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日陰姫の陰謀論  作者: 蜜柑
番外編
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番外編・愛しい人

短くまとめられない症候群に悩まされましたが、なんとか完結できました。

ここまで読んでくださってありがとうございました。

たくさんのブックマーク、評価、感想、嬉しかったです。

 外を一緒に歩くなんて初めてのことで、それだけでも緊張するというのに、抱き上げられて出ることになんてなったら顔を上げられる気がしない。それに、一国の主であるアレク様に抱き上げられるだなんて、考えただけで頭が沸騰しそうだ。

 そして腕を差し出して下さったアレク様は少し笑っていて、私のことをからかいながらも外に出やすい雰囲気を作って下さったのだなぁとやはり恥ずかしくなった。アレク様の腕に手をかけると、ティナの行ってらっしゃいませという声が聞こえてきた。

 外を歩くのにティナはついてこないのだろうか。護衛の方だけが付いてくるのか。初めてのことでよくわからない。そもそも、アレク様の隣に立って歩くことも初めてだ。本当ならば半歩後ろを歩かなければいけないのかもしれないが、エスコートされているからそうもいかない。頭をフル回転させて、なけなしのマナーを思い出して見るが、これで合っているのかどうか確信が持てず、せっかくアレク様と外を歩いているというのに景色も何も目に入ってこなかった。


「緊張しているか」

「は、はい。ここまで出るのは、ほぼ初めてのことなので…。それに、アレク様とこうして歩くのも初めてです」

「そうだな。あの時のお前はずっと俺のテントで寝込んでいたからな」

「はい」


 夕刻の空気は少し涼しい。けれど、緊張で顔も体も熱く、丁度いいくらいに思えた。


「あの、このドレスもアレク様がくださったのですか?」

「そうだ。大人びたデザインかと思ったが、今のお前には良く似合っている」

「とても素敵なものをありがとうございます。アレク様は、このような格好の方がお好みですか?」

「いや…、化粧の濃い女はあまり好きではなかったはずなんだが…。お前は別だな。お前がお前である限り、どんな格好をしていても良いのだと思う」

「……っ!」


 状況に慣れてきて、少しずつ庭園の花に意識が向きそうになってきたところで、アレク様の嬉しくも恥ずかしい言葉に頬が熱くなる。花なんて全く目に入らない。


「くだらん噂の話は聞いたか?」

「あ、はい。ティナに教えてもらいました」

「お前はどう思った?」

「…え?」

「気持ち悪いと思わなかったか?」

「あの…噂をしていた人を…ですか?それとも、後宮を、ですか?」

「あぁ、聞き方が悪かったか」

「え?あの…」


 アレク様の話そうとしていることを理解できていない自分がもどかしい。歩くスピードがゆっくりになってきたアレク様を見上げると、どこか苦しそうな、困ったような顔が見えた。


「俺とお前は大分歳が離れているだろう。だからこそあんな噂が立つわけだが。俺がそういう趣味だと聞いて、気持ち悪いとは思わなかったか?」


 あぁ、そういうことか。やはり私を気遣ってくれているのだ。

 もうすっかり立ち止まったアレク様は、困ったような笑みを浮かべて私と向き合っていた。


「私はアレク様をそのように思ったことはありません。私は我慢は得意ですけれど、感情を隠すのは得意ではありませんから。アレク様のお側にいる私に、そのように疑わしく思える事はありましたか?」

「…いや、ないな」

「でしたら良かったです。それに、アレク様はあの頃の私をそんな風な目で見てはいませんでした。純粋に心配をしてくださっていただけです。そして、ここで改めてお会いした時、もちろん私のことは分かりませんでしたし、私だと分かっていたからお気持ちを下さったわけではないでしょう?」

「あぁ」

「ですから、そのような噂は間違いなのだと分かっています。むしろ、ずっとお会いしたくて、忘れられなくて、いけない方法を使ってここに来た私の方が、気持ち悪くはないですか?私はアレク様とは違って、10年前からずっと、ずっと変わらずにアレク様をお慕いして来たのです。こんな私は…気持ち悪くありませんか?」

