お茶会は続く
私は仕事の合間に時々ユーシェ様とお茶を一緒にするようになっていた。一度一緒の席についてしまったために、この間もそうしたでしょう?と寂しそうにおねだりをされると断れなかったのだ。
「アレク様が言うには、ディル様は特に結婚願望とかはなかったらしくてね、ティナとのことを言ったらすごく驚いていたのよ。でも、ディル様はそういった面でふざけることはない方だから、求婚された事自体は信じていいとおっしゃったの」
ユーシェ様はお茶を飲み、美味しいと微笑まれた。今日は私がお茶を淹れさせていただいた。ユーシェ様がお茶を淹れる動作はもう問題はなくなっていたし、毎回主人にお茶を淹れていただくのも侍女としては困ってしまうからと、お願いをしたのだ。
ディル様には知られないように、私もアレク様に聞いてみるわね。そうユーシェ様がおっしゃるので、どうしようかと悩んだ末に、ありがたくその言葉に頷いたのはユーシェ様と初めて一緒にお茶を飲んだ日のことで。それ以来ユーシェ様はこうしてディル様のことを話してくださるようになった。
「アレク様も、ディル様がティナのことを気に入っていた事には気付いていなかったみたい。そう言ったお話は、お二人ではされないんですって。でも、嘘をつくような方でもないから、ディル様がそう言ったのならそうなのだろうとおっしゃっていたわ」
「そうなのですね。…それにしても…」
今まではディル様のお人柄だとか、周囲の評判だとかを話してくださっていたのに、突然具体的な話に変わったことに違和感を覚える。どうしたのだろうとユーシェ様を見れば、苦笑いをしていた。
「アレク様といる時にディル様のお話ばかりしていたから、拗ねてしまわれたのよ。だからティナのことを話さないといけなくなってしまって…、ごめんなさいね」
「それは…っ、申し訳ありません。私のせいで…」
「いいのよ、そんなこと。アレク様の意外な一面を見ることができたのだし、まさかそんな誤解をされるとは思わなかったから少し驚いたくらいだもの」
クスクスと笑われるユーシェ様を見て、慌てた心が少し落ち着く。焦燥感が消えることはないけれど。
ユーシェ様のお言葉に甘えて皇帝陛下のお手を煩わせてしまったことは、やはりよくなかったかもしれない。ユーシェ様は、陛下にとても大事に思われていることをしっかり理解していないようなのだ。きっと今回はディル様のお話ばかりしたために嫉妬させてしまったのだろう。ディル様も大丈夫だったのだろうか…。
「ねぇティナ、ディル様は嬉しかったんじゃないかしら」
「え…?」
ユーシェ様の唐突な言葉に、私は首をかしげた。
「ティナにはディル様に気に入られるようなことに心当たりがないんでしょう?ということは、ティナがアレク様の格好をしたディル様を、ディル様だと見抜いたことが嬉しかったんじゃない?」
「ですが、それならユーシェ様も同じではありませんか。ディル様に初めてお会いした日に、すぐに見抜いたではありませんか」
「私は、ディル様がアレク様ではないと気づいただけだもの。ディル様自身に気付いたわけじゃないわ。ティナは、アレク様の格好をしたディル様を見て、ディル様だと分かったんでしょう?」
「そう…だと思います」
「それは同じことのように思うかもしれないけれど、違うことよ。きっと、ディル様にとって、それはとても特別なことだったんじゃないかしら。本当の自分に気付いてもらえるって、きっとすごく嬉しいことだと思うわ」
「……」
そう…なのだろうか。ディル様の表情を思い出しても、ほぼ無表情だった気がするし、嬉しいと思っていたのかどうか全く判断できない。
「たった一度、ですよ?」
「そのたった一度だけでも、よ。今まで誰にも気付かれなかったんだから、特別だと思ったとしてもおかしくはないわ」
「特別…」
「うぅん、私達だけで話していても解決しそうがないわね。私もディル様のことをよく知らないし…。一度、ディル様とお話しする機会を作った方がいいんじゃないかしら?」
「え。それは…」
「そうだな。そうしろ」
「…え?」
ユーシェ様との話に夢中になっていて、私は訪問者に気付かなかったらしい。部屋の入り口から聞こえた男の人の声に、一気に頭が回転する。
「申し訳ありませんっ」
慌てて立ち上がり、その方に向かって頭を下げた。金色の髪を持ち、空のような青い瞳をした、皇帝陛下に。
「気にするな。茶に付き合ってもらっているのだと、ユーシェから聞いている」
「お出迎えもせずに申し訳ありません、アレク様」
頭を下げ続ける私の横に立ち、ユーシェ様は陛下にそう言い、いつもなら同じように下げる頭をあまり下げていなかった。
「なんだ、拗ねているのか?」
「アレク様が先触れを出して下さらなかったから、ティナが萎縮してしまったではありませんか」
「それはすまないことをしたな。時間ができたから愛しい我が姫に少しでも早く会いたかったんだが、姫は大好きな侍女とのおしゃべりの方が大事だったのか?」
「なっ…、何を…っ」
ユーシェ様を抱き上げて、いとも簡単に懐柔してしまった陛下は、頭を下げたままだった私に足で合図をして頭を上げさせると、もう頭を下げる必要はないと目で訴えた。私はもう一度深く頭を下げ、テーブルの上を片付ける。そして新しいお茶の支度が済む頃には、ユーシェ様は顔を真っ赤にし、椅子に座らされていた。
「どうせまたディルの話をしていたんだろう?」
「それの何がいけないのですか」
まだ顔を赤くしたまま軽く口を尖らせているユーシェ様は、どうやら陛下にからかわれたことに拗ねているらしい。そんな仕草をしたところでただ可愛らしいだけなのに、気付いていないところがまた可愛らしい。
「お前達がどれだけ話し込んだところで、何も解決しないだろう。ディルを外に連れてきているから、ティナは話をして来い」
「え…、ですが…」
「昼食までに戻って来れば問題はない。この部屋の周囲は人払いされているから、他の者に会うこともないだろう。その範囲はディルが知っているから問題はない。俺はユーシェに話があるから、お前はとっととディルのところに行け」
「か…畏まりました…」
陛下にそう言われてしまえば、従うより他ない。助けを求めるような視線をユーシェ様から感じるものの、私にどうすることもできないので、片付けられるものは片付けて頭を下げて部屋を出た。陛下は今でこそ…というか、ユーシェ様にはお優しいけれど、本来はとても厳しいお方なのだ。命令には即座に従わなければ、お叱りを受けてしまう可能性があるのだ。ユーシェ様は日に日に陛下への態度を軟化させているが、それはきっと昔共に過ごしたことがあることが関係しているはずで、一介の侍女である私には不可能なことだ。
「来たか」
部屋を出てホッと息を吐いていたところ、背後から声をかけられる。
「ディル様」
ゆっくり振り返り、茶色い髪をした、海のような青い瞳をしたその人に頭を下げた。
「頭を下げる必要はない。少し付き合ってくれ」
「…畏まりました」
断る権利はない。私はゆっくりと頭を上げ、歩き出したディル様に従った。
アレク、嫉妬するの回。
なかなか話が進まなくて申し訳ないです。




