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キリのいいところ…と思っていたら、意外と長くなってしまいました。
「そうでございます。隣国で生まれ育ったのですが、仕事を失ってしまいまして、こちらに出てきた次第です。隣国の出身と隠さずとも、差別もされず、職に就かせてくださったこちらの国の方には感謝しかありません」
「そう……。ありがとう。とても嬉しかったわ。また、作って頂戴ね」
「はい。ありがとうございます」
ティナが目配せをし、リシューは下がって行った。
10年前まで戦争をしていた隣国のことを、忌み嫌う者は一定数いる。けれど、隣国の民にまで罪はないと、アレク様は移民も受け入れているし、職に就くことも制限していない。差別する者をあえて罰することはないけれど、この国にいるからには同じ国民として扱うと公言し、同じように恩恵を与え、取締りをしている。そうすることで、差別をするものは減ってきているのだった。
「ティナ」
「はい」
「一緒に、お茶をして…くれる?」
「もちろんでございます」
侍女が主人と同じテーブルにつき、お茶を飲むなんてことはありえない。けれど、ティナは今でも私のそれに付き合ってくれていた。
もう一人の侍女に目配せをし、ティナは私の隣に座った。隣に座るのは、侍女としてではなく、友人として、だ。
「このお菓子、母がよく作ってくれたものなの。もう、ずっと食べてなかった…」
「そうなのですね」
食前の祈りを捧げ、ティナも手で摘んで、パリパリとかけらをこぼしながらそれを口に入れた。そして、もう一人の侍女がそっと置いていったハーブティーを口にする。
「おいしいです…。これとは違いますが、私も小さい頃には、こういった庶民が食べるようなお菓子をよく食べていたんですよ」
貴族の娘であるティナが、貴族が口にしないようなお菓子でも抵抗はないのだと、片目を閉じて教えてくれる。本当に、ティナは気が利いて優しい。
「ティナは、分かっていたの?その、私が…隣国の人間だって…」
「……確証はありませんでしたが…、そうかもしれないとは思っていました」
「…そう……なのね…」
まさか、気付かれていたなんて思っていなかった。思わず、膝の上でギュッと握りしめた手を見つめる。
「こちらの国では珍しい黒髪は、隣国では珍しいものではないと聞いたことがあります。黒目は隣国でも珍しいとは聞きますが、それでも一定数いるのだとか…。ユーシェ様と陛下が出会った場所は国境沿いだと伺ってから、その可能性は高いのでは…と」
「……」
「…最近ずっと悩んでらしたでしょう?黒髪の護衛に声をかけたそうにしていたところを見て、もしかして、と思ったのです。…ご自分が、隣国の人間かもしれないことを、気に病まれているのでは、と」
「……っ」
確信をつく言葉に、思わず肩が揺れた。冷や汗が流れているのが分かる。心臓もバクバクしていて、鳥のささやきはもう聞こえない。
「ユーシェ様、覚えてらっしゃいますか?」
ティナが体ごとこちらを向き、ぎゅっと握りしめた私の手の上に、そっと両手を重ねたる。
侍女が許可もなく主人の手に触れるなんて、絶対にあり得ない行動だ。いくら友人だと言っても、ティナはそういうところはしっかりしている。それでもあえて触れてきたその意味を、覚悟を、受け止めなければいけないと思うのに、私は顔すら上げられずにいた。
けれどティナは、それを気にした様子もなく、言葉を続けた。
「まだユーシェ様が貴族の養女という立場であった頃、何かと理由をつけて私を遠ざけようとしていた頃のことです。私は、養女だろうが、そうでなかろうが、ユーシェ様をお慕いしておりますと、お伝えしました。ユーシェ様のお人柄を、優しさを、誰よりも私が知っています。それは、ユーシェ様が貴族という肩書きをなくしてからも変わらないと、何度もお伝えしてきたはずです。心から、ユーシェ様をお慕いしているからこそ、私はお仕えしているのです。貴族でも、庶民でも、孤児でも、何も変わりません。隣国の生まれだとしても、何も変わりませんよ。ユーシェ様はユーシェ様です。私の知っているユーシェ様に、何も変わりはないではありませんか」
「ティナ…」
「どうして相談してくださらなかったのですか。一人で、こんなに悩むことなんてなかったのですよ。こんなに、こんな風にお一人で辛い気持ちを抱え込まないでください。そのために私がいるのではありませんか。もうすぐ、本当の友人になるのではないのですか」
「…っ」
じわじわと滲んでは、どうにか堪えていた涙が、ポロポロとこぼれ出して、ティナの手の上に落ちていった。
