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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第二章 半ツ星の夫婦
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第27話 はじめての冒険

「それが任務クエストというものですか~」


 エルサの手の中にある羊皮紙を覗き込みながら、ソフィーリアがそんなことを言った。


 ゴブリンどもが巣くっているというミリア坑道なる迷宮に向かう予定のアレクセイ一行は、エルサの言葉に従いその前にギルド会館に立ち寄ることになったのである。


 陽が昇る前、朝食前のギルド会館の中は昨日訪れたときと違い閑散としている。

 これはエルサから聞いたことであるが、驚くべきことにギルド会館というものは昼夜を問わず常に開け放たれているらしい。職員が交代で勤務し、どの時間に訪れても利用することができるという。これは迷宮に潜る冒険者がいつ帰還しても対応できるようにとの計らいだそうだ。


 エルサに率いられた一行がここまでやってきたのは、迷宮に潜る前に≪任務≫(クエスト)なるものを受注するためであった。


「別に、必ず受ける必要はないんですけどね」


 そう言ったエルサは掲示板から剥がした羊皮紙を受付へと持っていく。


 迷宮へと向かう冒険者は、ほとんどの場合その前に最寄りの冒険者ギルドで任務を受注する。その内容は主にモンスターの素材や迷宮内の収穫物の収集である。そしてそれらと引き換えに通貨による報酬を受け取るという仕組みだ。


「ちなみにどのような任務を受けたのだ?」


 アレクセイは受付から帰ってきたエルサに訊ねてみた。


「ゴブリンの二十体の討伐です。たぶんお二人には簡単すぎるかとは思いますが…」


 あまり目立つのはアレクセイの望むところではない。

 冒険者になったのはあくまでこの時代における身分を得るためであり、必要以上に金を稼いだり名声を得るためではないのだ。アレクセイらの目的はあくまでも故国と亡き息子の消息を掴むことだ。また攻略すべき迷宮があるというエルサにしても、必要なのはアレクセイらの助力だけである。


 任務の方も実際の半ツ星(なかつぼし)冒険者であればゴブリン二十体というのは少々荷が重い数であるが、この都市に来るまでに何体ものゴブリンを倒したアレクセイたちであれば何の問題もない。

 エルサ曰くこの仕事の報酬でそこそこの路銀が手に入るそうで、次の街ぐらいまでは事足りるようだ。


 しかしそれよりもアレクセイが気になっていたのは、昨夜彼女が話していた"気がかり"についてであった。


「それはそうとエルサ君。君が引っ掛かっていることとはなんなのだ?」


 ギルド会館を後にして街中を歩いていたアレクセイは、前を歩くエルサの背中に問いかけた。こちらを振り向いたエルサは少し考え込んだ後にぽつぽつと自らの疑問を口にし始めた。


「えっと、それはゴブリンについてなんです。お二人はこの前私が話した地上にいるゴブリンについて覚えていますか?」


「魔王に率いられていた小鬼(ゴブリン)が野生化したものがこの時代の小鬼である、という話ですか?」


 それはエルサからこの国の来歴について教授されているときに教えられた事柄であった。人間との戦いに敗れたゴブリンが散り散りに逃れ、ときたま人前に現れては人を襲うという内容であった。実際にラゾーナまでの道中でアレクセイたちも遭遇したし、ラリーとレトを乗せた荷馬車を襲っていたゴブリンたちもその類であろう。

 確か今の皇帝になってから軍による大規模な掃討戦が何度か行われ、この地上にいるゴブリンは大きく数を減らしたということではなかったか。


「つまりエルサ君が言いたいのは、そうであるにも関わらず小鬼の数が多いのではないか…ということか」


「たまたま討ち漏らしがいただけなのではないですか?小鬼はすぐに数が増えると聞きますし、たとえ兵を動かしたとしてもその全てを滅ぼしたわけではないのでしょう?」


 アレクセイもソフィーリアの言う通り、エルサの思い過ごしなのではないかと思う。それにたとえそうであったとしても小鬼如き再び軍を動員すれば事足りるであろうし、なんならここは冒険者の街だ。戦える人間の数は普通の街や村の比ではないだろう。


