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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
番外編:ティナ編
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吐露

 私には仲のいい同僚がいないから。昔馴染みの友人には仕事のことを話せないから。ユーシェ様は今や陛下の唯一の寵姫で、どんな小さな情報の漏洩でも、それが危険を呼ぶ可能性があるから。

 だから、私には話し相手がいない。仕事以外の話をするのはユーシェ様だけ。けれど、ユーシェ様に私的な悩みをお話しするわけにはいかない。

 話し相手がいない。だから、相談相手もいない。あぁ、そうか。私は、誰かにこの想いを相談したかったのか。誰かに、話がしたかったのか。誰かに、話を聞いて欲しかったんだ。そんなことも分からなくなるくらい、私は誰かと話をしていなかったんだ。


「私は、何もしていないのです。今のユーシェ様があるのは、ユーシェ様がご自分でそれを掴み取ったからで、私は何もしていません。むしろ、何もしようとしませんでした」


 突然訳の分からないことを話し出した私におかしな顔をすることなく、ディル様は膝をついたまま私の顔を見つめていた。


「ユーシェ様は後宮のような華やかな場所は合わないだろうと、ましてや皇帝陛下の寵を賜るなど望まないだろうと、勝手に判断をして、当時の生活から引き上げることをしませんでした。私は、ユーシェ様の可能性を信じなかったのです。何も見出しませんでした。侍女として、何も、何もしなかったのです」


 他のご令嬢の侍女が、主人のためにどんな事をしていたのかは知っている。陛下に近づけるように情報を集め、女官や護衛にお金を握らせて優位になれるよう仕組み、他のご令嬢を近付けないように牽制する。庭園で出会えばにこやかに互いの主人を貶める発言の繰り返し。

 私にはできない事だった。きっとユーシェ様も望まない。けれど、何もしないと判断したのは私の勝手でしかなく、状況を打破する努力を怠ったと思われても仕方のない事なのだ。


「あの部屋からなるべく出たくないのだと、人の目に触れずに過ごしたいという願いをそのまま受け入れたために、ユーシェ様はあらぬ疑いをもかけられてしまいました。それは晴らされたからよかったものの、あの時も私は何もできませんでした。ユーシェ様がご自分で潔白を証明したのです」


 ユーシェ様の純真な気持ちが、陛下の心に届いたのだ。私は何もしていない。


「私は、偶々ユーシェ様の侍女になれただけです。私が何か特別な事をしたわけではありません。他の誰が侍女でも、ユーシェ様はご自分で幸せを掴んだはずです。私は、ただその時にユーシェ様の侍女だっただけの女です。身分も低く、お金もない、ただのつまらない女でしかないのです。ディル様を見分けたのだって、きっと偶然です。次は…分からないではありませんか…」


 いつの間にか溢れていた涙が、次々と頬を伝っていた。目の前にいるはずのディル様の表情も全く分からないほど、とめどなく涙が溢れては溢れた。


「…君は、意外と後ろ向きな考えをするんだな」

「……申し訳…」

「それから、たくさん気持ちを溜め込んでいるね。溜め込んでばかりだから、見えるものも見えないし、分かることも分からない」

「……?」


 左手は未だディル様の手の中にあったので、動かせる右手を使って涙を拭うけれど、涙はそう簡単には止まってくれない。

 情けないことばかり言って、せっかく求婚してくださったディル様を呆れさせてしまったのではないと表情を伺いたいところだが、涙が邪魔をして何も見えなかった。


「ひとまず…」

「…えっ?」


 目の前の影が動いたと思ったら、涙を拭っていた右手を掴まれ、グイッと引っ張られる。視界が塞がれ、背中に腕を回された。

 抱きしめられている!?ディル様に!?


