求愛?
今…ディル様はなんと言ったの…?結婚…?私と…?何故?
私とディル様はそもそも接点がほとんどない。たまに陛下に付き添って来られるけれど、ディル様は陛下の従者なのだから、私とは言葉をほとんど交わさない。極稀に用事があったりして声をかけられれことはあるけれど、それだって最低限だ。
そしてディル様は身分が高い。この国の貴族のトップに属するお家の方だ。つまりは、皇帝陛下の次に身分が高いのだ。本来ならば、陛下も、ディル様も、私のような身分の低い者に声をかけるような立場の方ではない。ユーシェ様だって、そうなる。
そんな身分の高い方が、私と結婚だなんてあり得ないことだ。貴族同士とはいっても、天と地ほどの差があるのだから。何よりディル様になんの利もない。
からかわれている…ようには見えないし、あぁ、もう考えても考えても何も分からない。
「あの……、おっしゃられていることの意味が…分からないのですが…」
混乱したまま考えても答えが出そうにないので、ディル様に直接聞くことにした。
「何故だ。そのままの意味だ。君に結婚を申し込んでいる」
「ですから、その理由が分かりません。何故ディル様が私に結婚を申し込むのですか」
「現状の問題が全て解決するだろう。俺と結婚すれば身分を理由に貶めてくるものはいなくなるし、先程のような対応をされることもなくなるだろう。今来ている結婚話も、俺の家からの申し込みがあるといえば全て断ることができる。持参金も不要だ」
「ですが、ディル様と私の家とでは、釣り合いが取れません。家格が違いすぎます」
「そんなことは今や大した問題ではないだろう。アレクが平民の、しかも元孤児を娶るんだ。その側近が下級貴族と婚姻を結ぶことに誰が反対できると思う?」
「それは…そうかも…しれませんが……」
国一番の格差を超えて結ばれるのは、ユーシェ様と皇帝陛下だ。ユーシェ様は今や国民からの支持が厚く、貴族の養子とならなくとも陛下と結婚できる。むしろ、平民のままの方が、支持されているのだ。
けれど、それはユーシェ様と陛下だからではないだろうか。戦時中に陛下がユーシェ様を助け、10年経って再会し恋に落ちる。そんな夢のような恋物語に、国民の、特に平民が熱を上げたのだ。私とディル様にそのようなロマンチックな物語はない。
「君は、ユーシェ様の元で侍女を続けたいのだと思っていたのだけど、違った?」
「え?」
「ユーシェ様を慕っているんじゃないのか?」
ディル様の視線がまた厳しくなる。勘違いをさせてしまったようだ。
「それはもちろんです。心からユーシェ様をお慕いしております」
「家柄を気にして侍女を続けられないというのなら、俺の家は魅力的だと思うんだけど、違う?」
「お言葉ですが、結婚してしまえば、どちらにしろ侍女は続けられません」
勘違いは解消され、ディル様の目つきは元に戻ったけれど、私が戸惑う気持ちが分からないとでも言うように、不思議そうな顔で私をみている。そして、あぁ、と思い出したかのような声を出した。
「俺となら結婚しても侍女を辞める必要はない」
「…え?」
先程からディル様はあり得ないことばかりを口にする。
貴族の令嬢が侍女をするのは、大抵結婚前までだ。子供を産んで落ち着いてからや、未亡人となって戻ってくるのが普通で、結婚が決まれば辞めると言うのが常識だ。
「家のこともあるからさすがに毎日とはいかないが、そうだな、週に3.4日なら侍女をさせてやれるよ。どうせ俺もここにいるし、泊り込むことだってある。それなら、ここで引き続きユーシェ様の侍女をして貰った方が会う時間も作りやすい」
「……」
「君が仕事を続ける気がないというのなら、それはそれで構わないけど。まぁ、俺としてはどちらでも問題はないよ」
ぽんぽん出てくるディル様の提案に、私はただただ唖然としてしまい、言葉が出なかった。
私が侍女を続けたいなら、確かにディル様の提案は魅力的だ。ただし、それは私にとっての、だ。そして、侍女を続けなくてもいいと言われてしまうと、ますます分からなくなってしまう。
ディル様は、何故私に結婚を申し込んでいるの。
