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前編

登場人物の細かい容姿は、敢えて描写していません。

読んでくださった方の中に浮かんだレンニールたちが、この小説のレンニールたちです。

どうぞ其々のレンニールたちを思い浮かべてください。

俺は守銭奴である。


人からはよくケチだの金に汚いだのと言われるが、あえて俺からも言わせてもらうならば「自分の金を守ってどこが悪い」だ。

大体、大金持ちでも何でもない俺から金を貸して貰おうとするほうが悪ではないか。守銭奴とは倹しく地道に働いて得た金を、必死で守っている子兎に過ぎないのだ。

俺はケチではない。

あくまで守銭奴……銭を守る奴、と呼んでほしいところだ。


「よっレン!相変わらずケチケチしてるか」

「ッ!ゲホッ…っまえ、いきなりなんつー…」


勢いよく後ろから抱きつかれて俺は思わず噎せた。

振り返ると、そこには憎たらしくなるほど爽やかなイケメン。

女の子に騒がれそうな甘~いマスクの中央に、しかし俺はいつものように手加減なく、平手をバチンと入れてやった。

結構いい音がしたから、それなりに顔は赤くなっただろうな。その高い鼻を中心に。

まぁそれでもこいつはこのくらいの反撃で凹んだり憤ったりする人間でないと俺も分かっているので、遠慮なくこうして叩けるわけである。

実際、叩かれた本人は怒るでもなく悲鳴を上げるでもなく「うあ!容赦ねぇー!」と言いながらも俺の手の平の下で笑うと、懲りもせず俺の首にその腕を絡めている。


(本当に、懲りねーな)


俺はその顔にもう一度、今度は少しだけ力を加減してバチンと叩くと呆れた声をあげた。


「馬鹿たれ、いきなり抱きつくほうが悪いだろ。しかも未だに俺の事をケチとか言うか。俺は守銭奴!ケチと一緒にするなよ」

「ハハッ出たな『守銭奴レンニール』のケチ理論!俺からしたら守銭奴もケチも変わらないけどなぁ」

「そりゃ金持ってるヤツはそうだろうな。結構なこって」


俺は少し嫌みっぽく肩をすくめてみせると、後ろで「いやいや、変わらないだろー」と尚も笑っている男を無視して、目的地へ向けて再び歩き出した





数ヶ月前、俺の住む国では大きな戦があった。

戦いの銘文は何だったか……、確か隣国に嫁いだウチの国のお姫様が王様に捨てられたんだったか?

いや違うな。物凄く嫉妬深いお姫様は王様が側妃を召したのが気に食わず、その側妃を暗殺しかかったのがバレて王様に夜の営みも放置されるようになったんだ。

それで実家に泣きついたお姫様のために、娘をデロデロに溺愛していたウチの国の王様が怒りに燃えて隣国へ抗議したら、ついにはお姫様を突っ返されちまって。

そうだ、それで戦争になったんだったっけな。


ま、長ったらしい話だが、要は男女の修羅場が戦争になった。そういうことだ。


俺は定職に就いているわけでもなかったし腕に覚えもあったから、その戦では傭兵として戦った。

メインで戦うのは貴族や有力者の子弟ばかりで構成された騎士団だけどな。俺達傭兵は身分の高い騎士様方の邪魔にならないように、せいぜい端っこのほうで地味に戦わせてもらうだけだ。


だが、そんなことを言っていられるのも戦局次第。

負けが込んできたらさすがの傭兵も「騎士団を立てる」どころじゃない。

何しろ負けたら俺たちへの給料だって入るかどうか。保証された身分の騎士様とは違い、傭兵なんていうものは実力の世界だ。手柄を立てればそれなりに恩賞を貰えるし、役に立たなきゃ端金が手元に残るだけ。言い方を換えりゃ、傭兵は使い捨てのコマなんだ。