「ありえない。お前はいつでも可愛い俺の女だ」

「アレク様…」


 流石にそれは恥ずかしいです。またも顔に熱を感じ、視線をさ迷わせていると、優しく笑ったアレク様に抱きしめられた。


「だが、今宵のお前は可愛いではなく、綺麗、だな。すごく綺麗だ。こんなに綺麗なユーシェを見て、まだ俺を幼女趣味だという奴がいるのなら、 弁明も聞かずに切り捨ててしまいそうだ」

「その…私は幼く見えますか?私のせいでアレク様がまた悪く言われるようなことがあっては、申し訳なくて…」

「言っただろう。お前は綺麗だ。年相応の娘に見える。ただ痩せていただけだ。少しずつ肉もついてきて、触り心地も良くなってきた」

「さ、さわ…っ?」

「何度でも言う。お前は綺麗だ。何より心が綺麗だ。俺はお前のその美しさに心を奪われたんだ。正直、お前が綺麗でも可愛くてもどっちでもいい。幼い顔立ちだったとしても、結果は同じだったはずだ。お前がお前である限り、俺はお前が好きなんだ」

「アレク様…」


 私の頭に頬ずりをしながら、腰を撫で、後頭部を撫でるその動きに、心臓がバクバクと音を立てて騒いでいた。信じられない程の甘い言葉は私の身体から力を奪っていくようで、アレク様が支えてくれているのをいい事に、もたれかかってしまっていた。


「分かるか?色々なところから視線を感じる。俺とお前を…いや、お前がどんな姿をしているのか見たくてたまらない者たちが、覗き見をしているぞ」

「!?」

「俺の趣味とやらを確認したいのだろうな」


 見られている!?アレク様とこんな格好でいるところを!?

 慌ててアレク様から離れようともがいてみるが、アレク様は片腕で私を抱いているだけだと言うのに、ちっとも動かない。


「暴れるな。どうせ敵わないだろう。俺とお前の仲を見せつけておけばいいんだ」

「でもっ、恥ずかしい…ですっ」

「これくらい普通だろう。そうだな、キスでもするか?」

「ーーーーっ!」


 見上げていた顔をすぐさま下ろし、ブンブンと首を振った。アレク様のお召し物に顔を押し付けるような形になってしまったけれど、そんなことを気にしてはいられないほど恥ずかしかったのだ。

 私はアレク様と違って、少し前までそんなことしたこともなかった小娘なんですからね!


「顔に傷でも作るつもりか」

「人前で恥ずかしいことをするのは嫌です」

「そんなにか」

「そんなにです!」


 顔をこすりつけるのを良しとしなかったアレク様に顎を掴まれ、持ち上げられ、無理やり目線を合わせられたが、涙目で精一杯のお願いをしたところ、なんとか叶えられたらしい。アレク様はふっと笑って、顎から手を外して私の頭をポンポンした。


「ならば、もう少し散歩に付き合え。俺がまっとうな趣味であることを見せつけてから、帰って夕食にする」

「…はい。分かりました」


 真っ赤になっているだろう顔で頷き、そのまま俯いて、差し出された手に手を重ねた。ゴツゴツした大きな手が、ぎゅっと私の手を握りしめ、またゆっくりと歩き出す。


「いつものお前もいいが、たまには着飾った姿も見たいな。時間がある時に、昼食を一緒に摂るか。着飾って俺の執務室まで来るといい」

「執務室…ですか?伺ってよろしいのですか?」


 執務室は後宮の外にある。そもそも部屋からもほとんど出ていなかったのだから、後宮の外なんて当然出たことがない。


「俺がいいと言っているんだ。お前の姿を他の奴らに見せてやるのはもったいないが、いつまでもふざけた趣味だと思われているのも面倒だからな。お前と共に過ごす時間ができて、くだらん噂を潰すこともできれば一石二鳥だ」

「わ、分かりました」

「準備は手加減をするように言っておいてやる」

「…ありがとうございます」


 着飾るその経過に抵抗があるのが伝わってしまったようで、アレク様はクツクツと笑っていた。けれど、半日かけた変身は本当に大変だったのだ。アレを思い出して顔を痙攣らせてしまうのは仕方がないと思う。


「そのうち、お前を後宮から出す」

「…え?」

「勘違いするなよ。皇妃は後宮には住まない。皇妃の住処は俺の部屋だ」

「……!」


 勘違いする時間もないほど素早くアレク様の追加説明が入り、ただただ驚きに包まれた。

 アレク様が一度でも夜の部屋を訪れれば、もう後宮から出る事は叶わなくなる。そういう決まりだ。けれど、そうではなかったらしい。出られなくなるのは後宮からではなく、王宮からなのだろう。