ティナの思いが痛かった。心臓を、ギュッと掴まれたように、苦しくなった。私のために、こんなに思ってくれる人がそばにいたのに、私は。
「こわ…かったの…。怖かった。黒目も、黒髪も、忌み嫌われるばかりだったから。それなのに、隣国の人間だなんて知られたら、どう…、どう思われるのか…って…。言わなきゃ…って、何度も思ったの。何度も、何度も思ったの。でも、私、みんなの優しさに慣れてしまって…、慣れすぎてしまったから、それを失うなんて…、考えられなくて…。そうしたら、怖くて…、どうしたらいいのか…分からなかったの…っ」
孤児院のみんなは優しかった。神父様も、シスターも、もういないお姉さんやお兄さんも、下の妹弟たちも、みんな優しかった。
でも、外はそうではなかった。怖がられ、煙たがられ、嫌われるのが普通だった。あの頃はわからなかったその理由も、今なら分かる。黒髪のルーツは隣国。戦争で大切な人を、ものを失った人たちからしたら、私も恨むべき対象だったのだろう。
「私、ここに来て、ティナに出会えて、アレク様に出会えて、すごく、すごく幸せだったから…。私、我がままになってしまったわ。一人で、平気だったのに…。なのに、今は、一人になるのが、怖い…」
さっきよりもっと強く手を握りしめ、目もギュッとつぶった。目を閉じても、涙が止まらない。次々こぼれていってしまう。
ぎゅっと閉じたまぶたの裏は、真っ暗な世界。嘘つきの私が、これから堕ちていく世界の色のよう。
「どうして、一人だなんておっしゃるんですか」
ティナの暖かい手が、添えていただけだった私の手を、ギュッと握りしめた。
「どんなユーシェ様だって構わないって言ったばかりですよ。一人になんてさせません。絶対にあり得ませんけど、ユーシェ様がここを放り出されるようなことがあったとしても、私はユーシェ様に着いて行きますよ」
「ティナ…」
ゆっくり目を開き、ゆっくりと顔を上げてティナを見ると、涙を浮かべたティナが、笑っていた。
「私、なんでもできますよ。家事全般できますし、貧乏生活だって問題ありません。仕事だってすぐに見つけられますよ。生まれてから大病もしたことありませんし、結構頑丈にできてます。だから、どこでだって生きていけます。ユーシェ様と二人なら、どこでだって平気です。絶対一人になんてさせません。どこにでもついていきます。ユーシェ様が一人になることなんて、絶対にありませんよ。絶対に、です」
「ティナ…っ」
「何も、何も心配することなんて、ないのですよ」
ボロボロ涙を流し続ける私の目元を、どこからか取り出したハンカチで優しく拭きながら、ティナは優しい言葉ばかり紡いでいる。
「でも、私がティナを独り占めしたら、ディル様が許さないわ…」
「うっ……、それは…」
どこからか取り出したもう一枚のハンカチで、自分の目元も軽く押さえたティナは、少し目を泳がせた。
「…いえ、そんなことはないとは思いますが、ユーシェ様を放り出すのを黙認するようなことがあれば、私だって、ディル様と一緒にいることは…できないです…よ。うまくいくわけありません」
「そう…なの…?」
「そうです。ユーシェ様を認めないような方と、人生を添い遂げるなんてできませんもの」
「そう…なの…」
「そもそも、陛下がユーシェ様をここから放り出すことなんてありえませんよ。さっきのは例え話ですが、絶対にあり得ない例え話です」
にっこり笑ったティナが、涙の止まってきた私を見て、新しくお茶を入れ替えましょうかと立ち上る。まさに、その時だった。
「本当にあり得ない話だ。出来の悪い作り話にも程がある」
「!!」
突然の乱入者の声に、思わず体がびくっと飛び跳ねた。
「あ…アレク様……」
声の先にいたのは、想像通りのアレク様で。しかも、とても機嫌が悪い顔をしていて、少し離れた場所にいる侍女でさえ顔を引きつらせていた。
「本当にありえない例え話だったね。まさか、俺のことを本当にそういうふうに思っていたわけ?」
「う……、ディル…様…」
その後ろから、こちらも不機嫌そうに現れたディル様が、私を通り越して、視線でティナを射抜いた。茶器に触れようとしていたティナは、その体勢のままかたまり、気まずい表情をしている。
「話の食い違いを正す必要がありそうだな」
「それぞれにね」
互いの婚約者に睨まれた私たちは、その場から動くことも、言葉を発することもできずに、ただただ互いの婚約者の顔から目を逸らせずにいた。
あと1話で終わる…つもりだったんですが、ティナとディルが暴走気味に…。
番外編の番外編のフラグが立ってしまったような気が…。
今週中に次の話をアップしたいです。
読んでくださってありがとうございました。




