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大変、大変お待たせしました。
行くぞと腕を取られ、半ば引きずるように、アレク様は私を部屋に戻す。無理やり立ち上がらせられたために椅子は倒れ、茶器もぶつかり合う音を立てていたけれど、アレク様はそれらを全く気にしなかった。
部屋に残っていた侍女たちは、「外せ」と言われて、即座に出て行った。ティナは、私がアレク様に捕まるのとほぼ同時にディル様に捕まり、私については来られなかった。
「…っ」
寝室まで連れてこられ、放るように寝台へと投げ出される。柔らかい寝具が私を受け止めるから、痛みは全くなかった。
「あの…っ」
「ふざけるなっ」
上半身を起こし、何か言わなければと口にした言葉は、アレク様の絞り出したような声にかき消された。
「出ていくなど、俺が許すと思ったか」
「そんな…」
「言ったはずだ。俺のものになれば、もうここから出ていくことは叶わないと。もう忘れたか」
「そんなことは……っ」
「隣国の出だとでも言えば追い出してもらえるとでも思っていたか!」
アレク様の言葉に、思わず息を飲んだ。ティナとの話は、だいぶ前から聞かれていたのだと、アレク様は私が隣国の者だと、もう知ってしまっているのだと…。
けれど、アレク様はこの部屋に入ってからずっと私に背を向けたままで、その顔色を伺うことができない。
「あの侍女の提案だったか。それなら…」
「ち、違います!ティナは何も…っ!」
アレク様の怒りがティナに向かっていく。それだけはなんとしても避けなければと、背中に向かって声をかける。けれど、腕も、膝も、カタカタと震えてしまっていて、立ち上がることができなかった。
「隣国の出だから何だというのだ!そんなことは今更だ。とっくに可能性にいれていた。お前の髪も、目も、この国の外では珍しくも何ともない。お前が気付いていないのなら、教える必要もないと思っていた。それだけのことだ!だというのに、お前は…っ」
背を向けていても分かる、全身から滲み出るアレク様の怒りに、言葉が出なかった。硬く握りしめられた拳が、わずかに震えている。
「そんなに俺が信用ならないか。そんなことでお前を追い出すようなやつだと思われていたとは…、馬鹿馬鹿しい。それなら俺もお前の意思を尊重してやることはないな。今日をもってこの部屋から俺の部屋にお前を移す。そこから出ることは許さない。侍女も交代だ」
「アレク…様…」
「あの侍女を処分しないことに感謝するんだな」
「アレク様」
震える手足を叱咤し、何とか立ち上がって、すぐ傍にいたアレク様の背中にしがみついた。
「申し訳…ありません…」
「今更だ。お前の処遇は変わらない」
「それで…アレク様のお心が…鎮まるのでしたら…」
「お前はっ…」
「私はアレク様をお慕いしています!私の心も、体も、アレク様のものです!でもっ…、でも…、私が隣国の者だと知ったら、どう思われるのかと…。かつて対峙していた国の生き残りだなんて…。私……」
「お前は俺を何も分かっていない!」
「きゃっ」
突然視界が反転し、アレク様に寝台に押し倒されたのだと気付いた。肩を掴まれ、寝具に体が沈むほど、アレク様が体重をかけて私を寝台に押し付けている。この部屋に入って初めて見たアレク様の表情は、激しい怒りと、どこか、寂しさが窺えた。こんな怒りをぶつけられるのは初めてで、思わず、息を飲む。
「お前は、そんなに俺が狭小な男だと思っていたのか!お前がこの国の者でないからなんだというんだ!なんのためにあの男を護衛に加えたと思っている!何故この城に隣国出身の使用人が増えていると思っているんだ!」
アレク様の言葉を聞きながら、どんどん視界が滲んでいくのが分かった。心が、痛い。ギュッと、鷲掴みにされているよう。私は、どうして、私は。
「戦争など何年前のことだと思っている!それもこの国が勝った戦争だ!敗戦国に恨まれることがあっても、その逆など比べ物にならない。隣国の出だからと、お前を排除しようとするものがいるわけないだろう!いたとしても、それを俺が許すと思うか!そんなことでお前への想いが揺らぐと、本気で思っていたのか!」
「ごめ……なさ………」
瞳を覆っていた涙が、瞬きと共に目尻からこぼれ落ち、次から次へと流れていく。
「ごめん…なさい…アレク様…。ごめんなさい…」
胸が痛い。息をするのも苦しい。でも、そうさせたのは、私自身だ。なんて、なんて愚かだったんだろう。
隣国出身の者でも、城内での仕事がある。差別もない。きっとそれは、市井でも浸透していくに違いない。黒目黒髪はまだ恐れられているけれど、数が増えれば、異端でなくなっていくはずだ。まさかそれが、私のためだったなんて。
「私…何も持っていないのに…、また、アレク様の足を引っ張るようなことを増やしてしまうのではないかと思ったら…怖くて…。やっぱり、そ、傍にいたら…ダメなんじゃないかって…。でも、離れたくなくて…っ」
もう涙でアレク様の顔も見えず、何度も拭うけれど、溢れた涙は止まらずに次から次へと零れ落ちていく。
「どうしても……言えなかっ…。…申し訳…ありません…」
「ユーシェ…っ」
名前を呼びながらアレク様が私に覆いかぶさってきたから、反射的にその背に手を伸ばす。
「もう…っ、名前も呼んでもらえないかと…っ」
アレク様の口づけで言葉を失う。そうしながら涙を拭われ、澄んだ空のような色の瞳に見つめられた。その瞳を見つめ返すと、ますます涙があふれ、また視界が滲んでいく。
「泣くな、ユーシェ」
「離れたく、ありませんっ。離れたくなんて、ないのです。お傍に、いつまでもアレク様のお傍にいたいのです。誰よりもお慕いしております。どんなお叱りも、罰も受けます。何でも従います。だから、だから…っ、嫌いにならないで…下さい…っ」
「馬鹿者。そんなことを言うな」
「いなく…ならないで…っ」
「当たり前だっ!」
力強い言葉と共に、アレク様が私をきつく抱きしめた。ほんの少しの隙間もなくなるように抱きしめてくださるから、私もアレク様の背中をギュッと掴んだ。
「お前を離すわけがないだろう。ユーシェ以外など、考えられない」
耳元で聞こえる言葉が嬉しくて、私の涙は、次々頬を伝って寝具へと染み込んでいく。
「アレク様だけ…です。私には、アレク様だけ…」
その夜はずっと、アレク様は私の手を握って、離さなかった。私も、ずっとその手を、離さなかった。
あと1話で完結予定です。
連れ去られたティナさんがどうなったのか…
ティナさん回収して完結予定です。