「ユーシェ、この先俺の隣にいるのはお前がいい。お前以外考えられない。俺の隣に、立ってくれるか」

「……」


 立ち止まり、ゆっくりと向かい合う。アレク様の空色の瞳に映る私は、漆黒の瞳をこれでもかというくらい見開いていた。

 あの日、アレク様のお渡りを受け入れると、私のその後の運命を決めたあの日、アレク様に言われた事と同じだ。違うのは、猶予。あの時は、遠い先の話だろうと思っていた。難しい話なのは分かっていたから、もしかしたらの、夢の話のように思っていたのかもしれない。本当のところ、私は現実として、その話を自分の事として受け止めていなかったように思う。


「私では…うるさく言う方がいるのではありませんか?」

「そんな奴ら蹴散らしてくれる。それに、民衆はお前の味方だ。ディルのところと養子縁組をしてからの方がお前にうるさく言う奴は減るかと思ったが、その必要がないくらい、国民はお前を支持している。だいぶ話は盛られているようだがな。昔俺に助けられた戦争孤児の平民が、年月を経て俺に見初められたというのがいいらしい。この国に住まう多くの国民が、平民の皇妃を支持しているんだ。貴族たちも大声で反対は言えない。まぁ、そのせいで俺は幼女趣味という不名誉な疑いをかけられたがな」

「私の…ままで…」


 貴族籍に入るのは光栄な事だし、もったいない事だと思っていたけれど、恐れ多くて気が引けていた。私は孤児だけれど、父と母の子だ。養子縁組をすることは、その事実が薄れてしまいそうで、本当は少し寂しかった。


「お前のままでいい」

「嬉しい…です」

「着飾ってはもらうけどな」

「も、もうっ!」


 ぎゅっと握りしめられた手が熱い。アレク様は意地悪そうに笑っているけれど、握られた手からは真剣な思いが伝わって来る。この人が、私のためにどれだけの事をしてくれているのか、考えただけで胸が熱くなる。


「それで、お前の返事は?ユーシェ。俺のただ1人の妻になってくれるか?」

「も、もちろんです。私をあなたの妻に、してください」

「ありがとう、ユーシェ」


 アレク様がもう一度私を抱きしめた。嬉しくて私もアレク様の背中に手を回した。

 夢のよう。ずっと焦がれていた人の妻になれるだなんて、嬉しくて、嬉しくて、今すぐ空さえ飛んでいけそうだ。

 国民が望んでくれたからと言って、アレク様の妻に、皇妃になるというのはすごく難しいことのはずだ。私には足りないものがたくさんある。納得してくれない人も沢山いる。

 それでも、他でもないこの人が、アレク様が私を選んでくれたのだから。私は、何処までも頑張れる。何にも負けない。


「次に気合を入れて着飾るのは、結婚式だな」

「…うっ…」

「ティナ達の張りきる姿が目に浮かぶな」

「うぅ……」





 翌日には皇帝陛下の幼女趣味は出鱈目であると共に、寵愛を受ける娘はそれはそれは美しい令嬢で、その溺愛ぶりは凄まじいものだったという話が王宮中に広まっていた。そして、後宮に残っていた令嬢から、宿下りの願いが出され始めた。皇帝の渡りがなくとも後宮にいるという事で威厳を保っていたような娘たちが、アレクとユーシェの睦まじい様子を見てとうとう諦めたのだ。冷血非情な皇帝陛下が、寵姫に笑いかけ、抱きしめた。それは、無表情か怒りの表情しか見た事のない令嬢達にとって、衝撃以外の何物でもなかったのだ。

 そしてその数ヶ月後にはユーシェの恐れる最上級の準備を持って、アレクとユーシェの結婚式が取り仕切られた。平民上がりの皇妃は国民に受け入れられ、結婚式後のお披露目は盛大な歓声に包まれた。

 皇妃の美しい姿に、皇帝陛下は幼女趣味だなどと言うものは、一人もいなかったと言う。







後日談として、ティナ目線の話を書けたらいいなと思っていますが、妄想の域を出ないので、時間ができたら考えてみます。

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