先の戦いでは、途中までウチの国に負けムードが漂っていた。

実際、あのまま騎士様を中心に戦っていたらこちらがボロ負けしていただろう。

しかし負け一色の戦局を読んだ俺が先陣を切って戦いの中心地に躍り出たのをキッカケに、次々と飛び出した傭兵たちが一気に戦局をひっくり返し――――結果、大勝利だ。

勿論、最後に「騎士様とともに戦えて光栄でした」などと嘯き、かろうじて騎士様の体裁を保つことも忘れない。傭兵ってのもなかなかに気を使うんだぜ?全く疲れる話だ。


かくして、俺を含め共に闘った数名の傭兵は王より直接報奨を賜る栄誉を頂き、俺は目の玉が飛び出るような金を手に入れることができたわけなのだが……。


「レンだって今や金持ちじゃないか、『守銭奴レンニール』にして『戦の鬼神レンニール』君?それに、レンの場合は報奨金の他にもいろいろ貰ってたみたいだし」


遊んで暮らそーとか思わないわけ?と歩きながらもしつこく俺の肩に手を回すのは、あの戦いで騎士側として戦っていた男・リーグヴェイルだ。

リーグヴェイルは他の騎士とは違って「傭兵なんぞ」と見下さない。

むしろあの戦場で『戦の鬼神』とまで呼ばれた俺の実力を知ったコイツは、「共に力を高めよう」と鍛錬を申し込もうとさえする変わり者。リーグヴェイルとはそういう男なのだ。

俺はこの男のそういう真っすぐなところに好感を覚えていたが、ちょっとばかりしつこく、べたべたとしたコミュニケーションを求められることだけはどうにも苦手だ。

最初こそ「騎士様」に遠慮して大人しく我慢していた俺だが、握手が肩組みに、肩組みがハグに、ハグが……キスになろうとしたとき、ついに俺の堪忍袋の緒が切れた。


『っざけんな!!騎士だろうが何だろうが、いい加減にしねーと殴るぞ!』


と既に殴った拳を眼前で構えて叫んだことも、今となってみればこの男を喜ばせる行為だったのかもしれない、と俺は密かに悔やんでいた。

何しろこの男は、俺がどんなに殴っても蹴っても嬉しそうに後を付いてくるのだ。マゾの素質を持っているのではないか、と俺は若干疑っていた。

大体、なんで男の俺に可愛いだの色っぽいだの言うのかも理解できない。

筋肉のラインがセクシー……って言われたのは、うん、ちょっと嬉しかったけどな。筋肉には自信あるんだよ、俺。


「阿呆、遊んでたら金なくなるじゃねーか。本当の金持ちってのはお前みたいなのを言うんだよ、騎士サマ」


俺は小さく肩をすくめてみせると、わざとらしくリーグヴェイルに「騎士サマ」と呼びかけた。

貴族であるか又はその紹介があることが前提条件のこの国の騎士に「金持ち」なんて言われても、正直嫌みにしか聞こえない。……まぁ、リーグヴェイルのことだから嫌みで言っているわけじゃないだろうけどな。

だが、いくら報奨を賜ったとはいえ俺と彼らとはやはり存在が違うのだ。


「多少の金や屋敷は手に入ったけど維持すんのも金かかるんだよ。それに、お前みたいに爵位があるわけでもないし」

「なんだ。爵位なんか欲しいのか?俺はお勧めしないけどなー、面倒くさいばっかりで。1ヶ月も貴族になんかなってみろ、嫌気がさすぞ」


心底嫌そうに顔を顰めるリーグヴェイルは、本当に変わっているヤツだと思う。

貴族というのはもっと偉そうに踏ん反り返っている人間ばかりだと思っていた俺にとって、リーグヴェイルは貴族のイメージを粉々に壊してくれた男だ。もちろん、良い方向に。


「お前見ていると、お前が貴族ってこと忘れちまいそうだ」


フッと笑ってリーグヴェイルに目を向けると、彼は「それは光栄。俺の女神」と悪戯っぽくウィンクを送った。


(だから、そういうのは止めろっての!)



:::::::




俺が国から貰ったのは庶民が一生かかっても使いきれない「多少」というには余りにもたくさんの金と、広大な土地と、屋敷だった。

ただし、一介の傭兵が貰うには大きすぎるこの報奨は、もちろん先の戦いの報酬……だけではない。


金に関して言えば、俺の他にも数名、手柄を多くあげた傭兵も貰っていた。

まぁ尤も、一生使いきれない金とは言っても頭に「庶民が使うなら」が付くが。ハッキリ言って、貴族みたいに宝飾品や骨董品に金を使おうとしたら、あっという間に無くなっちまうような金額だ。

だが庶民の分を超えなければ充分それで一生を過ごしていける。


ただ、土地と屋敷に関しては…………、ハッキリ言って手切れ金、というか…口止め料というか…。


(俺のバックバージン代って考えると、結構俺って高級な男かもな)


