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中編

ヴィクトールの提示した仕事は「護衛任務」だった。

ただしリーグヴェイルの形だけの護衛任務とは違い、これはきちんとした仕事だ。

騎士養成学校に通っているカストール侯爵家の三男坊が学友と狩りに行くので、不測の事態に備えて彼らを護衛をして欲しいとのこと。

最後に「卵」が付くとはいえ騎士ならば自分の身は自分で守れと言ってやりたいくらいだが、こういう依頼のおかげで俺は仕事にあぶれずに済むのだ。

国を守る騎士になろうとする人間としては情けない限りだが、まぁ俺には関係のない話だ。俺は金さえ貰えればいい。



指定された当日。俺は早朝に目を覚ますといつもより少しばかり時間をかけて体を解してからクローゼットを開けた。

使用人にアドバイスされつつ、俺が持っている中でも一番マシに見える服装に着替えて、カストール侯爵家に向かう。

俺は元々服や作法なんて気にしないほうだったが、屋敷の手入れのために雇い入れた使用人の爺さんたちは毎日あれこれと世話を焼いてくれるのだ。


キッカケは何だったけかな。

あぁそうだ、思い出した。

今まで適当な安物しか着たことのない俺を見かねたのか、ある時「流行りの服だから」と言われてシャラシャラした服を用意されたことがあったのだ。

用意されたその服は如何にも優男風なオーラが漂っていて、俺はつい思わず全力で逃げてしまったのだが、それでも爺さんたちが俺を気遣っての事だということは分かった。

だから「ある程度落ちついた雰囲気の服なら」というところでお互いの妥協点を見出し、かくして俺の服の選択権は全て使用人たちに握られることとなったのだった。

「せっかくの容貌が台無しだ」と言われて最低限のマナーを叩きこまれたのも、まぁ俺への親愛の情から…と思えば、何とかギリギリ我慢できる行為だ。


おかげで今の俺は、見た目だけならどこぞのお坊ちゃま。

あぁ俺、一応『戦の鬼神』とまで呼ばれた戦闘狂のはずなんだけどなぁ…。





カストール侯爵家の通用口から通された俺は、依頼人であるカストール侯爵夫人に慣れない愛想を振りまいた後、護衛対象である三男坊とその友人たちへの面通しを済ませる。

護衛任務は何回か受けたことがあるが、何度やってもこの面通しというヤツが俺は苦手だ。

さしもの俺もこの時ばかりはいつもの乱暴な口調を隠してお上品らしく振舞うが、元々お貴族様でも何でもない俺にとっちゃ剣を手に戦うよりも難しい。

一応簡単なマナー程度なら使用人たちに叩きこまれているから礼を失していることはないと思うのだが、やはり苦痛だ。こういうのは、俺には向いていない。


堪りかねて一度「荒っぽい仕事でもいいから貴族以外が依頼人の仕事だけ回してくれ」とヴィクトールに訴えてみたことがあったが、「仕事が貰えるだけ有難いと思いやがれ」と一蹴されてしまった。

まぁそれも尤もな話なのだが、俺としてはヴィクトールが続けて言った言葉には未だに納得がいかない。


「なーにが、『レンニールほど貴族にウケがいいヤツは他にはいない』だ。俺だって、好きでウケがいいわけじゃねぇよ」

「貴族に…なんだって?」


ボソッと小さく呟いたつもりの言葉は、耳のいい護衛対象に聞こえてしまったようだ。

慌てて俺はポーカーフェイスを装う。


「何でもございません、殿下」


俺の澄ました顔を可笑しそうに一瞥すると、本日の護衛対象の少年は「貴族だけじゃなく王族にもウケがいい、とその知り合いには訂正するべきだね」と俺の耳元へ囁きを落とした。


(聞こえてんじゃねーか!)


