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誤字報告、評価ありがとうございます!!
次の日、アレク様の宣言通り、私の部屋は後宮からお城のアレク様のお部屋の隣へと移された。アレク様の自室の隣とは、つまり、皇妃の部屋。強引な移動に物申したい人は居ただろうけれど、私を抱き上げて離そうとしないアレク様ご本人に意見できるような勇者は、誰1人として出てこなかった。
1人だけ、普段であれば唯一アレク様に進言できるであろうディル様も不在だったし、当たり前のようにそばにいてくれたティナも、いなかった。
そう、アレク様は、ティナを私の侍女に戻すことに、頷いてはくださらなかったのだ。
私は、ティナから、侍女という肩書きを、奪ってしまった。
「落ち着きません…」
「分かるわ…。私も同じよ」
「「はぁ……」」
あの、アレク様を激昂させてしまったあの日から数日、1週間を過ぎようとしていた今日、ティナは侍女服ではなく、蒼いドレスを纏って私の前に現れた。
「でも、動けません…」
「…それも、分かるわ…」
辛うじて背筋は伸ばしているものの、私達はソファの住人となり、ただただお茶を飲み、言葉を交わしている。
「本気で怒ったディル様…、怖かったですぅぅぅぅ!!ユーシェ様のことを考える余裕なんてかけらも与えてもらえませんでしたよぉ!もう、もう絶対に本気で怒らせたりしたくないですぅぅ!!」
「私たち、世界中の誰よりも、一番理解しあえると思うわ…」
「ですよね!!あぁ、もう、本当に!本当にお会いしたかったです、ユーシェ様!」
「私もよ、ティナ」
きっと、これがティナのプライベートな姿なのだろう。少し間延びした話し方で、感情を隠すことなく言葉を紡いでいる。
この数日間のことを思い出し、涙目になりながら、私に抱きついてきたティナを、私も抱きしめ返した。ソファに並んで座り、こんなにティナを近くに感じる日が来るなんて、想像もつかなかった。お茶の時間を一緒にしていた時も、席は向かい合わせが普通だったのだから。
「あぁ、でも、こんな姿を見られたら、ここにも連れてきてもらえなくなるかもしれません。名残惜しいですが、離れなければ」
そう言ってティナは私を抱きしめるのをやめたけれど、ソファに並んで座るのは変わらない。
私たちは、ここから動けないのだ。景色の良い、日の光がたくさん入ってくる窓を目の前に朝からずっとこのソファに座っている。私はアレク様が、ティナはディル様に抱き抱えられてここに連れてこられたのだ。
ここは私に与えられた新しい部屋で、後宮にいた頃よりも広く、日当たりもよく、明るいお部屋だ。白を基調にした家具に、生活に必要な物も全て揃った、素敵な部屋なのである。廊下へと続く扉の内側には後宮でも仕えてくれていた侍女が控えているし、外には護衛がいる。ここは2階なのでここからは見えないけれど、窓の外…下にも、護衛がいるはずだ。
「透明な牢獄のよう…」
「ティナ、滅多なことを言ってはいけないわ」
ティナが言い終わる前に、言葉を被せる。ハッとしたティナは後ろを振り返り、控えていた侍女に微笑まれながら首を振られ、安堵のため息をついた。侍女は聞こえないふりをしてくれるようだし、外にも声は漏れていないようだ。
「お昼までには…歩けるようになると思うのですが…」
「そうね。でも、おとなしくしていましょう」
「…そうですね…。でなければ、やはり連れてきてもらえなくなってしまいます…」
肩を落としたティナは、足元に視線を落とした。つられて私も視線を落とす。
足に枷がついているわけではない。鎖で繋がれているわけでも、拘束されているわけでもない。けれど、私たちは立ち上がれもしないのだ。
「殿方の本気は、恐ろしいですね…」
「えぇ…」