「そこそこ溜め込んでいたものは吐き出したようだが、せっかくだから全部出してスッキリしたらいい。きっと君は何かきっかけがなければこうして吐き出せないのだろう」


 抱きしめられているという事実にパニックになりそうになった私の背中を、ディル様が幼子にするように優しくポンポンと叩くものだから、なんだか少し落ち着いてしまった。そしてディル様の指摘が的確すぎて、少しだけ冷静になる。


「俺には何も見えないから、泣きたいだけ泣いたらいい」


 背中をポンポンしていた手が、私の頭に移動し、優しく撫でた。優しい言葉と仕草に、止まりかけていた涙がまた溢れ出し、ディル様の胸元を濡らした。

 こんな風に、男の人に抱きしめられるのなんて初めてなのに。ドキドキしているのに、安心もしているのは何故なんだろう。こんな風に優しく頭を撫でられたのなんて、いつ振りだろうか。人に寄りかかったのだって、初めてだ。

 大人の、人だからだろうか。私はまだまだ子供で、気持ちのコントロールさえ上手くできない。それに気づいてくれた人なんて、やっぱり初めてだ。

 でも、私なんてさほど可愛くもないし、これといった取り柄もない。ユーシェ様には羨望の眼差しで見られる少しは凹凸のある身体も、実はそこまで凄いわけでもない。ユーシェ様がスレンダーなだけで、私は平均的な身体つきなのだから。

 あぁ、何を考えているのか分からなくなってきた。少し落ち着いてくると、この状況が如何におかしいかが分かってしまう。私は仕事中なのに、ディル様に抱きしめられて泣いている。遠目に見れば、恋人たちの逢瀬のようではないか。

 なんてこと!


「…ん?落ち着いた?」


 現実にもどりモゾモゾと動き出した私に気付いて、ディル様は腕の力を緩めた。


「はい。取り乱してしまい、申し訳ございません…」


 少し後ろに下がり、ディル様と距離をとって頭を下げた。頭を下げても、もう涙は溢れない。


「謝らなくていい。頭もあげて」

「はい…」


 ハンカチを取り出し、目元に当てながら顔を上げた。ディル様はそんな私を見てふっと笑い、頭をポンポンと撫でるように軽く叩いた。


「少しはスッキリできた?」

「はい。お見苦しいところをお見せしてしまい…」

「だから、謝らなくていい。そんな風に思っていないから」

「ですが…、ディル様のお召し物を汚してしまいました…」

「ん?あぁ、こんなのすぐに乾く。気にしなくていい」


 視線でディル様の胸元のシミを訴えれば、ディル様は軽く触れて首を振った。お召し物を汚してしまったというのに、怒らないようだ。


「別にこんなことは大した問題ではない。それより、君に俺の個人的な見解を伝えておきたいんだけど、いい?」

「……?…はい」


 ディル様はそう言うと、私の肩に手を当てて、すぐ近くにあったベンチに腰掛けるよう促した。ディル様は座らずに少し離れて私の目の前に立ったから、自然と見上げるような姿勢になる。

 それにしても、個人的な見解とは何のことだろう。条件反射のように返事をしてしまったけれど…。


「何から話したらいいか……。ユーシェ様が、入宮以来侍女を一人もつけずに過ごしていたことは知っているね」

「はい、存じております」

「マッチングの問題もあったんだろうけれど、そもそもユーシェ様は頑なに侍女を拒否していたし、余っていた侍女も、ユーシェ様のようなアレクからの寵愛が程遠そうな、取って付けたような身分しか持たない人間に支えようとはしなかった。女官長が命令をすれば仕えただろうけれど、そうやって使えた侍女が、ユーシェ様にどんな態度を取るかは容易く想像が出来たから、そうしなかったらしい」


 確かに、当時のユーシェ様は陛下の寵愛を得られるような方ではないだろうと、私も思っていた。だからと言って、失礼な態度をとったりはしないけれど。


「君はさっき、誰がユーシェ様の侍女になっても同じだったと言うようなことを言ったけれど、それはないよ。君以外誰もユーシェ様の侍女にはなりたがらなかったし、ユーシェ様も君以外を受け入れなかった。君は、ユーシェ様が好きなんだろう?」

「それは…っ、当然です。お慕いしております。誰よりも大切な方です」

「だろうね。羨ましいくらいだ。そして、ユーシェ様も君のことを大切に思っているはずだ。それは、わかっているのだろう?」

「…烏滸がましいことだとは思っているのですが…」


 ユーシェ様が私をそのように思ってくださっていることは、日々感じている。けれど、ユーシェ様には侍女が私しかいないのだから、そう思うようになるのも当たり前なのではないかと思ってしまうのだ。