当時の事を思い出して俺は自嘲気味に笑った。

報奨を受けるために城に出向いた俺を、奇特にも見染めたらしいこの国の王子は自分の寝所に引っ張り込んだのだ。

抵抗?王子相手にできるかよ!下手すりゃ打ち首モノだぜ。


もちろん護衛騎士や侍女は相当に慌てていた。

誰もが王子を止めようと努力はしたが、結局誰にも止められなかった。

王族という血筋を富に大事にするこの国に於いて、誰が王子に意見ができようか。ましてや相手は妊娠の心配もない、男。

こうなっては、彼らにできることはビッチリと閉められた扉を守ることと、湯あみの準備をすることくらいだ。


いろんな国を渡り歩いてきた風来坊の俺には知る由も、また知る必要もなかったから知らなかったのだが、この国では男色というものはそんなに禁忌されてはいないようだった。

そしてそんなお国柄もあってか、この王子様はどうやら元々男色の気があったらしい。

どうみても15歳くらい、俺よりも5か6ほど年下の王子様に好きなように体を蹂躙されるのは、正直キツかった。男同士のエッチ自体初めてだった俺に、あの部屋で起きたことはかなりのショックをもたらした。


訳が分からないうちに裸に剥かれ、体中弄られ。

俺の性的嗜好はノーマルのはずだったが、男特有の急所を刺激されれば嫌でも反応する。

やわやわと揉みしだかれて反応し始めた俺自身に、王子は年に似合わない忍び笑いを洩らすと、俺の後ろへとゆっくり指を滑らせ―――――…………いや。あのときのことを思い出すのはもう止そう。精神的ダメージを受けるだけだ。


とにかくあの王子の行為が衝撃だったのは俺だけではなかったらしい。

事後の湯あみを済ませた頃に、この国の王が慌てふためきながらやってきて言うには


『この事は内密にしてくれい!王子に男色の趣味があると知れてはあまりにも外聞が悪い』


確かに他国のお姫様と婚約したばかりの王子に、男色の醜聞はキツイ。

かといって俺を殺してその口を塞ごうにも、あまりにも俺は強すぎる。

だから、元より授ける予定だった報奨金の他に、「特別恩賞」という形で土地と屋敷もくっ付けて寄越してきたわけだ。

戦での俺の功績やら何やらを騎士団から報告を受けている王ならば、「こいつは金や物で懐柔したほうが良さそうだ」と判断しても仕方ないと思う。俺、戦場では結構暴れたもんなぁ……それこそ『戦の鬼神』なんて渾名までできてしまったほどに。


それにまぁ、守銭奴だしな。俺。

結局「くれる」と言うモノを遠慮なく貰ったら王子への怒りもかなり冷めたのだから王の判断は正しかった、ということだろう。

この国に腰を落ち着けようかどうしようかと悩んでいた折のことだったし、結果的に土地と屋敷を引き換えに貰えたのだから、ある意味俺はラッキーだったわけだ。

貰った土地も屋敷も、場所が辺鄙ということを除けば俺の身には充分すぎるほどのものだったし。


ただ、この広すぎる屋敷を管理するには多少の人手も必要になる。

せっかくの豪奢な屋敷をオバケ屋敷にするのも偲ばれたので年配の男女を数名雇いはしたが―――――俺は金が増えるのは好きだが金が減るのは死ぬほど嫌な性質だ。

だから今日も今日とて「せめて使用人の給料分くらいは」と仕事を求めて町へ繰り出しているわけである。



………気のせいか、恩賞を貰ってから益々「守銭奴」っぷりに火が付いてないか?俺……。



***




俺の背後霊のように付いてきたリーグヴェイルを連れて町を歩き、俺はやがて目的地へとたどり着いた。

いくつもの店が入っている3階建ての建物の、2階の端っこ。

看板すらない、知る人ぞ知る小さな店だ。

ガラァァンとドアベルにしてはやけに大きな音を立てる鐘を鳴らしながら、俺はその店の中に顔を覗かせる。


「うぃーっす。何か仕事ないか、ぼったくりヴィック」

「よぉーっす。仕事ならお前の背中に張り付いてる男に貰やぁいいだろ、守銭奴レンニール」


いつもの「戦闘職専門!安心仲介屋ヴィクトール」略して「職安」へ軽口と共に顔を出すと、この店のオーナーにして唯一の従業員ヴィクトールが揄い混じりの声を投げかけてくる。

それに「阿呆か」と口の端を上げて笑うと、後ろから「俺は全く構わないぞ?むしろ俺を頼ればいいじゃないか、仕事ならいくらでも作るぞ」とリーグヴェイルがべったりとくっついて主張した。


