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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
番外編:ティナ編
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出会いと失敗

「ユーシェ様、入ってもよろしいでしょうか?」


 早速女官長とその方のお部屋に伺い、女官長が閉ざされたドアに声をかけると、蚊の鳴くような声で諾の返事が届いた。

 ゆっくりとドアを開け中に入ると、黒髪の線の細い令嬢が立って出迎えてくれた。普通、目上の者が目下のものを迎える時に立ち上がることはしない。それだけでこの方がご自身をどう見ているのかが良く分かる。


「ユーシェ様に紹介したく、この者を連れてまいりました」


 女官長の横に並び、戸惑うお方に頭を下げる。


「ティナでございます」

「…ユーシェです」


 やはり蚊の鳴くような声で答えたユーシェ様は、私に頭をあげる許可を出さない。きっとそれも分からないのだろう。頭を下げたままちらりと横目で女官長を見ると、軽く頷かれたのでゆっくりと頭を上げる。

 …………細い。細すぎる。

 先程より近くで見るユーシェ様の体が、あまりに細すぎて目を見開いてしまった。腕も足も骨と皮だ。目はぎょろりとしているし、頬骨も浮いているし、鎖骨も浮き出ている。とにかくどこにも肉が付いていない。孤児だったとはいえ、これは酷すぎではないだろうか。余程待遇の悪い孤児院にいたのだろうか。そして養子縁組をしたという家の人も、よくこの状態で後宮に送り込もうと思えたものだ。

 そして…ドレス……は、サイズはかろうじて合っているけれど、針子に最終チェックをさせなかったのか、所々浮いている。そしてギンギラしたオレンジ色が、ユーシェ様には全く似合っていない。なんだ、このお金の無駄遣いは。貴族はお金を使ってなんぼかもしれないが、使うお金がない家に育った私としては、こんな無駄遣いは許したくないと思ってしまう。


「この者はユーシェ様の侍女候補として連れてまいりました」

「侍女……。私のような者に侍女などお付けいただかなくても大丈夫です。本当に自分のことは自分でできますから。そちらの方もご迷惑でしょうし、私のことはお気になさらないでください」


 なるほど。身につけている物は貴族令嬢そのものだけれど、中身は孤児として生きていた時のままだ。女官長も困っているが、ユーシェ様も本気で困っているのが良く分かる。


「ユーシェ様のお気持ちは分かりました。ですが、後宮にお住まいいただいている方に侍女の一人もいないとなれば、問題になってしまいます。せめて一人だけでもお側に置いてはいただけませんか」


 困った顔をした二人に挟まれ、私まで困ってしまう。女官長は厳しい時は厳しいけれど、情にも厚い方なのだ、嫌だと言われて、無理矢理ことを進められないのだろう。ユーシェ様もユーシェ様で、急に立場が変わられて戸惑っているのだろうし…。どちらの気持ちも分かってしまうから悩ましい。


「ですが……」


 困った様子のユーシェ様がちらりとこちらを見られた。どうも、私の反応を気にされているらしい。私が元孤児のご令嬢には仕えたくないと思っているかを知りたいのだろう。女官長は無理矢理嫌がる人を連れてくるような人だとは思われていないだろうけれど、それでも確かめたいと思うのは当然だ。

 うぅん。なんだろう。私はこの方に絆されてしまったのだろうか。おかしい。私はそこまで情に弱い人間ではなかったと思うのだけど、なんだか放っておけないと思い始めている。庇護欲をそそられているのだろうか。


「私で問題がなければ、ユーシェ様にお仕えさせてはいただけませんでしょうか?私は侍女の経験がありませんのでご迷惑をおかけすることもあると思いますが、精一杯勤めさせていただきます」