「それはそうなんですけど…そうですね。たぶん私の考えすぎだと思います」


 エルサはそう言うと「先を急ぎましょう」と足を速めた。

 アレクセイとしては仮に彼女の懸念が当たってゴブリンどもの数が増えていたとしても、その程度どうとでもなるという思いがあった。弱い魔物とはいえ、アレクセイたちの時代のものよりも遥かにひ弱になったこの時代のゴブリンなど何体いたところで自身の敵ではないし、またそうでなければこの先己の目的を果たすことなどできはしないだろう。

 マジュラ迷宮では油断は禁物と自分を戒めたばかりであるが、戦士としては臆病や慎重過ぎるのもまた間違いだ。


 これは油断ではなく、自信と余裕というものである。


 そんなアレクセイの内心はともかくとして、一同は目的の迷宮へ続く道があるというラゾーナの西門を目指していた。大通りをしばらく行くと、この都市に入ってきたときくぐった門のような巨大な通用門が城壁に設けられていた。どうやらラゾーナには同じものが東西南北にあるらしい。基本的に都市への出入りはここからしかできないのだという。


 とそこで、市壁の外からラゾーナへ入ろうとする大きな一団とかち合うこととなった。

 なにやら豪勢な装飾の施された荷馬車である。明らかに高位の人間が乗っているであろう荷馬車が四台ほど、門兵に止められることもなくアレクセイたちの横を通りすぎて行った。こういった場合は先んじて遣いを出しておくものであるから、恐らくはそういうことなのだろう。馬車の後ろからは護衛らしき馬に乗った騎士が十数騎ほど付き従っている。それら馬上の人間たちの装備も、非常に上等なものに見えた。


「ほぅ?」


 アレクセイとしてはついつい彼らの鎧に目が行ってしまう。

 武人の悪い癖で、アレクセイは武具の類に目がなかった。個人的には、刀剣よりも防具の類の方が興味をそそられる。


 しかしアレクセイのような巨人もどきがそのような目を向けていれば不振に思われるというもので、案の定騎士の一人から威圧的な視線を飛ばされてしまう。

 それに怯んだわけではないが、アレクセイは大人しく前へと向き直ることにした。妻に小脇を突かれたからというのもある。


「あれが昨日ラリーさんが話していた教会への使者というものでしょうか」


 ソフィーリアの言葉でアレクセイも昨夜の商人の話を思い出していた。

 なんでも遠くの大きな教会からこの都市の教会に、とある秘宝が運び込まれるのだという。それはそこにあるだけで周囲の人間が使う奇跡の効力を高めるというもので、駆け出しゆえに負傷者が多く、しかも治療費が払えない新米冒険者に向けた救済措置なのだそうだ。


 アレクセイの時代でもそうだったのだが、この時代でも教会は一般の人々に向けて治癒の奇跡を施していた。当然それは有料であるが、その秘宝があれば神官ひとりあたりの負担が大きく軽減されるため、この都市の司教が遠方から取り寄せたのだそうだ。


 話を聞いたソフィーリアなどは、異教とはいえ聖堂に祀られていた秘宝ということで非常に見たがっていたのだが、闇霊である彼女が聖なる宝に近づくなど危険極まりないとエルサから諭されていたくらいである。

 ちなみに不死の魔物であるアレクセイたちが"癒しの奇跡"を浴びたらどうなるのかと彼女に聞いてみたのだが、答えは結界に足を踏み入れたときと同じだそうだ。むしろ神の力がより効きやすいらしく下手をすればそのまま浄化されてしまう可能性もあるらしい。


 触らぬ神になんとやらである。


 特に理由がなければ教会などには近づかない方がよいだろう。


 気を取り直したアレクセイたちは、来た時と同様に門衛に名前と用向きを告げてから大門を抜けた。幸い今度は冒険者の証があったので、特に問題なく通過することができた。ただしアレクセイの巨体ゆえに確認を行った兵士はたいそうな驚きの表情を浮かべてはいたが。


「ミリア坑道はここから歩いて一刻ほどのところにあります」


 アレクセイはエルサの言葉に従って大人しく街道を歩くことにした。聞けば迷宮行きの駅馬車も都市から出ているそうなのだが、一刻ほどの距離ならば無駄に金を使うこともない。

 幸い街道はしっかりと踏み固められていて、歩くのに不都合なことは全くなかった。もっとも不死たるアレクセイは疲労を感じることはないし、闇霊たるソフィーリアなどは厳密には大地を歩いているわけではないのだ。唯一の生身であるエルサも、旅慣れているだけあって歩くのは苦ではないらしい。


