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不死の夫婦の迷宮探索  作者: 森野フクロー
第四章 二ツ星の夫婦
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第90話 中央よりの使者

 それから一同は、速やかに迷宮を抜けることとなった。


 裏で色々と画策していたレックスや紫の騎士を倒したはいいものの、公的にはフリアエが手配人であることに変わりはない。迷宮の入り口は原則一つしかなく、目立つ白竜を連れてそこをこっそりと抜けることは難しい。アレクセイとしてはここからどうやって抜け出すか悩ましい所であったし、最悪フリアエが使っていた"横穴"を使って彼女を逃がすべきかと考えていた。


 だがアレクセイたちは、ひどくあっけなく≪ヴァート湿原≫を抜けることができたのである。それは六ツ星冒険者であるクレアが、自身の冒険者証を見せることで簡単に解決した。


 というか、入り口に陣取っていると思われていた伯爵の兵の姿がなかったのである。クレア曰く、アレクセイがレックス討伐に向かっている間に≪念話オーブ≫で外部と連絡を取っていた結果らしい。高級魔道具であるそんなものを持っていること自体が、クレアが六ツ星冒険者である証だと、エルサが熱く語っていた。


 そんなわけでアレクセイたちは、迷宮を出てからそのまま伯爵の館へと直行した。というのも、クレアの言う"雇い主"とやらが今そちらにいるそうなのである。フリアエの無実を証明するためにもぜひアレクセイたちに来てほしい、というのが彼女の言い分であった。

 そしてそれには自分たちも否はない。それにフリアエ自身も、伯爵との早期決着を望んでいた。


 伯爵の館はバルダーの街の中心にあった。街のどこから見ても目立つだろう、絢爛豪華な建物である。アレクセイたちが屋敷の前まで辿り着くと、その周りを煌びやかな鎧を纏った兵士たちが囲っていた。

 但しそれは伯爵の私兵というわけではなさそうだ。華美でありながらどこか実戦的な空気を放つ彼らは、近づくクレアを一度は止めたものの、彼女が身分を明かすとすぐさま道を開けた。そんな兵士たちの姿を見たエルサが言うに、彼らの意匠に描かれた紋章は帝都の騎士団にのみ許されたものらしい。


 先導する兵士のもと、アレクセイたちは館へと足を踏み入れた。兵士とクレアの後を歩きながら、アレクセイは館の内部に目を凝らしてみる。やはりそこも外観同様に豪奢な造りであり、値が張りそうな装飾品がずらりと顔を並べていた。それにリーデルの宿屋とは異なり、そこにヴォルデンの様式は見られない。北部の民は、たとえ貴族であっても質実剛健を尊んだものだ。フリアエに聞けば、伯爵はバルダーの街の出身というわけではないらしい。


 また屋敷のあちこちでは、使用人らしき者たちが先ほどの兵士たちに見張られている光景が目についた。どうやらこの建物全体が、帝都からやってきたという一団に制圧されているらしい。

 そうこうしている内に、一同はある部屋の前まで案内された。ここはどうやら伯爵の執務室のようである。兵士が扉を打つと、中から入るように声がかかる。アレクセイはクレアに続いて身を屈めながら室内に足を踏み入れた。


「やぁ、ご苦労だったね、クレア」


 部屋に入るなり、そこにいた若い男が声を上げる。道中と同じように華美な調度品に彩られたその部屋には、三人の人物が顔を揃えていた。上等な身なりの男が二人と、武官風の若者である。


 豪奢な椅子に腰かけ、部屋の主のように優雅に振舞う若い男。いまクレアに声を掛けた彼が伯爵、というわけではなさそうだ。年の頃は生前のアレクセイと同じくらいだが、その胸にはここまで先導してくれた兵士と同じ紋章のバッジが留められている。但し細い身体つきから見て軍人ではなく、おそらくは文官か何かだろう。その横に立つ茶髪の若い武官は護衛か、あるいは部隊の指揮官と思われた。


 なので彼らの前で跪く壮年の男、彼がこの部屋の本来の主なのだろう。服装は豪奢であるが、その顔には生気がなく憔悴しきっていた。扉が閉められてから、クレアが文官風の男を見て声を上げた。


「冒険者のクレア・シルヴィス、依頼の件について報告に参りました、ウォールデン閣下」


「そんなに畏まらなくてもいい。いつものようにバルトと呼んでおくれよ」


 自らをバルトと名乗る文官の男はそう言って爽やかに笑った。言葉だけを聞けばいかにも女垂らしな言いようだが、不思議といやらしさなどは感じさせない。身なりからしてこの男も貴族なのだろうが、どちらかというとやり手の商会の御曹司のように見える。