「あの…、でも…私なんか…」


 困った顔のまま、ユーシェ様は俯かれてしまった。ちらりと女官長を見ると、こちらは懇願するように私を見ている。もう一押ししたら、いけるだろうか。


「お嫌でなければ、お願いできませんか?ユーシェ様にお仕えしたいのです。それとも、私では不足でしょうか?」

「いえ、いえ、そんなことは、不足だなんてことはありません。もったいないくらいです。ただ、私に付いていただくなんて申し訳なくて…」

「そんなことはありません。では、私はお仕えさせていただいてもよろしいのですね」

「あ、あの…。ですが…」

「女官長、私を侍女としてユーシェ様付きにしていただいてもよろしいですか?」

「お願いします。ユーシェ様、何か問題があれば私にお伝えください」

「え、え…」


 戸惑った様子のユーシェ様を丸め込むように、私と女官長はどんどん話を進めた。


 こうして、私はユーシェ様の侍女になった。



 ユーシェ様にお仕えするようになって、まず改善したのは衣装だ。ユーシェ様に全く似合っていないあのドレスを許すことができなかった。

 クローゼットを開ければ、ギラギラした派手な色使いのドレスばかり吊るされていた。当然サイズはどれも同じ。

 仕方がないのでサイズだけでも合わせるべく針子を呼ぼうとしたら、ユーシェ様に止められた。ドレスは着なれないし、1人で着替えるのが大変だから、もっと質素なワンピースが欲しいのだという。

 ユーシェ様は欲がなく、ここに来られてから一度も何かを要求したことがないのだと女官長に言われていた。だから、この後宮において、ご令嬢がドレスではなくワンピースをお召しになるなんてあり得ないと分かっていても、それを叶えて差し上げたいと思った。ユーシェ様の初めてのご希望なのだから。

 女官長にお願いして、裕福な庶民が行くような洋品店の、なるべく質のいい、そして目立たない色合いのワンピースを数着用立ててもらった。ユーシェ様はそれはそれはお喜びになられ、それをこっそりと見ていた女官長も笑顔を見せていた。

 ユーシェ様の居室は後宮の一番奥の日の当たらない部屋で、他のご令嬢と鉢合わせることもなく、ユーシェ様ご自身が外を出歩くこともないため、ワンピースを着用することに問題はなかった。

 問題は、私だった。

 いくら1人でできると言っても、ドレスを1人で着替えるのは難儀だろうと手伝いを申し出たが、ユーシェ様はそれを拒んだ。人を使い慣れていないからだろうと少し無理矢理手伝いを買って出た。細い体にぶかぶかのドレスだったために一人でも着れていたようだけれど、それでもドレスなんて一人で着るものではないし、一人で脱ぐものでもないのだ。

 ただ、ドレスの着替えを手伝うだけ。侍女として、ごく当たり前の、特に難しくもない日常。そのはずだったのに。

 ドレスを脱がれたユーシェ様の右肩の傷を、古傷の跡を見た私は、顔を顰めてしまった。そしてそれを、ユーシェ様に見られてしまった。


「気分を悪くさせてしまってごめんなさい。もうこれからは着替えを手伝ってもらわなくても大丈夫です。あなたが頼んでくれたワンピースは一人で着られるものだから、問題ありません」


 とても申し訳なさそうに、ユーシェ様は私にそう告げて、傷を隠すようにご自分で夜着を着てガウンを羽織った。


「後は大丈夫です。1日ありがとうございました。おやすみなさい」


 こちらに顔を向けることなくユーシェ様は寝台へと姿を消していった。


 失敗した。侍女がこんなことで顔色を変えるなんて、失態だ。ユーシェ様の不興を買ってしまった。…いや、傷つけてしまった。私は、ユーシェ様を傷つけてしまったんだ。

 貴族令嬢が、女性が体に傷を持つなんて、良しとされないことは誰もが知っている。傷ひとつ、シミひとつない、真っ白な肌をもつことが美しいとされているからだ。

 だからといって、傷跡を汚らわしいと思ったわけではない。みすぼらしいと思ったわけでもない。ただ、痛ましいと思ってしまったのだ。あんな細い体で、大した準備もされずにここに放り込まれ、さらにあんな傷まで持っているなんて、なんて辛い思いをされたのだろうと思ったのだ。

 けれど、そう伝えることはできなかった。私は、ユーシェ様に誤解をさせて、傷つけてしまった。最低だ。

 寝台に向かったユーシェ様にもう声をかけることはできず、私はドレスを片付け、部屋の片付けをし、その日の仕事を終えた。

 後悔をしている暇はない。ユーシェ様の侍女は私一人だ。ここで逃げ出すわけにも、切り捨てられるわけにもいかない。挽回するのは、私だ。私なんだ。

 ユーシェ様はもう着替えに私を同席させることはないだろう。入浴も同様だ。私に許されるのは、髪を整えることと、食事の準備、部屋の掃除だ。

 さぁ、どうするの、ティナ。私にできることは、何。あの寂しそうに気を遣う方に、私は何ができる!?












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