あの日、アレク様はお怒りを鎮めてはくださったけれど、私を朝まで眠りにつかせては下さらなかった。私がアレク様に抱かせてしまった感情を、全てぶつけてこられたのだ。決して乱暴ではなかったけれど、気の遠くなるほどの長い時間、アレク様は私を抱き続けた。そして、立ち上がることのできなくなった私を抱き上げ、そのままこの部屋へと連れてきたのだ。
執務があるからとアレク様が部屋を出られた後、私は意識を失い、次に目が覚めたのは夕食の前だった。仕事を終えられたアレク様と食事を共にし、寝支度を整えたら、扉続きの寝室へと抱き上げられて移動し、今度は日が昇る前には解放された。私は、ここ数日、ほとんど日の光を見ていなかった。
「日の光が目に染みます…」
「分かるわ…」
きっと、ティナも私と同じような生活をしていたのだと思う。それか、私よりも……。
ディル様は、今日まで一度も出仕していなかったのだとおっしゃっていた。自身のお屋敷でできる仕事をしていたのだとも。
「でも、ティナに会えてよかった。もしかしたら、もう本当に会えないんじゃないかと、少しだけ心配していたの」
「私もユーシェ様にお会いできて、安心しました。でも、少しだけ、ですか?」
「えぇ。アレク様、お優しいもの」
「ユーシェ様にだけ、ですけどね。でも、侍女は首になっちゃいました。私も、まだまだです」
「…ごめんね…」
「ユーシェ様は悪くありませんよ。それに、私が稼がなくても、ディル様が実家に援助するから心配ないと言ってくださったので……。少し、侍女を辞めるのが早くなってしまっただけです。大丈夫ですよ」
そう言って微笑んだティナの顔は、侍女としてそばにいてくれていた時のそれと同じだった。
「本当は、ユーシェ様のご結婚後も、毎日ではなくてもお仕えしたかったのですが…」
「でも、今度はお友達として、ここに来てくれるのよね?侍女ではなくなってしまったけれど、ここに来ることは禁止されなかったのよね?」
寂しそうに笑うティナの手を取り、ギュッと握りしめる。今まで私を支えてくれたその手は、まだ少しカサついていて、でも、数日前よりはしっとりしている。ディル様の元で、ティナが大切に扱われているのだという証拠だ。
「はい。毎日とはいきませんが、ユーシェ様を訪問することへの許可は頂けました。陛下からも、これからは友人として支えてもらいたいと、ありがたいお言葉も頂きました」
「アレク様に会ったの?」
「こちらに来る前にすれ違ったのです。私、初めて陛下に笑われました。その、私がディル様に抱き抱えられて移動していたことが面白かったのだと思いますけども…。多分…なのですが、侍女ではなくなって、ディル様の家に入ったことで、身内…というのでしょうか、そういった枠組みに組み込んでいただけたのでは…?と…」
「身内…」
「もう侍女ではございませんが、これからは、もっとユーシェ様にとって近しい存在になれればと、そう思っております。ですからユーシェ様、私と、お友達になっていただけますか?」
「もちろんよ!断るわけがないわ」
少し恥ずかしそうに笑うティナは、出会ってから今までで、初めて見る姿だった。距離が近づいたように感じて、嬉しくて私も自然と笑みが溢れる。
「ありがとう、ティナ。嬉しい…」
「それもこれも、陛下がユーシェ様にお優しいからですよ」
「そうね…。私、本当に幸せだわ…」
私は、ユーシェ。
隣国の出身の孤児で、この国の皇帝、アレクサンダー様のたった1人の妃。
後宮の奥、日の当たらない部屋でこっそり静かに暮らしていたのはもう昔。
一人ぼっちだったのは、もう昔のこと。
人を愛して、愛されて、きっと、きっとこの先、ずっとアレク様の隣で、幸せに生きて、幸せを作っていく。
謀なんてしなくても、私はアレク様を信じて、歩いて行ける。
「でも、もう絶対に陰謀だなんて言われないように生きていくわ」
最後におまけを書いて終わりにしたいです。