 そしてやはりその振る舞いは貴族らしからぬものらしい。控えていた武官が顔を顰めて窘めた。


「冒険者相手にそのようなことを仰らないでください、閣下」


「堅いことを言うなよレオナール。彼女はギルド期待の六ツ星だよ?そしてその通り僕の依頼をこなしてくれたんだ。労いもするし、今後も考えて仲良くしておくにこしたことないだろう?」


 そう言ってニコリと微笑むバルトに、クレアは堅い笑みを返している。

 ここに来るまでに、アレクセイはクレアにとあることを頼んでいた。それは今回の騒動を解決したのはクレアだということにしてくれ、というものであった。


 言うまでもなくアレクセイはアンデットの身である。下手に武功を挙げて表に出るのは本意ではない。冒険者と言う身分はあくまでも人の世に溶け込みやすくするための方便であり、とりたてて名誉は求めてはいないのだ。

 当然ながら最初はクレアも渋ったものの、事情を説明することでなんとか折れてくれた。なのでここまで付いてきたのは褒美を得るためではなく、クレアがフリアエ捕縛に参加することになった経緯を知るためである。


「さて、詳しい話を聞く前に自己紹介をしておこう。僕はバルトロメイ。普段は帝都で政務卿閣下の補佐官をしているんだ。それでこっちは遠征部隊の長であるレオナール。何やら東部の隅っこでよからぬ企みがあると聞いてね、こうしてやってきた次第さ」


 バルトなる男がそう述べると、ソフィーリアがエルサに何やら耳打ちしていた。どうやら彼の職務について聞いていたようで、それによると政務卿というのは皇帝と共に国内の政治を取り仕切る立場であるらしい。別名"皇帝の右手"と呼ばれる実務職であり、その補佐官ともなればいわば"皇帝の指"にあたるのだという。

 思いのほかの大物との接触に、アレクセイは内心で唸ってしまう。そんなことは露知らず、クレアは自分たちのことをバルトに説明している。自らの名を言われて、アレクセイは僅かに首を垂れるだけに留めた。貴族の前では不敬であろうが、そもそも帯剣を許されている時点で、バルトという男は些事を気にするような人間ではないのだろう。


「へぇ、夫婦で冒険者というのは珍しいんじゃないかい?それに君も彼らのことを信頼しているようだし、実際に色々と目にしたのなら、話を聞かせてあげてもいいんじゃないかな?」


 後半の言葉は、傍らに控える渋面の武官に向けてのものだ。クレアはともかく、一介の冒険者でしかないアレクセイたちがここにいることを快く思ってはいないようだ。


(まぁ恐らくは秘密の任務だったのだろうしな。心配するのも分かるというものだ)


 現に伯爵たちが関わっていた計画は、国家転覆に近いものである。そんな話はおいそれと部外者には聞かせられないはずだ。


「それで、君が鱗を持ち出した例の騎士だね?」


 一通りアレクセイたちの紹介が終わると、バルトは顔をフリアエへと向けた。部屋に入ってからずっと無言であった彼女の視線は、最初から伯爵へと注がれていた。先ほどの言葉を受けてようやく、その眼が跪く男から外される。


「はい、閣下」


「ふむ……パッと見ただけだと僕には、伯爵が言うような悪辣な女性には見えないなぁ」


 のんびりとした口調だが、その目は存外な鋭さでもってフリアエの姿を観察している。それにどうやら伯爵は、フリアエをそのような人物として話していたようだ。


「み、見た目の印象などまやかしに過ぎん!この女は我が屋敷から家宝を盗み出した盗人だ!罰せられるのはこ奴の方であろう!?なぜ私がこのような目に合わねばならんのだっ!!」


 ここまで黙り込んでいた伯爵であったが、フリアエの姿を目にしてそう喚き始めた。だがそんな男の醜態を、補佐官たちは冷めた目で見下ろしている。


「なぜって、それは貴方には国家反逆の嫌疑がかけられているからですよ、ゴデスラス伯爵。ここまで黙り込まれてしまって話が進みませんでしたが、ようやくクレアと参考人が帰ってきてくれましたからね。これでまともな聴取ができます」


 どうやらバルトたちは伯爵を拘束したはいいものの、彼が黙秘したために話を聞き出せなかったようだ。口を割らせる手段は色々とあるだろうが、確たる証拠がない内にはおいそれと手は出せなかったのだろう。辺境とはいえ、爵位持ちの貴族を裁くのは簡単なことではないはずだ。


「なぁに、帝都まで連行などとは申しませんよ。我々には≪看破(センスライ)≫の奇跡が使える審問官も同行していますから、今日の晩餐の前には終わります。もっとも貴方の身が本当に潔白なら、の話ですけどね」


