告白
再ランクイン、ブックマーク、評価ありがとうございます。
歩みは遅いですが、頑張ります。
ディル様が歩いていくその数歩後ろを追いかけていると、それに気付いたディル様に近くに来るよう促された。身分の高い方と肩を並べて歩くなど恐れ多いと申し上げたけれど、俺がそう望んでいるのだからそうしろと言われ、恐る恐る距離を縮めた。
しかし、そもそも私には殿方への免疫というものが少ないわけで、やはり肩を並べるのは緊張してしまう。仕事だと思えばなんとかなるものの、そうではないのだから。ほとんど社交もしていなかったから、どうしていいのかも分からない。
困った。どんどん緊張してきてしまった。心臓はバクバクしているし、握った手にも汗が滲んでいる。
そういえばユーシェ様が言っていた。陛下と初めて庭園を歩いた時は、緊張して花も何も目に入らなかったのだと。まさに今の私がその状態ではないか。ユーシェ様が言っていたのはこういったことだったのかと、今更ながら思う。
「……のか」
「え?」
俯いてディル様の歩調に合わせていると、声をかけられているのに気づいて頭を上げる。
「聞こえているのかと、聞いているんだよ」
見上げたディル様は困ったような顔をしていた。
「も、申し訳ございません。聞いておりませんでした」
「いや、急に呼び出した様なものだからね、君も戸惑っているんだろう。いちいち頭を下げなくていいよ」
立ち止まって頭を下げた私に、ディル様は怒った様子もなくそう言った。恐る恐る頭を上げると、後頭部をポリポリと掻きながら、困ったように視線を少し下げていた。
この人は失敗を咎めない人なのだろうか…とぼーっと考える。今のは完全に私が悪かったことだ。ぼーっとしていて、ちゃんとディル様の話を聞いていなかった。咎められることしかしていないというのに、そうしない。しかも、私ははるかに身分が低いというのに。
「どうやら君を困らせてしまったみたいだね」
「え?」
「結婚の申し込みをしたことが、そんなに君を悩ませるとは思っていなかったんだ」
「いえ、ディル様が悪いわけではありません。仮にも貴族でありながら、自分の結婚について何も考えていなかった私が悪いのです。私には政略結婚ですら申し込まれないだろうと思っていたので、本当に、何も考えていなかったものですから…」
「君はきっと俺の気持ちを正しく理解していないだろう。あのアレクにまで文句を言われるなんて、本当に不覚だ」
「……」
なんと言葉を返せばいいのか、悩んでしまった。確かに私はディル様の気持ちを理解していない。それどころか、何も分かっていない。そしてそのことで陛下にまで苦情を申し立てられたなど、どうしていいのか分からない。ディル様は陛下と幼少の頃からのお知り合いで、気の知れた仲だということは誰もが知っている。実際に軽口を叩きあっているところを見た時は驚いたものだけれど、それでも苦情を告げられたとなれば、それは良くないことには違いない。
「あぁ、アレクのことは気にしなくていい。ユーシェ様が俺のことばかり話すからとくだらない嫉妬をしただけだから。誰があの二人の仲に入りこもうと思うかっていうんだ」
「そう…ですか…」
先ほどの陛下の態度はやはり嫉妬だったのだ。ユーシェ様はそういったことに疎そうだから、教えて差し上げたらいいだろうか。いや、陛下はユーシェ様に話があると言っていたから、今頃そのようなお話をされているだろうか。なんにせよ、戻ったら確認が必要だ。
「歩きながら話してもいいか」
「は、はい」
いけない。ディル様といるのにまたボーッとしてしまった。
ゆっくりと歩き出したディル様を見て、1歩程後ろを追いかける。やはり隣を歩くのは緊張してしまうので、これくらいは許してもらいたい。
「君はいつもしっかりしているのかと思っていたけれど、存外そうではないんだな」
「申し訳ありません…」
いつもは必死で猫を被っているのですなどとはさすがに言えない。ユーシェ様にしっかりとした侍女が付いていると思われたくて、昔受けた淑女教育やらなんやらを必死で思い出して取り繕っているのだ。綻びは隠しきれないけれど。
「悪いとは言っていない。君は主人にしっかりと仕えているし、心も許されている。俺と初めて顔を合わせた時のことを覚えている?」
「はい…。陛下の格好をして、ユーシェ様のお部屋にいらっしゃった時…で合っていますか?」
