは、いくつもの腕輪であった。


「ひーふーみー……おー、なんとか足りそうだな。おーし、それじゃあお前らこいつを腕にはめろー。ちなみにこいつはクソ高いんだから、壊したり傷つけたりすんなよー」


 腕輪を配りながら言うアネッサの言葉に、腕輪をあれこれ弄り回していた数人が体を硬くした。エルサ曰く一ツ星冒険者の稼ぎなど最下位の半ツ星(なかつぼし)と変わらないそうなので、もし弁償などということになれば取り返しのつかないことになるに違いない。


 アレクセイの番が来たので腕輪を受け取ろうと手を差し出すと、その身体の大きさにアネッサも驚きを禁じ得なかったようだ。びくりと肩を震わせると、しかし感心したようにアレクセイの巨体を見上げた。


「やー、なんかでけーのがいるなぁとは思ってたけど、近くで見るとすごいねアンタ」


「ふむ、驚かせてすまんな」


「いやいや、頼もしい限りだね。今日は面白くなりそうだ」


 一人で納得したように頷くアネッサから、アレクセイは腕輪を受け取った。どうやら腕輪はただの装具などではなく魔道具の一種らしい。余人より腕が太い上に籠手を外せないアレクセイでは腕輪をはめられるか不安だったのだが、腕輪はアレクセイが腕を通そうとするとひとりでに伸び始め、しまいにはぴったりと自身の腕に収まった。


「この腕輪は"戦技の腕輪(スキル・バングル)"っていう魔法の腕輪さ。魔法使いの集まりである古竜塔が発明した、え~と、そう!"三大発明"のひとつなんだよ。こいつが優れものでね、こうして対になる腕輪をつけた人間と精神の一部を繋げることができるのさ」


 アネッサはそう言って自身の右腕を掲げて見せた。確かにそこにはアレクセイたちのものと似た腕輪が付けられている。しかし精神を繋げるとはこれいかに。疑問に思うアレクセイをよそに、アネッサは説明を続ける。


「そうして精神が繋がった状態でこっちの腕輪を付けた人間が≪スキル≫を使うと、なんともう一方の腕輪を付けた人間もスキルを使った気になるのさ。これがどういうことかって言うと、つまり腕輪を付けているだけでスキルの使い方が本能的に分かっちまうってわけだ」


 アネッサの説明に、何人かの冒険者がおぉ、と感嘆の声を上げた。

 しかしアレクセイには何が何やら分からない。というか、そもそも≪スキル≫というものについてすらいまいち分かっていないのだ。


「講師殿よ、そもそもスキルとは一体どういうものなのだ?」


 アレクセイがそう尋ねると、多くの冒険者たちが驚いたようだった。


「マジかよ?」


「今どきスキルも知らねぇとか、どこの田舎モンだよ」


「あの成りでそれとか、笑えるぜ」


 どうやらスキルなるものは一般常識の類らしい。


「はいはいお前ら静かにしろー。えっとな、スキルってのはこう、身体の中にあるパワーっつーか、気力とかそういうの?それを使っていろいろやる技なんだよ」


 なんともふわっとした説明である。やはりというか、アネッサは見た目通りあまり理論派とはいえないタチであるようだ。もっとも脳筋民族と揶揄されたヴォルデン人であるアレクセイにはとやかく言うことはできないだろう。

 アネッサの説明はいまいち要領を得ないものだったが、今の話を聞いてアレクセイは閃くものがあった。


「ふむ……それはもしや武術の達人が使う≪戦技≫のことではないのか?」


「戦技?……そう!それだよそれ!昔はスキルのことをそんな風に呼んでたらしいな!」


 アレクセイの言葉にアネッサはぽんと手を打った。


 しかし一方のアレクセイは驚愕していた。

 戦技といえば、いまアレクセイが言った通り人が武術を極めて初めて使えるようになるものだ。厳しきも長い修行の果てに体得したり、あるいは生死をかけた実戦の中で開花したりするものなのである。断じてこのような講義の結果習得できるものではないはずだ。

 アレクセイは若くして様々な戦技を習得してはいるが、それは偉大な師たちと数え切れない戦場によって鍛え抜かれたからだ。それがこのような魔道具ひとつで己がものにできるなどとは、到底信じられない。


「それが真実なのだとしたら驚嘆すべきことだが……」


 どうしても訝しむ気持ちが言葉に出てしまうアレクセイを見て、アネッサは頷いた。


「ま、そう思う気持ちもわからんでもないけどね。口で説明するより、まずは見てもらった方が早そうだ」


 アネッサはそう言うと壁に掛けてあった訓練用の剣を取り、それをアレクセイに差し出した。


「それじゃ早速実技講習といこうか」


 自身も剣を担いだアネッサは、まさしく獅子のように豪快な笑みを浮かべていた。


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