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「ユーシェ様、皇帝陛下から贈り物が届きました」
「ありがとう、ティナ」
日が落ちる頃、ティナが箱を持って部屋に来た。陛下とあんなやりとりをした後なので、思わず身構えてしまう。
「どうぞ。おあらため下さい」
私の考えを読んだティナが、苦笑しながら箱をテーブルの上に置いた。もう荷は検分されているだろうから、ティナは中身を知っているのだろうけれど、それを知らせてくることはない。
恐る恐る箱に手を伸ばし、ゆっくりと蓋を開ける。
「あ…」
ティナがふふっと笑ったのが分かった。
箱に入っていたのは、淡いピンク色のワンピース。裾に向かって濃いピンク色にグラデーションとなっているものだった。
「素敵でございますね。明日はこちらをお召しになって陛下をお待ちしましょう」
「そう…ね。陛下は…明日もいらっしゃるかしら」
微笑みながらティナがワンピースを箱から出し、広げて見せてくれる。グラデーションが素敵で、装飾がなくても寂しく感じない。
「きっといらっしゃいますよ。こんなに素敵なお召し物を贈ってくださったんですもの。陛下はユーシェ様を大事に思ってくださっているんですね」
「………」
私が洗濯をしなくなって、食事の量が増えるようになって、ティナはすごく優しく微笑むようになった。今までの私は後宮に住まう令嬢とはかけ離れたことばかりしていたから、注意されてばかりだった。けれど、陛下がこちらにいらっしゃるようになって、私が変わり、ティナも変わった。ティナが笑っているのは嬉しい。ティナが喜んでいるのも嬉しい。けれど、私は…。
「陛下が私の所に来るのは、気に入っているからではないと思うわ」
「え…?」
「私を…見極めているんだと思う。私が伯爵の手の内のものなのか、どうか、を」
「そんな…っ」
「ごめんなさいね、ティナ。あなたまで疑われているかもしれないわ。私のせいね」
悲しそうな顔をしたティナに頭を下げる。ティナは上の命令で私に付いてくれただけなのに、本当に申し訳ないことをした。
「ユーシェ様!私に頭を下げてはなりません」
「でも…」
「ユーシェ様がどう思われているかは分かりませんが、私はユーシェ様に仕えることができて嬉しいのですよ。他の方に付きたいとは思っておりません。私は、ユーシェ様を心からお慕いしております」
「ティナ…」
ティナの言葉に思わず目を丸くしてしまう。
「まだ私が嫌々ユーシェ様にお支えしていると思っているのですか?何度も何度も否定しましたのに」
「あの…ごめんなさい…」
今度はティナが目を細めたのを見て、思わず身体を竦めてしまった。
ティナが私に対して顔を顰めたのは、初対面の一度、それもほんの数秒だけ。それが意味するのがなんなのかは分かっていた。私自身に対しての感情ではないことも分かっていた。けれど、だからと言って、ティナが私を慕ってくれるようなことにも、なるわけはないと思っていた。
誰も、誰にも顧みられることはなく、ただ、ここで、散っていくだけだと思っていた。
「理由がなんであれ、皇帝陛下がユーシェ様の事をお考えになり、こちらにお越しになってくださるようになった事は喜ばしい事です。けれど、そうならなかったとしても、私はユーシェ様に喜んでお仕えする所存なのですよ。ユーシェ様のお人柄は、誰よりも私が良く分かっています。ユーシェ様が疑われるような事など何もしていないと、私が一番良く分かっています。胸をお張りになってください。潔白なのですから。私まで疑われる事が在ったとしても、何の問題もないではありませんか」
「ティナ…」
「それとも、実は疑われるような事をしていらっしゃるのですか?」
「そっ、そんなことないわよ!私は陛下を心からお慕いしているもの。裏切るような事など、神に誓ってしていないわ」
「でしたら、何の問題もないではありませんか。なんの問題も、ございませんよ」
「ティナ…」
跪いて私の両手を包み込むように握ったティナは、優しい笑顔で私を見上げた。目の奥がツンとしたことはこの優秀な侍女にはきっと悟られているけれど、私は微笑んで誤魔化した。
侍女が主の許可なく身体に触れるなど、本当はあってはならないことだ。けれど、あえてそうしてくれたティナに、心が温かくなる。こんなに優しいティナに、いつまでも意地を張っているのは、馬鹿馬鹿しいなと思うほどに。
私の周りには、優しい人ばかり。みんな、みんな優しい。それに手放しで甘えられたら、どんなに幸せだろう。どんなに楽だろう。
そんなことできるわけがないのに、思わず考えてしまうほど、みんな優しい。優しくて、優しくて、痛くなる。
「やはり私はいつも与えられるばかりね。何も、何も返すことが出来ないのに」
「見返りなど、誰も求めていません」
「…では、陛下は?」
「え?」
「陛下にも、私は何もお返しできないわ。私のような身体では、夜伽なんて無理だもの」
「ユーシェ様…」
ティナに握られていた手をすっと外し、ゆっくりと窓の方へ移動した。月も、空も、何も映さない窓。朝日を漏らすことはなく、ただ、風を通すだけの窓だ。
それでも、私よりは役に立つ。風を運ぶことも、光を洩らすことも、何もできない私より。
「私は…ここにいるだけで…、ここにいること自体がもう…嘘つきで…、裏切りだわ…」
優しくされれば優しくされるほど辛くなる。けれど、私にはもう、どうしていいのか分からなかった。
あまり日が開かないように更新したい…気持ちはあります…