ムカッとしたが、湧きあがる怒りを俺は何とかググッと抑えると、前を行くカストール侯爵家三男坊の様子を窺う。

三男坊はもう一人の連れの男との会話を楽しんでいるようだ。大きく身ぶり手ぶりで何かを語り、連れの男と笑い合っている。

狩りに来たんじゃないのかよ、と彼らの背中ですっかりお飾りになってしまっている弓矢を眺めながら、俺は小さく嘆息をした。



ヴィクトールからは「カストール侯爵家三男坊とその友人の護衛」としか聞いていなかった俺だったが、その友人の中に俺のバックバージンを奪った人間がいると知っていたら、いくら守銭奴の俺であっても絶対にこの仕事は受けなかった。

何が悲しくて俺のケツを狙う男と一緒に爽やかな秋風が吹き抜ける森を歩かなくてはならないのだ!

もしこれがそこらの下卑た男が相手だったなら一秒と待たずに半殺しの目に合わせてやれるのに。

しかし、相手は恐れ多くも王子殿下。まかり間違っても蹴りなど入れられない相手だ。


(くそっ、これならまだリーグヴェイルと飯食ってるほうがマシだった!)


苛々としながら、それでも周囲を警戒しつつ、森を奥へ奥へと進んでいく。

やがて陽が空高く昇った頃、


「……あっ」


という声が聞こえると同時に、前を歩く三男坊が崩れ落ちるようにしゃがみ込んだ。

蛇にでも噛まれたか、と俺は急いで三男坊の元へ向かう。


「いかがなさいましたか」


極力優しそうに聞こえる声で問いながらも、俺はざっと三男坊の全身に目を走らせた。

しっかりとした造りのブーツに、厚手のズボン。上着の袖も長く、丈夫そうな弓用の籠手をつけている。

森に入る装備としては、そこそこ頑丈な類だと思う。

その装備品のおかげだろう、刺されたり噛まれたりといった様子は見受けられない。

それでも一応、いざというときのためにここらに生息する毒虫や毒蛇用の薬ならば持ってきているので、もしも噛まれたならば早急に処置する準備はあるが………軽く見回したところそれらしき生物の姿も見えない。

他に考えられるのは病気という可能性だが、三男坊に持病があるという話も聞いていない。


「ちょっと…クラクラして…。休めば、すぐ、良くなるから…」


(………………めちゃくちゃ血色いい顔して、まー)


大丈夫か?!と駆け寄る友人たちに「うん…」と返事を返す三男坊を見ながら、俺は内心あきれ返っていた。

弱弱しく「迷惑、かけて…ごめんなさい…」なんて言われても、その顔色を見れば演技なのはバレバレだ。念のため本人に断って脈を取らせてもらったが、全くの正常。異常なし。

どういう気まぐれか知らないが、具合が悪いというのは十中八九嘘だろう、と俺は確信めいたものを感じていた。


だがお貴族様に「具合が悪い」と自己申告されてしまえば、「嘘でしょう」というわけにもいかないのが庶民の哀しいところ。

嘘だと分かっていても「ではどこか休めるところをお探ししましょう」と言わざるを得ないのだ。


「あ、それなら大丈夫。すぐ近くにウチが持ってる別荘があるから!………あ、あるから、大丈夫…、そこで、休みましょう……」

「…………………………では、そのように致しましょう」


あまりのタイミングの良さに、物凄く計画的なものを感じる。

しかし例えバレバレだろうともお貴族様に「そこで休憩したい」と言われてしまえば―――以下略。


(だから貴族相手の仕事は嫌だって言ったんだ!)


俺はこの場にいないヴィクトールに心の中で思い切り罵倒を浴びせると、「具合の悪いらしい」三男坊を仕方なしに背中に背負い、別荘に向かって歩き出した。




:::::




背中に背負った三男坊の指示のもと進んでいくと、やがて俺たちの目の前にはなかなかに綺麗な木造りの家が現れた。

貴族の別荘というからもっと豪奢なものだろうと想像していたが、これは俺が思っていたよりも随分と小さく可愛らしい家だ。

丸太をいくつも重ね合わせたような形は、いくつもの国を渡り歩いてきた俺にとっても珍しい。


(へぇ…丸太のまま組み上げているのか。板に加工しないで造るなんて変わってるな)


俺は先ほどまでの苛立ちも、すぐ近くに俺のケツの処女を奪った人間がいることも忘れて、素直に感心した。

どうせ少しの間ここで休むことになるのだ、さっさと背中の少年を休ませてから後でじっくり観察させてもらおうと思い、俺は三男坊を指定された部屋へと連れて行く。


小ぶりな家に似合う、これまた小ぶりなベッドに三男坊を横たえると、俺は「もし具合が酷くなるようでしたらお声かけください」と軽く腰を折った。…ま、仮病だろうけど、一応な。