「君はどこまでも謙虚だね。それとも、自信がないだけ?」

「自分が好かれてると思い込むなんて…恐れ多くてできません」

「なるほど。…君がどこまで信じるかは自由だけど、きっとユーシェ様は君以外の侍女を受け入れなかっただろう。君が、嘘偽りのない態度でユーシェ様に向き合ったから、ユーシェ様は君に心を開いたんだ。時にはユーシェ様の言動に対して注意をし、修正していたとも聞いている。君はユーシェ様を引き上げなかったと言っていたけれど、ユーシェ様の望みを叶えつつ、現状を維持し、必要な部分で修正もしていた。それを無能だと言う者がいるのなら、ただのバカだ。あそこまで謙虚で、望みを持たない方に仕えるのは、大変だったはずだ。しかも一人で、誰にも相談していなかったのだろう?」

「……」

「そのように孤独で頑張っていた君を、俺は尊敬している」


 止まった涙がまた滲み出しそうで、私は下唇をかみしめた。ディル様の瞳が真剣で、嘘を言っている訳ではないとわかるから、余計にだ。


「アレクがユーシェ様を見つけたのはたまたまだ。むしろ見つけたのは俺で、アレクをけしかけたのも俺だ。だから、ユーシェ様が一人で今の幸せを手に入れたと思っているのなら、それは間違いだな」

「そう…なのですか…?」


 思いもよらない言葉に、うつむきかけた視線をディル様に戻す。


「ユーシェ様に疑いをかけたのも俺だ。アレクも初めは疑っていたはずだが、いつの間にかユーシェ様に心を奪われていたらしい。だが、例えばユーシェ様に君ではない別の侍女が付いていたとして、その侍女が俺に疑われることのないよう、他のご令嬢と同じようにユーシェ様を振る舞わせていたのなら、ユーシェ様はアレクと出会うことはなかった。他のご令嬢と同じように過ごしたところで、アレクは興味を示さないからね。そして、ここに仕える君以外の侍女は、大抵同じ仕事をする。自分の主人が少しでも目立つように、他のご令嬢を出し抜けるようにと画策するんだ。主人に忠誠を誓えば誓うほど、その侍女は派手に動き回ることになる。それが彼女たちの仕事だし、そうすることで自分を売り込むのが目的だから」

「……」

「君は、そうしたくなくて一人でいたんじゃないかと思っていたよ」

「…私は…、ただ、浮いていただけです」


 そう、身分も、何もかもが浮いていて、仕事仲間なんてできなかったのだ。他の侍女と同じような仕事は、できなかったから。 


「君は、侍女の仕事がどういったものなのかを分かっていて、後宮という場所がどういう場所なのかを分かっていたから、ユーシェ様が外に出たくないと言った願いを受け入れたんじゃないのか?」

「それは……」


 私はディル様から目をそらし、うつむいた。

 後宮は恐ろしい場所だ。侍女は情報収集のために動き回り、その情報を元に、ご令嬢達は身分が下のご令嬢に対して嫌がらせをする。誰かが出し抜くように目立つ事をすれば呼び出し、嫌味の応酬のお茶会を開く。毒こそないものの、腹下し程度は混ぜられるという噂を聞いたこともある。

 そんなところにユーシェ様を行かせたくはなかった。貴族の嫌らしいやりとりを知らずに育ったユーシェ様に、そんなことで傷ついてほしくなかったのだ。


「ユーシェ様はそんな君の気遣いに気付いていないかもしれない。けれど、俺は自分の立場よりも、そうやってユーシェ様を守ろうとしていた君を、尊敬している。君は、讃えられるべき仕事をしていたんだ」


 もう、涙を堪えることはできなかった。膝の上で握りしめた拳に、ぽたぽたと涙がこぼれていく。


「俺は、君の見る目を信じている。あの日、俺をアレクではないと見抜いた君を信じているよ。そして、今後君が俺とアレクを見分けられなかったとしても、俺は、あの日のことを思い出して、いつまでも幸せな気持ちでいられる。あのたった一回で、君に求婚してしまうくらい、俺は嬉しかったんだ」







難産でした…。しかも長い。

ディルにはもっとデレてもらいたいのに、なんだか難しい。

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