「嫌だね。リーグの仕事は仕事じゃねぇだろ。あーこの前のは何だったか?『護衛任務』って言われて行ったら、お前と一日芝居を見たり飯を食べて終わっちまったな」


思い出すだけで阿呆くさい依頼だった。

大体、どの面下げて「護衛対象」だというのか。てっきり一人だけいるというリーグヴェイルの妹の護衛任務だと思っていたのだが、指定場所に現れたのは目の前の優男一人。

優男とは言っても、リーグヴェイルは俺たちが出会うことになったあの戦いで唯一善戦を見せた、騎士団随一の力量を持った人間だ。護衛など名目だけなのは、誰の目から見ても明らかだ。


「ほぉーお、いい仕事じゃねぇか。旦那の仕事なら高給だったろ?楽して稼げるんだ、俺んとこの仕事より条件いいわな」

「俺がそういうの好まないって知ってるだろ。俺は戦い専門、そういうのは巷で流行ってるっていう……デートクラブだったか?そういうところで頼めばいいんだ」


後ろの男を軽く睨みつけるように言うと、俺はため息をついた。

本当に、どうしてあの王子といいこの男といい、俺は変な男に好かれるのだろう。

前世の業が余程深いのか。


(もし前世に業でもあったなら、前世のうちに罰を与えとけってんだ。カミサマってのは不条理だぜ)


親父に「出てけ!」と怒鳴られた勢いのまま、売り言葉に買い言葉で15才で家を出て、ちょうど6年。

無一文からスタートした俺に、ようやく財産と呼べる財産が出来たのに。

その財産の元は、王子に奪われたバックバージン。

おまけに初めてできた貴族の友達(?)もどうやら俺のセカンドバージンを狙っているらしいときた。

これを前世の業と言わずして何と言えばいいのか。


「俺は結構一途な男なんだぞ?心配しなくても俺はレンとしかデートもしたくないし。もちろんキスも、セック」

「だぁぁーーーっ!だからそういうこと言うなって!」


しれっとした顔で恐ろしい事を言おうとするリーグヴェイルの口を慌てて両手で塞ぐ。…ったく冗談じゃない!


だが……、正直なところ仕事が全くないときにリーグから貰える依頼料という名のデート代は、経済的にとても助かっていた。

俺としては、できれば戦争中の他国に赴いて戦場でガッポリ稼ぎたいところだが……。


「あーあ。この国で戦でも起こりゃ、稼げんのになー」


ぼやき混じりに呟くと、ヴィクトールが突然「フハハハ!」と癇に障る笑い声を上げた。


「…なんだよ、ヴィック」

「あー悪い悪い、戦場を渡り歩く根なし草がついに首輪付けられたかと思ったら可笑しくてな。土地や屋敷があっちゃ、いくら鬼神でも攻撃には出れまい?ま、せいぜい守りに徹するこった」


ヴィクトールの言葉に、俺は一瞬言葉を詰まらせる。

それは、俺も薄々感じていたことだったからだ。


(あの国王も相当な黒ダヌキだった…ってことか)


さすがは一国の国王というべきか。

俺だけに与えられた特別恩賞は、王子の行為の口止め料になると同時に俺を縛る枷となったわけだ。


たぶん、俺みたいな戦ジャンキーにはそれこそ首輪でも付けておきたかったというのもあるのだろう。

考えてみれば先の戦でも、たまたまこの国の傭兵として戦ってはいたが、巡り合わせ次第では俺は相手方の傭兵としてこの国を攻めていたかもしれないのだ。


「………真面目な話、俺、屋敷なんか貰わなきゃ良かったか?」


半ば以上真剣にリーグヴェイルに聞いてみると、リーグヴェイルは穏やかな笑顔を浮かべるとハッキリと首を振った。


「そんなことはないさ。レンがこの国に縛り付けられてくれれば、俺としても口説くチャンスが増えて嬉しい」

「このバッ…!そういうのは女に言えって!大体、リーグはいつも綺麗な女に囲まれてるじゃねーか。そいつらとか」

「俺の女神より他に美しい女なんていないね。嫉妬かな?安心してくれ、俺にはレンしか見えてないから」

「……くくっ本当、おもしれーわ」


心底おもしろそうに俺たちを眺めているヴィクトールをギロッと睨むと、俺はぶっきらぼうに「ヴィック、仕事!」と店にひとつしかない椅子に腰かけた。



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