三男坊はそれに小さく頷くが、「でも待って」と隣に立つ友人を仰いだ。


「すまない、カイン。君に、傍にいてもらってもいいかい?僕、具合が悪くて心細いんだ…。あぁでも僕が君を独占してしまうとラグウェイン殿下のお相手が居なくなってしまう」

「アルヴァ…!俺も君のそばにいてやりたいが、殿下をお一人にするわけには……」

「………」


(なんで二人して俺を見るんだ!)


一斉にこちらを振り返った二人に、俺はついに我慢しきれなくなってあからさまに嫌な表情を出す。

多分彼らは、俺に「俺が殿下のお相手をします」と言って欲しいのだろう。

というか最初から俺と殿下を二人きりにするつもりだったのだろう。

彼ら二人からは、森に入る前、顔合わせの段階から俺と王子を二人きりにしようという意思が見て取れた。

むしろこの依頼自体がまるまる、王子の計画だったのかもしれない。そう思えば思うほど、この依頼を受けてしまった自分を怒鳴り飛ばしてやりたい想いにかられた。


彼らは黙ったままじーーっと俺を見つめ続ける。

その縋るような目には、涙らしきものが。『僕たちを助けると思って王子と二人きりになってやってくれ!』と声なき声が聞こえてくるのは、おそらく気のせいではないだろう。

だが――――――やなこった!

俺は嘘くさい笑みを浮かべると、


「では失礼します。俺は周囲の警戒をしてき―――」

「ハハッ、カインもアルヴァも気にすることはないよ。私の相手ならばこのレンニールがいるからね」


警戒をしてきます、と最後まで言わせることなく、王子がニコヤカに宣言する。

何を勝手な!と憤っても後の祭り。

口々に「あぁ良かった!ではレンニール、殿下のお相手を頼むよ!」「レンニール、粗相のないようにな!」と言われて強引に部屋を追い出されてしまえば、もう嫌とはとても言えなくなってしまった。

……というより言う暇もなく押しつけられた。

そして後に残ったのは、俺と………………三日月形に目を細める、目の前の少年だけ。


「………」

「………」

「……じゃ、俺は見回りに」

「させないよ」


王子に言葉を先回りされる。


「どれだけ私が、君と会える日を待っていたと思うんだ」


知らねーよ!と言えたらどんなに嬉しいか。

腐っても王子のコイツには、とても言えないが。


「一目惚れした君を他の誰にも渡したくなくなって、つい強引に事を運んでしまったのは………私も自覚してるんだ。あの時は、本当にすまなかった」


思いがけない謝罪に、俺はそっぽを向いていた顔を王子へと向ける。

正直、驚きだ。

まさか謝ってもらえるとは思わなかった。

まぁ、詫びと口止めを兼ねた恩賞を俺はしっかりと貰ってしまっているので今更謝られても微妙な気持ちになるのだが……それでもこの謝罪はコイツ自身の誠意なのだろうと思うと、途端に俺の気持ちも優しくなる。あぁ、我ながら現金なヤツ。


「いや、……いえ、王子はまだお若いですし、たまには気が迷うことも―――んっ」


慰めるように言いかけた言葉は、しかし、王子の口の中に飲み込まれた。


口づけを、されたのだ。


(?!!)


抵抗しようとする間もなく、俺の舌が王子のそれに柔らかく絡め取られる。

軽く撫でるように舌裏を掠められて、俺は思わず息を上げる。


ヤバイ。

気持ちいい。

ていうか相手、またしても男で、しかも王子……!