「冒険者にとって大切なことのひとつは、どんな状況でも歩けることである、と父から教わりました」


 笑ってそう言うエルサの足元はしっかりとした革のブーツだ。使い古されたローブに頼りなさげな木の杖と、全体的に貧相に見えがちなエルサの装備であるが、足元を守る靴と荷を入れた鞄だけはなかなかに立派なものであった。


「父君の言う通りだ。軍でも兵士には、まず最初に歩くことを教えるものだ」


 たとえ農民であっても血筋的に頑強な者が多いヴォルデン人であるが、徴兵された兵士はみな行軍の練習から始めさせられた。戦のための装備一式に行軍に必要な食糧等を背負って、何時間も歩かされるのだ。叩き上げであるアレクセイ自身もかつては体験したことだ。もっとも当時から並外れた体力を持っていたアレクセイにとってはなんの痛痒もなかったのだが。


 同じように馬車代をケチって歩いている冒険者たちを横目に迷宮を目指していたアレクセイたちは、エルサの行った通り一刻ほどして目的地に到着した。幸いにしてここまでの道中でゴブリンに襲われることはなかった。


「これはまた、マジュラ迷宮とは少々趣が異なるのだな」


 目の前にある迷宮の入り口を見ながら、アレクセイはそんな感想を述べた。


 ミリア坑道の入り口は、街道から少し外れたところにあった。

 というか、アレクセイの前に見えるのはどうみても砦である。中規模ではあるが頑丈そうな石によって造られた砦は、よく手入れされているのかあまり古さを感じさせない。廃墟都市マジュラへの入り口があったのは寂れた寺院のような建物で、そこに詰めている兵士やらギルドの職員やらの数も少なかった。しかし目の前の砦にはラゾーナにいた門兵と同じような装備を纏った兵士が何人も控えており、そこに出入りする冒険者の数はそれよりも何倍も多かった。彼らは開け放たれた砦の鉄門を頻繁に出入りしている。彼ら目当ての露天商などもたむろしており、ちょっとした市のような賑わいを見せていた。


「それだけここが人気のある迷宮だということです。マジュラ迷宮は最寄りの街からも遠いですしね」


 ついぞエルサたち以外のパーティを見なかったマジュラ迷宮とはえらい違いだ。それだけこの迷宮が儲かるということなのだろう。


「さぁ、私たちも早速迷宮へと潜りましょう!」


 意気揚々と先に進むエルサの後をアレクセイたちも付いていく。ここにいる冒険者や兵士たちもまたアレクセイの巨体を見て驚いたり振り返ったりしていたが、さすがにここまでくればアレクセイも慣れてきたというものだ。それにアレクセイの生きていた時代でも、一度ヴォルデンから外に出れば同じような視線を向けられることも少なくなかった。

 足を踏み入れた砦の中もやはりよく手入れされており、雑然としてはいるがそこはかとなく実用的に整えられている気がした。


(なんというか、戦時下の砦のような雰囲気だな)


 但しそこに悲壮感などはない。

 これから一旗上げるのだぞ、という冒険者たちの熱意が渦巻いているように感じられた。


 人の流れに沿って進むと、やがてマジュラの時と同じ七色に輝く不可思議な光が見えてきた。あのときは巨大な鏡のような形をしていたが、ここはどうやら文字通り扉型のようだ。長方形の扉が内開きにされており、そのサイズはアレクセイの背丈よりも大きい。七色の光は開け放たれた扉の中から発せられているようだ。


「エルサ君、あの扉は、岩の中にあるようなのだが?」


 アレクセイが指さしたように、ミリア坑道の入り口は岩壁に唐突にぽっかりと口を開けていた。扉の左右には古い巨木が立っており、この砦はむしろこの扉がある岩壁に沿ってそれらを包み込むように建てられているようだ。


「そうなんです。このミリア坑道はその昔にとあるドワーフの山師が見つけたそうで…このような見た目なのでそれを崩すこともできず、このような形の砦を造るにいたったそうですよ」


 なんとも不思議な光景であるが、こうして見ていても何も始まらない。アレクセイたちは他の冒険者たちと同じように、迷宮の入り口に足を踏み入れたのであった。

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