「ううう……」


 バルトは朗らかな笑みを浮かべてそう言うが、その瞳はまったく笑ってはいない。伯爵を逃すつもりはないようだ。

 すると、当の伯爵の身に変化が起きたのはそんなときである。額に脂汗を浮かべて唸っていた伯爵が、急に胸を抑えて苦しみだしたのだ。


「うがああああぁぁぁぁ!?」


「ソフィーリアッ!」


「はいっ!」


 アレクセイは咄嗟に妻へと呼びかけた。その意図を読んだソフィーリアが素早く伯爵の傍へと駆け寄った。そうしてすぐに癒しの奇跡をかけんとする。

 だが彼女が神の力を行使するよりも早く、伯爵の身体は塵となって崩れ落ちてしまった。


「……やられたね」


 身を乗り出していたバルトが、金色の前髪を掻き上げながら椅子へと倒れ込んだ。すぐさま武官のレオナールが塵の山を調べたが、そこには中身を失った伯爵の服があるのみだった。残念そうに笑いながら、バルトがレオナールへと問いかける。


「魔術の類なのかな?」


「おそらくは。私も話に聞いただけなので、確証はありませんが」


 どう考えても証拠隠滅のための仕掛けだろう。アレクセイたちの時代にあっても、そういった呪いを得意とする魔術師はいたものだ。


「伯爵がこんな風になってしまった以上、詳しいことはやっぱり君から聞くしかないようだね?」


 呆然と塵と化した伯爵を見ていたフリアエは、そんなバルトの声で我に返ったようだ。そうしてひとつ頷くと、彼女がこれまでに見聞きしたものを全て彼らに伝えた。


「なるほど。それで"鱗"は迷宮の沼に沈んでしまったと」


「はい。奴等に奪われるくらいなら、と」


 話の中で、フリアエはひとつだけ嘘をついた。それは"神竜の鱗"の行方についてであった。実際のところ、鱗はいまだにアレクセイたちのもとにあるのだが、それを正直にバルトらに伝えるのは躊躇われた。いかなる竜をも服従させることができる神器など、おいそれと他人に渡せるものではない。その存在が知られた以上、これまで通りに街で保管することもできないだろう。それならばいっそ行方知れずにした方が世の為である。


「そうか!まぁそれなら、それでいいのかもね」


 バルトがあっさりとそう言ったことで、一番驚いていたのはフリアエであった。


「よいのですか?」


「良いも何も、それはもともとこの街の物なんだろう?なら僕たちがどうこう言う話じゃないさ。それに迷宮の中、それも迷宮主の住処の沼の底なら、いらぬ企みに利用されることもないでしょ」


 バルトの意見は実にさっぱりとしたものだが、為政者としては中々的確な判断だとも言える。過ぎた力は余計な騒乱を生む。であれば見なかった振りをするというのもひとつの知恵というものだ。


 バルトは一旦レオナールと少し話し合った後、続いてクレアの方へと向き直った。


「彼女が鱗とやらを盗んだ経緯は大体理解したよ。やり方は杜撰だったかもしれないけど、正義感によるものみたいだし、恐らくは嘘ではないのだろうね。だからそれはいいんだ。問題は君たちが見たものなんだが……」


 するとクレアが片手を上げてバルトの話を止めた。そして至極申し訳なさそうな顔をしてアレクセイの方を振り返った。


「ええと閣下、その前にひとついいかな?アレクセイ殿、すまないのだが、やっぱり他人の功績を自分のことのように語るのは、私の流儀じゃないんだ」


「む、クレア君?」


 そうしてクレアは敵の策略によって行動不能に陥ったこと、事件を解決したのがアレクセイであることをバルトたちに語ったのである。ただし、アレクセイとソフィーリアがアンデットであることは伏せたままだ。


「本当に申し訳ない。私の我儘なのは重々承知しているのだけど……」


「いや、よいのだ。気持ちはまぁ、分かるというものだ」


 要はバルトたちが自分たちの存在を内密にしてくれれば済む話なのである。そして彼らはアレクセイたちの正体に頓着する気はないらしい。


「大事なのは結果だからね。彼らの企みが阻止できたのなら万々歳さ。しかしクレアの実力は僕も知っているけど、彼女が不覚をとるような相手を倒してしまうなんて、市井の冒険者も馬鹿にはできないものだねぇ」


「いや閣下、私も普通の冒険者なのだけれどね」


 そうして今度はアレクセイが、紫の騎士たちとの戦いの様子を話した。レックスが魔物と融合したことや、魔族の生き残りである紫の騎士の企みに話が及ぶと、流石のバルトも真顔になった。傍らのレオナールの表情も険しい。


「魔王の復活か……よくある与太話、という風には思えないなぁ」


「は。私にもそのように思えます。今度の相手は、()()かと」


 もしかしたら彼らは彼らで、何がしかの情報を得ているのかもしれない。魔族絡みであればアレクセイとしても気になるが、詳しく聞けるような立場でもない。

 少し考えをまとめたいから今日のところは下がるように、とバルトに告げられて、アレクセイたちは伯爵の館を後にしたのだった。


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