8 初めてのプロポーズ
翌日、寝坊した私たちは、チェックアウトぎりぎりの時間にホテルを出た。
毅さんは私の手を引いて、なぜか駐車場には行かず、連絡通路を通って、駅ビルへと向かった。
通路のつながる二階は駅のコンコースになっていて、小さな売店と並んで、ちょうど正面にお土産屋さんが開いていた。そこへと入っていく。
彼は真剣な表情で商品を見ながら、私に聞いた。
「仲人さんと家の土産、どれがいいと思う?」
え? と私はかたまった。それにかまわず、彼は続けた。
「あ、食べたいのがあったら、それも買おうか。どれが食べたい?」
「あの、お土産って」
「挨拶に行かないといけないでしょ。お付き合いすることになりました、って」
「ええっ!?」
私は半ば、叫んだ。
彼は怪訝な顔で、私を見た。
「なんで驚くの。紹介してくれた人には、筋を通さないと。そっちに報告して、家には報告しないってわけにはいかないし」
「で、でも、だからって」
そこで小さな売店の中でできる話じゃないと気付き、ぐいぐいと彼を押して、とにかく売店を出た。そのまま引っ張って、コンコースの人気のない隅に連れて行く。そこでようやく話をできる気分になった。
「だけど、だって、泊りがけで行ったとかは言わなくても」
「俺、実家住まいで、うちの両親、藍子と出かけたって知ってるのに、責任取らなかったら、やいやい言われるんだけど」
「ええええ~」
顔が真っ赤になっていくのが、自分でもわかる。
「で、でも、最後まで、……その、なんていうのか、してない、し」
言うのも恥ずかしい話なので、もごもごと小声で言ってみる。
「何もしないって藍子と約束したから守ったけど、それ言ってしまったら、むしろ、俺が恥なんですけど」
「……そうなの?」
「そうなの」
きっぱりと断言されて、理解はできないけれど、そんなものなのかと納得するしかなかった。
「ていうか、してないって話するなら、その前になにがあったのかも話すことになるよ? 結婚を前提としたお付き合いをするって男女が、一緒に泊まって何もなかったって、そっちの方が嘘みたいでしょう。経緯を話せる?」
話せるわけがない。それはもっと恥ずかしい。
私は力なく首を振った。
「恥ずかしいことなんかしてないんだから、堂々としていればいいんだよ。挨拶は、俺がするし」
それでも、この人の隣でこの人が話すのを聞いていなければならない。いったい、どんな目で見られることか。
私はいたたまれなさに、唇を噛んだ。
「大丈夫だよ。ちゃんと、俺が強引に誘ったって、言う。……昨日も言ったけど、責任をとるつもりはあるから」
「え、でも」
私にはまだ、責任を取ってもらう決心がついてなくて、だから、もっとお互いによく知り合おうよという話に、昨夜なったはずだったんだけど。
あれ、なんかちょっと違う、と、どう言えばいいのか、あわあわする私に、彼はふっと優しい笑みを浮かべて、私の頬に触れた。
「だから、俺のこと、結婚してもいいくらい好きになったら、結婚して。……ちゃんと、待つから」
胸がぎゅっと痛くなる。彼の気持ちに、心臓をつかみあげられているよう。
私は、挙動不審気味に真っ赤になってうつむいて、はい、と小さな声で返事した。