「合っているよ。あの時、即座に俺をアレクではないと見抜いたユーシェ様を守ろうと、君は躊躇なく床に頭をつけた」
「…私はあのお姿を見てディル様だとは見抜けませんでしたので…。ユーシェ様に罰があってはならないと思いました。ですが、仕える主人のためなら当然のことではないのですか?」
「ここは薄汚い思考が渦巻いているような場所だ。仕える者も、主人を選ぶ。そして、自分に利がないと分かれば、薄っぺらい忠誠を裏切るんだ。ユーシェ様もその身分や経歴のせいでしばらく誰も使える者がなかったと聞いている。身分の低い侍女が付いたと聞いた時は、いやいや仕えているのかと思ったが、そうではなかった。主人の身を必死で守ろうとする君を見て、いい人間なのだろうと思った。一瞬の迷いもなく君はユーシェ様を庇ったし、ユーシェ様もそんな君を守ろうと必死だった。あの時に、君に興味がわいたんだ」
「そんなに前から…ですか」
あの時は本当に必死だった。陛下を怒らせてしまったと思ったから、余計にだ。
「君の仕事ぶりはよく見ていたんだよ。君のユーシェ様への忠誠心は疑いようがない。だから、俺もアレクも、君がユーシェ様の侍女で居続けることに賛成している。ユーシェ様が皇妃となった後も、側に仕えて支えてほしいと思っている。俺もアレクも君の身分が低いということを問題にはしていなかったんだ」
「そう…なのですか」
「ただ、君が他の侍女にぞんざいにされているのを見て、君自身のことを心配した。君に不快な思いを我慢させてまで、こちらの要望を通すわけにはいかないだろうと」
「我慢なんてしていません。私は、望んでユーシェ様にお仕えしています。ただ、そのせいでユーシェ様にご迷惑をおかけしてはいけないと思っておりました」
皇妃という、これ以上ないくらいの立場を手に入れられても、私のような身分の者が仕えていれば、何か言われてしまうかもしれない。それが不安だった。
「君が望むなら、相応の身分を用意しようかと思ってはいたが、それを望むような人間ではなさそうだね」
それは合っています。そうは口にできず、少し視線を落とした。
「そんな時だ。アレクのふりをして歩いていたら、君に会った。そして、君は俺に気付いた。それを当たり前なことのように言ってのけた君に、心を揺さぶられたんだ」
「え……」
ディル様は私の左手を取り、立ち止まった。自然と向かい合う体勢になる。
「初めてだった。アレクの格好をする俺に気付いてくれたのは、君が初めてだった。それが、すごく嬉しかったんだ」
「あ、あの…」
持ち上げられた左手にディル様が唇を付けた。瞬間、心臓がバクバク鳴り響き、顔が熱くなる。
「結婚なんてしなくてもいいと思っていた。アレクだってその気はなかったのだから、側近がする必要もないだろうと。どうせ俺とアレクを見抜ける人間なんていやしない。政略結婚にも興味はないし、むしろ煩わしい。それなら、一生一人でもいいと思っていた。だが、君を見つけた」
「……」
「結婚をするなら君しかいない。俺を俺だと見抜いてくれる君と、並んで歩いていきたいと思ったんだ。初めて出会った時から、その瞳の強さに惹かれていた。もう、見ないふりはできない。どうでもいい貴族と政略結婚をするくらいなら、俺を選んでほしい」
「…っ」
手の甲に唇を付けられたまま、真剣な瞳に射抜かれた。
初めて聞くディル様の気持ちに、その真剣な表情に、心臓のざわめきが止まらない。そんな風に思われていたなんて、全然知らなかった。勿体無いお言葉ばかりだ。
けれど、けれど私は…。
「私は…、そのように思ってもらえる程、できた人間ではございません」
ディル様の視線に耐えきれず、私はぎゅっと目を瞑った。
「ディル様に気付いたのだって、なんとなくで。この先もずっと気付けるかどうかなんて、分かりません。自信が、ありません」
「……それだけ?」
「え?」
想定外の言葉に、ゆっくり目を開けると真剣な表情はそのまま、心配そうな瞳と目が合う。
「最近の君は、どこかいつもと違っていた。てっきり他の令嬢達からのプレッシャーのせいかと思っていたけれど、違うようだ。君は、何を憂いている?」
「それは……っ」
「教えてくれ。さっき言ったことだけではないだろう。君が何を考えているのか知りたいんだ、ティナ」
「……っ」
卑怯だ。こんな時に、名前を呼ぶなんて。
「ティナ」
手は握ったまま腰を落とし、私よりも視線を下げたディル様を見下ろす。その視界は、ゆらゆらと揺れていた。