俺はハッと我に返ると「いい加減にしろ!このバカ王子!」と、おそらくこの小屋の周囲を囲っているであろう王子の護衛兵が聞いたら額に青筋を浮かべそうな言葉を発しそうになった。

いや、叫ぼうとしたのだが。


「…んっ……は……」


息継ぎの暇のないくらいに口を覆われている俺は、最早すっかり腰から力が抜けそうになっていた。

巧い。とにかく巧いのだ。

俺が元々性に疎かったこともあるのだろうが、王子の舌技は巧みに俺を快楽へと追い上げていく。


(まだ、ガキのくせに…っ)


キスも碌にしたことのない俺にとって、このキスはまるで甘い猛毒だ。

王子はまだ少年と青年の間を彷徨う年齢だというのに、その舌は驚くほど巧みに動いていた。

俺の舌先をチロチロとくすぐったかと思えば、舌の根からググッと舐め上げ、俺の唾液を全て吸い取るようにしつこく吸いつく。


「……ぅ…っん……」


チュッチュなんて可愛らしいもんじゃない。

ジュゥゥゥッと思いっきり吸われて酸欠に喘ぐと、今度は優しく歯列をなぞる。そのまま唇の内も外もねっとりと舐められ、再び俺の舌を今度は少し手加減して吸い上げられた。

息継ぎの合間に俺の唇を王子の唇でやわやわと食まれ、角度を変えて唾液を流しこまれる。

それだけで俺はもう、為されるがままだ。

ひたすら王子から流された唾液を嚥下し、吸われた舌を取り返すかのように吸い返す。

気がつけば、俺と王子の口の間からはジュクジュクと水気を帯びた音が絶え間なく鳴り響いていた。


「…ぁ…う……ちゅ……ん…」


顔を真っ赤にして、目を蕩かせる。

初めてされたあの時よりも、正直―――今のほうが凄い。

あの時は訳が分からないうちにされていたし、それに王子自身、もう少し余裕が無かった。

だから気持ちよさを感じることも………………まぁ気持ち良かった事は否定しないが。それでもキスだけでここまで頭が蕩けるほどになったのは、今日が初めてだ。


「レンニール………」


声変わりを終えたばかりの王子の声が、欲望に掠れている。

耳元で甘く囁かれて、俺は王子の首元へと顔を埋めた。


(俺、どうしちまったんだろう……男色の気なんか無いのに、こんな、女みたいな)


潤んだ目で、ぼんやりと王子の肩越しの景色を眺める。

いつの間にか客間らしき一室に連れ込まれていた俺の目に、白いシーツがひかれたベッドが映った。

ベッドを目にした途端、俺の体内を甘い疼きが一瞬にして駆け抜ける。


「…んぁっ…」


あの日の、戸惑い。

あのときの、混乱。

あのベッドの上での――――歓喜。


それを思い出して、俺の体は目の前のオトコの欲を受け入れることを期待する。


(期待?そんな馬鹿な)


心の中では抵抗を示しているはずなのに、俺の体はいとも容易く心を裏切る。誰の目から見ても分かるほどに俺は、王子を求めていた。


「ふふ……可愛いね?レンニール。ずっとこうしたかった。父王さえ私たちの邪魔をしなければ、あの時も一晩中可愛がってあげたのに」


俺の耳朶をくすぐるように小さく笑うと、王子は俺をベッドの上に乗せる。

甘い微笑みを浮かべる王子を見つめている俺の目に、ふと俺を求めるもう一人の男の顔が重なった。


(リーグ…?)


いつも人を揄うようにキスやハグを仕掛けてこようとする、貴族の友人。リーグヴェイル。

リーグヴェイルは王子みたいな少年じゃないし、王子みたいに偉そうじゃないし、王子みたいに強引なことはしない。

それなのに、どうして王子とイメージが重なるのだろうか。


(俺、リーグにも同じようにされたい、って思ってるのか…?)


王子はボンヤリとした視線を向ける俺の顔を覗き込むと、先ほどまでと違う、唇を合わせるだけのキスを贈ってくる。

チュッ…と小さな音を立てて唇があっという間に離れていくのを、俺は思わず追いかけそうになってしまう。


「私のこと以外を考えてはいけないよ。君の唇の味も、君の肌の滑らかさも、君の美しい筋肉も、全て私だけが知っていればいいんだ」

「お前のこと、だけ…?」

「そう。私のことだけ…」


そして殊更焦らすように、王子はゆっくりと俺の服に手をかけ……。


「やめろ!ラグウェイン!!」


ドカッという音とともにやってきた突然の闖入者に、俺と王子は仲良くベッドの上で固まるのだった。

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