「どう?何か問題はある?」
「…いえ、問題は…ない…ですが…」
私に、問題はない。私には、いいことだらけなのだから。
「その、やはり、この話は、私にだけメリットがあるように思うのですが…」
「そんなことはない」
ディル様は家柄も、外見も、仕事におけるポジションも、何もかもが魅力的で、年頃のご令嬢からは引く手数多だ。本人にさえその気があればいくらでも、いい家柄の、綺麗な方との縁談は可能なのだ。私のような、何も持たない者の相手などしなくていいはずの人で、ユーシェ様のことを考えてと言っても、結婚でなくていいはずだ。
ディル様の考えがわからず、海の色のような青い瞳を見つめるけれど、やはり何も読み取れない。その瞳の深さに吸い込まれそうになるだけだった。
「君は俺が結婚相手に求める条件を満たしている」
「条件…ですか?」
「そうだ。俺とアレクを判別できること。これだけは譲れない」
「え……」
「君は先程、アレクの格好をした俺を、俺だと認識していた。そして、何度も会えば分かると言った。そうだよね?」
「それは…そうですが……」
初めてお会いした時にはわからなかった、陛下とは違うその瞳の色を、今ならはっきりと区別することができる。声も似ているけれど、全く同じではない。
けれど、それは何度もお会いしたから分かることだ。ユーシェ様だって間違ったりしない。ユーシェ様は初めから陛下を見分けていたけれど…。
「俺とアレクを見分けられることを普通のことだとは考えないでもらいたい。さすがに親は分かるけれど、親以外に完璧に見分けられる人間を俺は知らない。あぁ、ユーシェ様は特別だ。あの方はアレクを見分けることができるんだ。だからそうではない俺のことも分かる。だが、君はそうではない」
「どういう…意味ですか?」
「君は、目の前にいる人間が誰なのかを判断している。ユーシェ様は俺を見て、アレクではないと判断するんだ。そしてアレクを見て、アレクだと判断する。君は、俺を見て俺だと判断し、アレクを見ればアレクだと判断する」
「…でしたら、陛下を見てディル様ではないと判断される方の方がよろしいのではないですか?」
「君は俺の言ったことを聞いていた?親とユーシェ様以外に、俺とアレクを見分けられる人間はいないんだ。君を除いて」
「え、えぇ……?」
話はちゃんと聞いていたけれど、俄かには信じられないというのが正直なところなのですが…。
何度も見たら見分けられるようになるものじゃないの?あぁ、でも、毎日見ている護衛騎士でも見分けられないし、後宮のご令嬢も見分けられないということに…なるのね。
私は特別に視力がいいとか、そういう訳ではないはずなんだけどな…。
けれど、そこまで言うのだから、そうなんだろう。そして、ディル様にとって、陛下との見分けをつけてもらえると言うことは、それ程に大切なことなのだ。分からないままの方が都合が良さそうとも思うけれど、ディル様はそうは思っていないのだろう。確かに、結婚相手にまで間違われるのは悲しいかもしれない。だからと言って、それだけで私に求婚されても…と思ってしまう。
こんなふうに考えてしまうあたり、私は生粋の貴族令嬢とは違うのだろう。こんな条件の整った方からの求婚を悩むなんて、普通の貴族令嬢ならしないだろうから。あぁでも、ありえなさすぎて現実を受け入れられないというのなら、ありだろうか。
「何だかごちゃごちゃ考えているようだけど、君に求婚をした理由はまだある」
「え?…な…んですか?」
とうとう本人の口から求婚という言葉が出てしまった。やはりこれは求婚で間違いないのだとぼーっと考えていた。
「俺が結婚相手に求めるもう1つは、俺が気に入っていること、だ」
「……え」
あれ、なんだか、あり得ないことを言われた?あれ。あれ?なんだか…気が遠くなるような…。
あぁ、曲がりなりにも私も貴族令嬢だったのね。思考回路が限界になって気を失うことができるなんて、貴族令嬢の十八番だもの。
なんて間抜けなことを考えながら、私の身体はゆっくりと傾いていった。
ストック切れです…。更新遅れたらすみません…。




